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第三十一話 死峰アンドロマリウス(Ⅻ)~真の天罰

 神の使徒であることを信じて疑わず、己は罰を下す立場であることも信じて疑わなかった不遜な者達。


 よもや自分にそれが降りかかることなど想像もしなかった偽善者、悪に対し、恐怖とともに与えられる、真の罰。

 今――眼前で実現しようとする悪夢こそが、まさにそれであった。



 尋常ではない――狂気の怒りに支配されたブラウハルト。

 

 大地を大きく陥没させて跳躍した先は――。将鬼ヘイムハウゼンの方向だった。


 ヘイムハウゼンも異常事態を察知し、貌から笑みを消して巨大クロスボウを真っ直ぐ敵に向けた。


「上等だ!!!! かかってこいやあ、化け物お!!!!」


 正攻法でボルトを正面に発射するヘイムハウゼン。これまでの2撃どちらもブラウハルトにヒットさせ、彼に最大のダメージを与えていたヘイムハウゼンにとって、この一撃も同様の結果となることに何の疑いも持ちようはなかった。



 しかし――。その想定は思いもよらぬ形で、外れた。


 

 ブラウハルトは中央の頭部に迫るボルトを、神がかったスピードで数cmかわしたかと思うと――。

 何とそのボルトの柄に噛み付き、尾の大剣を先端に当てて、完全に射撃を無力化したのだ。


「おおおおおおお!!?? バカな、バカなあああああ!!!!」


 彼の長い戦歴で、“黒蓮骸竜弩(ニブルスカル)”の爆発的射撃を完璧に防ぐなどという芸当を見せたのは――。大陸最強の存在“魔人”ノエル以外、誰一人居ない。


 野性的本能を持ち味とするヘイムハウゼンが、驚愕のあまり完全に動きを止めたほんの一瞬。

 その時間ですら、脅威の手はためらい待つことなどしなかった。


 

 驚愕の表情のまま、ヘイムハウゼンの胸から上の首は――。


 ブラウハルトの中央の凶牙に瞬時に引き裂かれ、胴と分離していた!

 同時に地に金属音とともに落下する、“黒蓮骸竜弩(ニブルスカル)”。


 白兵戦の実力も相当に持ち合せるサタナエル将鬼が、一方的に虐殺されたのだ。

 


 ブラウハルトは高く持ち上げ口に咥えたヘイムハウゼンの首を、即座に粉々に噛み砕き、大量の血とともに嚥下した。次いで、右前足と尾を使って、胴から下も滅茶苦茶に叩き潰し引き裂いた。



 2,3度まばたきするだけの間に眼前に出現した――。一人の人間が食い荒らされ潰され、血と臓物が撒き散らされる阿鼻叫喚の地獄の光景。


 残された“法力(ヒリング)”の超常戦闘者3名は、驚愕とともに青い恐怖の表情を浮かべた。


 しかし彼らは女子供でも、只の戦闘者でもない。どうにか冷静さを取り戻し、体勢の立て直しを図る。



「くっ――! デュオニス、ゼノン!! 彼奴(きゃつ)を包囲するぞ!!

視力を失った左右に貴様らが展開するのだ! 右をデュオニス、左をゼノン、儂が背後を攻め、一気に畳み掛ける!!!」



 将メイガンの、各々の実力に応じた持ち場の指示を受け、デュオニスとゼノンは即座に動いた。そう、ケルベロスであるブラウハルトの持ち味の一つに、3つの首を用いた恐るべき視野の広さがある。唯一の遠距離攻撃の使い手を失ったのは痛いが、彼の功績もあってブラウハルトの頭部と目の数は減少し著しく視野は狭まっている。白兵戦の達人である3名で包囲しての一斉攻撃が成功すれば、強固な肉体をもつブラウハルトでも即死は免れない。


 ヘイムハウゼンの体内内容物で赤黒く染まったブラウハルト。最大の光球(バル=リグーレ)の使い手であるメイガンを加え、邪悪なる3つの神の力はブラウハルトの背後に一気に迫っていった。



 *


 一方、ヘンリ=ドルマンもまた“第五席次(ディエグ・クヴィン)”を相手取り激戦を繰り広げていた。


 本来重量パワー型を苦手とする魔導士にとっての定石どおり、防御しづらいメイスの攻撃から逃げ回る攻防が続いている。


 “第五席次(ディエグ・クヴィン)”は60をとうに超えた老人だが、彼ら“七長老”はいずれも過去に将鬼を経験した猛者中の猛者。

 いかに若いヘンリ=ドルマンが多少の小細工で逃げ回ったとしても、体力が尽きる状況など訪れはしない。


 そして幾度目かの、メイスの水平打撃を障壁(バリエレ)で受け流したヘンリ=ドルマン。

 流され壁に激突したメイスを引き、“第五席次(ディエグ・クヴィン)”が叫ぶ。


「いつまで逃げ回るか、女男!! 我も付き合いきれぬわ!!!

