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第三話 魔導生物ランスロット

 それから、わずか2分とは空けず――。


 頃合いを見計らったかのように、ヘンリ=ドルマンらが退出したのとは反対側の開け放たれた扉から、ブラウハルトは姿を現した。


 肉球によって静かではあるが、確実な重量を感じさせる重々しさを伴った足音とともに。


 彼は無言で、傷つき倒れたままのナユタに近づいた。


「うう……えええええ……」


 ナユタは、泣いていた。泣きじゃくっていた。

 痛み、苦しいのももちろんだが、何よりも圧倒的に、悔しかった。

 頑張っても届く気がしない遥か高みの存在たち。それらに歯牙もかけられず、侮辱され続ける毎日。自分の無力が、ただ悔しくてたまらなかった。


 ブラウハルトは、ナユタを包み込むように石畳に横たわって身体を丸めた。

 ナユタは涙を流しながらも身体を引きずり、ブラウハルトの紫色の巨大な毛束の中に身を沈めた。


 

 すると――。


 ブラウハルトの巨躯が、薄い昼光色に輝き始め――。そのように視認されるエネルギーの波が、ナユタを包み始めたのだ。


 それは、瞬く間にナユタの「傷に作用」し、「回復」させ始めたのだ。


 そう――。


 魔導生物ブラウハルトは、信仰者であり「法力使い」であった。


 大陸最大の宗教ハーミア教は、魔導という技術を公式には認めない立場。そして人間以外の生物には魂がなく、ましてや汚れた魔導によって誕生した魔導生物などという存在は、神への帰依なぞ成しえないという立場だ。


 したがって――内なる魔力を神への信仰によって浄化、回復や細胞活性化に寄与する能力たる法力を、魔導生物が使用できるなどということは決して認められないあるまじき姿である。

 大陸に数多存在すると云われる魔導生物の中で、ブラウハルト一人しか実現していない前代未聞の事態なのだ。



 法力には、細胞を活性化させ傷を塞ぐと同時に、信仰を持つもの特有の清純なエネルギーによって、施術された者の心を整え癒やす作用もある。膨大な魔力を有し、それを法力に還元しているブラウハルトの施術を受けたナユタの心は急激に癒やされ、彼女は安らかな表情で一つ大きなため息をついた。


 そして、小さな甘えるような声で、ブラウハルトに話しかける。


「ねえ……ブラウハルト……」


「どうした、ナユタ?」


「いつも本当に、ありがとうね……。ドルマン(あいつ)に意見してまで、あたしの面倒を見ることを引き受けてくれて」


「そんなことか。礼には及ばん。最初に云ったろう? 俺とお前は『友』だと。友人を常に助けるのは、人間にとって当然のことではないのか、んん?」


「そう云ってくれるのも、ありがたいよ……あたし、あんたがここに居てくれなかったら、とても耐えていられないと思う……! ちくしょう、あの女男(めおとこ)ヤロウ……!! 毎回毎回あんなにあたしのこと虐めてバカにしやがって、絶対に許さない……いつかぶち殺してやる……」


「はっはっは! それは、あやつの従僕として聞き逃がせん言葉だな! だがその怒り、心はとても大切なものだ。今後も決して、その闘志の火を絶やすことがないようにな。それは偉大なるハーミアの加護を得ることにもなり、お前の命を守るだろう」


「ブラウハルト……怒らないで聞いてくれる、かな……?」


「ん? もちろんだとも。何だ?」


「さっき、あんたが来る前に、カール元帥閣下がここに現れたんだ。従弟のあのヤロウを迎えるために。

あのヤロウ……たぶんだけど、カール元帥に惚れてやがるよね。そしてカール元帥はあんなに凄い大貴族の大軍人なのに、あたしごとき下賤を本気で心配してくれて、このハンカチで血を拭いてまでくれて……本当に男気のあるいい人だった。

それでその……カール元帥が、あまりに、その……」


「あまりに、俺に声も性格も似すぎている。つまり、ドルマンが己の願望をささやかながら実現し、想い人の心をもつ存在を得るために俺を作ったのではないか。そう、尋ねたいのだろう?」


「……!」


「さすがお前は賢いな。その推理は当たっている。事実だ。ドルマンは、決して己と恋仲になることのない、従兄にして友である男の心を側に置きたかった。その願望をもって魔導生物を生成した。それが俺という訳だ」


「……そ……そう……ごめん……」


「ははは! 謝ることも、遠慮することもないぞ。主人の最も大切な存在の魂を吹き込まれるなど、従僕たる魔導生物にとっては光栄極まりない栄誉だし、カール元帥の剛毅な性格のおかげで、ドルマンいわく俺は戦士として有能であるらしい。

そしてまた……きっかけが例えそうであれ、俺は自分を元帥の複製(コピー)だなどと思ったことは一度もない。俺は、俺だ。己の思考や行動が、例え精巧に似せて造られたものであろうが、今この瞬間お前を友と感じる心はこの俺だけのものであるし――。何よりも、命をかけてドルマンに尽くしたいという忠誠と親愛の情もまた、このブラウハルトにしか持ち得ぬものだからだ。何の引け目も葛藤も、俺には存在しないのだよ」


