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エピローグ 時を超えて残されし、最高の宝

 *


 ナユタの身は、アンドロマリウス連峰の麓に位置するジュルヌ大森林の中にあった。



 ここは地理的にはエストガレス王国、ファルブルク領の領内北端にあたる。ただでさえ土地が貧しく人口の少ないファルブルク領にあってさえ秘境といえる辺鄙な地だ。



 彼女が目指すのは大森林に唯一存在する人口100人の小村、ヲルハ村だ。


 引率には、ファルブルク領主でもあるドレーク宰相が用意してくれた男性ガイドがついた。


 本当はこの地域に土地勘がある、アトモフィス自治領元帥シェリーディア・ラウンデンフィルに案内してもらえば良いのだが、彼女と犬猿の仲であるナユタは絶対に頭を下げたくなかったのだ。



 まるで過去のガリオンヌ謀殺行のときのような、背の高い針葉樹が鬱蒼と林立するジュルヌ大森林。


 ナユタもかつての冒険行のときのようなローブ姿になり、姿が有名になってしまった今ではフードを深々とかぶっている状態だ。



 前方を行く男性ガイド、エリオット少佐が前を向いたままナユタに話しかける。

 今や貴人となった彼女だが、大げさな礼儀は不要ときつく申し渡しているのだ。



「という訳で陛下。あと少ししたら見えてきますよ、ヲルハ村が。

この辺はしょちゅう行ってる私でも、あの村は年一度行くかいかないかぐらいなんですよ。

村から外に行き来する人もほとんどなくて、外部から隔絶しちまってる環境ですね」



 考え事と「緊張」のあまり、ナユタは反応せず無言であった。

 エリオットは続けた。



「そんな中でも、村の有名人の『その人』のことは必ず話題に登ります。

何でも7年前、ルヴァロン山の方角からふらふら歩いてきたところを、村の老人が保護したと。左手を失い、身体中傷だらけ血まみれで、生きているのも不思議なくらいだったらしいです。

村に連れ帰って手当してみると、若くてきれいな女性で――。かつ『全ての記憶を失い』、自分の名前すら思い出せない状態だったって云います」



 それはすでにナユタも聞いている話。やはり反応せず無言で歩き続けていた。



「けど言葉もある程度の知識も覚えていて、とても頭のいい女性だったので、そのまま村の住人になり――レミー・マギアスという名前で子どもたちに勉強を教える教師になった、と。

手が不自由なんで肉体労働は避けてたみたいなんですが、最近昔の記憶をちょっとだけ思い出したようで、なんと魔導を使って木を切り倒し、木こりの手伝いをしてるって話です」



 話しているうちに、開けた場所を示す光と、小さいながらも人々の喧騒が聞こえる場所が近づいてきているのがわかった。



 エリオットの先導で森を抜けると――。


 そこには本当に、小さな村があった。



 家屋が30ほどたちならび、小さいながら畑もある。主要業は林業と漁業のようで、大量の薪や材木が積まれ、家屋の前には川魚や甲殻類が所狭しと並べられている。



 街を行き交う人々は、顔見知りのエリオットに気づくと次々笑顔で挨拶をしてきた。

 田舎らしい、とても素朴な住人が多いようだ。



 家々の間の道を抜ける。昼時ということもあって家屋からは昼餉の芳しい煙がいくつも上がっている。その中を200mほど歩くと、やがて小高い場所にある少し大きな建物が見えてきた。

 これが村の、唯一の学校であろう。



 学校の前では、10歳前後の子どもたちが10人ほど、元気に遊び回っていた。



 ボール遊びをしていた男児がエリオットに気づき、駆け寄ってきた。



「エリオットおじさん!!! 久しぶりだねー!! いつも学校になんて来ないのに、どーしたの!?」



「はっはっは、クルツ。あいかわらす元気で安心したぜ。

今日はな、お客人を案内してきたんだ。レミー先生は、中にいるかい?

