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第八話 竜殺の試練(Ⅴ)~竜と、竜を殺す者

 その頃――。


 一団から離れ、怒涛の快進撃で怪物達を虐殺していき、遭遇した最大の難敵――カトブレパスに相対していたナユタ、ランスロット、ラウニィーの3人。


 背後のただならぬ気配と騒音により、仲間たちの危機をすかさず察知した彼女らは、ランスロットの氷結魔導による活躍もありカトブレパスを難なく撃破。

 すぐにとって返し、加勢するべく全力疾走していた。


「ハア、ハア――! ヤバイね、あれは! ラウニィー、あたしの過去の記憶と直感が確かなら、今みんなを襲っているのは――」


「――ええ、そうね――! ヘンリ=ドルマン師兄が恐れていた可能性が、現実のものになったということでしょうね。――ドラゴン。奴らがやってきてしまった、と」


「――そんな! そんな化物、僕らで相手になるわけが! それに師兄は逃げろって!!!」


「最終的にはね!! 今のこの時点でみんなを見捨てて逃げられるわけないだろ、バカ!! 

きっとブラウハルトも来てくれている! 逃げるのは、ちゃんと一人残らず全員を助けてからなんだよ!!!」


 おそらく距離にしてほんの100mもないハズであるが――。今のナユタには、それが何kmもの長い長い距離に感じられていたのだった。




 *


 ダンは、震え、動きが止まった。


 最悪の事態の出現に。より強い、自分が死ぬかもしれぬという恐怖心ゆえに。


 だが――その時間は、ほんの2,3秒ほどに過ぎなかった。

 彼は、見事に切り替えることができたのだ。恐怖に満たされた己の心を。

 すでにその貌には、不敵な笑みすら浮かべていたのだった。


 この状況は、翻って好機(チャンス)だ。より多くの怪物を仕留め、皆を無事逃がすことに貢献できれば、この上ない武勲となる。自分が、一気にのし上がる好機(チャンス)に他ならないのだ。

 ナユタとの逢瀬という夢を実現し、彼は成長していた。武勲を上げ成り上がり、ナユタを真に自分の女に、できうるものなら妻にだって迎えてやる。動機など私的であろうが不純であろうが良い。それによってダン・リーザストという少年は最早、強靭な精神性をもつ一流の戦闘者へと成長していたのだ。


「フレア!!!」


「何、ダン――!?」


「ディトー師兄の云うとおり、おれたちが退路を確保しよう! 

おれたちの目の前にいるのは、幸いというべきか、スライムだけだ。それは裏を返せば、その先に――沼地みたいな湿った水場が確実にあるってことだ。レッドドラゴンが一番嫌う、じめじめした水場がだ」


「! ――そうね」


「スライムを掃討し、皆でそこに逃げ込むことが、現時点で一番生存率が高い方法だと思う! 重力魔導も使える君が、泥濘(ぬかる)みに足を取られないように補助しながら、おれの炎を強化し続けてくれればそれができる、フレア! ジュリアスがいればニナも逃げてこられるし、ディトー師兄やブラウハルトは自力でついてきてくれる! 協力してくれ!!」


 フレアは、やや驚きを含んだ視線をダンに投げかけ、微笑んだ。彼女から見てもダンの魔力は、先程と比べても大きく上昇しているように見えた。


 ――“限定解除(リミットブレイク)”だ。魔導は精神の力。ただ修行を続けただけでは剣のように目に見えて強さが増すことはない。精神の開眼があって初めて、積み上げてきた修行の成果が一気に開放され成長(レベルアップ)を遂げる。その現象こそが“限定解除(リミットブレイク)”。

 精神の開眼の方法、「キー」は極めて個人差が大きい。ダンにとってのキーはおそらく強い欲望。それが彼に壁を突破させた。

 どのように低俗な感情によってもたらされたものだろうが、目の前の少年の目に見えての成長と頼もしさは本物。フレアはそれに加えて――。どこか彼に「共感」を感じてでもいるかのような、そんな親しみを表情に表してダンを見ていたのだ。


