裏話その一:下着一セット分のロマン
「ラ・イ・ブ〜♪」
学校の放課後。
待ち合わせ場所の校門前でライブに後ろから抱きつき、『後ろ頭に頬すりすり』攻撃。
「あ、そーちゃんたら…ふふ、よしよし」
前にまわしている私の手の甲をぽんぽんと優しく叩くライブ。
ああ、ライブの髪、シャンプーのいい匂い…
でもあんまりおもいっきり吸っちゃうと嫌がられるかもしれないから、こっそりと嗅ぐ。
――私の名前は、鼓芽 そよぎ (つづみめ そよぎ)。
私が何者なのか簡単に言っちゃうと表向きは探偵、裏社会では本業である怪盗をやってる高校生。
そして今私が抱きついている女の子、歌羽 蕾譜 (うたは らいぶ)も私と同業者。
ちょっと前までは私とライブで怪盗コンビとして活躍してたけど今は一時中断していて、さらなる怪盗としてのレベルアップのため、ある勝負をライブとしている。
それは私とライブが怪盗と探偵の二役を持って、私が怪盗の時はライブが探偵、ライブが怪盗の時は私が探偵として『怪盗が盗みをして、探偵がそれを止める』勝負。
なんで仲が良い私とライブが勝負をしなきゃなんないかって?
仲が良くてお互いの事を良くわかっているからこそ、怪盗としてお互いを高めあうため必要な事と思ったから、よ。
本気でやる勝負とはいえ、決して憎くてやってるんじゃないって事。
でもつい最近、ある異変が起きた。
ライブがたまたま事故から端鞘 凝人 (はさや こると)という男性を助けた。
なんでも、学校の図書館で端鞘さんと会っていてなんとなく顔を覚えてたとかライブは言っていた。
その端鞘さんを助ける為につい体が勝手に動いていたとも言っていた。
結果的に端鞘さんが私達の素性を知ってしまったため、否応無しに私達の勝負に巻き込む事になってしまったのだ。
オリヴィアニア・ツヅミメ、通称オリーヴって私の妹が私の手伝いをしたいと言ってきた事もあったため、私のチームメイトとしてではなく、ライブのチームメイトとして。
まあ彼自体裏社会でも生きれそうな技能を持っていたのは幸いだった。
端鞘さんはコンピュータの扱いに関しては凄いレベルまで到達していたのだ。
現在彼には、怪盗の仕事がこなせるように私の家の空き部屋に住まわせて研究に没頭させている。
当の本人もノリノリのようで、私がそう指示する以前に私と同じ事を考えていたようだ。
まあ端鞘さんが怪盗としてではなく、ハッカーとして私とライブの勝負に首を突っ込んでたくらいだから、相当意欲がある人だとは思っていたけど。
それにしても、ライブは優しい。でもよく知らない人にまで優しいっていうのは…私的にちょっと不安。
まあ、それもライブの良い所の一つなんだけどね。
「ねえ、そーちゃん。さっき話してた人がいたんだけど、駅前のケーキ屋で新作が出たんだって。今から一緒に行く?」
「え、本当?!うん、行く!」
「良かった。
じゃあ凝人さんのおみやげにケーキの差し入れでも持っていこうかな。
あ、でも男の人って甘いもの苦手だったりするのかな…」
「…はあ」
ため息をつくと、私はライブから体を離す。
「え?どうしたの、そーちゃん?」
「だって、ライブが優し過ぎるんだもの」
「え?」
「…何でも無い。
ま、とりあえずおみやげは買って、端鞘さんが要らないって言ったら私とライブで半分こすればいいじゃない?」
「あ、成程。そうだね。
それと…何でも無いならいいけど、辛かったらちゃんと相談してね。
私達、パートナーなんだから、ね?」
「うん、そうだね。パートナーだものね。ありがと、ライブ」
「うん!」
そう言ってライブは眩しい程のとびきりの笑顔をする。
その日の夜は私とライブとオリーヴと端鞘さんの四人で夕飯を食べた。
だがその日ライブはウチに泊らず、ライブ自身の家で寝るそうだ。
なんでも、ライブが自分の家の掃除をしたい関係もあるとか。
でもお風呂だけはと、ライブはお風呂をウチで済ます事になった。
お風呂には端鞘さんが一番先に入り、次にオリーヴが入る。
そして最後に私とライブが入った。
「ほらそーちゃん、こっちこっち。背中流して上げる」
「…うん。お願い、ライブ…」
やわやわ、さわさわといった優しい感じで私の背中を流してくれるライブ。
今の私は夢心地といった気分だ。
実を言うと、いまだに私はライブの裸を恥ずかしくて直視できない。
ライブはあまり気にしていない感じだが、私はどうにも変に意識してしまいちょっと挙動不審気味になってしまうのだ。