いたらちょっと、呼んできてほしいんだけどな」



「うん、わかった!!! ちょっと待っててね!! せんせえーっ!!!」



 全力で校舎に駆けていく、クルツ少年。中に入ってしばらくすると――。


 中から一人の女性のシルエットが、見えてきた。




 ナユタはあまりの緊張に震え、音がするほど生唾を飲み込んで校舎に歩み寄った。

 

 正直、サタナエルとの戦いでもここまで緊張したことは、なかった。



 

 やがて、女性が言葉を発しながら、ドアの外に出てこようとする。



「はい。どなたでしょう? 私なんかに、お客様だなんて……」



 

 ――その声。

 知性を感じさせる、落ち着いた美しい声。それを聞いたナユタの背中に、これまでに感じたことのないような激烈な電流が流れた。




 そして、姿を現した女性を前にして、ついにナユタは――。


 声を上げてしまった。




「あ……あ……ああああ……。

ああ……神様……そんな……こんな、こんなことって……」




 女性は挙動の不審なナユタに、恐れを抱いたように訝しげな目を向けた。



 その女性、レミーは、年の頃おそらく20代なかば。


 スレンダーでなめらかな、女性として見目麗しい身体を質素なワンピースと白いエプロンに包んでいる。おそらくは子どもたち用の昼餉の支度をしていたのだろう。


 貌は派手ではないがとても繊細な貌立ちの知的美人で、ストレートの黒髪を肩上で切りそろえるカットとしている。


 外見で最も特徴的なのは、左手が肘から下失われていることだ。

 そこに小さな鉤爪が3本ついた義手を装着している。所作からすると、健常者と何ら変わらないレベルで生活できているようだ。




「どこのどなた、ですか?

私には、昔の記憶がありません。昔の私を知っている方だったらお話は聞きますけど、あなたがもしこの村の人たちに危害を与える人なら、即刻出ていってください。

私はこの村が好きで、今の暮らしに満足しています。その平和をかき乱すような方はお断りします」



 毅然とした態度で胸を張り、ナユタに云い放つレミー。



 

 しかしナユタにとっては、彼女は村の教師レミーなどではなかった。



 歳はとった。当然自分と同じくらいに。髪型もかわった。今の生活にそった過ごしやすい、短いスタイルなのだろう。左手がないことも、大きく異なる点だ。




 しかし、それ以外は全く同じ。どうして見間違うことがあるだろうか。




 ナユタの目の前にいるのは、紛れもなく――。


 ラウニィー。ラウニィー・グレイブルク。

 フレアとゼノンの手にかかり死んだはずの、ナユタの親友にして元大導師府許伝(アインフル)の女魔導士その人だった。




 ナユタはレエテの話を聞いた時点でもう、このレミーという女性がラウニィーであると確信していた。

 そしてここに来るまでの間、そうなるに至った仮説を立てていたのだ。



 おそらくラウニィーはフレアの攻撃による落石で左手を潰されるなどの負傷を負ったが、奇跡的に生存。少しだけ使える雷撃魔導を使って傷口を焼く応急処置をし気を失った。


 その後、サタナエルが起こした山の地揺れによるさらなる落石で、頭部に衝撃を受けて記憶喪失となった。


 神の奇跡としかいいようのない偶然で外まで開いた洞穴を脱出。その後揺れで洞穴が塞がれたのだろうと。


 その時脱出した先が、このヲルハ村の方角だった。

 命が尽きる前に運よく保護され――。記憶のない隔絶された環境下で7年、平和に暮らしながら生きていてくれたのだ。




 ナユタはついに、頭と貌を覆うフードを取り去った。



 下から鮮やかな紅色の髪、美しい貌、そしてあのカチューシャが顕わになった。



 

 瞬間、おおっとどよめく村人たち。

 これだけの田舎でもさすがに、紅髪の女魔導士、ボルドウィン女王ナユタ・フェレーインの特徴的な容姿は伝聞ででも伝わっているようだ。




 ナユタの容姿を間近で前にしたレミー――いや、ラウニィーは、一瞬動揺したような表情を見せて強く貌をしかめたが、まだ記憶を取り戻すには至らないようだった。



 警戒しながら手を胸の前で組み、後ずさろうとする。




「突然訪ねてきてごめんね。あたしは、あたしの名前は、ナユタ・フェレーイン。あんたの名前は、ラウニィー・グレイブルク。

あんたは7年前まで、ノスティラス皇国の大導師府の魔導士許伝(アインフル)で――。あたしの、大の親友だったの」


 ゆっくり前進しながら、両手を広げてナユタは続けた。



「ルヴァロン山でとても大きな事件があって――。あんたは巻き込まれて死んだことになっていたんだ。

けど幸運にも生きてくれていて――こうして会うことが、できた。あたしは嫌いな神に、感謝したい――。

お願い、ラウニィー。思い出して。あたしのことを。ランスロットのことを。アリストル大導師のことを。ヘンリ=ドルマン師兄とディトー師兄のことを。ダンのことを。そして、ブラウハルトのことを」



