第17話 ジェンナ、迎賓館で新代官に合う。
「ほえー、でっかいなぁ」
ニーノの町が誇る迎賓館。
それを囲むように人の背丈の数倍はありそうな柵が張り巡らされている。
柵の内側には常緑樹が視線を遮るように植えられており、外から中をうかがい知ることは出来ないようになっている。
ジェンナはそんな迎賓館の正門を少し離れたところから眺めながら懐から任命状とギルドカードを取り出し握りしめる。
何も持たないままあの門に近づけば、門を守る衛兵にあっさり追い返されてしまうだろう。
なんせジェンナはジェイドの姿になっていても、とても護衛が出来る冒険者には見えないからだ。
しかも変な仮面をかぶっている。
追い返されるどころか気がつけば牢屋に放り込まれても不思議ではない。
「よし、いくか」
意を決してジェンナはその足を正門に向ける。
緊張のためか少しぎこちない。
リーリアからの情報では、少し粗相した位ではどうこうされることはないらしいが、やはり貴族様に会うのは田舎の村娘でしかないジェンナには荷が重いことには変わりがない。
そんな不審な格好をして不審な動きで近寄ってくるジェンナを、門を守る衛兵が見逃すわけもなく。
「止まれ」
門の手前で止められてしまう。
「ここは子供の遊び場ではないぞ」
見事に鍛え上げられた体と、その体に纏う美しい鎧。
その両手には立派な槍が握られている。
衛兵は門の左右に一人づつ。
片方はジェンナの前を塞ぐように立ち、もうひとりは門の手前で何かあった時すぐに増援を呼べるように、何やら魔道具を片手に持ってこちらの様子を見ている。
ジェンナのような一見ただの子供相手でも警戒を怠らないのは立派だなと彼女は思いつつギルドカードを差し出す。
「僕はジェイド。アンダーステイギルドマスターからナバイト・ニング様の護衛依頼を受けやってきました」
「お前のような子供が護衛だと?」
ギルドカードを確かめつつ衛兵の男が疑わしげにジェンナの顔を睨めつける。
「はい、これがその任命状です。確認お願いできますか?」
ジェンナはそう言って握りしめていた任命状を衛兵に手渡すと、彼はその封蝋を確かめ。
「たしかにギルドからの正式な物であるな」
と、封を外し中を確認した後、その任命状をジェンナに返す。
「ふむ、どうやら嘘でも冗談でもないようだな」
「それは本当なのか。偽造ではあるまいな?」
衛兵の言葉にもうひとりの衛兵が声を上げる。
彼らが疑うのも仕方がないと嘆息しながら、ジェンナは「それではそろそろ約束の時間なので、中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」と告げた。
「ああ、わかった。そこの通用口から入るが良い」
「ありがとうございます」
門の手前にいた衛兵が門の横にある通用口の小窓から中へ何やら告げると、人一人が通れる程度のその扉が開かれ、ジェンナはそこから中に入るのだった。
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「お待ちしておりましたジェイド様。わたくしはナバイト様直属の執事を承っておりますマーキーと申します」
扉から中に入るとそこは衛兵の詰め所のようになっていて、中には数人の兵士と一人の黒服の男が居た。
どうやら一人だけその風景から浮いている黒服の彼が案内役らしい。
「これはご丁寧に。よろしくおねがいします」
ジェンナはそう言って軽く頭を下げる。
「それではジェイド様。ナバイト様の下へご案内いたしますのでついてきてください」
「はい」
ジェンナはそう返事をするとマーキーと供に詰め所を出る。
「さすが広いですね。それにとても綺麗だ」
詰め所から出て、きれいに切りそろえられた芝生の中を通る歩道を歩きながらジェンナは感嘆の声を上げる。
「ジェイド様はこちらにいらっしゃるのは初めてでしたか」
「ええ、外から見えるのはほんの少しですから。こんなに綺麗だったんですね」
「わたくしも初めてここを訪れた時には同じ様に感動しましたから、よくわかります」
流石、大領主どころか王家の人たちも使う施設だけのことはある。
お金の掛け方が半端ない。
「ニーノの町ってやっぱりお金持ちなんですね」
「そうですね。ですがこの迎賓館は流石に一つの町だけで作れる規模ではありませんので王家が直接指揮して作られたものでしてね」
「王家が?」
「ええ、本当の理由はわからないのですが。一説には先代の王がこの町を避暑地として開発したいと先陣を切って工事を指示したとか」
「たしかに王都よりはこっちの方が過ごしやすいってうちのギルドマスターもよく言ってますね。そんなに王都って暑いんですか?」
アルフレッドが前に「王都は老体には堪える暑さじゃからこっちに逃げてきたんじゃわい」と口にしていたのを思い出す。
「ジェイド様は王都には一度も?」
「ええ、元々アンダーステイの更に奥にある寒村の出なんで、まだ王都には行ったこと無いんですよ」
「そうですか。実は王都のある地は全体的に地熱によってこのあたりより数度ほど気温が高いのです」
「地熱……ですか。あっ」
「おわかりになられましたか」
王都が現在ある場所。
その地下には王都の経済を支える広大なダンジョンが存在した。
通称『炎のダンジョン』と呼ばれるそのダンジョンは、アンダーステイダンジョンより遥かに広大であり、国を支える事ができるほどの資源を産出している。
その名からわかるように、各階層には炎系の魔物が跋扈して冒険者たちの行く手を阻んでいる。