まあこればっかりはどうしようもないんだけど。
そして、二人で仲良く湯船に浸かってさらに夢心地な私。
その数分後、事件は起きた。
プルルルルル、プルルルルル…
電話が突然鳴る。時刻は午後十時半くらい。
「はい、鼓芽です。…え?ライブ?」
コーヒーカップ片手に受話器を立ったまま取った私は、声の主に驚いた。なんと、自宅に帰ったはずのライブからの電話だったのだ。
「夜分遅くにごめんね、そーちゃん」
「いいって、いいって。それよりどうしたの、ライブ」
「うん。それがね、そーちゃん家に忘れ物しちゃったみたいなの」
「忘れ物?」
何気なく問いかけてみる。
その後のライブの台詞が何か全く予想付かなかったかったから、こんな余裕の対応が出来たのだろう。
けれど、その何秒後かに私は大きく動揺する事になる。
「うん…そのね、そーちゃん家の脱衣所の籠に、下着忘れちゃったみたいなの」
ガシャーン。
「な、何?!どうしたの、そーちゃん!?今凄い音がしたけど…」
「ううん…なんでもないのよ、大丈夫…」
私は思わず、手に持っていたコーヒーを落としてしまった。
「そーちゃんがそう言うならいいけど…着替えた後、お風呂入る前に着けてた下着をそのまま忘れちゃってたみたいで。
悪いけどその下着明日取りに行くから、そーちゃんの方で預かっててもらえるかな」
ぽたっ。
床に血が垂れる。気がつけば私は鼻血を出していた。
預かってって、何?!
私がライブが数分前に着けていた、し、下着に触ってもいいって事ですか?!
ああ、いやいや、そうじゃなくて。
ライブは私を信頼できるパートナーとして、大事な部分を隠していたものを預ける…もとい、女の子にとって大事な…他人に見られたら恥ずかしいようなものを預けるって事だろう。
ならばその純粋な信頼を裏切るわけにはいかない。
「わかったわ、ライブ。私自身責任を持って預からせていただきますです、はい」
「うん。お願い、そーちゃん。…それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、ライブ」
私はカチャン、と受話器を置く。
…どうしよう。
いまだライブの裸も恥ずかしくて見れない私がライブ…の…し、した、下着を…預かるって?
私はコーヒーカップの割れた破片を拾いながら思った。
だって、そんな…。
(……あ!!!!)
私はおもわずハッとする。
脱衣所の籠に下着を置き忘れたまま、脱衣所にある洗面台に歯磨きにでも行った端鞘さんが、 下着を見つけて…
あんな事とかこんな事とか。
「駄目っ!!!絶対それは駄目!!!!」
思わず大声を出してしまう。
だがオリーヴが寝ている事を思い出し、すぐに黙る。
あの子まだ小学生だし起こしちゃったら可哀相だものね。
とにかく、ここは可及的速やかに事態を収拾せねばなるまい。
ああ、もう破片拾うのなんか後々!!!
ライブの下着がピンチなのよ!!!
私はダッシュで脱衣所へと向かった。
「…お邪魔します…」
自分の家なのに何故こんなにかしこまってしまうのだろう?
少し疑問に思いながら、脱衣所の扉を開く。
中は暗く、誰もいないようだ。
電気のスイッチをぱち、と押す。
心なしか、その音すら大きく感じる。
…なんか初めての怪盗仕事並に緊張してない?私。
とにかく、籠よね、籠。
えーと、どこだっけ?
きょろきょろと見回してみる。
そんな場所もわからないなんて…正直、オリーヴにばっかり家事を任せるのも考えものよね。
オリーヴは私が怪盗と探偵をしていて忙しいだろうと、家事を一手に引き受けていた事があった。
今は探偵のS級ライセンスを取得して自分の時間が作れるようになってようやくオリーヴの手伝いをする許可をオリーヴから得た。
以前、私が一人で家事をオリーヴに断らないでやったらオリーヴは大泣きした。
私の仕事は気に入りませんでしたか、とかお姉さまにとってオリーヴは必要ないですか、とか言って。
まあ、これからはオリーヴも怪盗仕事を手伝うわけだし、家事も分担してする事にオリーヴも納得するでしょうね。
あの子は単に必要とされたい思いで泣いた事があっただけで、家事をやらないと死ぬわけじゃないんだし。
まあ根がいい子だからこんなやりとりがあったんだろうけどね。
ああっと、今はとにかく、籠を探さないと…って、あった。
籠は、洗濯機の上に置いてあった。
(さあ…いよいよね)
ライブの下着をじっくりと見…じゃなくてチェック…なわけないでしょ!!