次の一撃――これで、決めてくれる。“斧槌(ハンマフェル)”の副将どもにも伝授した、決定的な技でな!!!」


 云うと“第五席次(ディエグ・クヴィン)”は異常に低く腰を落とし、力を溜め始めた。二本のメイスを振りかぶりたわませ、引き絞った弩のようになったメイスの先端が震える。


「破アアアアアアアア!!!!」


 気合一閃、溜めきった力を回転力に変換し、竜巻のごとき力の化身となった“第五席次(ディエグ・クヴィン)”。


 それまでとは比較にならないスピードで振り抜かれる、左手のメイス。その向こうに構えられた右手のメイスも、脅威的先端スピードで迫ってきていることが見て取れる。



 しかしヘンリ=ドルマンの両眼は、まさにそれを待望していたかのように閃光のように輝いた。


「待っていたわよ!! 貴男が奥義を出してくる、その瞬間を!!!」


 云うが早いか、ヘンリ=ドルマンは通常の技とは異なる、極めて広範囲に広がる弱い雷撃を体中から放出した。


 すると――。


 雷撃の一端を受けた“第五席次(ディエグ・クヴィン)”のメイスに、異変が起きた。

 凄まじい勢いで螺旋のように雷光が回り始め、すぐに――。凄まじい力がメイスにかかり始めたのだ。

 己の意図とは全く異なる、上方に向かって。


「な――!!! 何だ、これは――!!

女男!!! 貴様の、仕業かあ!?」


 ヘンリ=ドルマンは、その異変を完全に予期していたように垂直の位置に身体を滑り込ませ、両手に魔導充填を完了していた。


「“|束高圧電砲《 ホクスパヌングストルム 》!!!! ”」


 反撃を許さぬよう、即座に放った己の最大奥義。


 もはや光しか視界に入らぬほどの超強撃雷光は、敵の身体を見事に捉え必殺のダメージを与えた!


「おおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!!」


 “第五席次(ディエグ・クヴィン)”の絶叫が響き渡る。

 さすがは超越者、耐魔(レジスト)だけは間に合わせたようだが――。魔導士として超一流のヘンリ=ドルマンの奥義を至近距離から受けては、“斧槌(ハンマフェル)”の彼の力では軽減しきることもできない。


 衣服は焼け、皮膚と肉は完全に焼かれ、脳も内臓も超高温にさらされたであろう“第五席次(ディエグ・クヴィン)”。

 その巨体は力なく地に落ち、大の字に倒れた。二本のメイスだけは、決して手放さないままで。


 ヘンリ=ドルマンはそれまでの動きと奥義を出し尽くしたことを受け、極限まで体力を消耗していた。

 青黒い貌で息を荒げ、大量の汗をかきながらも敵の姿に向け、云い放った。


「これがアタシの、鍛錬の成果……。貴男達“斧槌(ハンマフェル)”の動きを封じるには、武器が巨大金属であることのみを頼りに、『頭』を使うしかなかったのよ……。

金属にそのような雷撃を加えると、磁力を持つ。磁力に対し垂直に発生する自然の力の原理を利用させてもらった……。かわしながらも磁力をもたせ続けた貴男のメイスは、最高奥義のタイミングで雷撃により磁石にされ、大自然の反動に逆らえずに最大の隙を作ったのよ」


 もはや倒れる寸前の状態になりながらもヘンリ=ドルマンは、鬼のような形相で己の身体をこらえ――。

 数段過酷な状況に身を置く従僕、ブラウハルトの方へ身体を引きずっていった。


「ブラウハルト……今……行くわ……!!!」



 *


 ブラウハルトの背には、彼の戦歴でも最大級の危機が迫ってきていた。



 大陸でも頂点に位置するであろう法力使い3名の全力の襲撃を、同時に受けようとしていたのだ。



 将鬼メイガンの策どおり、二人の配下デュオニスとゼノンは見事ブラウハルトの死角を押さえて左右を挟撃することに成功していた。

 そしてメイガン自身は最大級の光球を両手に充填し終えていた。これが同時に命中すれば“魔人”でもない限り――。あるいは今「本拠」で最強の存在ではないかと噂の高い、あるサタナエル一族女子でもない限り、死を免れることなどできようはずはない。


