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第二十四話 死峰アンドロマリウス(Ⅴ)~雪山の女児

 叫び取り乱し、ディトーの手を振りほどいて奈落に飛び降りて行きかねない様子のナユタ。


 その様子と、漆黒の大穴を見比べながらディトーはギリッと歯噛みし、ナユタに一喝した。


「ナユタ!!! 落ち着け! 皆は、きっと無事だ!!!」


「ディトー……師兄!?」


「落ちていった者の中に――フレアがいる。彼女は重力魔導の名手。またラウニィーも、風魔導の達人。人数分の発動に時間はかかるが、きっとダンも皆も助けるはずだ! そして生きて戻る!! 皆を信じろ!!!」


 その言葉に、ランスロットも手の爪をギュッと握りしめてナユタに云った。


「――そうだ、ナユタ! きっと大丈夫だ、皆は! ラウニィーが、君よりもさえ強い彼女が、簡単に死ぬはずないだろ!? 親友の君が信じなきゃ誰が信じる!!」


 それら必死の喝は、芯の強いナユタにたちまち冷静さを取り戻させた。

 ナユタは表情を厳しくし、洞穴奥の――アイスゴーレムの大群が行く手を塞ぐ大戦場へと鋭い眼光を向けた。


「ありがとう、そうだよね。あいつらは、簡単に死ぬようなタマじゃあない!

今は――目の前の仲間を助けること、邪魔なつらら人形どもを全滅させることだ! あいつらを溶かせるあたしが、ここで戦えなかったら『爆炎の魔導士』の名折れだ!!!」


 自らを振るい立たせるように叫んだナユタは、“魔炎煌烈弾(ルシャナヴルフ)”を両手に充填、ランスロットを伴い臨戦体勢で駆け出していった。


 そして、何かきわめて強い苦渋を伴う表情を浮かべながらも、ディトーはその後に続き――。通用しない氷結魔導に代わる風魔導をまとわせ、ナユタの後を追っていったのだった。






 *


「う…………」



 ラウニィー・グレイブルクは、右肩と頭に強烈な痛みを感じながら意識を取り戻した。



 感じられる自分の体勢は、どうやら地面の上に仰臥状態であるようだ。



 薄く目を開けると、あたりは一見漆黒の闇にも見えたが、それは自分の目が暗闇に慣れていなかっただけだ。


 うっすらと、明かりが灯っている。赤々燃える小さな松明からのぼんやりした光で照らされている。


 一体誰が……? その思いが巡ったのに続き、痛みを感じる右肩に、何か――。そう、「法力」の処置が施されている感触を感じてラウニィーは勢いよく右に頭を向けた。



「ひ、ひゃあああ! ご、ごめんなさい……。わたし、ケガしてるおねえちゃんを見つけたから、てあてしてあげてただけなの……。ひどいことしないで、おねがい、おねえちゃん……」



 その金切り声の幼い言葉。ラウニィーの視線の先にいたのは――おそらく10歳にも満たないであろう、年端もいかない一人の幼女であった。 

 髪は肩までのさらさらの茶髪であり、肌は白く、整った可愛らしい貌立ちをしている。

 その言葉を信じれば、偶然に通りかかった場所で倒れていたラウニィーの傷を懸命に手当してくれていたことになる。

 


 恩人ということにはなるが……。ラウニィーほどの観察眼をもつ女性でなかったとしてもさすがに、訝しい事この上なかった。


 現在彼女らが居るのは恐らく、ルヴァロン山の地下洞穴内部だ。憎き罪人にして裏切り者ジュリアス・エルムスの手によって地に落とされた仲間ともども、ラウニィーは地下に向かって落下した。

 どうにか体勢を整え、風魔導によって付近の仲間ともども風圧を発生させて墜落死を免れようとしたものの、頭上および側面からさらなる大量の瓦礫が押し寄せた。大きな岩に頭と右肩をやられて意識を失い、かつ瓦礫に上空への脱出口を封じられてしまったのが現在の状況であろう。

