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第七話 竜殺の試練(Ⅳ)~快進撃、そして訪れる異変

 後方で、ナユタによるカーバンクル襲撃の報を聞いた、前方の組。


 先頭にいたディトーは、オリハルコン製の長い錫杖を取り出し――。すでに独自に動き始めている実力者ナユタとラウニィーを除く、他の人員に指令を飛ばす。


「ついに来たぞ!! ここで魔力を放出すればするほど、敵は吸い寄せられてここへやってくる!! 初戦の今こそが正念場だ! 魔導を出し惜しみせず、敵を殺し尽くせ! 

0時の方向は俺、3時の方向はフレアとダン、9時の方向はジュリアスとニナだ。展開せよ!!!」


 叫びつつ、振るった錫杖の先から強烈な氷雪魔導の一撃を繰り出す、ディトー。


 超低温の波が襲いかかった先に居たのは――数十体からなるアルミラージの、群れ。

 1.2mほどにまで巨大化した、野ウサギの変異種だ。金色の体毛を光り輝かせ、赤く充血した目を滑らせ、鋭い牙をむき出しにした獰猛な怪物たちは――。強力な氷雪により氷漬けにされ、地に崩れ落ちていく。


 

 一方、指令を受けた許伝(アインフル)のうち2人、フレアとダン。彼女らに襲いかかってきたのはスライムの群れ。青紫色の半液状の身体を地にのたくらせ、各々が融合したり乖離したりする、極めておぞましい、命を得た腐水たち。フレアは貌をしかめ、ダンに向けて云う。


「私の酸素操作魔導が通用しない敵だわ……。ダン、貴方の炎熱魔導に私が濃縮酸素をあわせるから、お願い」


「――!! わ、わかった!! おれに任せろ! 行くぞ!!!」


 

 普段は頼りない少年のダンだが、今の彼は意中の相手ナユタとの逢瀬のお蔭でこの上なく意気軒高だ。勇ましく前に出、強力とはいえない火炎放射系の魔導をスライムに向けて放つ。


 通常なら敵を殲滅するには到底足りない力だが、横合いからフレアが高圧縮した酸素をそこに付加すると――。暴虐的な勢いで炎は燃え盛り、またたく間にスライムの一団を覆い尽くす。

 炎が弱点であるスライムはひとたまりもなく、見る見るうちに水分を失って焼け焦げ、無力化されていった。



 もう一組の、ジュリアスとニナ。互いに逢瀬を交わした間柄の彼らだが、昨晩の様相とは状況が大きく違っていた。


 経験豊富なジュリアスにリードされるがままだったニナは、奮闘していた。雷撃魔導を操る彼女は、目前に迫ってきた巨大な毒トカゲ――バジリスクの群れに対してヘンリ=ドルマン直伝の電光を放ち応戦していた。水生生物である彼らに対し威力を発揮する雷撃魔導ではあったが、数十体はいるだろうと思われるその規模に対しては、序列の低いニナの魔導では殺傷力が足らない。


 問題は、ジュリアスであった。精神の大きな不調によって魔力が低下していることに加え、致命的な彼の欠点がこの危機的状況において発覚していたからだ。


「ちょ――ちょっとジュリアス!!! 何してるのよ、しっかりして!!! 私一人じゃあいつらを抑えきれないわ!! 戦ってよ!!!!」



「う――うああああ――ああああ――!!!」



 ジュリアスは、整った貌を歪めて、身体を震わせて何もできず硬直していた。あろうことか、普段から鼻につくほどの自信満々な発言を繰り返す彼が――。命をかけた実戦を前に完全に怖気づき、役立たずの腑抜けと化していた。

 彼が実は臆病者であることは、ナユタを始め見抜いている者はいた。しかし魔導の発動すらできず腰が引け、逃走の体勢に入っている有様は度を越していた。当の本人もそうだろうが、ここまで極端な腑抜けであることまでは誰一人、想像していなかったのだ。


 ニナは必死の形相で、ついに激怒した。


「この――腰抜け!!!! さっさと手を前に出せ!!!! “光熱照射(リヒトストラング)”を出せっ!!!!」


「ひっ!!!!」


 怒鳴られ飛び上がったジュリアスは、云われるがままに己の光魔導の技を発動した。無我夢中で前方に照射した広範囲の光線は――。強力な殺傷力で、3体のバジリスクの身体を灼いて燃え上がらせ即死させた。


「や、やった――!! は、ははは! お、俺も――できる!! やればできるんだ――!!!」


 本来、一団でラウニィーやフレアにも引けをとらぬほどの魔導の使い手。ジュリアスは貌を引きつらせながらもどうにか体勢を立て直し、ニナの横に並んで敵を掃討し始めた――。