 それらナユタが上げる名前一つ一つに反応し、ラウニィーはどんどん苦しげな表情になり、頭痛をかばうように頭を抱え始めた。



「やめて……頭が痛い。お願い……やめて」



「思い出してほしいんだ……このカチューシャだってほら、あんたがあたしに贈ってくれた大事なものじゃないか。

今はここに、中心にブラウハルトの角から作ったルビーが入ってる。彼の思いが、詰まってるんだ。

ほら、こうすれば――伝わらないかい?」



 目の前まで肉薄したナユタは、ラウニィーの貌を両手でそっと挟み、正面を向かせて その額に、ルビーを接した。



 すると――。



 橙の優しい光がラウニィーの額に吸い込まれていき、彼女の脳内に声を、響かせた。



(ラウニィー……ラウニィー……)




「ブ…………ブラウ……ハルト……?」




 ラウニィーが怯えながらもおずおずと名前を口にする。




 その瞬間――。



 ラウニィーの脳内で何かの光が、爆発的に弾けだした。




「うっ――ああああああああ!!!!」



 頭をかかえてうずくまるラウニィー。それを見た村人はさすがに色めき立ち、子どもたちが悲鳴を上げはじめた。



「先生!!! せんせえーっ!!!!」




 クルツ少年が心配して近寄ろうとするが、ラウニィーはそれをはっきり、手で制した。



 そしてゆっくり立ち上がり、云った。




「大丈夫よ、クルツ……。先生は、大丈夫だから。

心配してくれてありがとう。あなたたちのおかげで、私どうやら――。

記憶が、戻ったみたい――!」




 どよめく村人の声を背後に、ナユタは目をうるませてラウニィーに呼びかけた。




「ラウニィー!!! それじゃ、それじゃあ、あたしのこと――!!!」




 ラウニィーもまっすぐに、貌を上げた。その瞳もうるみ、見る見るうちに涙がこぼれ落ちてきたのだった。




「ええ……思い、出したわ、ナユタ。あなたのこと。

あなただけじゃあない。

大導師府の皆のこと。あのルヴァロン山での試練のこと。全てを。

ブラウハルトが……私の知らないうちに亡くなっていたあのひとが、教えてくれたわ。

こんなに長いあいだずっと――心配かけてごめんなさい、ナユタ!!!」



それを聞いたナユタは、もうこらえることはできなかった。



ラウニィーに力いっぱい抱きつき、号泣していたのだった。



「うううううううう……ラウニィー……!!! ラウニィーいいいい……!!!!

あたし、あたしい……!!!!」




「ナユタ、ナユタ……!!! こんな私のことを覚えていてくれて、そして迎えにきてくれてありがとう……!!!

もう遅いかもしれないけど……私あなたとバディを組みたいわ。あのとき約束したとおりに。

いろんな場所に行って、戦いたいわ。できるのかしら……?」




「もちろんさ、ラウニィー……。あれから色々あってね、あたしは女王様になったんだ。何だってできるんだよ。これからどうするかは、あんたが決めることだけど……あたしはあんたに王国に来てほしい。一緒に、いてほしい……。

師兄にも、あれからあたしの仲間になったやつらにも、あんたのこと、紹介したい! あたしに新しく授かった娘のことも、紹介したい! これからも、これからもあたしたちずっと、親友だよ……!! ううううう……!!!!」




 多くの仲間を失った、7年前。そして大導師を失った、5年前。ランスロットを失った、半年前。



 もはやほとんどの人を失ってしまった、文字通り失われし大導師府時代の、自分。




 今――激動の戦いを終えてきたナユタを癒やすように――。




 彼女は、過去から時を超えた最高の宝、存在を、その手に取り戻したのだった。







 ブラウハルト・サガ ~サタナエル・サガ外伝Ⅰ

 完

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