ライブの下着を回収する時が来た。
(どんなのだろう?)
ライブとお風呂に入る前、ちらっと見えたのは白っぽい下着だったような気がしたけど。
レース?それとも柄はないとか?
リボンがついてたりして。
うん、ライブの可愛らしいイメージにぴったり。
まあ黒っぽいアダルトな下着を着けたライブも見てみたいけど。
いや、でも…
ぽたっ。
考えを巡らそうとした途中で私はまた鼻血を出している事に気付く。
いけないいけない。こんな事してる場合じゃなかった。
(では、失礼します…)
私は鼻血をハンカチで拭いながら、いよいよ籠を手に取り中を覗いてみた。
「…あら?」
ない。
籠の中には何も無い。
ない。ない。ないないないない!!!
籠をひっくり返してくっついているかどうかみたり、振ったら落ちてくるんじゃないかと思いっきり籠を振ってみたりしたが、どこにも下着はない。
(…ま・さ・か)
私は端鞘さんのいる部屋へと向かっていった。
そして、その部屋の扉を見て気付く。
この扉は外側から鍵をかける事ができる扉で、食事を部屋の中に入れるための小窓もついている扉だ。しかも部屋の中には簡易洗面台もある。
しかも今は完全に鍵は閉まっている。
そもそも端鞘さんを逃がさないようにこの部屋に居させているので、外に出させる事なんてさせないようにしていたわけだ。
こんな状況でわざわざ脱衣所に歯磨きをしに行けるだろうか?
…迂闊だった。
なんでこんな大前提な事も忘れ、端鞘さんの事を疑ってしまったのだろう。
そう思うと、自分がとても憎たらしくなる。
でも自分を責めるのは後にする。
なにせライブの下着を見つける事が最優先なのだから。
それから家を一通り探した。
けど一向に下着は見つからない。
仕方がないのでとりあえず自室に戻り、じっくり考えてみる事にした。
私は椅子に腰掛け、腕組みをして頭の中を整理する。
…ライブが下着を忘れていたのは多分本当だろう。
ライブは家の中をくまなく探せている掃除という名目で帰ったわけだし。
ライブ程注意深い人もなかなかいないわけだし。
端鞘さんも完全に無実。これは確定事項。
となると、オリーヴ?
でもなんでオリーヴが?動機が見つからない。
それとも、別の誰かがこの家に?
だとしたら…いい度胸ね。
怪盗の家に忍び込んであまつさえ下着を盗める人?
…普通に考えればありえない。
普通に考えれば。
だが有り得ないなんて何処に言い切る根拠があるだろうか?
(だけど待って…)
ふと。
動機が見つからないと言ったが、それは正確には意識的な原因の事しか自分は考えていなかったのではないか?
動機というには二つある。
それは意識的な原因と無意識的な原因だ。
悪意が存在しない無意識的な動機…つまり、オリーヴはごく自然に、忘れていた下着の存在に気付き預かっていたのではないか?
そうすれば説明がつく。
何故なら一通り家を探したとはいっても、オリーヴの寝ている寝室へは行っていない。
寝ているオリーヴを無理に起こしたくなかったから。
だが憶測だけで何かがわかる事は少ない。
なにか確定的な証拠でもなければ裏付ける事は出来ない。
手がかりを探さないと。
あと、外部の侵入者の可能性も捨てきれない。
とりあえず戸締りはしっかりとして。それから家を何回か見回りましょう…。
ライブの下着がよくわからないような人に好き勝手されるのだけは防がなくちゃね。
見つけるまで決して寝ないわよ、絶対。
「う〜ん…」
ん?
なんだか眩しい。
まぶたが重い。
そう思った直後、私は自分が寝ている体勢をしている事に気付く。
それも布団が私の体にはかかっている。
「…あああああああああっ!!!」
私は叫んだ後、がばっと上体を起こす。
そして自分が置かれている状況に気付いていく。
今私がいるのは自室のベッド。
(…そっか。寝ちゃったんだ…私。見回りに疲れて、寝ちゃったんだ)
最低だな…私。
そう思った直後。
私は横から誰かに抱きつかれた。
「…そーちゃん…そーちゃんっ…」
ライブのすすり泣く声が聞こえる。
――私に抱きついているのはライブだったのだ。
「…ライブ?なんで…?」
「う…うっ…ぅっ…」
私はわけがわからなかった。
なんで、ライブがここに?