 どうにか体勢を整え、各々が魔導の持ち味を発揮させて変異種の掃討にとりかかることができたようだ。

 現状は順調に敵を討伐できており、このままいけば死傷者を出すことなく任務を完遂できる。そしてヘンリ=ドルマンの気脈封印の報を待つんばかりかと思われた。


 周囲を見渡したディトーはそう確信し始め、あらかた掃討を終えた前方に今一度視線を移した。



 その時――。



 彼の耳に、嫌な羽音が、響いた。



 周期の長い、低く重い、羽音。

 面積の大きい羽を、大きく羽ばたかせる大重量の生物でなければ、発生し得ない音だ。



 空耳であって欲しい。そう思わずにいられない音はしかも、「一つではない」。そのことが、ディトーの絶望感をさらに強化させたのだった。

 はっきりと、魔力も感じる。それら生物が放つ、魔力も。



 現実は、変えられない。大導師府序列5位、師範代をも務めるベテラン魔導士ディトーをして、絶望の戦慄を覚えさせるその現実に対処するべく――頭脳を総動員させねばならない。


 次の瞬間、ディトーは振り返り、絶叫した。



「ドラゴンだ!!!!! ドラゴンの襲来だ!!!!!

2時の方角から来る!!!!! 一刻も早く逃走経路を確保し、離脱する!!!!

フレア、ダン!!!! お前らのところで穴を穿て!!!!!」



「なっ――!!!!」


「――ええ――!!??」


「――――!!!!」


 その絶望的事実は――。


 優位に戦いを進め、ぎりぎりの精神の均衡を保ってきた若者達に衝撃を与え――。

 瞬時に、恐慌状態に陥いらせた。


 だが、目前に雲霞のごとく迫る怪物の群れの前で、呆然と立ち尽くしている暇などない。

 青ざめつつも攻撃を継続し、戦わざるを得なかった。


 

 さらに、「その時」は極めて早くに訪れた。



「ギィイイイイイイ!!!!」


「ギュウオオオオオオ!!!!」



 耳をつんざくような怪鳥音とともに、猛烈な風圧を伴うホバリングをしつつ下降してくる、巨大な死の影。――その数、3体。


 赤黒い体表を持つ、「レッドドラゴン」だ。炎のブレスを吐く危険種で、北ハルメニアの住人たちを数百年にわたって恐怖に陥れてきた象徴たる者ども。


 何やら――翼や胴体に潰されたような生傷があるようだが、身体能力に影響している様子はない。


 なぜ、ここへやってきた。ドラゴンは魔導の影響を受けてはいない純粋な生物。魔導戦が発散する魔力に引かれてやってきたハズはない。

 歴史的にも、首都のある山岳平野部に襲来することはあっても、沿岸部の森林に飛来することなどほぼ皆無。そういった調査を経た上での今回探索任務(クエスト)だった。理由は不明だが、襲来してしまったことは事実。今は考えても無意味なこと。


 迷うことなく地に降り立った彼ら。眼前に立つこととなったディトーは、全身の血の気が引いた。

 

 

 ――殺される。



 確信したが、己が背負う命は一つではない。逃げること、戦闘を放棄することは許されぬ。たとえ、自分が死ぬことになっても。



「うううおおおおおお!!!! “死花零雪波( スクネーストルム )”!!」



 ディトーの周囲に発生した極低温の氷雪は、結晶を伴いながらレッドドラゴンの一体に向けて放たれる。それはドラゴンのどて腹にまともに命中、痛烈な悲鳴を上げさせる。彼の一流の魔導は敵にダメージを与えたのだ。


 が――。すでに一体がディトーを有効範囲に捉え、ドラゴン最強の武器、ブレスを放ってしまっていた――。


 ダンが放った炎熱魔導の数十倍にもなろうかという、死の放射火炎。いくらかは耐魔(レジスト)の通用する攻撃、ディトーは両腕を眼前で交差させ、全力のそれで応戦する。


 次の瞬間――。

 ファイヤーブレスは、正面から魔導士ディトーを焼き尽くさんと襲いかかった!


