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第二十七話 死峰アンドロマリウス(Ⅷ)~気脈の封印者

 善が悪に敗北した、無情なる戦いの決着が着いていた、同じ頃。


 

 地上付近の最大の洞穴は戦場と化し、激戦の様相を成していた。


 

 ヘンリ=ドルマンとブラウハルトが率いる、40名近くになる最大の戦団。


 出現し押し寄せるアイスゴーレムを討ち果たし、その度に新たに生じる個体との消耗戦を継続。徐々に疲弊していたのだ。


 そんな中ナユタは激戦の最前線に立ち、鬼神のごとき奮戦を続けていたのだ。


「ランスロット、行くよ!!! “魔炎煌烈弾ルシャナヴルフ”!!!」


 何度目かわからぬ、得意技である地獄の業火が目前のアイスゴーレムに放たれる。5mに届こうかという大型の個体は瞬く間に獄炎に包まれ身体を溶かされ、さらにランスロットの酸素操作魔導の補助によって長く延焼を続けて完全に戦闘不能にさせていく。


「――ナユタ!!! 今度は左だ!!!」


 ランスロットの叫び声に、すかさず左方向に体勢を変えて獄炎を打ち放っていく。


 ナユタの爆炎魔導はアイスゴーレムに無類の強さを発揮し続け、ヘンリ=ドルマンやブラウハルトと同数かそれ以上の討伐数を積み上げ続けた。


 しかし――。氷山である岩壁から生み出され続ける彼らは、討っても討っても留まるところを知らない。数は減らしてきているが、疲弊しきった味方、特に力の劣る見習い(レリン)を中心に――。氷の巨人に叩き潰され踏み潰される死者が時間とともに増加していたのだった。


 事態を重く見たブラウハルトは、正面の3m級個体を牙で粉々に砕きながら、ヘンリ=ドルマンに向けて叫んだ。


「ドルマン!!! これでは埒が明かん!! もう十分、数は減らしてきた! ここは気脈を優先するべきだ!!!」


 ヘンリ=ドルマンも尽きぬ雷撃で獅子奮迅していたが、ブラウハルトの言葉に即座に反応した。


「そうね!!! 全員、聞け!!!!! これより敵の殲滅を諦め、突破を図る!!!

ブラウハルトに続き、全員奥の気脈を目指せ!!! 早期の封印を優先する!!

アタシが殿(しんがり)を努め、極力皆をサポートする!! さあ、急げ!!!!!」



 声を限りの指揮官の叫びに対し、全員の反応は早かった。


 進むブラウハルトに続き、敵を迎撃しながら洞穴の奥を目指していく、戦団。


「行こう、ナユタ!!」


「ああ!! ディトー師兄!!! 早く行きましょう!!!」


「――ああ!」


 ランスロットに促されたナユタ、声をかけられたディトーは、圧倒的な強さで後方の安全を確保するヘンリ=ドルマンを一度だけ振り返り――。


 ブラウハルトに続いて、洞穴の奥へと進んでいったのだった。





 *

 

 その後も、進む先々で戦団を襲うアイスゴーレムの脅威は止むことなく、進路を阻まれ命を奪われ――。足止めをされ脱落していく仲間達。


 熾烈を極めた道中を、スピードを緩めることなく最速で進行し、一番乗りで最奥部に到達できたのは――。

 

 ナユタ、ランスロット、ディトーの3名だった。


 

「――!!! これが、気脈の乱れ――!」



 ナユタの驚愕の声が遠く木霊する。


 気脈の乱れが発生するのは、地中でもエネルギーが滞留しうる広大な空間に限られる。ラージェ大森林の乱れがそうであったように、このルヴァロン山のそれもまた洞穴内とは思えぬスペースの中にその威容を見せていた。

 そこは、奥行きと幅数百m、高さ120mはあろうかという広大に過ぎる途方もない(ほら)だった。しかも、それは続き部屋のようになっていて、ここに到達する一つ前にも同様の洞があったのだ。大自然の奇跡という他はない。


 だが無論問題は、その空間ではない。

 地上の光が一切差さぬ空間内で、それだけの広大さを視覚で見取らせるだけの「光量」。それを発している事象そのものが問題であった。


 ナユタの眼前で、虹色の鮮やかな光をまばゆく散らしながら横断していく光の帯。それは太さ80m以上におよび、乱れた点から上方に突き上げる乱れの幅たるや、100mにも達するのではないかと思われた。圧倒的巨大さを誇る、「気脈の乱れ」があったのだ。

 3度の探索任務(クエスト)を経験している師範代ディトーですら、これほどの巨大な乱れについて見たことも聞いたこともない。それはすなわち、地上におそるべき混沌をもたらすような諸悪の根源になりうるという証左でもあった。


 ディトーは貌を青ざめさせながらも足を踏み出し、云った。

 

