第7話 ジェンナ、念願のマイホームを手に入れる。
「お婆ちゃん! お金持ってきたよ!!」
ジェンナは家の扉を開くと同時に家の中へ向けて告げる。
だが、家の中は静まりかえっていて、老婆は一向に姿を現さない。
「お婆ちゃん?」
一年前、この家を訪れてからジェンナは時々顔を出して老婆といろいろ話をした。
老婆がこの街がまだ寒村だった頃の話や、亡くなった旦那さんの話。
そして彼女がこの家を売る事になった理由である息子の話など
年老いた母親が心配で、定期的に海辺の街からこの街へ、行商がてら様子を見に来る彼女の息子。
その彼から『海辺の街で一緒に暮らさないか?』と提案されたのがちょうど一年前だったらしい。
息子が帰って数日、家を売り払い息子のもとに身を寄せる決心をし、息子へ手紙をしたためた。
そしてその手紙をギルドに届けたあと、彼女は長年住んできた家の前に『売り家』の看板を引っ掛け。
直後にジェンナが飛び込んできた。
ジェンナに一千万テールという大金を告げたのは、老婆にとってこの家がそれほど大事にしていたという事の現れであった。
実際は当時ジェンナが考えていたように五百万テール程度が妥当だったのかもしれない。
もしもあの時、ジェンナが老婆に値引きを求めたら、結局彼女はその値段まで下げてくれていただろう……。
「お婆ちゃん!!」
ジェンナは先日、もうすぐ約束の一千万テールが貯まる事を告げにこの家に訪れた時の事を思い出していた。
あの日、少し肌寒さを感じるような夕方。
老婆は『軽い風邪を引いたみたいだからもう眠るところだったんだ。じゃましないでおくれ』と、軽く咳をしながらジェンナを追っ払った。
「まさか、風邪が悪化して倒れてるんじゃないよね……」
そんな事を思い出した彼女は、恐る恐る家の奥へ歩みを進める。
ぎぃ……と、きしむ床の音が静寂に包まれた室内に響き渡る。
老婆の部屋は一番奥の右側だったはず。
その部屋の扉は何故か少し開いていて、中から明かりが漏れていた。
「おばあ……ちゃん?」
恐る恐るその部屋に近づき、開いている扉の隙間から中を覗き込む。
だが、部屋の中に老婆の姿は無かった。
それどころか老婆が倒れ込んで眠っているのではないかとジェンナが考えていたベッドの上には布団も無い。
部屋の中はすっかり片付けられていて、床には大小様々な鞄や箱が所狭しと置かれている。
どうやら老婆は既に引っ越しの準備を完全に終わらせていたようだ。
「じゃあお婆ちゃんはどこへ行ったのかな?」
部屋の中を廊下から覗き込んでいたジェンナに後ろから『おやおや、これはまた大胆な盗人だねぇ』という声がかかる。
バッという音が聞こえそうな勢いでジェンナが振り返ると、玄関扉のところに探していた老婆の姿が見えた。
「まったく、人の家の扉を開けっ放しにして、アンタは何を考えてるんだか」
そんな悪態をつきながら、この家の家主である老婆が手にした荷物を入り口近くの机の上に置いて椅子に座る。
「お婆ちゃん、どこに行ってたのさ。呼びかけても返事が無いからてっきり風邪が悪化して倒れてるのかとおもったんだよ!」
「馬鹿お言い。風邪なんざすぐ治ったわ。今日は引っ越しの手続きしにいってたんだよ」
「引っ越し?」
「何不思議そうな顔してんだい。アンタにこの家を売っぱらったらすぐにアタシは息子のところへ出ていくって言ったろ?」
ジェンナは老婆が前にそう語っていた事を思い出したのか「そういえばそう言ってたね」と返した。
そんな彼女を少し呆れた目で見やった老婆は、一つため息をつくと話を切り出した。
「それでアンタが今日来たって事は、家を買うお金が溜まったって事でいいんだね?」
「うん、はいお婆ちゃんこれ!」
どん!
じゃりっ。
喜色満面でジェンナは、椅子に座る老婆の前に一千万テール分の硬貨が入った袋を置く。
「中身を確かめさせてもらうよ」
「どうぞどうぞ。じっくり確かめていいよ。あっ、でも夕飯までには帰りたいからそれまでにはよろしくね」
そんなジェンナを無視して老婆は袋から硬貨を取り出しては机の上に並べていく。
ギルドでのジェンナと同じ様に硬貨を並べ終えた老婆は一つ息を吐くと。
「確かに一千万テールあるね」
「へへーん」
老婆はそんなジェンナを少し優しい目で見てから、先程机の上に置いた荷物の中から一枚の紙を取り出す。
「ほらよ、この家の権利書だ。今日からこの家はアンタのもんだよ」
「えっ」
ジェンナは老婆が差し出した家の権利書を、まるで表彰状を受け取るかのように両手で大事に受け取る。
そして目をキラキラさせてその紙に書かれている内容を、あまり理解して無さそうだが必死に読み始めた。
「あっ」
彼女には理解できない言葉が並ぶ最後。
その一行に彼女がよく見知った名前が書かれていた。
『以上の権利は【ギルドナンバー999 ジェンナ】が所有するものとする』
「私の名前……」
「言ったろ、引っ越しの手続きに行ってきたって」
どうやら老婆は今日この時のためにギルドで名義の書き換えまで既に済ませてくれていたのだ。
「さて、そこでアンタに一つ頼みたい事があるんだけどね」
「?」
老婆はそう言いながら、机の上に置いてあった硬貨の内、百万テールの山を三つジェンナの方へ移動させる。
「アタシは明日の朝この街を出ていくからね。一晩この家に住まわせてもらいたいんだよ」
「えっ、そんなの別に構わないっていうか」
「あとね、この中から六百万テールを息子のギルド口座に振り込んで欲しいんだ」