「やるわね、貴方――。見直したわ、ダン。わかった、協力する。

云われたとおり補助するから、存分にスライムどもを焼き尽くして!」


 フレアの力強い応えを受けたダンは、仲間を救う退路を確保するべく、強化された炎熱魔導を思う存分に発揮していった。




 *


 その頃――。

 レッドドラゴン3体を相手に孤軍奮闘するブラウハルトは、驚異的な戦果を現実にしようとしていた。


 巨体からは想像もつかない機動力で、多勢に決して取り囲まれないよう翻弄しつつ戦うブラウハルト。

 彼はそれに加え、筋力でも技でも――「獰猛さ」でも、敵を圧倒していたのだ。


 血破孔打ちによって強化された身体能力によって、すばやく敵の懐に潜り込む。身体の頑健さと表皮の頑丈さによって怪物達の頂点に位置するドラゴンに対し、捕食しようとするかのように牙を突き立て食い破ろうとする。

 驚くべきことに――ブラウハルトの3つある頭部の牙はいずれも、鋼のごときドラゴンの表皮をやすやす食い破り、臓腑の一部を引きずり出し大量出血させていた。悲鳴をあげ鉤爪と尾で応戦するドラゴンの攻撃を、己も尾と左右の牙を使って防御し、首を寸断させようと中央の牙で迫るブラウハルトを――。

 向かいに居た別のドラゴンが放つファイヤーブレスが捉え、襲いかかる。しかしブラウハルトは――即座に法力使いにとっての耐魔(レジスト)――光る防護壁“聖壁(ムルサークレー)” を己に展開し、そのブレスを彼方へ弾き飛ばしてしまった。


 大導師府上位の魔導士、ディトーでも歯が立たなかった攻撃を、防ぐどころか弾く。それは驚異的な魔力のなせる業に他ならなかった。それは主であるヘンリ=ドルマンと並ぶ、いやもしかしたら超えているかもしれぬ程のもの。


 ブレスの衝撃力で身体自体は吹き飛ばされてしまったブラウハルト。だがダメージなく着地し、すぐに――ブレスを吐き終えたばかりで無防備のドラゴンに向け、今度はその脅威の法力を、攻撃に転じて襲いかかる。


「“経穴導破法 (ケイオン)”!!!」


 異常に発達した感覚で、ドラゴンの経穴を見抜く。そして見定めた左脇腹の血破孔に右前足の爪を立て、強烈な法力を一気に流し込む。

 ドラゴンの身体は一気に異常な血流と膨張に見舞われ、浮き出した血管を次々破裂させ――。


「ギイイイイエエエエエエエエエ!!!!!」


 凄まじい断末魔とともに、ドラゴンの腹部、胸部は内部から破裂し、巨大な臓物を弾けさせると――。

 轟音とともに、屍と化した巨体を大地に沈めていった。


 しかしブラウハルトの動きは止まらない。次いで彼が向かったのは、3体の中で最も無傷な個体の元だった。


 不遜にも己を殺そうと向かってくる、本来格下の生物ケルベロス。ドラゴンは大いなる怒りとともに大地を踏みしめ震わせ、その存在に対してブレスを吐き出した。


 先程の個体よりも強力なブレスにも関わらず――。ブラウハルトはこれを難なく耐魔(レジスト)し、一直線にドラゴンの頭部に殺到する。


 そして、彼の中央と左の口が同時に、ドラゴンの下顎に噛みつき捕らえた。


 喉から怒声とブレスを同時に吐き出そうとするドラゴンに構うことなく――。


 ブラウハルトは全身が跳ねるほどの勢いをもって、その怪力でドラゴンの下顎を掴んだまま下方へ下がり、首、胸、腹までを肉ごと一気に剥ぎ取った!