「こんなものが――このまま放置されたら、間違いなく大戦争が起きる。人々の心は荒廃し、弱者を強者が喰らう悪夢のような世界が訪れる。

……いいだろう、俺が消し去ってやる、災厄を。前の洞まで下がって隠れていろ、ナユタ、ランスロット。俺が余波で気を失うか――最悪死ぬようなことがあったら、すまないが後のことをよろしく頼む」


 しかし――ディトーの肩を掴んだナユタは、強い調子で彼に云った。



「――いや、師兄。ここはあたしに、やらせてください。

ランスロット。そういう訳だからあんたは、ディトー師兄と後ろに下がってな」



「――ナ、ナユタ!!! 無茶だよ!!!」



「ナユタ――!!」



 金切り声で叫ぶランスロット、驚愕の表情で振り返るディトーに向かって、ナユタは力強く頷いた。



「あたしは――大陸最強の魔導士に、ならなきゃいけないんです。

あたしが命をかけて愛した人に誓った、そしてあたしが人生をかけても実現したいと思ってる、巨きな目標なんです。

ここで皆の犠牲に応えるだけの働きができなかったら――。そんな大それた目標、絶対に達成なんてできやしない。それができない程度の魔導士だっていうんなら、死んだほうがマシ。

あたしは、この場所で最大の効果を発揮できる爆炎魔導の使い手。今は気脈を前にして、魔力も増幅され尽くしてる。

必ずやりとげます。あたしに、やらせてください」



 まばゆい気脈の光を凌駕するかのような力を感じさせる、ナユタの目。その奥にある、死をも恐れぬ覚悟。それを実現する強い意志と決意。


 それは、師範代として教え子を守らねばならぬというディトーに、義務を諦めさせるには十分に過ぎるほどのものであった。



「……大導師の逆鱗に触れて追放かもしれないな、俺は。

わかった、ナユタ。お前にすべて、託す。

だが……決して死ぬなよ。お前はこれからの大導師府に――。いや、もしかしたら大陸にとって必要になるかもしれない。それほどの器だと俺は思っているんだからな」



「大丈夫ですよ、あの爺にそんな真似はさせません。お言葉ありがとうございます、師兄」



「僕も――ぼ、僕も一緒に、行くよ、ナユタ――!!」


 

 自分の傍らからの意外な声に、ナユタはハッとしてその先の従僕の姿を見た。



「ランスロット――? あんた――」



「僕は――魔導生物としては非力だろうし、臆病者だ――。だけど、主人を見捨てて逃げるなんてことは、絶対にしない。絶対に――! 僕にとって君は、守るべき存在なんだ。魔力の補助だけにはなるけど、一緒に連れていってほしい! お願いだ、ナユタ!!!」



 ランスロットは震えてはいたが、決意に満ちた双眸でナユタを見た。表情に乏しいリスの貌だが、ナユタは人間以上の強い意志と――主人に対する自分の愛情をそこに見出していた。彼女は目をうるませて、愛おしそうにランスロットの背をなでた。



「ありがとう――ランスロット。そうだよね、あんたを置いていくようじゃあたしは、主人として失格だよね。一緒に、行こう。

それじゃ行きます、師兄、あとはよろしくお願いします」



 ディトーは余計な台詞を口にせず、大きく頷いた後に後方の洞に下がっていき、姿を消した。



 ナユタはそれを振り返ることなく、一直線に気脈の乱れに向かって歩いていく。



 20mほどの位置にまで近づくと、もはやそれは目も開けていられないほどの光量に変化した。体感される魔力の波も、先程の数倍に膨れ上がっている。恐怖しか感じない、萎縮するほどのプレッシャーだ。



 だがナユタは、そしてその肩のランスロットは、真っ直ぐに前を向いて構えを取った。



「行くよ、ランスロット」


「ああ、行こう、ナユタ」



「――魔炎煌烈弾(ルシャナヴルフ)収束コンベルグ!!!!」



 気合とともに、両手から発された、爆炎の砲弾。



 まさに命を持ったかのように気脈の乱れに真っ直ぐに伸びていく、赤く巨大な力の塊。それは気脈の影響を受け――そしてランスロットの最大限の補助を受けて通常の数倍にも膨れ上がり、乱れの規模に匹敵するサイズにまで成長した。



 天を衝く気脈の乱れに達していったが、勝負はここからだ。


 乱れを正常な流れに導くべく、力を継続させる必要があるからだ。



 ナユタも、ランスロットも、両手を突き出したまま恐ろしい形相に変化していた。

 額にも頬にも首にも血管が縦横に浮かび、目からは血の涙を流し始めていた。


 やはり、過去のレジーナやヘンリ=ドルマンに比べ力の劣るナユタが封印をなしとげるのは――。ランスロットの力を借りたとしても、時間と、体力もしくは命そのものの消耗・終焉をも要求される難関であった。


