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第3話 ジェンナ、食堂で成果を自慢する。

 町への帰り道。


 ちょうどウサギを狩ったばかりらしいローゴブを見つけサクッと『スキップ』で倒す。

 後にはローゴブの魔石と、狩られたばかりの新鮮なウサギ。


 偶然とはいえ、思わぬ収穫に普段から緩んでいる顔を更に緩ませながら帰路を急ぐ。

 町一番の宿屋に併設されている食堂ガレートへ飛び込むように入っていく。


 彼女はニッコニコの笑顔のままカウンター前の椅子に飛び乗って、ウサギの入った獲物袋をカウンターに置いてから、奥の厨房で忙しそうに料理をしている男に声を掛ける。


「オヤジさん! ウサギ捕まえてきたから料理してちょうだいっ」


 実際にウサギを捕まえたのはローゴブなのだが、ローゴブの物は私の物と常日頃から口にしてはばからないジェンナ。


「なんだジェンナの嬢ちゃんか。 今忙しいんだ、そこにでも置いとけ」


 厨房からとても料理人とは思えない風貌の男が顔を出し、とんでもなくドスの利いた声でそう言ってまた厨房に戻っていく。

 彼こそがこの食堂兼酒場の店長であるガイゼルだ。


 外見とは裏腹に面倒見のいい彼の事を、彼女や他の冒険者は皆オヤジさんと呼んで慕っている。


 元冒険者だったそうで、顔に刻まれた幾つもの傷と、今でも衰えていない筋肉質な体ががそれを物語っている。

 そんな風貌の彼が冒険者を引退した理由は『料理道に目覚めたから』らしい。


 いったい彼に何があったのか。

 ジェンナは特に知りたいとも思わなかったので聞いた事はなかったのだが、当時この食堂の看板娘だった今の嫁さんに一目惚れし、亡くなった彼女の父親に結婚を認めさせるために必死に料理を覚えたとのもっぱらの噂である。


