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第6話 ジェンナ、襲われる。

「お嬢ちゃん、ちょっと頼みたい事が在るんだがいいか?」


 老婆の家を目前にしたところでジェンナに一人の男が声をかけた。

 中年だが引き締まった体のその男は、一見冒険者に見えたが、ジェンナにはその男に見覚えは無かった。


 最近この街に来たばかりなのだろうか?

 それともただギルドとかで顔を合わした事が無いだけなのか。


 ダンジョンの街になって以来、色々な所から一攫千金を狙った冒険者がこの街にやってくる様になって久しい。

 新たにやって来る冒険者全てとジェンナが顔見知りになったわけではない。

 活動時間が合わなければずっと知らない者同士という事もありえるのだ。


「何かな、おじさん。私今忙しいんだけど」

「なぁに、すぐに終わるさ。お嬢ちゃんが素直にその手に持っている袋を渡してくれればな」


 口元を歪めて、男がゴツゴツした手をジェンナに向けて差し出す。

 その手を見るだけで、男がただのゴロツキではなくかなりの手練だとわかる。


「貴方、まさかこの袋の中に何が入っているのか知って……」

「さぁてね」


 男はしらばっくれた返答を返すが、その欲望に満ちた目がジェンナの問いに対する答えであろう。


「これは私の夢を叶えるための大事なお金なの。貴方なんかに渡すわけ無いでしょ!」


 ジェンナは男の視線から大事なお金の入った袋を隠す様に背中に回す。

 大通りまで駆け戻るか、それとも男の横を走り抜けるか。


「逃さねぇよ」


 男がジェンナの思考を読んだかの様にそう口にした途端、突然背後に回した彼女の手から袋がひったくられる。

 前の男のスキを伺う事にばかり集中していたせいで、背後に忍び寄る別の気配に気が付かなかったのだ。


「いただきっと」

「あっ」


 慌ててジェンナが振り返るとそこにはもう一人別の巨躯の男が、硬貨袋の重みを確かめる様に振りながら立っていた。

 どうやらコイツラは二人で一組の追い剥ぎだったらしい。


「ちっちゃなお嬢ちゃんが持ち歩いていいお金じゃないよなぁ」

「へっへっへ、まさかこんなに簡単に大金が手に入るなんてな」

「か、返しなさいよ!」


 必死に袋を取り返そうと男の手に飛びかかったジェンナだったが。


「きゃぁっ」


 男が無造作に振り払った腕によりあっさりと路地裏に叩き伏せられてしまった。

 相手は巨漢の男。

 小柄なジェンナの体など簡単に弾き返されてしまうのは当たり前である。


「ちくしょう! 返しなさいっていってんじゃない!」

「何いってんだ? これは俺たちの金だぞ。お前の金だって証拠はどこに在るんだ? 名前でも書いてあるのか?」

「おっとすまねぇ、俺が名前を書くのを忘れてたわ」


 最初にジェンナに声をかけた男が懐から魔法ペンを取り出すと、もう一人の男が差し出した袋に汚い文字で『ベン』と書きなぐる。


「これでこの袋は俺の物だな」

「名前も書いてあるから間違いねぇな」


 男たちは下品な笑い声を響かせる。


「許さない」

「は?」

「なんだって?」


 男たちの笑い声を聞きながらジェンナは彼女にしては低い怒りに満ちた声で呻きを上げる。


「許さないっ!! 私の一年の努力を奪う事は許さないっ!!」


 その時彼女の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。


『スキップ!』


 自分より強い相手には決して効果を現す事が無いはずのそのスキルの名前がハッキリと彼女の脳内に響き渡る。


 一瞬だった。


 次の瞬間彼女の手には一千万テールの入った袋が握られていて、そしてその足元には二人のガタイのよい男たちが気絶して倒れ伏していた。

 死んではいないようだが、彼らの手足はおかしな方向に捻じ曲げられてピクリとも動かない。


「えっ、何が起こったの?」


 しかしその現象を起こした当人はまるで今起こった事が信じられないといった顔で呆然と立ち尽くす。


「ジェンナ」

「はひっ」


 今先ほど起こった出来事に頭を混乱させていたジェンナに声をかける者がいた。

 大金を持ったまま一人でギルドを飛び出したジェンナを心配して追いかけてきていたギルドマスターアルフレッドである。


 アルフレッドは年寄りとは思えない身軽な動きでジェンナの近くまでやって来ると足元に転がるゴロツキたちに目を細める。

 彼がこの街のギルドマスターになってからは、様々な治安維持改革を行い、街の治安も王都に負けないほどに良くなっていた。

 だが、いくら彼が優秀だろうとも、目が届かぬ闇が在る。


「なんだ、爺ちゃんか。私はてっきりコイツラの仲間でも来たのかと思っちゃったよ」


 ジェンナはあからさまにホッとした表情を浮かべ、こわばっていた表情に笑みが戻る。


「まったく、リーリアの助言を無視したせいじゃろうが」

「だってぇ」

「だってもヘチマも無いわい。もしコイツラにお前のスキルが効かなかったらどうなってた事か」


 その時は密かに護衛していたアルフレッドが助けに入るつもりではあったのだが、お灸を据える意味でも彼はその事は内緒にする事にした。


「え? スキルって、爺ちゃん知ってたの?」

「当たり前じゃ。これでもワシはお前の後見人じゃからの。まぁ、ここらで知ってるのはワシくらいなもんじゃろうが」


 ジェンナは生まれた村で散々馬鹿にされた『スキップ』の事については、使い方がわかった今もこの町では内緒にしていた。

 それはいくら便利な能力とはいってもローゴブレベルの弱小魔物にしか通用しない能力だと思っていたからだ。

 子供でも手軽に倒せる魔物にだけしか使えないスキルなんて、人に教えても馬鹿にされるだけだと彼女は思い込んでいる。


 そんなスキルをギルドマスターは既に知っていたというのだ。

 びっくり顔のジェンナにアルフレッドは髭面でわかりにくい顔に笑顔を浮かべ告げる。


「スキルの事は今はどうでもいい。とりあえず後の始末はワシに任せておけ」

「いいの?」

「お前はさっさとそこの婆さんにその金を渡してこい」


 ジェンナの目的地である老婆の家はもう目と鼻の先である。

 彼女は今先ほど襲われた事で、早く現金を手放したくなっていたので、彼のその言葉に素直に従う事にした。


「ありがとう爺ちゃん。いってくる」

「ああ、いってこい。ただし後でギルドマスター室に来るんじゃぞ」

「わっかりましたぁ!」


 元気よく返事をし、ジェンナはアルフレッドに手を振りながら路地から駆け出していく。

 駆け去る後ろ姿をアルフレッドは見送った後、足元に転がる二人に視線を向ける。


 その顔は、先ほどまでジェンナに向けていた好々爺然とした物ではなく、周りの温度が一気に下がったかのような錯覚さえ感じさせる冷たい表情だった。


「さて、コイツラがどうやってジェンナ嬢ちゃんが大金を持っている事を知ったのか吐かせないといかんな」


 そう呟くと、アルフレッドは倒れた二人の男を軽々と担ぎ上げ路地から一瞬で消え去る。

 一陣の風が通り過ぎたその路地には、先ほどまで二人の男が倒れていた痕跡は欠片も残されていなかった。


 その後、彼ら二人の姿と、ギルドによく出入りしていた冒険者数名が街から姿を消した事は誰にも気にされる事は無かったという。




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