「……やっぱり、凄いな、ブラウハルトは……。あたしがおんなじ立場だったら、自分の存在に疑問を持ったり、悲しんだりして、凄く苦しんだと思う……。本当に尊敬する。

あたしね……魔導生物が、ずっと前から欲しかったんだ。従えることは上級魔導士の証でもあるから。

どういう魔導生物がいいか、ずっと考えていたけど……もう心は決まった。

あたし、ブラウハルトみたいな大きくて優しくて頼りがいがあって、素晴らしい人を魔導生物にする。絶対する……」


「……魔導生物の生成は、魔導士にとって重要な儀式だ。俺が口を出すのは本来良くないことだが……。それは勧められんよ、ナユタ」


「……! どうして?」


「自覚はないだろうが、お前は人に従うより、知恵と行動力で人を牽引する方の人間だ。それはドルマンも同じだが、あやつと違いお前は人を世話することに生きがいを見出す者で――リーダーよりも軍師の資質があると俺は思う。

そんなお前にとっては、俺のような者よりも――常にお前とともにあって小回りがきき、世話のしがいがある者。上手くはいえないがそんな者が似合っているのではないかな?」


「……世話のしがいがある奴……。そんなこと、考えたことも、なかったなあ。

でも、ブラウハルトが感じたことだったら、きっと当たってると思うんだ。ちょっと自分なりに、良く考えて見るよ!」


 ナユタは、話しているうちにすっかり回復した身体を立ち上がらせて、上気した貌でブラウハルトに云った。





 *


 それからというもの――。ナユタは自室に研究施設を整備し、魔導生物の生成に向けて動き始めたのだった。


 機材は揃えたが、生命を生み出す偉業には、強力な魔導の力が必要だ。大嫌いなヘンリ=ドルマンのしごきに耐え、鍛錬にはこれまで以上に精力的に励んだ。


 そして――。ブラウハルトの助言をもとに、一体己の求めるパートナーとはどのようなものなのか、毎日自問自答した。生み出してしまったら変えることはできず、生涯の魔導戦歴の片割れとなる。簡単に答えを出すわけにはいかないのだ。


 自分にはかつて、圧倒的カリスマで恋人である大きな存在がいた。それについていくだけだった自分は、追従し世話をされるタイプの人間だと思っていた。

 もう一人男友達がいるが、彼は控えめで自分の後ろを行く人間であるものの、細かく気がつく優秀な人物。これまた自分は世話をするどころかされる立場であったのだ。


 特に疑問を持ったことはなかったが――。熟考していくと、それら身近な人間関係に、実は自分がもやもやとした不満を持っていたことが見えてきた。そしてその正体は、「自分は自由にものを考えたい、そして人のためになるよう全力で動きたい」という強い思いへの抑圧だった。


 そしてもう一つ。優秀すぎた友人たちとは違う、いつも楽しく笑いあえていられて、対等の目線で気兼ねなく何でも云いあえる存在。かつ少々頼りなくて、自分が支えてやらないといけない存在。そんな友が欲しいのだという結論に思い至った。


 ならば――自ずと答えは出てきた。まず、対象の生物は、ブラウハルトのような怪物ではなく、可愛らしい小動物と決めた。その中で、森林地帯での戦いに役立ち、懐や肩でずっと一緒にいられる「リス」を対象とした。――単純に一番かわいくて好きだということもあったが。


 ガリオンヌの森林地帯に入り、ちょうど繁殖期で身ごもった母リスを魔導探索で探し捕獲。その胎内の一体の赤子に、時間をかけて己の魔導を浸透させ続けた。


 やがて出産した赤子の中から対象の子を抽出。母リスと子らは放してやり、残した子をエーテル体の水槽の中で眠らせ培養し続けた。少しずつ成長し、魔導を宿らせていくその子リスに、ナユタははちきれんばかりの期待と――。愛情を募らせ続けた。



 そして――。80日め。水槽の中で子リスは時折、目を開き瞬きするようになった。

 もう、頃合いだ。


 水槽から出した子リスの身体をそっと布の上に横たえ、じっと動くのを待つ。

 しかし気の短いナユタは、耐えきれずに声をかけ始めたのだ。



「……おい! あたしの声が、聞こえるか!? 起きな、おい、起きな、起きるんだよ 」



 その呼びかけが、功を奏したのか。


 なんと子リスはゆっくりと、黒くつぶらな瞳を開け、小さな身体をどうにか起こそうとし始めたのだ。



「おおっ!!! やった!!! 目を開けた!!! おい、あんた、あたしが分かるかい? いい子だから、何か云ってみな! ほら、早く! あ、そうそう、あんたの名前、もう決めてあるんだ。

ランスロット、っていうんだ。あたしは、ナユタ。ナユタ・フェレーインだ。よろしくな!」



 目前の子リスはひたすら戸惑った様子で、目を動かし首を振っていたが、やがて――。


 極めてたどたどしく小さいながらも、はっきりと、人語をその口から発したのだ。



「あ、あ……うう……。な……な……ゆ……た……?」



 それを聞いたナユタは――文字通り飛び上がって喜びを爆発させ、部屋中を跳ね回った。


「しゃべった!!! あっはっはっは!!! ついにやった!!! これであたしも、魔導生物の主人(マスター)だ!!! 上級魔導士の仲間入りだ!!!」


 ナユタは、呆然とする生まれたての魔導生物――ランスロットの前でしばし、狂喜乱舞し続けたのだった――。

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