その広大なダンジョンを攻略し、ダンジョンコアを持ち帰ったのが初代の王アレクセイオスであったといわれている。
そして王族を守り供に国を支える御三家の先祖が、そのアレクセイオスに付き従い、供にダンジョン攻略をした仲間たちなのだそうだ。
「たしかにそんなダンジョンの上にあったら暑いわけだね」
そんな話をしているうちに二人は迎賓館の玄関までたどり着く。
きれいな庭を一望できるように少し小高い場所に建てられたその建物は、太陽の光にその真っ白な姿を晒していた。
「すごいですね。一体どれだけの部屋数があるのやら」
「お客様用のお部屋だけでも五十室あります。他にも色々な催しが行われる大ホールや会議室。大食堂等もございますね」
「ほへー」
ジェンナはポカーンとした間抜け顔を晒しているのも忘れてその建物に見とれていた。
「この他にもここからは見えないようになっていますが、使用人専用の宿舎などが別棟で用意されておりますが、それはまたの機会に」
マーキーはそう言うと迎賓館の立派な扉を開けジェンナを中へ案内する。
迎賓館の中は、外観から想像したとおりとんでもなく豪華であった。
床に敷かれた真っ赤な絨毯は汚れ一つもなく、ジェンナが足をすすめるのを躊躇させるほど。
天井から下る大きなシャンデリアは、明かり取りの窓から入ってきた光を見事に反射させロビー全体を明るくさせている。
そこかしこに置かれた彫刻や絵画、壺。
正直言えばジェンナには芸術など全くわからなかったが、それでも凄いものだというのだけは肌で感じた。
そのどれか一つでも壊してしまったら、多分一生タダ働きでも返しきれない借金を背負うだろう。
「やぁ、よく来たね。君がジェイドくんかい?」
おっかなびっくりで足元に神経を集中させて歩みを進めていたジェンナの耳に、よく通る男性の声が聞こえた。
前方にあった階段の上からだろうか。
ジェンナは立ち止まるとその声の方へ顔を向けた。
視線の先。
壮年のしっかりとした身なりの男がゆっくりと階段を降りてくるのが目に入る。
どうやら彼が声の主らしい。
「はい。僕がジェイドです」
「私はナバイト・ニング。君の今回の護衛対象の一人で、アンダーステイの新しい代官になる。よろしく」
彼はそう言いながらジェンナの前まで歩いてくると、右手を差し出した。
「君があのアルフレッドのね……思っていたより可愛らしくて驚いたよ。ああ、男に可愛らしいは失礼だったね、お詫びするよ」
「い、いえ。光栄です」
焦りつつも差し出された手を握り返すジェンナ。
むしろ本当は女の子であるジェンナにとっては可愛らしいといわれて嬉しいのだが、ジェイドになっている今、そんな事は言えない。
「代官様は爺……うちのマスターの事をご存知なのですね」
どうもアルフレッドのことをマスターと呼ぶのになれていないジェンナは、少しつまりながら声を出す。
先程ニーノの町のギルドマスターであるアズレンが隣町のマスターであるアルフレッドを知っているのはわかる。
だが大領主ニング家の次男であるナバイトまでアルフレッドの名を口にしたのだ。
それに――。
「アルフレッド殿からは王都に居た頃色々と教えを受けていてね。私にとっては師匠……みたいなものかな」
「そうなんですか。あのギルマスが?」
ジェンナのその反応に彼は少し訝しげにしながら尋ね返す。
「ジェイドくんは彼からは何も教えを受けたりはしてないのかい?」
「そうですね。身元引受人になってもらってからは冒険者としての基礎知識とか色々教えてもらいました」
「ふむ」
「それに最近は町を警備するための色々な技術も教わってますね。そっか、たしかに爺ちゃんは教えるのが上手かった気がします」
アルフレッドの呼び方が『爺ちゃん』に戻っていることにも気が付かず、ジェンナは当時を思い出しながら答えた。
「そうか。多分これから先、君は彼からもっともっと色々教わることになると思うよ」
「えっ、それはどういう……」
ナバイトのその言葉の意味を聞き返そうと口を開きかけたその時、階段の上から不安そうな女性の声と、人々の慌ただしい足音が聞こえてきた。
ジェンナとナバイト、側に仕えていたマーキーの三人が階上へ目を向けると、そこに一人の綺麗な女性とその従者だろう数人が顔を表す。
「貴方大変ですわ」
「どうしたんだミゼリ、そんなに慌てて」
ミゼリと呼ばれた女性。
多分ナバイトの妻であろう彼女は、そのまま一気に長いスカートの裾を気にしながら階段を降りてくると、ナバイトにすがりつき口を開いた。
「二人が……フィランとコルドがどこにもいませんの!!」
現在更新の目処が立たない状況なので、一旦完結設定とさせていただきます。
この挨拶だけでは申し訳ないのでこの後のお話をプロットから簡潔に少し公開しておきます。
※プロットから要約
この後ジェンナは誘拐された貴族の娘を助けに誘拐犯のアジトに向かい救出することとなります。
その活躍に惚れた娘によってファンクラブが結成されてしまい、ジェイド(ジェンナ)は一躍貴族令嬢の憧れの的となります。
その後も男装しながら事件を解決していくたびに女性ファンが増えていく中、貴族爵位も断りのんびり暮らしたいジェンナは悩む。
そして遂に【スキップ】出来ない魔物が現れる。
ジェンナはその強力な魔物とどう戦うのか!
以上。とりあえずここまでということで。
もし連載再開した場合、簡易プロットはあくまで簡易プロットなので内容がガラリと変わる可能性があることだけは書き残しておきます。