 となれば――本来このような奥まった危険な場所に、子供が偶然通り掛かる道理などないのだ。



 ラウニィーは幼女を怯えさせないように、なるべく笑顔を作って穏やかに、尋ねた。


「私は……ラウニィー・グレイブルクっていうの。見てのとおり魔導士よ。

お嬢ちゃん。あなたの、お名前を教えてくれるかしら?」



 すると幼女は優しげなラウニィーへの警戒心を解いたのか、潤んだ大きな瞳の眼尻を下げて笑顔を返しながら答えた。


「わたし、キャティシア。キャティシア・フラウロスっていうの。

メイガン……おじいちゃんにあんないをおねがいされて、ここまで来たけど……。おじいちゃんにもうかえっていいって云われて、かえろうとしたの。

そしたら、きゅうにどうくつがくずれだして、じっとしてたらおねえちゃんが上からふってきたの」


 なるほど。大人と一緒にここへ来て、偶然自分たち探索任務(クエスト)一団の戦いに遭遇したか。怪物ひしめくこの山にやってくることなど通常ありえないが――。見たところキャティシアというこの幼女の装備は、全てにおいて雪山踏破の条件を満たしているように完璧のようだ。このアンドロマリウス連峰のすべてを知り尽くす、案内人(ガイド)の家族なのであろう。ラウニィーはそう結論付けた。


「そう……よろしくね、キャティシア。あなたそんなに小さいのに、法力の使い方がとっても上手ね。ありがとう。このお礼はきっとするわ。

あなた、このルヴァロン山にとっても詳しいんでしょう? 出口はどっちなのかわかるかしら?」


「うん! あっちのなんとうのほうがく沿いにいけば、出られるよ。わたしが、つれていってあげる!」


 そう云って立ち上がり松明を手に持ち、もう片方の手に方位磁石を持ち、手招きをするキャティシア。


 彼女の見事な法力ですっかり快方に向かったラウニィーは、立ち上がって後を追った。


 自分も携帯していた松明に火を灯し、狭い洞穴を進む。

 

 さすがに世界最高峰群の地下だけあり、極めて入り組んだ長い洞穴が終わりなく続くかのようだ。おそらくは蜘蛛の巣のごとく張り巡らされ、古来より幾多の冒険者の命を奪ったに違いない。

 しかしキャティシアは無数の分岐を全く迷いなく進んでいく。素人のラウニィーでも、彼女が確実に出口へ導いていってくれているのが感じられる。


「キャティシア……。あなたずいぶん小さいときからこの山に出入りしていたのね。こんなに道を知ってるのは、本当にすごいわ」


「うん! わたしずっとこの山とか谷とかゆきの中とか、アンドロマリウスのぜんぶであそんできたから、ぜーんぶ知ってるんだよ。

このへんは、かいぶつもぜったい近よってこないとこだから、わたし色いろたんけんしながらあそんでたの」


「そうなのね……。そうしてここに住んでいるっていうことは、あなたが連れてきたっていうお祖父ちゃんは、案内人(ガイド)さんをやっているの?

誰かお客さんを案内していたところなのかしら?」


 何気なく聞いた一言だったが、キャティシアの幼い貌はたちまち曇った。「祖父」に関する質問に反応してのように見えた。


「……う、うん……そうなの……。

わ、わたしもあんまりくわしく、知らないんだけど……」


 違和感を感じた。天真爛漫に見えた彼女が、まるで怪物に怯えてでもいるかのように青ざめ震え、大人のように奥歯に物の挟まったような物言いをしていることに。


 ラウニィーは若干目を細めて、キャティシアの後ろ姿を観察した。居心地が悪くなったかのように足を早めていく彼女。毛皮の防寒具で丸くなった身体ではさしたる特徴も見いだせないかに見えたが――。


 見つけた。彼女の茶髪が跳ね上がった瞬間に見えた、首筋の大きく痛々しい傷跡を。

 おそらくは、法力で消しそこねたのだろう。傷がそこだけなら、失念するはずはない。意味するところはつまり――。恐ろしい事実だが、処置が行き届かないほどに無数の傷を、一度に全身に負わされたような状況であるということ。