 

 ブラウハルトは獣としての本能までも解放しきり、ヘイムハウゼンを喰らい隙だらけに見えた。

 もはや攻撃を成功させることに疑いはない、そう思わせた状況の中――。



 先刻、ブラウハルトに最初に恐怖を感じてしまったゼノンは、電撃のように知覚した。

 この化け物は、弩級の怒りを爆発させているものの、それで己を見失ってなどいない。

 冷静さを欠いても、いない。

 仲間の仇のハズの自分を無視し、ヘイムハウゼンを仕留めにかかったのは、厄介な敵から先に排除したかったから。

 そして奴はその結果も、想定できている。すなわち今の状況も。対策できて、いるのだ。

 さらにその先に――。標的として自分がいることも、理解してしまった。

 「最後は、貴様だ」

 その死のメッセージを理解したゼノンは、突如表情を崩し、絶叫した。



「――中止だ!!! 攻撃中止だ!!! やられる、死ぬ! これ以上は――!!!」




「“槍撃天使(アンジュデュヴァン)”!!!!」

 


 ゼノンの絶叫に覆いかぶさるように、ブラウハルトの叫びが炸裂する。

 そして大きく振り払われたブラウハルトの背中から――伸びたのだ。


 死の白き、大木が。巨大な冷光が。



「――!!!!」



「うっあ――ああああああ!!!! アーシェム!!! アシュラああああ!!!!!」



 眼前で驚くべき広範囲に広がった白樹の枝を、メイガンとデュオニスはかわしきれなかった。

 メイガンは右脇腹に、デュオニスは全身にその枝を突き刺された。



 まずデュオニスに異変は訪れた。突き刺された場所から、彼の血管と神経節は猛烈に膨張し、一気に体表に現れた。

 むき出しになった神経と痛覚に恐ろしく強い法力を流しこまれ、デュオニスの肉体にはすぐに、生きていることを呪うしかないほどの――。人間が味わえる中で最大の、地獄の激痛が全身を覆い、その法力の流れとともに死を与えられていった!



「おおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!! ぎゃあああああああああああ!!!!! ああああああおおおおおおあああああ!!!!! ああああ!!!!!」



 眼球は完全に飛び出し、舌は噴血とともに飛び散り、己の神経節によって筋肉、骨、内臓を破壊しつくされていく地獄の中に地獄が彼を襲う。



 それに目を向けることもなく、必死の形相のメイガンは即座に右脇腹に手刀を突き刺し、全力で己の肉体を引きちぎりにかかっていた。

 デュオニスと違い、彼が法力を受けたのは一箇所のみ。広がる前に切除すれば死を免れる可能性があるからだ。



「ぐおおおおおお!!!!! おのれええええええええええ!!!!!」



 激痛をこらえながら、鮮血とともに――。己の腹の半分を引きちぎって投げ捨て、腸を散らばらせたメイガンは、そのダメージから腹を押さえて地に伏せった。

 その後もおそるべき量の血が大地を染めていく。意識もほぼ、消失している。そのまま放置すれば数分で死に至るであろう。



 その手前で――。

 血のズタ袋のような、あまりに無残な姿に変わり果てたデュオニス・ルービンは――。

 地に身体の「残骸」を散らし、壮絶な死を迎えていた。



 一人残ったゼノン。

 その前に威容を誇る真の「化け物」は、最後の標的である彼に即座に殺到してきた!



「オオオオオオオオオオオオオオオオーーーー!!!!!」



 戦慄するしかない、人外そのものの雄叫びを上げ、ブラウハルトは凶牙をむき出しにゼノンに襲いかかった。



 顔面蒼白のゼノンは、全力の法力を再度血破点に流し込んでその攻撃を上方に受け流し、どうにか耐えた。



 死力を尽くさねば、いや、死力を尽くしたとしても、死を免れない。

 その恐怖に押しつぶされそうになりながら、彼は叫ぶしかなかった。



「おのれ、おのれえええ!!!! 僕は、僕はこんなところで死ぬべき男じゃない!!!!

僕は第一の神の使徒だ!!!! 神の加護を得ている!!!! 貴様のような化け物とは違う!!!!

違うんだあああああああ!!!!!」

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