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第四話 竜殺の試練(Ⅰ)~初陣

 見事、魔導生物の生成に成功したナユタ。

 

 だが魔導生物は眠っていた期間が長い上、人間としての精神性を備える存在であるがゆえに真の精神の「目覚め」には時間を要する。

 人間の赤子が言葉を覚え、歩けるようになるまでの過程。そのような過程を約半年という短い期間になるとはいえ、経なければならない。

 まっとうなパートナーとなり、大導師府にお披露目をするには、まだ時間を要した。


 

 その半年を含む、入門から約1年の間――ナユタは着々と実力をつけると同時に、大導師府の中で人間関係を積極的に育み友人を数多く作り、人望厚い人気者になっていた。


 朝の時間帯――城塞内の廊下を談笑しながら歩く、ナユタ。その隣には会話の相手である、上品で物腰の柔らかい、清楚な少女が並んで歩いている。


「……というわけで、昨日試練を突破して入門したばかりの女の子がいるらしいの。あいさつがてら、どんな子なのか見に行ってみない、ナユタ?」


 歳はナユタと明らかに同年代。黒く長いストレートの髪を胸や背中まで垂らした、やや大人びた雰囲気の美少女だ。同じ高い知性を感じさせながら、言葉にも眼差しにも身のこなしにも上品さが漂う、ナユタとは対照的な落ち着いた性格のようだ。


 彼女はラウニィー・グレイブルク、17歳。ガリオンヌ統候領出身の才媛で、入門と同時に“許伝(アインフル)”の権利を手にした、同年代の中ではナユタに次ぐ実力者。そして同時に、彼女の一番の親友なのであった。


「相変わらずあんたは耳が早いねえ、ラウニィー。女子で入ったってのは久しぶりに聞いたし、そりゃあたしも興味あるよ。会いに行こうよ」


「そう云ってくれると思ったわ。あなたが仲良くしてくれたら、その子もきっと安心すると思う。

あの酸素操作魔導を使いこなして、耐魔(レジスト)も申し分ない才能があったようだけど……。結局は上の判断で“見習い(レリン)”から始めることになったみたい。ちょっとでも前を向かせて、私達と同じ(クラス)に来てもらえるよう励ましましょ?」

 

「はっ! どうせまたドルマン(あいつ)の虫の居所が悪いか何かで、必要以上に虐めたくなっちまったんだろ、かわいそうに。あの変態ヤロウからはあたしが守ってやるよって、ぜひ励ましてやりたいね」


 鼻息荒く云い放つナユタを、ラウニィーは嗜めた。


「やめなさいって……万一ヘンリ=ドルマン師兄の耳に入ったら、またあなた、こっぴどくやられるわよ」


 それに何かを云い返そうとしたナユタだったが、既に――。


 目的の人物は、目に見える範囲に姿を現していた。


 歩む廊下の先に姿を現した、目的の少女が。



 少女は、大きなホウキを両手に持って、廊下を掃除していた。

 大導師府居住区の掃除は“見習い(レリン)”の日課であるゆえ、彼女がその身分であるのは間違いない。


 有り体に云って――あまり目立つ要素のない、「地味」という印象が否めない少女であった。


 ナユタよりも少し低いと思われる160cmほどの身長で、肩まで伸ばしたストレートの栗色髪、銀縁眼鏡。黒っぽい無地の魔導ローブを身に着けている。

 身体のスタイル自体は仲々にグラマラスで、貌もよくよく見ると極めて整った美形ではある。しかし容易に見て取れるおどおどと物怖じする態度、他人の目を避け目線も伏せようとする引っ込み思案な様子が顕著で、それが大いに彼女を冴えない地味な少女に見せているのだった。


 現に今も、正面から近づいてくるナユタとラウニィーに気がつくが早いか、目を伏せながら廊下の端によって彼女らに道を譲ろうとしているのだ。


 ナユタはその様子を見て、ことさら優しげな笑顔を浮かべて明るく少女に挨拶した。


「やあ、おはよう!! 初めまして、だね。あたしは、ナユタ・フェレーイン。こっちは友達(ダチ)のラウニィー・グレイブルク。

あんた、昨日“試練”を終えて入ったばかりなんだって? よかったら、名前を聞かせてもらっていいかなあ?」


 話している間も心からの笑顔を絶やさないナユタ。通常なら相手は身体がほぐれ、心の入り口を開いてリラックスした様子で言葉を返すであろう、親しみに満ちた態度だった。


 しかし少女は、なおも身を縮こまらせて視線をそらし、ようやく聞き取れる小さな声で答えるのがやっとだった。



「……フレア。フレア・イリーステスと、いいます……」



 名前を聞き出すことができたナユタは、喜びに目を輝かせた。


「フレア、か! いい名前だねえ。出身は? 歳はいくつなんだい!?」


 すっかり好奇心に身をまかせて、矢継ぎ早に質問を重ねるナユタ。


「……ランダメリアです……。両親が亡くなって、身寄りがなくなったので、こちらに……。と、歳は……17、です……」


「おお、やった! あたしたちと同い年だよ! しかも同じ孤児で同郷だなんてほんと嬉しいねえ! 