「おおおおおおおおああああ!!!!」


 まず、そのおそるべき風圧によって彼の身体は浮き上がり、次いで凄まじいまでの慣性――鎖で引っ張られるかのような後方への衝撃が加えられる。


「ディトー師兄!!!!」


 師範代である兄弟子の危機に、ニナが叫び声を上げる。


 吹き飛ばされながらディトーは、耐魔(レジスト)を突き抜けて自分の身体を焼く炎の灼熱地獄と、瞬時に作り出される重度の火傷の激痛に苦しめられた。おそらく自分は――このまま大木か岩に叩きつけられて骨折した挙げ句、火傷に苦しみながらほどなく死を迎えるのだろう。せめて、指令どおりフレアがうまく突破口を作り、皆を逃してくれることを願った。自分の死を無駄にせぬように――。



 そう覚悟した自分の身体は、あまりにも意外な、フワッ……とした大きなクッションのようなものに飛び込み――。

 衝撃を吸収され、沈み込んでいた。


 その物体は、赤く汚れた紫の長い毛をもつ、怪物の肉体。温かく、明らかに癒やされる“法力”の力に満ちた、あまりにも大きく強い存在であった。


 ディトーは火傷で爛れた貌を緩ませ、思わず叫んだ。



「……ブラウハルト!!! 来て、くれたのか……!!!」



 そう、その怪物は云うまでもなく――。


 おそらく魔導士たちなど問題にもならぬ数の怪物たちを血祭りにあげてきたのだろう。全身にはくまなく返り血や体液が、爪にはべったりと血や肉片が付着し、3つある頭部の牙からは滝のように血を滴らせた――。普段からは想像もできぬ殺気の塊の魔物と化した、ブラウハルトであった。


 彼は己の身体を使って受け止めたディトーの身体を、地にそっと横たえた。



「ディトー、遅くなってすまぬな。よもや本当に、しかも3体ものドラゴンが襲来しようなどとは俺も想像だにせなんだゆえな。しかし――もう、大丈夫だ。お前の治癒が後になってしまうのは申し訳ないが、俺が来た方角の怪物どもは『全滅』しておる。ここは安全ゆえ動くな。俺が――戻るまでな!!!!」


 叫ぶが早いか――。


 ブラウハルトの巨体は、旋毛(つむじ)を残してその場から消えた。



 そしてディトーに攻撃を加えたレッドドラゴンの前を突風が過ぎ去った後――。

 その腹部が切り裂かれ大量の血を吹き出す。


「ギィエエエエエ!!!!」


 レッドドラゴンの悲鳴をよそに、10m彼方に着地したブラウハルト。3つの首それぞれが聖句を唱え、信仰心を極限まで高めた後――。長い尾の鋭い先端と、左の首の牙を、それぞれ脚部と胸部に突き刺した!

 そしてそこから、充填した法力を己の体内に流し込み始めたのだ。


 人間と多くの哺乳類が体内に持つ、経穴、“血破孔”。法力使いがここを刺激することで細胞が異常なまでに活性化され、超常の肉体を得ることが可能になるのだ。“血破孔打ち”と呼ばれる、法王庁の教義では禁止されている技。しかしブラウハルトは己の裡なる信仰にしたがい、仲間を生かす活殺のためこれを使用していた。


 ブラウハルトの巨体は、さらに筋肉が膨張し血管が浮き上がり――骨格すらも変化して一回り巨大化。もはや見るからに溢れんばかりの爆発力を内包した破壊の権化と化した。通常状態では2倍近い巨躯を持っていたレッドドラゴンとの体格差は、飛躍的に縮まった。



「グウウ――オ”オ”オ”オ”オ”ッ!!!!」



 地響きを立てんばかりの叫びとともに――ブラウハルトはレッドドラゴンに殺到した。


 そして牙と爪で応戦しようとするそれの攻撃をすり抜け――。左右の腕を牙で切り裂いて、見事に中央の口でレッドドラゴンの長い喉笛に深々と牙をたてて噛み付いたのだ!



「ガアアアアアアアアア!!!!」



 苦悶と無念の叫びを上げるレッドドラゴンの身体は――。なんと、己の半分の体重もないであろうケルベロスごときに、軽々と首一本で持ち上げられ――。次の瞬間には凄まじい投擲力で投げられていたのだ!



「オ”オ”オ”オ”オ”ッ!!!!」



 超常の怪力でもって地上最大最強クラスの存在を相手にしない、人間の心をもったケルベロス。その存在、ブラウハルトは当然のごとくに、己一人の力でドラゴン3体をねじ伏せるつもりだ。



「お前は相変わらず……救いの神だが本当に化物としかいいようのない奴だ、ブラウハルト。

すまないがそちらは任せた。俺は……残念ながら、寝ているわけには、いかない……」


 ディトーはそう云うと、重傷の身体を錫杖を頼りに立ち上がらせ、許伝(アインフル)のもとに向かった。


 おそらくは想定外の事態によって、追い詰められ危機に瀕しているだろう若者たちを、救うために――。

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