1.新人冒険者か迷宮で悪魔の商人に出くわす
迷宮! それは、夢と希望と現実と悪夢が入り混じる驚異の世界!
今日も今日とて冒険者たちは迷宮に群がり、その奥底に眠る財宝と待ち受ける怪物に挑み続ける。
そんな恐るべき迷宮の中でも、より一層変わったものがある。なんと、潜るたびに形を変え、現れる魔物も財宝の位置も同じことはないという、奇妙な迷宮である。
そして、今まさに、そうした中の一つであるキミョウナ迷宮に、一人の新人冒険者が挑もうとしていた。
「さあ――これが、記念すべき冒険者としての第一歩だ! そして、俺が一人で生きていく人生の始まりだ!」
年の頃十五、六の新人冒険者ロー・グライクはそう呟いて、暗闇の中に一歩を投じた。
辺りを照らすのは、なけなしの金を払って道具屋で手に入れてきた、照明の魔具の光。基本的に光源のない迷宮において何は無くとも必須の品と言える。ちなみに、中位以上の冒険者であれば、魔法や固有の特技によって代替もできる。
「とりあえず何か武器か防具を拾えるといいんだけど……」
ありがたいことに、迷宮の中には様々なアイテムが落ちており、簡素な盾から魔法の剣まで幅広い。現地調達は、己の命と体以外に財産のない新人冒険者にとっては一般的であった。
どことなく火山の地肌を彷彿させる広い回廊を歩いていくと、何か棒状のものが落ちている。
「あれ、もしかして……」
喜び勇んで近づこうとしてグライクだったが、何やら様子がおかしい。
その何かは、やおらひとりでに動き出し、ふわりと空中に浮かび上がる。
「くそ、フライングソードだ! なんてこったい!」
それは、悪霊が長剣に取り憑いた魔物であった。
持ち手もいないのに空中を飛び回り、目も鼻も感覚器官は何もないのに確かにグライクを捉え、襲いかかってくる。
「ヤバイヤバイ! 幸先よく武器が手に入ったと思ったら、なんで最初からこんな危険な魔物に! せめて盾を拾ってから出てきてくれてれば!」
踵を返して走り出したグライクの後ろを、フライングソードがブンブンと空を切りながら追いかける。
防具もなく刃を受ければ即死待ったなしである。
「うおおお! 死んでたまるか!」
もはや罠や別の魔物に遭遇する危険など考える余裕のないまま、グライクは迷宮の通路を駆け回る。
そうしていくつもの角を曲がると、部屋の入り口らしき一つの扉を見つけた。
「やった、ラッキー!」
ドアノブをひっつかむなり押し開き、その中に飛び込んだグライクは、ガンガンと扉を叩く音を背に受けながら、フゥと一息つく。
しかし、ふと前を見てみれば、そこには――
「いらっしゃい、新人さん……」
「あ、悪魔……!」
見るも妖しい、ターバンを巻いた女が囁く。
そう、ここは、迷宮の中に時折現れるという、悪魔の商人の店なのである。
悪魔といえば人間の脅威の筆頭であるが、ことこうした悪魔の商人に限っては、必ずしもそうではない。
彼らは、人間の力では到底作り出せぬ魔法の品や、失われたはずの古代の遺物、未知の素材などを扱い、人間とも取引する。つまり相応の対価を持つ者にとっては、世にも珍しい財宝を得るまたとない機会を与えてくれる存在だった。
「どうだい、これなんか? 神々の時代の逸品だよ。こっちはエルフの手で作られた中でも最高の魔具だ。それとも、原始の魔力の結晶がいいかい?」
「おお……す、すごい」
グイッと近づいてきた悪魔の商人は、床にズラリと並べた品物を指し示す。
グライクの唯一のスキル『鑑定』でも、それらが本当に伝説級の品物であることは分かった。ただし、まだレベル1の彼のスキルでは、詳しい使い道までは不明である。
「さあ、ぜひ手にとってよく見ておくれ。お代は相談しようじゃないか。例えばあんたの魂なんか、なかなか良い値を付けられそうね……ひひひ」
そう言われても、一文無しのグライクには間違っても手の届かない品であるのは間違いなかった。それに、悪魔と魂と取引なんてのは御免こうむる。
とはいえ、今後二度とお目にかかれないようなお宝に手を触れたい気持ちは抑えようもない。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
そう言ってまず手にとったのは、いかにも業物らしい一振りの剣。触ったことで、先程目で鑑定したよりも詳しい情報が判明する。
【七死刀】
攻撃力:+99(×7)
等級:神話
解説:古代の魔神が携えていた神器。斬った相手が七回死ぬほどの攻撃力を持つ。
「うわ、なんだこの攻撃力は!」
驚くグライクを、悪魔の商人はニマニマと何か企むような笑顔で見ている。
【混沌の壺】
回数:∞
等級:神話
解説:ある聖人と魔人の骨から作られた壺。中に入れられた同種のものを合成する力がある。合成されたものは、元のものの特性をまとめて保持する。
【魔精の指環】
回数:3
等級:神話
解説:魔精が閉じ込められた指環。
悪魔の商人の店に並ぶ商品は一度に九つと決まっている。それらを次々手に取って見ていくと、やはりどれもとてつもない説明ばかりである。
目も眩むほどの品を前にして衝撃に打たれ、グライクは実際に目眩を起こした。
ふらふらふら。足元が定まらず、一つの品物を持ったまま、グライクは床に書いてあった円形の模様からはみ出した。
すると--