「アンタ今日もまたローゴブ狩りに行ってたのかい?」


 そう言いながらジェンナの目の前にミルクが入ったジョッキを置く彼女こそがその噂の看板娘だった女将さんだ。

 名前はファルといい、あのガイゼルとの間にはかわいい娘が一人いる。

 若い頃はさぞ美人だった……のかもしれないが、今のふくよかなその姿からはあまり想像は出来ない。


 その娘であるデミアちゃんは、お父さんの遺伝子を一切受け継いでいないと思われるほどかわいいので、たぶんファルさんも昔は……と新参者は皆思っている。


「何考えてんだい?」

「えっ、なんにもっ!」


 ついファルの顔を無意識に見つめていたジェンナは、その心の内を隠すよう何でも無い風を装う。

 ファルは接客業という仕事柄のせいか、かなり人の表情を読むのがうまい。


「今日もローゴブが大量だったなと思い出してただけだよ」

「ほんと、アンタくらいだよ。あんなに大量にローゴブを狩ってくるのは」


 この村に十四歳の時にやってきてもうすぐ一年。

 ジェンナはすでに十五歳になっていたが、その間彼女がやった事といえばダンジョンで痛い目にあって以来はローゴブ狩りくらいのものだ。


 たまに村人に頼まれて軽い仕事はするけれど、大体はそれだけ。

 この町に住む冒険者の中ではかなり異質だ。


「ローゴブが一番安全に稼げるんだもん!」


 そう言い返しながら、腰から今日の成果の入った袋を取ってカウンターの上に置くジェンナ。


 どしゃり。


 小さな魔石だが、五十個以上も入っていればそれなりの重さになる。


「相変わらずすごいもんだねぇ」

「これしか取り柄がないからね」


 ジェンナが魔石の入った袋をもう一度腰にしまうと、ちょうど厨房からオヤジさんが出てきてファルに何種類かの料理が並んだ皿を手渡す。

 今夜の日替わり定食は、どうやら魚料理らしい。


 この辺境の町『アンダーステイ』は深い森を背にしているが、港町と王都をつなぐ隣町から海産物は流通してくる。

 流石に高価な魔道具を使わないと運べない鮮魚は庶民には手に入りにくい価格なので、殆どが干し物ではあったが。


「アンタもいつもと同じで日替わりにするのかい?」


 ジェンナは去り際にそう言ったファルに頷き返すと、今度はガイゼルがカウンターに置いてある獲物袋の中を覗き込みながら厳つい顔を彼女に向ける。


「結構デケェじゃねぇか、どうしたんだこれ」


 ジェンナは素直に帰り道の出来事を話す。


「ローゴブの獲物を横取りしたのか。本当にお前はローゴブにとっちゃ疫病神だな」


 ガイゼルはそれだけ口にすると獲物袋を持ち上げ「皮以外は使うぞ」と厨房に戻っていく。

 その背中にジェンナは「皮と私一人分の料理以外は全部プレゼントするから負けといてね」と言い放つとガイゼルは無言で片手を上げて答えた。


 料理が出てくるまでの間、ジェンナは暇つぶしに食堂の中に目を向ける。


 近場に絶好の狩り場となるダンジョンが出来たおかげで、この十年でこの村はすでに町と呼んでもいいくらいまで発展していた。

 その前までは主に林業メインでほそぼそとした生活を続けていた辺境の寒村だったというのに。


 この食堂も、当時は小さな店でしかなかったのが今や町一番の大きな宿屋を併設する立派なお店になっている。

 どうやら看板娘に一目惚れした厳つい冒険者は、不思議と商才があったようだ。

 人は見かけによらないとはよく言ったもんだと、その話を聞いた皆はたいていそう思いながら彼の厳つい顔を凝視して睨み返されるのだった。


 今、食堂の中にいる客は五人しかいない。

 いつもならこんな昼下がりの時間帯でもそれなりに冒険者で賑わっていてもおかしくないのだが、今日は珍しく閑古鳥が鳴きそうな状況だ。


 その中の四人は同じパーティなのか四人がけの椅子に座って豪勢な料理を卓上に並べて笑顔で何やら今日の冒険について語りあっている。

 どうやら彼らは数日前からダンジョンに潜っていて、少し前に町に戻ってきたらしい。

 その笑顔からすると、きっとダンジョン探索でかなり良い成果を得られたのだろう。


 残りの一人はジェンナと同じくソロ冒険者だ。

 といっても一年以上ソロを続けているジェンナと違って、彼はつい最近この村にやってきたばかりで、まだ入るパーティを決めていないというだけの話だが。


 その一人にファルが先ほどの日替わり定食を持っていって、何やら少し会話をして戻ってくる。


「あの人、加入パーティ決まったのかな?」

「ええ、明日から『風の狐』に加わるらしいわよ」

「へぇ、そういやあそこのメンバーの一人が結構な大怪我してしばらく動けないって聞いたけどその代わりかな」


『風の狐』はこの町に常駐しているパーティの中でもそれなりの手練が揃っている古参のパーティだ。

 無理してダンジョンの奥まで進まなければ大した怪我一つしなであろうほどの。


 だがダンジョンにイレギュラーはつきものだ。

 下位層から突然予想外に強い魔物が迷い込んで来る事もある。

 たぶん彼らもそのイレギュラーに見舞われ、そして大事な戦力を失ったのだろう。


 そういう事があるからジェンナはダンジョンに潜りたくないのだと心の中で思いながら、空になったジョッキをファルに差し出す。


「冒険者の仕事が続けられるかどうかわからないくらいの怪我だったらしいからね」


 それで慌てて新規加入メンバーが必要になったという事か。

 タイミングが良かったのか悪かったのか。


「ローゴブ狩ってるほうが安全なのにね」

「そんな事言ってるのはアンタだけだよ」


 ファルがジョッキに継ぎ足してくれたミルクに口をつけ、その元ソロ冒険者を横目にジェンナがつぶやくとファルは呆れた様な表情を彼女に向ける。


「この村にやって来た冒険者の連中って、どいつもこいつも目をギラギラさせて一攫千金とか有名になりたいとかさ、店の中で仲間と一緒に夢を語りあってんのに」


 ファルはひょいっと肩をすくめる様な仕草で続ける。


「アンタと来たら毎日毎日子供でも倒せるローゴブばっかり狩って、ダンジョンにも行きゃしない」

「私にだって夢くらいあるよ」


 そんな彼女にジェンナは、かわいく小さい頬を膨らましながら答える。

 そう、夢はあるのだ。


 他の大望を抱いている冒険者たちに比べればささやかな夢かもしれないが、彼女にとってはそれは大きな夢だと思っている。


「そうだ、まだギルドに行って魔石を換金してないから確実じゃないんだけど」


 ジェンナはジョッキのミルクをぐいっと飲み干してから。


「明日には私の夢、叶うかもしれないんだよね」


 そう笑顔を浮かべながら答えたのだった。



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