それになんでこんなに泣いてるの?
「えっと…ライブ?」
「ううっ…もう、心配したん…だから…」
そうライブが言った時。ノックの後、部屋の扉が開きオリーヴが入ってきた。
そしてオリーヴは私をみるなり、一気に涙ぐんだ。
そして頭をばっと下げ、口を開く。
「ごめんなさい!!オリーヴが全部悪いんです!!!洗濯すればいいのかと思って籠にあったライブさんの下着をお姉様の下着と思い、一緒に洗っちゃたんです!!」
「オ、オリーヴちゃん、それは違うよ!!そもそも私が不注意で下着を忘れなければこんな事にはならなかったんだから!!」
「えーと。ごめんなさい、二人とも。なんで今の状況になったか説明してくれないかしら?
どういう経緯かさっぱりわからないんだけど」
そして二人から事情を聞いた。
私はあの後家中を見回りに行っていた途中で寝てしまっていたらしい。
一方でお手洗いに起きたオリーヴが電話の前の血痕と割れたコーヒーカップを発見して異様な空気を感じた。
それは見回りに没頭する私が片付けそびれていた鼻血と落としたコーヒーの成れの果てなのだが。
血痕は通常、血が落ちるまで距離がある程その広がりも大きくなる。
一般的にコーヒーカップの欠片で指などを切った場合、拾うためにかがんだ人の指先と床の距離は大きく開かないから、当然血痕の広がりも少ない。
もっとも、指などを切ると痛みを感じて指などを押さえたり、傷がどれくらいのものなのかと様子を見たりするのが大体のパターンだから、血痕が落ちる事自体珍らしくはあるのだが。
だが今回のコーヒーカップの近くにあった血痕は指などを切ったにしては広がりが大きかったのだ。
そしてオリーヴは私を必死に探し当て、緊急暗号通信を発する機械を使ってライブを呼び出し、私をライブとオリーヴの二人でベッドまで運んだ。
そして朝になって今に至る、というわけだ。
肝心のライブの下着はオリーヴが家の洗濯物と一緒に洗いストーブで乾かした後、アイロンをかけてたたんでおいたのだ。
私も家への侵入者の事ばっかり考えていて、自分の洗濯物の中にライブの下着が混じっている事まで頭が回らなかった。
「じゃあライブは深夜なのに私の家まで来たっていうの?!電車なんて動いてないから、ライブの家からここに来るまで苦労したでしょうに…」
「あ、それは近所のビルからグライダーで滑空してショートカットしたんだ、怪盗服を着てね。グライダーから降りてからは念のため交通整備員に変装して走ってきたんだ。でもこれぐらいならやり慣れてるから全然平気だよ」
「ごめんなさい、ライブさん。オリーヴ一人じゃお姉様をお運びできないし、ひきずるなんてもっての他ですし。手伝ってもらおうにも凝人さんを部屋から勝手にお出ししたら駄目だと思ったんです。すみません、オリーヴにもっと力があれば」
「ううん、オリーヴちゃん。判断は正しかったよ。…大体、全ての原因は下着を忘れた私が悪いんだし…」
「でもライブ。私が勝手に無茶したからこんなにライブにもオリーヴにも迷惑かけちゃったんだよ?一番悪いのは私だって」
そこで会話が突然途切れる。そして三人で顔を見合わせると、私達三人全員笑えてきた。
そしてライブが口を開いた。
「なんか、可笑しいね。みんなで謝り合っちゃったりして。でもなんにせよ、そーちゃんが無事でほっとしたよ」
「そうですね。オリーヴもお姉様が元気でいてくれるとほっとします」
二人のその言葉を聞くと嬉しくて二人になにかしてあげたくなる。
そうだ、朝食なら――。
「ふふ、ありがとう二人共。それじゃあライブもいることだし、みんなで朝食にしましょう。
腕によりをかけてつくっちゃうわよ、何かリクエストはある?」
「あ、私も腕ふるいたいな、そーちゃんとオリーヴちゃんのために」
「オリーヴもお姉様とライブさんのために作りたいです」
「じゃあ、三人で作っちゃう?」
そのライブの言葉に私とオリーヴも笑顔で頷く。
――その後食べた朝食は、いつもとは一味違って美味しかった――。