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第二話 試練の日々

 ナユタ・フェレーインが大導師府への入門を果たしてより、二週間が過ぎた。


 彼女の入門試練を裁定したヘンリ=ドルマン同様――。目通りのかなった城塞の主、大導師アリストルはナユタの才能に驚嘆し、即座に歓迎の意志を見せたのだった。


 そしてアリストル門下における階級でいう――最下級の“見習い(レリン)”を省略し、大導師と側近の直弟子となる“許伝(アインフル)”への一足飛びを許可されるという破格の扱いを受けたのだった。

 “許伝(アインフル)”は多人数相部屋の“見習い(レリン)”と違い、城塞内の立派な個室を与えられ、独自の魔導研究、活動も許可される。常人が“見習い(レリン)”として生涯修行しても得られる保証もない夢の世界を実現した、あまりに華々しい魔導の聖地でのスタートという他ない。


 しかし――見事に一つの大きな夢を叶えた少女に待ち構えていたのは、予告されていた通りの――超越者を目指す者のみに課せられる地獄の試練の数々だった。



 

 そこは――。高さ20m、直径100mはあろうかという、広大なドーム状空間の中であった。


 湿り気に満たされ、時折水滴が落ちる。天井には十字に天窓が切られ、そこから差し込む光によって光量は十分だ。


 ここは大導師府内でも最も広大な、修練場。

 広大すぎるその場所にいたのは、たった2人。


 ナユタ・フェレーインと――。彼女に試練を課す兄弟子、ヘンリ=ドルマン。


 ヘンリ=ドルマンは、大導師が課すべき高度の試練について、それを完全代行できる唯一の存在だ。

 多忙な大導師と日割交替でナユタへの試練を担当していたのだった。




 課される試練自体は内容の同じ地獄でも――。温厚な接し方の大導師と異なり、このヘンリ=ドルマンが相手のときは、ナユタは全身全霊で「精神的苦痛」に耐えねばならなかった。



 ナユタは修練場の中央に描かれた、直径2mほどの白い円の中央に立ち、上半身を丸めて両腕を交差させていた。最大出力の耐魔(レジスト)の構えだ。


 そのナユタに向けて、直径10cm以上に及ぶ光魔導の白い光線が8本、全方位から間断なく放射され続けている。放射元は、ドームの天井に埋め込まれた魔工の射出装置。ここに接続されたプールに満たされるエーテル水――大導師の無尽蔵の魔力を蓄えるエネルギー炉から供給を受け、もうすでに2時間もの間ナユタを魔導の脅威に晒し続けていた。


 ナユタの大きな双眸は、黒い隈にびっしりと覆われて極限の疲労を表す。白い貌には幾条もの血管が浮き上がり、破裂した何箇所もから出血している。魔導にさらされ続けた内部の筋肉や骨も広く損傷し、耐え難い激痛の信号を発し続ける。



「ぐうっ……!!! ふう、ふううううっ!!!! うううううう……ぐうううう……!!

ああああああああ!!!!」



 集中力と魔力双方の限界を迎え、ついにナユタは苦悶の叫びを上げて耐魔(レジスト)を切らせてしまった。


 即座に、ヘンリ=ドルマンが耐魔(レジスト)によって脅威を遮断しつつ、射出装置の動作を自らの雷撃魔導をそれらに弱く発生することで作動を止めた。


 危険を回避されたナユタは――。全身の力が一気に抜け、意識を遠のかせながらうつ伏せに石畳に倒れ伏していった。



 ヘンリ=ドルマンは、酷薄な表情と冷えた眼光でナユタを見下ろしながら近づいてきた。そして仕立ての良い硬質なブーツの踵で、ナユタの肩を思い切り踏みつけながら言葉を発した。


「その程度? 始める前は半日でも耐魔(レジスト)を継続してやるって宣っていなかったかしら? 口ほどにもない。

やっぱり貴女、才能ないわよ。精神力も、強い意志もない。とっととここを出ていきなさい。貴女が一流になれなかろうが、貴女以外誰も困らないわ。いつも云ってるけど、それだけきれいな貌と身体で口も達者なんだから、貴族の殿方に侍る(めかけ)の勤め口でも探したらどうかしら? 魔導士より何倍も向いてると思うわよ」


 ナユタは弱った表情を一変させて奥歯を噛み鳴らし、兄弟子に対して上目遣いに殺意すらこもった目を向けた。


「バカに……するな……この……女男(めおとこ)ヤロウが……。ガッ……!!」


 ナユタの反抗的な呪詛の言葉は、ブーツで踏みつける先を肩から脳天に変えたヘンリ=ドルマンの暴虐によって遮られた。


「入って二週間も教育されてるのに、目上の人間への口の利き方がなってない態度の悪さも組織には大いに不向きだわ。分かってないようだからもう一度云うわね。すぐに、ここから出ていきなさい。それが貴女のためよ、ちっぽけな小娘」