あたしたちは、“許伝(アインフル)”なんだ。あんた、酸素操作魔導が使えるんだろ? きっとすぐ、上がってこれるさ。あの……女男(めおとこ)ヤロウに虐められたらすぐに云うんだよ? 頑張ってな!!」


 ナユタが手を伸ばして、フレアの肩をたたく。フレアはビクッと身を震わせ、大きく身を引いた。


「……あ……あの……その……私……」


 その様子を見かねたラウニィーは、ナユタの胸の前に手を差し出して彼女を嗜めた。


「ちょっとナユタ……。嬉しいのはわかるけど彼女、緊張してるし困ってるじゃない。今日は挨拶だけにしましょ。

ごめんなさいね、フレア。ナユタに悪気はないし――彼女に限らずここの子達は皆いい人ばかりよ。私もね、あなたと仲良くしたいと思ってるの。これからもよろしくね。それじゃ!」


 そう云って、やや不満顔のナユタの背中をラウニィーは押し、その場を退散した。

 ナユタはその場を去りながらも最後に一度、笑顔で後ろを振り返って手を振った。

 フレアはそれに、軽く会釈をしたのみだった。



 そして、廊下の奥の角を曲がったナユタらの姿が、完全に見えなくなった瞬間――。



 少女フレアに――変化が、現れ始めた。

 それも、あまりにも急激な。


 背を丸め、下を向き、見るからにおどおどとした心情を象徴していた体勢が――。

 急激に直立し、むしろ胸をそびやかす体勢となった。


 手にしていたホウキを床に放り出し、両手を胸の下で組む姿勢となった。


 何よりも――自信なく、おどおどするばかりだった地味な表情は跡形もなく――。

 歪んだ口元、険を刻んだ目元、皺の寄った眉間、そして途轍もなく昏い影を落とした冷酷で邪悪な双眸。

 まるで魔女そのもののようなそれに見事な変貌を遂げていたのだった。

 そしてフレアは呟いた。低く、低く――。


「そう……それが、この大導師府のありようなのね。究極の魔導を求める場でありながら、血で血を争う生存競争でなく、お友達ごっこで成り立つような甘さの極地の遊技場という訳ね」


 驚くべきことに――。

 フレアの組んだ両手の中指の爪の中には、径3mmにもおよぶ「針」が、深々と突き刺されていたのだ!

 針は中指の爪の根元まで突き刺されており、常人なら数秒で失神しかねない激痛をもたらしているはずだ。

 その針をさらに親指の腹でグリグリと動かす。


「ヘドが、出るわね……。そして、そんな程度の場所でこの私を格下の地位に落とした、あの女男(めおとこ)。そして、格下に見たお情けなんぞで、私に近づいてきたバカ女ども。いずれ殺す。

特に……馴れ馴れしくこのフレアの身体に触れ、散々屈辱を与えた貴方。

ナユタ・フェレーイン。今はこの爪の痛みで怒りを耐え抜いたけど、貴方は、只では済まさなくってよ……。必ず貴方の上に行き、ひれ伏させ、無残な死を与えてあげる。思い知らせてあげる。

ぬるま湯に浸かってきた低脳ごときは……真の地獄をくぐり抜け、何百人もを殺してきたこの偉大なるフレアの足下に踏みにじられるしかないということをね……!!!」


 邪悪そのものの黒い瘴気は、しばらくの間何者も訪れない廊下の内部を充満し続けたのだった。




 *

 それから約半年後――。


 ナユタが待ち望んだ、その瞬間はやってきた。


 そこは、ナユタ自身の自室。その一角の研究施設の中で、厳重な檻の中に佇む、リスの魔導生物、ランスロット。


 成熟しない魔導生物は、暴走や事故を防止するため、大導師の魔導を張り巡らせた檻の中で過ごすことを義務付けられる。ある試練を経て初めて、檻の外に出ることを許可されるのだ。


 その中のランスロットは、これまで檻を隔てて、主人ナユタと魔導の鍛錬に励み、言葉を交わしてコミュニケーションを育んできた。普段ならばくだけた口調でナユタと会話する彼が、今日ばかりは言葉を発することも難しいほどに震え、怯えきっていた。


「……ナ……ナユタ……。か……か……『彼』が、その……あの……噂の……」


「ああ、そうだよ、ランスロット! この記念すべき日にぜひ立ち会ってもらいたくて、来てもらったんだよ。ね! ブラウハルト!!」


 ナユタが振り返った先には、巨大な身をかがめながら部屋に入ってきていたブラウハルトの姿と、3つの頭部の中で形成された柔和な表情があった。


「お目にかかれて光栄だ、ランスロット。俺の親友の親友なのであれば、いわずもがなお前は俺の掛け替えのない友。その門出を祝福したくて、ここへ参ったのだ。かつて俺も経験した、念願の檻からの卒業の瞬間をな」


