第12話 ジェンナ、勧誘される。
「町の警備?」
「そうじゃ」
アルフレッドの提案はそんな拍子抜けするものだった。
「この『アンダーステイの町の治安が最近かなり悪くなっているのは知っておるじゃろ?」
「うん。というか今日の事もあるし」
「まだこの町がそれほど大きくなかった頃は警備兵とワシらギルドの治安部隊だけで十分じゃった」
アルフレッドが言うには、町の発展ペースが予想以上に速く、それに対して警備する人数が足りなくなってきているらしい。
もちろん常に増員をかけてはいるが、身元がしっかりしており、冒険者やあらくれどもを抑えられる正規兵レベルの者は極端に少なく、常に手一杯の状況なのだそうだ。
国へも常備兵増員の要請をしているが、どこも手がそれほど余っているわけではない。
「ワシの知る限り、ここまで急発展した町や村は今までなくてのう」
それもこれも低難易度で、比較的良い魔石やアイテムが低層階でも出る『アンダーステイダンジョン』のせいである。
ダンジョンとは、ある日突然現れる不可思議な地下迷宮の通称である。
不思議な事にダンジョンからは様々な希少な鉱石が産出され、しかもどれだけ掘っても尽きる事がないという。
また、通常では手に入る事のない高品質な薬草や野菜なども生えており、採取しても数日すればまた生えてくる。
ダンジョンはまさに資源の宝庫なのだ。
だが、ダンジョンに存在するのは資源だけではない。
そこには人々に牙をむく凶悪生物、『魔物』住み処でも在るのだ。
そして地上を闊歩する魔物の殆どがダンジョンで生まれ、地上にやってきたのではないかと云われている。
資源と災厄、その二つをこの世界に与えるダンジョン。
なぜ現れるかは未だに定かではないが、一説には地形的要因でこの世界の魔力を形成する『魔素』が集中し、魔界とこの世界の間に穴が空き、それがダンジョンなのではないかともいわれている。
しかし、今までも数多くのダンジョンが冒険者や軍隊によって『攻略』されてきたが、最深部の行き止まりにあるのは何時も小さな家一軒分程度の大きさの部屋と、その中央に浮く真っ赤な人の拳二つ分程度の大きさの魔石のみ。
いくら調べても魔界へ繋がる『道』は見つからなかった。
そしてその魔石が破壊されたダンジョンは一月以内に自壊し消え去ってしまうが、破壊さえしなければ持ち出したとしても極端にダンジョンから離れた場所に持ち出さなければそのダンジョンは維持される。
人々はその魔石をダンジョンの心臓『ダンジョンコア』と呼ぶ。
ダンジョンは大まかに分けると、有益なダンジョンとそうでないダンジョンの二種類に分別される。
簡単に言えば損得。
ダンジョンが与える被害に対して、得られる儲けがどれだけ出るかという事である。
国の対策としては、資源が少なく魔物の危険度だけ高いダンジョンは、見つけ次第軍を送り込みダンジョンコアを破壊しダンジョンを消滅させる。
その逆の場合はダンジョンコアを国や領主の管理の下に生産のためのダンジョンとして利用する。
冒険者や探掘者によって運び出された資源は、その地のギルドや公認の商人によって買い取られ、一部は国や領への税金として収められる事になる。
難易度が低く採掘量が多いダンジョンは、それだけで沢山の冒険者や探掘者が集まる事になり、その地に落ちる富も比例して大きくなるのだ。
そして、このアンダーステイ町の側にあるアンダーステイダンジョンはその『効率』が今までにないほど良いダンジョンであった。
その恩恵を受け小さな寒村だったステイ村は、ものの一年でアンダーステイと名を変え、ギルドなどの主要施設が次々と作られ拡大の一途を辿った。
「本来なら何年もかけてゆっくりと組織を作っていくつもりだったんじゃが、既に手が足りなくなってしまっておるのじゃ」
「それで何で私が治安部隊を手伝わなきゃならないのさ」
「そりゃお主が強いからに決まっておるじゃろ」
そう言われてもジェンナは首をひねるばかり。
なぜなら彼女は今までまともに戦ってきたのは、子供でも倒せる最弱の魔物であるローゴブばかり。
町のゴロツキを倒せたのも彼女にとっては偶然にしか思えなかったし、アルフレッドに勝ったというのも実感がない。
なぜなら彼女の戦いはすべて『スキップ』スキルで行われた結果だからだ。
『スキップ』発動中の記憶は彼女にはまったくない。
だから強いと言われても本人にその意識は皆無である。
彼女にとっては冒険者になりたての時にアンダーステイダンジョンに挑んで、這々の体で逃げ出した記憶しかない。
「ふむ、それはわからんでもないが。ワシは別に手加減などしておらんのじゃがな」
と、言われても記憶にないジェンナには納得できない。
そんな顔をしている彼女にアルフレッドは仕方なく言葉をかけた。
「そんなに信じられないのなら、一度ワシと一緒に雑魚犯罪者でも取り締まりに行って見んか?」
「おじいちゃんと?」
「うむ、それなら何かあった時はワシが助けに入る事ができるから安心じゃろ?」
「うーん、それならいいかも」
「決まりじゃ」
アルフレッドはそう言うやいなやジェンナの腕を掴んでギルド長室から出ると、受付のギルド員に「少し出てくる」と告げ、町へ繰り出したのだった。