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第8話 ジェンナ、依頼される。

本日は夜にもう一度更新できるかもしれません。

「えっ?」

「なんだい、依頼料が三百万テールじゃあ不満かい?」

「そうじゃなくってこんなに貰えないよ!」


 顔の前で両掌をわたわた動かして慌てているジェンナを老婆は優しく見つめながら口を開く。


「それはアンタへの引っ越し祝いも込みだよ。この家に住むとなったらいろんな物を用意しなきゃいけないからね」

「でも……」

「後住民税とか、他にもこの街に住むための手続きもアンタは知らないんだろうね。 それにたぶんアンタの事だ、そのための資金とか全く用意してないんだろ」


 老婆の言葉にジェンナの動きが止まる。

 どうやら彼女は街に住む事についての知識が全く無い様だ。


「はぁ、しかたないね。とりあえずこの六百万テールをギルドで振り込んで来ておくれ。帰ってきたらいろいろ教えてあげようじゃないか」

「お、おねがいします」


 ジェンナは老婆が差し出した袋を手に取ると頭を下げる。


「じゃあ行ってきます」

「ちょっとお待ち」

「はい?」


 ジェンナが振り返ると、老婆が机の上に積まれた三百万テールの硬貨の山を指差し。


「これも持っていきな」

「本当に良いの?」

「しつこいね。気が変わらないうちにとっとと持っていきな」


 その老婆の言葉にジェンナはもう一度引き返すと、六百万テールの入った袋に机の上の三百万テールを流し込む。


 じゃらじゃらじゃら。


「それじゃ、こんどこそ行ってきます」


 ジェンナは重さを増した袋を、大事そうに抱きかかえながら老婆に頭を下げると玄関から出て行く。

 老婆はその後ろ姿を見送ると「さてと、これでこの街でやり残した事は全て終わったね」と呟き、懐から古ぼけたペンダントを取り出し見つめる。


「爺さんや、やっとこの家を託せる人を見つけたよ。あの子ならきっとこの家を大事に守ってくれるはずさね」


 それは老婆がまだ若かった頃、プロポーズと共に今は亡き伴侶から貰った忘れ形見であった。

 急成長する街の中、唯一残ったこの家には幾つもの買収話が持ちかけられた。


 だが、その全てはこの家を解体し、新たな建物を建てるという物だったのだ。

 だから彼女はその全てを断って、子供たちが全て別の町に出て行った後もこの家に住み続けた。


 亡き夫との思い出が詰まったこの家を守りたかった。

 だが、そんな彼女も老いには勝てない。

 元気だった彼女も先日のように病に伏せる事が増えてきて、自分でも限界を感じてきていた。


 そして一年前、久々に顔を見せた息子夫婦から一緒に港町で住もうとの提案を受ける。 

 老婆はあの日、この長年愛し、住み慣れた我が家を売り払う事を決心したのだった。


「もしかして爺さんがあの子を導いてくれたのかもしれないね」


 老婆はジェンナが出て行った玄関の扉に振り向き、そこに今は亡き夫の姿を幻視したのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「リーリアさん、たっだいまー!」


 ギルドの開き扉を元気良く開けて入ってきたジェンナだったが、そんな彼女を迎えたのはいつもの優しいリーリアでなく。


「おぅ、遅かったなジェンナ」

「じ、爺ちゃん!? リーリアさんは?」

「リーリアは今昼飯食いにこの前できたばっかりのおしゃれな『かふぇ』とやらに出かけてったばかりじゃぞ」


 なんでも最近王都で流行しているという『タペオカ』とかいう謎の材料を使った飲み物を出す店が、この街に進出してきたらしい。

 そういった物にとんと興味が無いジェンナは全く知らなかったのだが、街の若い娘たちが毎日その店に行列を作って大盛況だとか。


「そうなんだ。じゃあ爺ちゃんでいいや」

「こらジェンナ。ここではギルドマスターって呼ぶようにって言ったじゃろ」

「そうだった。ギルドマスター、これギルドカードに振り込みたいんだけどさ」


 ジェンナは抱えていた袋をカウンターの上に置いて説明しようと口を開きかけた。

 だが、アルフレッドはそれを制して。


「ああ、その事ならあの婆さんから聞いておるよ」

「えっ」


 アルフレッドは意地悪気な笑いを浮かべながら袋を持ち上げる。


「何日か前に一千万テールがもうすぐ用意できるってお前さんから聞いたと、婆さんがギルドにやって来てな」


 じゃらじゃらじゃらっと袋からコインを取り出しながらアルフレッドは語る。

 喋りながらも見事にコインの山を積み上げいく。


「それから今日までで、お前さんに家を売り渡すにあたっての手続きはもう殆ど終わってるんじゃ」

「さっき権利書貰ったよ」

「それもワシが用意しておいた。後はこの三百万テールから住民税分を引いて完了じゃ」


 アルフレッドはその税金分を脇に避けて、残りをジェンナの口座に振り込む。


「住民税とか知らなかったよ。いくら位くらいなの?」

「あの家の広さなら十五万テールじゃな」

「高っ」

「一年で一千万テール稼ぐお主にとっては安いもんじゃろ? ほれ、ギルドカードで残高を確かめてくれ」


 ジェンナは少し不服そうな表情を浮かべながらギルドカードを取り出し残高を確認する。

 元の残高はきっちりと覚えていないジェンナは、チラリと残高に目をやっただけで「たぶん大丈夫」とだけ答えた。

 

「いいかげんじゃの。そのうち苦労するぞい」

「いいのいいの」


 ひらひらと軽く手を振りジェンナはギルドカードを仕舞い込む。


「それじゃ私もいっかいお婆ちゃんの家にいってくるね」


 くるりとカウンターに背を向けギルドを飛び出そうとした彼女の襟首がぐいっと引っ張られる。


「ぐえっ」


 一瞬息が止まったジェンナは、何が起こったのかわからず後ろを振り向く。

 そこにはいつの間にかカウンターの向こうにいたはずのアルフレッドがジェンナの後ろに立って、彼女の襟首を掴み引き止めていた。


「お主には後でギルドマスター室に来いと言っておいたはずじゃろ」

「えーっ、だったら後でいいじゃん」

「だめじゃ、来い」


 アルフレッドはそのままジェンナの襟首を引っ張ってギルドの奥へ向かう。

 残された他のギルド職員は「いつもの事」と生暖かい笑顔でそれを見送るのであった。



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