第14話 ジェンナ、身悶える。
本日二話目の更新となります。
「はぁ……いくら身元を隠すためだっていっても男装はないよね」
彼女……いや、今は彼と言ったほうがよいのか。
彼は足元に転がる数人のゴロツキたちを見ながら、誰にも聞き取れないほどの小声でため息を吐いた。
ジェンナはあの日以来、街の警備の仕事を時折行うようになっていた。
この街に来た時からずっと世話になっているアルフレッドの頼み事を彼女は断れなかったのだ。
ギルドから支払われる報酬は、彼女がローゴブ狩りをして得るお金より安かった。
だが、いちいち街を出て森の奥をうろつく手間暇を考えればとんとんだと彼女は納得はしている。
納得はしているのだが――。
「仮面の騎士様、ありがとうございます」
「え、仮面の騎士ってわた……僕の事?」
突然話しかけられてジェンナは慌てて振り返る。
そこには引き裂かれた服を抱きしめるように胸を押さえている女性が深く頭を垂れていた。
「はい、あなたの噂はかねがね」
「……あはは、僕は騎士なんて大層なご身分じゃないよ」
「ではなんとお呼びすれば……」
女性の言葉にジェンナは少し考えるようにした後、先程アルフレッドと決めた『偽名』を彼女に伝える事にした。
「僕の名はジェイド。しがない旅の冒険者さ」
「仮面の騎士ジェイド様……」
「いや、だから僕は騎士では――はぁ、もうそれでいいよ」
うっとりとした瞳でジェンナ改めジェイドを見つめる彼女にジェイドは、懐のマジックバッグから取り出したマントをかけてやる。
「ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。もうそろそろ警備兵もやってくるだろうから後は彼らに任せて僕はもう行くよ」
「えっ、そんな」
止めようと伸ばす彼女の手をすり抜けるようにくるりと回転しつつジェイドは一瞬にして路地裏からその屋根の上に飛び上がる。
そして路地裏の入り口から警備兵たちが数人やってくるのを確認した後、彼は彼女の前から姿を消した。
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「うわああああああああああああああああっはずかしいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
人の目を避けながら変身を解き夢のマイホームに戻ってきた彼女は、帰宅してそのまま寝室のベッドに飛び込んで転がりまわる。
「なにが『しがない旅の冒険者さ』なのよおおおおおおおおおおっ」
しばらく騒いだ後、外に声が漏れるかもしれないと思ったのか、ジェンナはぼふっと枕に顔を突っ込む。
それでも何やら時折り思い出しては、くぐもった悲鳴を上げつつ、しばらくの間ベッドの上に足をばたつかせていた。
やがて自分の積み上がっていく黒歴史に苦しんでいた彼女が寝息を立て始め、夢の世界にようやく逃避できた時。
『ぴんぽーん』
玄関に取り付けた呼び出し魔道具が押された。
「んもぅ。なによこんな時間に」
ジェンナは枕から顔を上げて窓の外に目をやる。
いつの間にやらすっかり日は暮れてしまっていたようだ。
だが、部屋の中は暗くなると自動的に明かりが灯る魔道具のおかげで明るく、その光のせいで来客もジェンナが家の中にいるとわかったのだろう。
「はいはい、誰ですかー」
一応部屋の鏡の前で軽く乱れた髪を整えてからジェンナは玄関に向かい、扉に向けて声をかける。
最近はジェイドやアルフレッドたちが見回りをしているおかげで壁の中の治安は一時期に比べかなり良くなっていた。
だが、それでも女の子の一人暮らしには危険がいっぱいである。
不用心に扉を開けるわけには行かない。
「ワシじゃよ」
「ワシさんなんてしりません。お帰りください」
「ほほぅ、そんな口を利いてよいのか? 今日は王都から最新のすぃーつとやらが届いたからくれてやろうと持ってきてやったのにのう」
「わわっ、ごめんなさいっ。今すぐ開けるからまって!!」
ジェンナとて年頃の女の子である。