 この苦しみは、例えるならば己の頭上数cmに迫った剣の刃を受け止め全力で阻止したまま――。数時間以上継続する行為に等しいもの。命の危険を感じながら、己の全身全霊をかけた気迫と体力を要求されるのだ。



「ハアアア!!! ハア、ハア!!! グウウウウウウウウ!!!!」



「ク、クウウウウアアアアア!!! ウアアアアアアア!!!!」



 ナユタもランスロットも、極限状況に耐える苦しみから人間とも思えぬような恐ろしい苦悶の悲鳴を上げ続けた。聞いている者がいれば、とても耐えきれずに耳を塞ぐしかないほどの、恐ろしい悲鳴。それが数十分もの間、続いた。



(こいつ――収まれ、曲がれ!!!! あたしはてめえが折れるまで、死んでも魔導を続けてやるよ!!!!)



(僕は―ナユタを守る!! 命をかけてだって守ると誓った!! 何があろうとだ!!!!)



 生命をかけた二人の気迫が通じたのか――。



 その瞬間はついに、訪れた。



 鉄壁であるかに見えた乱れた流れ。その方向が、急激に変化しはじめ――。



 ついに、水平にまで倒れ、気脈の本流と合流したのだ!


 それと同時に、気脈の封印の代償として訪れる現象もまた、急激に発生した!



 それまでに感じられていた膨大な魔力の、10倍かそれ以上にも及ぶ、魔力の余波。



 目には見えないが、押しつぶそうとしてくる津波の先端のごとく押し寄せる魔の暴力は、接近していたナユタとランスロットを容赦なく押し包んだ。



 瞬間、二人の脳と全神経は、棍棒で殴られた数倍にも匹敵する衝撃を喰らい――。



 たちまち、冥府に落ちるがごとき滑落の感覚とともに、意識は猛烈な速さで遠のいていった。



 ナユタは水面に自分の身体を残したまま、魂だけが深海に沈んでいくかのような感覚を感じながら、無意識に手を上方に伸ばしていた。



(皆――師兄、ブラウハルト――ラウニィー――!!!)





 *


「――ナユタ!!! ランスロット!!! 大丈夫か!!!」



 共倒れを防ぐため、気脈の余波が収まったのを見計らって再び戻ってきたディトー。


 彼はぐったりとして地に横たわるナユタと、その傍らに転がるランスロットに駆け寄り息、動脈を確認した。



 ――大丈夫だ。浅いものの息は規則正しくしているし、脈も問題なくある。二人とも意識を失っているだけだ。



 ディトーはほっと胸をなでおろし、普段の気の強さを微塵も感じさせない、可憐な美しい寝顔を見せるナユタを見つめながら呟いた。



「よくやってくれた、ナユタ、ランスロット。

ナユタ――やはりお前は、将来の大陸をも背負って立つ魔導士になれる器だ。

俺は決して、お前を死なせはしない。必ず生きて連れ帰ってやるからな――」




「何を、している――。

その小娘を、忌々しい封印者となった小娘を殺せ、ディトー――」




 ディトーの呟きを遮るかのごとく、突如洞の内部に響き渡る、重々しい声。




 威厳を備えたその声の主は、上空から姿を現していた。


 重力魔導の使い手なのだろう。落下の速度を吸収しながらゆっくりと、地上へと降りてくる。


 洞の上方に身を潜め、待ち構えていたのであろう。



 その姿は、頭を覆うフードからつま先の木靴に至るまでのローブで、ほぼ全身が包み隠されていた。その素材はアルム絹と見え、びろうどに染められていた。首や腰には魔力を増幅させると見える魔石付きアクセサリーが幾つも下げられている。古典的な魔導士の装いだが、その全身を覆う魔力は怖気を振るうほどの強力さで、ヘンリ=ドルマンを超えているのではないかと思わせた。


 フードから覗く貌は50代後半ほどと見える神経質そうな初老男性のものだが、鋭利に過ぎる眼光が威厳と、歴戦をくぐり抜けた強者の雰囲気を感じさせる。



 男は地上に降り立つと、再び口を開いた。



「今、我が耳にしたのは無論聞き間違いであろうな?

我らの大敵である大導師府のその小娘をあろうことか讃え、『生きて連れ帰る』と?

よもや、この数年の間に血迷った、などとは云わせぬぞ。

我が腹心――サタナエル“魔導(ソーサル)”ギルド副将、ディトー・エルディクス」



 男が呼びかける言葉に対し、鋭い眼光を返してディトーは――。



 低く低く、男に言葉を返したのだった。



「久方ぶりに、ございますな。

我が主にして“魔導(ソーサル)”ギルド将鬼、ゾイル・エレ=ヴァーユ様――!」

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