「……あ……あ……ありがとう、ございます……。……け、けど……檻から出た瞬間、その……あの……。――てことは……」


「はははははっ!!! もう慣れているゆえ、口にするのを遠慮せずともよい! 安心しろ、檻から出た瞬間にお前を『捕食』しようなどとは、夢さら思っておらんからな。

むしろ、同じ反応をしたお前の主人同様、俺の背中に乗せて城塞内を案内してやろうと思っているほどだ」


「そうゆうこと。だから安心して――集中して儀式に臨むよ、ランスロット。用意はいいかい?」


 真剣な表情で檻の前に立った主ナユタを前にして、怯えていたランスロットも居住まいを正し、集中するよう身構えて両目を閉じた。


「――いいよナユタ。やってくれ」


 その合図を受け、ナユタが厳かに口を開く。


「――我はナユタ・フェレーイン。その下僕として作りし魔導生物、汝ランスロットは――。

我を絶対の主とし、その命令を違わず――魔導の戒律に背かず、力を悪しき方向、また制するを得ぬ領域に決して至らせぬことを誓うか?」


「――誓う」


「では、その証として、清浄なる忠誠の心で――。魔導をもってその錠を砕いてみせよ」


 云われてランスロットは、目前の檻にかかった純白の錠前に意識を集中した。


 それは大導師の念のこもった特殊な魔工。誓いのとおりの強い魔導がかからねば決して解除のできない代物だ。


 しかし――。ランスロットから自信を持って放たれた魔導によって、錠前はあえなく砕かれ、檻の扉は軽快なる金属音を響かせて外側に開いた。


「おめでとう。只今この瞬間から、お前はナユタ・フェレーインの正式なる魔導生物だ、ランスロット」


 ブラウハルトの宣言とともに、両目を潤ませて檻の外に歩み出、ナユタに飛びついていくランスロット。


「――やった! 僕は、やったよ、ナユタ!!!」


「ああ、ああ!! さすがは、このナユタ様の下僕だよ!!! 本当に、よくやったよ!!!

これから――これからよろしくね、ランスロット!!!!」


 感極まって泣き出すナユタを、目を細めて見守るブラウハルトの姿は――試練を乗り越えた娘を見守る父親のように愛情に満ちていたのだった。





 *


 そして、ランスロットが無事に大導師府の師弟たちにお披露目を終え、正式な魔導生物として始動してから3ヶ月後――。


 突如ナユタに、大導師アリストルより招集がかかったのだ。


 それの意味する所を理解するナユタは、興奮を押さえきれぬ表情で、ランスロットを伴って閲兵の広場に馳せ参じた。


 大導師府の中でも最も高所に位置する、アリストルの居室。そこから見下ろせる位置に設置された、周囲200mほどの石畳の広場。


 ランスロットを肩に乗せたナユタが広場に入ると、そこには招集のかかった他のメンバーすべてが緊張の面持ちで居並んでいた。


 男4名、ナユタを含む女4名という陣容だ。

 集まっているのはすべて、ナユタの属する許伝(アインフル)以上の階級にある弟子たちだ。


 その中には、ナユタの親友ラウニィーも居た。そして当然――最高ランクの一番弟子たるヘンリ=ドルマンもまた、己の魔導生物ブラウハルトとともに馳せ参じていた。

 言葉ではなく、「来るのが遅いわよ、ノロマ」と云わんばかりの非難の目をナユタに向けてくる彼に対し、怒りを抑えて整列の中に加わる彼女。


 その彼女の隣となったのは――。

 フレア・イリーステスだった。


 3ヶ月前、見習い(レリン)の身分であった彼女は、この超短期間で許伝(アインフル)への昇格を見事果たしていた。

 なおかつ――。驚くべきことに1ヶ月前、グリフォンという希少生物の魔導生物を生み出すことにも成功していた。


 ナユタはフレアに笑顔で目配せして挨拶し、フレアもそっと微笑みながら会釈を返した。



 そこへ――。


 目前の鉄扉が開き、この城塞の主たる偉大な大魔導師は姿を現した。



 男性魔導士も居並ぶこの場において、ヘンリ=ドルマンより高い190cm近い身長。それでいて均整のとれた、スリムな体型。

 総白髪の頭髪はオールバックに短く整えられ、細面の厳しい貌は極めてよく整っていた。

 皺のある目元や頬から60代以上の老人であることは見て取れるが、総体的に10歳は若く感じられる、ダンディズムあふれる容姿の男性であった。


 その男――大導師アリストル・ダキニ・クロムウェルは、居並ぶ愛弟子の勇姿を見回して目元を緩め、優しげともいえる口調で話し始めたのだった。


「よく集まってくれたな、我が頼もしき弟子の諸兄よ。すでに儂が云うまでもなく理解はしておろうが、此度招集をかけたのは他でもない。

探索任務(クエスト)”の指令を与えんがためだ。

あの大陸唯一のドラゴン群生地、北ハルメニア自治領に赴く、一大“探索任務(クエスト)”のな――」

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