最近まで菓子屋は貴族専門のお店しか存在しなかった。
なぜなら甘味の原料になる砂糖を手に入れるためには、遠い異境の地から数ヶ月もかけて運んでこなければならなかったからだ。
もちろんその砂糖の原料になる物はその国の中で厳重に管理秘匿されており、門外不出。
国内での生産は不可能であった。
だが、数年前にアンダーステイダンジョンより発見された砂糖草と名付けられた植物が地上でも栽培できる事がわかり、国王直々の令の元で大々的に国内での栽培が行われるようになったのだ。
おかげでまだまだ値ははるものの、庶民でも手に入る価格まで甘味が出回るようになった。
それでも王都の洗練された味にはまだまだ地方の街ではかなわない。
アルフレッドは最近よく王都のギルドに出張に出かけている。
その度、彼が土産と称して持ってくる王都すぃーつはジェンナが彼に逆らえない理由の一つにもなっていた。
「まったく。無駄にひと手間かけさせおって」
アルフレッドは家に入ると、玄関近くにある食卓に腰を下ろすと、机の上に持っていた箱を置く。
真四角なその箱は、見かけはただの木箱にしか見えないが、その実立派な魔道具である。
「ほれ、ギルドの若いもんに買ってこさせた最新すぃーつじゃ」
「わぁい、爺ちゃん大好きっ」
ジェンナは挨拶もそこそこに箱に飛びつくと、その蓋を勢いよく開けて中を覗き込む。
「わぁ、なにこれ美味しそう」
「それはなにといったかのぅ。そうじゃ、『プリーン』とかいっておったな」
どう見ても数日の旅行に耐えられそうにない生菓子であったが、見る限り傷んだ様子はない。
それもそのはず、アルフレッドがこのプリンを入れてきた箱は通称『保存箱』と呼ばれており、中に入れた物を入れた時の状態のまま数日間保存できるというとんでもない代物である。
本来はすぃーつの運搬程度に使われてよいような代物ではないのだが……。
「ワシがいない間のお主の活躍っぷりはリーリアから聞いておるぞ」
「えっ」
プリーンを食べるために二人分のお茶を用意していたジェンナだったが、彼のその言葉に自分の黒歴史を思い出させられて顔を赤くする。
「か、活躍ってどんなふうに聞いたのかな?」
お湯を注ぐ手と声を震わせて彼女はつい聞かなくてもよい事を聞いてしまう。
「お主、最近この街の女性の間で『仮面の騎士様』と呼ばれておるそうではないか」
ガチャン。
「熱っ」
「大丈夫かのう」
「爺ちゃんがおかしな事言うからじゃん」
「聞かれたから答えただけじゃが?」
「ぐぬぬ」
ドンッ。
お茶がカップからこぼれそうな勢いで食卓にジェンナはカップを二つ置くと、どっかりと椅子に座り込む。
「それ、私が自分で名乗ってるわけじゃないからね。か、勘違いしないでよね」
「うむ、それも聞いておる。たしか『しがない旅の冒険者ジェイド』だったか?」
ぶふっ。
アルフレッドの言葉に思わず一口飲みかけたお茶を拭いてしまうジェンナ。
「行儀が悪いのう」
なにげに食卓の上から自分の分のカップとプリーンを避難させた格好でアルフレッドは意地悪そうな笑みを浮かべる。
これは完全にわざとだとジェンナは口元と、机にこぼれたお茶を吹きながら彼を睨むがどこ吹く風である。
「それにしても本当にこんなもんでよいのか?」
「なにがさ」
「お主の報酬じゃよ。アルバイト程度の報酬とワシが王都で買ってくるすぃーつだけで本当によいのか?」
「なんだかんだと爺ちゃんには世話になってるし、念願のお家も手に入ったからね。もうそんなに必死にお金貯める必要もないしね」
ジェンナは美味しそうにアルフレッドから貰った『報酬』であるプリーンを美味しそうに食べながら答える。
「それに、ここはもう私の街でもあるんだ。自分の街は自分で守らなきゃね」
「ほう。あの自分の事しか考えてなかったちっちゃなジェンナが大きくなったもんじゃの」
「へへー」
「見かけはちっちゃいままじゃが」
「もう! 爺ちゃんはいつも一言多いんだから」
そんな二人の仮初めの祖父と孫の会話は、二人がプリーンを食べ終え、一息つくまで続いた。