 それだけ云うと、ヘンリ=ドルマンは踵を返して出口に向かおうとした。

 その時、その目前のドアが勢いよく開いて、一人の長身かつ逞しい軍装の男が姿を現した。


 見るからに高位の豪華絢爛な軍装に、黒い長髪と無精髭が印象的な男。美男とまではいえないが整った、極めて男らしい偉丈夫だ。


 彼を目にしたヘンリ=ドルマンの貌は――。つい数秒前まで虫けらでも見るかのような酷薄さでナユタを見下していた男のそれとは想像もつかない位、極限の喜びに満たされ輝いた。


「カール!! 久しぶりね!! ここまで迎えに来てくれて、嬉しいわ!!!」


 そう云ってヘンリ=ドルマンは男に駆け寄り、熱く抱擁を交わした。


 そう、その男の名は、カール・バルトロメウス・ノスティラス。

 ノスティラス皇帝ギルニエの長子であり、皇弟と皇后の妹の息子であるヘンリ=ドルマンにとっては従兄にあたる人物だった。

 皇国に名を轟かす勇猛果敢な武人であり、つい最近、ジークフリート・ドラシュガン准将との争いを制し皇国元帥の座についた英雄なのだ。ナユタも当然のごとく知っていた。

 因みにヘンリ=ドルマンと違い――。デネヴ統候の長女たる候女ミナァン・ラックスタルドを妻に迎えたばかりの彼は、歴とした女性を愛する男性である。


「おお、元気そうで何よりだ、ドルマン。忙しい身と聞いておったゆえ、今宵の式典と晩餐会に出席してくれるのは意外だったが大変助かる。何しろ、あの宿敵エストガレスから賓客などという、前代未聞の事態だ。アルテマス国王の反対を押し切り、単独でやってくるという“狂公”ダレン=ジョスパン。まだ若いが蛇のように狡猾な男だというし、お前が相手してくれると助かる、ドルマン」


「お安いご用よ、カール。アタシもあの御仁には噂だけで興味をそそられていたしね。久々に貴男と酒を酌み交わせるというだけでアタシには価値のあることだし、万難を排してでも行くわよ」


 ヘンリ=ドルマンの言葉に答えようとしたカールは、その時点で初めて、地に倒れ伏すナユタの存在に気がついた。

 彼は驚愕と心配の表情で、ナユタに歩み寄ってきた。


「これはこれは……修行の最中を邪魔してしまったか、お嬢さん。大変申し訳ない。

というより……これはいかん。ひどい怪我ではないか」


「……!! げ、げ、元帥……閣下……!? ……?」


 ナユタは顔面蒼白になって、疲弊と激痛で思うに任せない身体を震わせながら何とか身体を起こそうとした。

 相手は皇帝の長子で軍の最高司令官という、国内屈指最高クラスの貴族、貴人だ。平民の自分が口を利くことも到底許されない相手に、平伏もせぬなどという失態を犯したら死罪ものだ。

 だがカールは、そのようなことを全く意に介さぬ様子で懐から白いハンカチを取り出し、ナユタの前で屈んで額の血を拭い始めたのだ。


「あ……あああ……」


 ナユタにとってあまりに畏れ多い事態にしかし、当のカールは心から彼女を心配した表情で、云った。


「大導師府という場所ゆえ仕方ないことなのかもしれぬが……。お前のような可憐な少女がこのように傷つき苦しむ様子を、国民を守る身として放ってはおけんな。俺におぶされ。法力使いなり医者のおる場所まで連れていってやる。ドルマン、案内してくれ」


 その様子をじっと見つめていたヘンリ=ドルマンは、極めて不快そうに首を振った。


「貴男という人だから仕方がないけど……。高貴なる貴男がそんな小娘に、そこまでする必要など全くないわ」


「いやいや、そうはいかん。俺はこの子を放ってなどおけんさ」


「大丈夫なのよ。アタシがここを去った後来る手はずの、ブラウハルトが全てやってくれることになっているんだから」


 投げやりな様子のヘンリ=ドルマンの口から、ブラウハルトの名を聞いたカールの態度は――。急激に軟化した。そして笑顔でハンカチをナユタの手に握らせると、立ち上がって彼女に手を振った。


「ブラウハルトが来てくれるというのなら、俺ごときの出る幕などないな。お嬢さん、早くあいつに怪我を『治してもらうようにな』。いずれ一人前の魔道士になって、会えることを楽しみにしているぞ」


 そうして、カールはヘンリ=ドルマンとともに、修練場を後にして行ったのだった。

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