 極めておぞましい、肉が力ずくで引き割かれる大音量とともに、声帯を破壊されたドラゴンの高音の断末魔が響きわたり――。

 五臓六腑すべてを大地にぶちまけたドラゴン2体目も地に落ち陥落。


 その様子を見た、最初にブラウハルトの猛攻を受けて弱った個体はもはや戦意を完全に失い後方に飛び退ろうとする。


 しかし、攻撃本能の塊と化したブラウハルトがこれを逃がす道理がない。逃せばこの後の皆に、ヘンリ=ドルマンにどのような被害がもたらされるか分からない。

 

 最初の攻撃でどて腹に開いた傷に向かって、絞りに絞った筋肉のバネを――瞬時に開放。


 砲弾のごとくその傷に到達すると、3つの首を縦横無尽に振りたくりながら内臓を噛みちぎり食い破り――。


 そのまま身体ごとドラゴンの背中を貫通して出た。

 もはや生命の源を破壊しつくされた最後の巨体は、これまでで最大の轟音をたてて地に落ちていった。


「グウウウウ!!!! フウウウウウウーーッ!!!!!」


 紫のフワフワした体毛など、もはやどこにも見当たらない。血と臓物の池から飛び出してきたかのようにべったりと汚れ尽くした、地獄の魔物としかいいようのない化物。そのような(けだもの)でしかありえない形相のまま興奮の唸りと猛烈な息を、ブラウハルトは一度大きく吐き出した。

 凄絶な有様ながら、驚異的なことに彼自身は、かすり傷一つも負ってはいなかったのだ。


 人格をもち法力を用い、正しい心を持った人間同様の存在。しかし今ブラウハルトは「怪物」として――自身が大陸最強であるという歴然たる事実を証明したのだった。


 すぐにブラウハルトは、獰猛な表情のまま貌を振り返らせた。


 彼には勝利の余韻に浸るような、慢心も心の余裕もない。

 最大の脅威を取り除く功績を上げた彼にはまだ、護るべき存在がいるのだ。


 その存在たちのもとへ、ブラウハルトは猛然と飛び出していった――。




 *


 ディトーは、再び危機に陥っていた。


 重傷を押して救援に向かったものの、実力の半分も出せる状態ではない彼は、自身を見つけ殺到してきたアルミラージやバジリスクに追い詰められつつあった。


 特に――バジリスクの数は異常なほどであった。体長1.5m、体重40kgにもおよぶ体躯の毒トカゲたちは、葬っても葬っても雲霞のごとく同じ方向から押し寄せてくる。おそらくその先には彼らの棲家である、森林の陰になる岩場や洞穴があり――かつ今回の気脈の乱れが彼らに最も適合した波長であったのだろう。


 己の身も危ういディトーではあったが、それに数倍する危機が、バジリスクの壁に阻まれた向こう側においてすでに発生していた。


 彼が救援すべきジュリアスと、ニナの2人組に。


 今回出現が予想されていた変異種のうち、最も大量の数が押し寄せようとしていたバジリスク。不運にもそれに対応することとなった2人だが、技量的に荷が勝ちすぎていた。


 加えて致命的なのは――。わずかでも状況を打破する可能性を秘める頼みの綱、光魔導の名手ジュリアスが絶望的なまでの腑抜けであったこと。


 普段から己の技術や魔力の強さや容姿を誇示するくせに、そのどれにも劣等感を感じるナユタなど強者の前では異様にへりくだるなど、片鱗は見えていたが――。

 先程一時は持ち直したと思われた彼の戦意が、ドラゴンの出現という最大級の不測を前に今や完全に砕けきっていたのだ。


「い、いいいい、いやだあああああ!!! 死にたく――死にたくないい!!! 誰か、誰か助けてエエエ!!!!」


 貌を無様に歪め、涙と鼻水を流し、子供のように泣き叫びながら魔導の光を乱射するジュリアス。女性の身で、貌を青ざめさせながらも必死の形相で広範囲雷撃を放ち、対処する二ナを尻目に。

 彼女がしようとしているように、本来は2人で背を預け合い連携をとるなど、危機に対処しなければならない状況下で。

 

 それを阻害するがごとく、あろうことか逃げようとズルズル後退するジュリアスのせいで――。ニナの周囲は、すでに危機的な距離まで大量のバジリスクが迫り、完全に取り囲まれてしまっていた。


 もう――無理だ。死神はすでに、彼女の首に手をかけてしまった。

 

 ついに――雷撃を乗り越え、己に群がる幾つもの怪物の姿。苦痛と死をもたらしにやってくる死の影を前にして、絶望の表情でニナは絶叫した。

 

「ジュリアス!!!! ジュリアアス!!!!

