第5話 ジェンナ、ふっかけられる。
「へへーん。やる時はやるのが私なのだ」
ジェンナはギルドカードをフリフリしながらその場でスキップする。
周りの皆がほれぼれとするくらいに見事なスキップを決めた彼女はそのギルドカードをリーリアに手渡す。
「リーリアさん、それじゃここから150万テールだけ現金化して欲しいんだけど」
「もう行くの?」
「うん、善は急げってね」
「じゃあちょっと待っててね」
リーリアはそうジェンナに告げると、カードを持ってカウンター奥にある扉の向こうへ消える。
ギルドの金庫室はその奥の更に奥に厳重に隠されていて、ギルドの要職者以外に性格な場所は知らされていない。
「おまたせ」
ジェンナが、これから叶う自分の夢に思いを馳せている間にリーリアが戻ってきた。
彼女の手には革の袋がぶら下げられている。
どしゃっ。
リーリアがカウンターの上にその袋を置くと、中から金属がぶつかりあう様な音がした。
「前に聞いてた通り一千万テールで良かったかしら?」
「うん、現金で必要なのはそれでおっけーだよ」
「じゃあ一応確認してくれる? 10万テールコイン100枚ね」
リーリアがそう言いながらカウンター上の袋をジェンナに向けて押し出す。
じゃらじゃらと鳴る音で、結構な量が入っているのがわかる。
「えっと。ひとつ、ふたつ、みっつ」
ジェンナはまずコインを十枚ほど山にすると、それを基準にして十個の山をカウンター上に作り上げる。
きっちり間違いなく百枚ある。
「おっけー、ばっちりだよ」
ジェンナはそう笑顔を浮かべると、山にしたコインを、最初の袋にじゃらじゃらと入れて肩に担ぐ。
それほど大きな袋ではないが、小柄なジェンナが持つとそれなりに目立ってしまう。
「ジェンナちゃん、大丈夫? 一緒に誰かについていってもらう?」
そんな姿を見てリーリアが不安そうにそう尋ねる。
「大丈夫だって、婆さんの家まで行くだけだもん。私だってもう立派な冒険者なんだしさ」
「それはそうだけど、現金を持ち歩くのは危険な事なのよ」
「もう、リーリアさんは心配性だなぁ。私ももう十五歳になったんだよ。大人だよオ・ト・ナ」
そう言う彼女はどう見ても、誰が見てもまだまだ子供である。
そもそも、そんな言動自体が子供の証しなのだと思われている事をジェンナは知らない。
「本当にあのお婆ちゃんったら、今どき現金主義なんて」
「仕方ないよ。コインを毎晩眠る前に数えるのが趣味だって言ってたし」
それはそれでどうなのだろうかと思ってしまうリーリア。
「それじゃあ行ってきます!」
「あっ、ジェンナちゃんちょっとまっ……行っちゃった。本当に大丈夫かしら」
リーリアがジェンナが飛び出していった扉を心配そうに見つめていると。
「心配ならワシがこっそりついていってやるぞい」
そんな声がふいに背中から聞こえた。
「マスター。起きてらっしゃったのですか」
「ああ、ついさっきな。ジェンナの大声で目が覚めてしもうたわ」
少し腰が曲がったかなり高齢に見える彼こそがこのギルドのマスターであるアルフレッドだ。
顔には目を隠すほどの眉毛と口も見えないほどの口ひげを蓄えていて表情が読めない。
「ではジェンナ嬢ちゃんを追いかけるとするか」
アルフレッドはそう言うと、リーリアの横を通り抜け、カウンターをひょいっと飛び越える。
その身のこなしは、とても年老いた老人の動きとは思えない。
「それではお願いしますマスター」
「ああ、任された」
彼はそれだけ言い残すとジェンナの出ていった扉から同じ様にしてギルドを出ていったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゆめ~は~きっとかな~う~♪」
謎の音程の外れた自作曲を口ずさみながらジェンナはスキップで進んでいく。
彼女の目指す先は昼間人混みで賑わう大通りから少し中に入ったところにある古い一軒家だ。
ジェンナの夢。
それは、いつか自分の家を持ってそこでのんびり一生暮らすというものだった。
この街にやって来て一月ほど経った頃だろうか。
彼女はようやく自分のスキル『スキップ』の特性を把握できてきたおかげで日々の冒険者収入が上向きになってきていた。
「いつかはこの街で自分の家を持ちたい」
そんな事を考えながらその日は街の中をフラフラ散歩していた。
暇だったので、いつもは通らない道を選んで観光気分の彼女。
そんな彼女の前に、そこだけポツンと街の変化に取り残された様な小さな家が現れた。
このフォレストレイクという街はダンジョンが発見されるまでは、辺境の寒村であった。
しかし見つかったダンジョンがかなりの『優良物件』だった事で一気に人が集まり、村が街へ短い期間に変貌を遂げた。
目の前に現れた古びた家はきっとその流れから取り残されたのだろう。
ジェンナは立派な建物が並ぶ街の中に一見だけ残った、どこか自分が生まれ育った家を思い起こさせるその家にフラフラと近づいていく。
「あれ?」
近寄ると家の庭先にある簡単な開き扉に一つだけ看板がぶら下がっているのに気がついた。
そこには『一年後、この家を売ります』とだけ簡潔に書かれていた。
「これって神様のお導きってやつなのかな?」
その看板を見て彼女は即断した。
この家は自分が買うのだと。
「すみませーん」
彼女はそのまま開き扉から庭に入ると、古いながらもきれいに手入れされている家の扉をノックした。
住民が出てくるまで庭や建物の状態を観察していると、この家がとても大事に扱われている事がわかる。
見かけは古くても、そこら中にある他の新しい家より、何処も彼処もきっちりと手入れされているのだ。
「こんなに大事にしている家を売るなんて何があったんだろう」
そんな疑問を持ちながら待つ事しばし。
やがて開かれた扉の向こうから出てきたのは、小柄なジェンナより更に小さい腰の曲がった老婆だった。
その老婆は訝しげにジェンナの顔を睨めつけるように見ると「なんの様だい?」としわがれた声で告げる。
「あ、あの私ジェンナっていいます。家の前に書いてあった看板を見て、この家を是非売ってもらいたくて」
「ちょっと前にぶら下げたばかりだってのに、もうかい」
どうやらあの『売り家』の看板は取り付けられたばかりらしい。
ジェンナはその幸運と、奇跡の様なタイミングで更に運命の出会いを確信する。
「アンタみたいなお子様が本当に買えるのかい?」
「おいくらなのでしょうか?」
「そうさね、現金で一千万テール。それ以上はまからないよ」
「い、一千万ですか」
「なんだい? こんな古い家だからもっと安く買えるとでも思ったのかい?」
正直ジェンナは老婆の言うように五百万テール程度で買えるものと思っていた。
それでも大金ではあったが、スキップを使いこなせるようになっていた彼女にとってはそれは一年後には十分に届く金額という計算もあった。
一瞬口ごもった彼女であったが、意を決したように顔を上げると。
「一千万テールですね。わかりました。一年後までに絶対に用意します!」
そう言い切って老婆の手を両手で掴むと。
「それまでは絶対に他の人にこの家を売らないでくださいね」
そう懇願し、老婆が首を縦に振るまで必死な目で訴え続けたのだった。