あんた、あんたよくも――よくもこんな!!! あたしがバカだった!!!! あんたみたいなクズ、呪われろ!!! 死んでしまええええええ!!!!!」


 次の瞬間――。ニナの右肩口と左太腿に覆いかぶさってきたバジリスクが、その顎で無残にも、無慈悲にも――。

 

 それそれ数十cm大の肉片と骨片を、一気にかじり取った!


「い!!! 痛いいいい!!!! 痛い!!!!! 助けてええええええ!!!!!」


 鮮血を噴き上げながら、極めて痛々しい憐れな悲鳴を上げるニナ。それを目の当たりにしたジュリアスはついに――。


「ひっ!!!! ひいいい!!!! ひいいいいいいいいいいい!!!!!」


 攻撃が止まり完全に餌と化したニナに向かう、バジリスク。それらが空けた隙間めがけて――脱兎のごとく身を翻して逃げ出した。


 その背後で、一体、また一体とニナに群がるバジリスクは、彼女の肉体を次々に食い荒らし咀嚼。


 バジリスクの山に押しつぶされ姿も見えなくなり、おぞましい音と噴き出す血しか認知できなくなったニナ。おそらく――すでに命は――。



 そこへ、突如上空から殺到する――嵐の一迅!


「ニナああああああ!!!!!」


 叫びながら、数体のバジリスクをその巨体と自重に踏み潰して着地したのは――。

 ドラゴン討伐直後に救援に向かってきていた、ブラウハルトだった!


「貴様らあああ!!!」


 怒りのあまり、彼とは信じがたいほどの凶悪な表情となったブラウハルトは、その3つの頭部の牙、鋭く長い尾を使ってバジリスク達の身体を寸断、または弾き飛ばしていく。


 押し寄せ周囲に積み上がるほどになったバジリスクだが、ドラゴン3体をものともしなかったブラウハルトには、数の力など敵ではなかった。


 頭部を噛みちぎったバジリスクの身体を頸の力で投げ飛ばす。火山弾のごとき慣性を内包したその身体を受けた衝撃で、身体が爆散もしくは後方へ弾き飛ばされていく敵。

 さらに未だ効果を失っていない血破孔打ちの効果で、驚異的腕力を誇る前足の一撃は、一気に5体のバジリスクを寸断し殺した。


「ブラウハルト!!!!」


 足を引きずりながらディトーも到着、ブラウハルトに加勢する。氷雪魔導により、バジリスク、後方からしつこく追いすがるアルミラージを撃破。


 少しずつ数を減らしていく怪物の群れに、怒りとともに死と破壊を加え、殲滅へと近づいていく彼らに――。


 さらなる援軍がもたらされた。


「みんな!!!! 師兄!!!! ブラウハルト!!!!」


 絶叫する女性の声。


 それと同時に加えられる、強力な攻撃。


 空中を舞う真空の刃数百。


 敵を射抜く無数の氷の矢。


 そして、凝縮された破壊力を燃え上がらせる、炎の矢。


 

 ラウニィー、ランスロット、そしてナユタが、到着したのだ。



 予想通り現れていたドラゴン、予想を超えて大量に押し寄せていたバジリスク、応戦するブラウハルトとディトー、一人も姿の見当たらない、仲間。



 ナユタは、脳裏に最悪の想像を巡らせながら、魔導を集中させた。



 同時に腰からダガーを抜き放ち、地面に突き刺す。



「“陽光双円導撃(カクシィプロミネント)”!!!」



 地面から放物状に広がる5本の炎の帯は、その先にいたバジリスクをたやすく焼き尽くしていく。、



(どうなってる――みんなは!?

さっき、悲鳴が聞こえたようだった。たぶん――ニナの。

どうなったんだ!? フレアは、ダンは? ジュリアスはニナは?

生きていてくれ――頼む、みんな、生きていてくれ――!!!)

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