 ラウニィーは表情を険しくし、キャティシアの後ろから声を投げかけた。


「キャティシア……。もしかしてだけれど、あなたいつもお祖父ちゃんに殴られたり、痛いことをいっぱいされたりとかしてない?」


 それを聞いたキャティシアの背中が、ビクッと大きく震えた。その様子は、ラウニィーの疑念を肯定しているのと同義だった。

 ラウニィーはキャティシアに追いつき、両肩に手を置いて、云った。


「怖くてたまらないんでしょう、お祖父ちゃんが。ひどいことをされるから、家に帰りたくないんでしょう、本当は。

……私みたいな他人がどこまでできるかわからないけど、私のお師匠は世界一の魔導士なの。あなたの助けになってあげるわ。私を助けてくれた恩人だしね。

あなたの住んでる所はどこ?」


 キャティシアは涙を浮かべながら、答えた。


「み、みなみのふもとの……セルシェ村……」


「エストガレス王国側ね……。わかったわ。教えてくれてありがとう」


 そう云って、キャティシアの頭を優しく撫でたラウニィーの表情は――。



 急激に険しくなり、緊急度合いを増した。


 それを見てまたビクッと身体を震わせるキャティシアをなだめ、ラウニィーは人差し指を鼻の前で立てる仕草をした。


「大きな声を出さないで、キャティシア……。ここから少し、私の後をついてきてくれる……?」


 そう云って、キャティシアを今度は先導しながら洞穴内を歩くラウニィー。


 極力音を立てず、慎重に。


 彼女は、感じたのだ。

 「魔力の反応」を。


 何者かが、付近に居る。相手に気取られないよう足音も、魔力も抑える必要があったのだ。



 数十mを進むと、聞こえてきた。

 人間の話し声が。

 そして岩の裂け目から、炎と思われる照明が漏れ出しているのが見える。


 松明を一旦消し、そこへ極力近づき――。覗き込んだラウニィーの視界に飛び込んできたのは――。



「……冗談だよな? 本気でそんなこと、云ってるわけじゃないよな、フレア」


「私はいたって本気よ、ダン。貴方に、『私達の』仲間になってもらいたいの。

そう、『サタナエル』へ加わることを目指す、私達のね。そうでしょ、ジュリアス?」



(――!!!!)



 ラウニィーは、その言葉と場の情景に、驚愕した。

 自分の疑念が、悪い方向に予想を大きく超えるレベルで当たっていた、その状況に。



 そこにいたのは、フレア、ダン、そして先刻自分達を襲撃し、魔導で奈落に落とした張本人であるジュリアスの3人。


 おそらくフレアが重力魔導で救ったのだろう。3人には目立った外傷もなく無事だった。


 ダンと対峙する、フレア。そしてそのフレアの後方に青ざめた貌で佇むジュリアス。


 ジュリアスはフレアの言を受けて、云った。


「そ、そうだ、ダン。フレアと俺は、伝説といわれた暗殺集団、サタナエルに加わる。そして力を手にし、忌々しい大導師府の連中を一掃する。それに加わってほしいんだ。

餓鬼のころからの親友である、お前にぜひともな」


 フレアはその後を受け、さらに続ける。


「サタナエルは、おとぎ話の存在などではなく、実在するの。本当に200年にも渡り大陸を支配してきた偉大なる存在なのよ。私は実力をつけ上り詰めて、大導師の隠しもつ『絶対破壊魔導』を手土産にサタナエルに加わるためだけに、大導師府に入った。そして機を伺いながら、少しずつ邪魔者を排除する計画を練ってきた。

ジュリアスを脱走させ、仲間に加わってもらったのもその一つよ。彼には身を隠してもらい、今回の計画のために準備を重ねてもらった。アンドロマリウスの情報をつぶさに集め、案内人(ガイド)を殺して成り代わり、一行に加わってもらった。邪魔な師範代連中と分断して、私が『上』に到達するのに邪魔者となる魔導士に、仲間に加わってもらうか死んでもらうために。

……ナユタは、忌々しいラウニィー(あの女)のおかげで逃してしまったけれどね。いずれまた、チャンスはあるわ」


 爪をかじりながら殺気を放ち吐き捨てるフレア。黙って聞いているダンに向けて、彼女はさらに続けた。


「ダン。貴方は先日の試練で限定解除(リミットブレイク)を成し遂げ急成長した強力な魔導士。私ともとても仲良くしてくれたし、昨日はやっと『私を求めてくれた』。

ナユタにご執心のようだけど、彼女はきっぱり貴方を拒んだわ。同じ炎熱系として彼女が君臨するかぎり、貴方が許伝(アインフル)主席になれる可能性もない。これ以上大導師府でお友達ごっこを続けても、良いことは何もない。貴方の可能性は、『サタナエル』にこそ求めるべきものだと思うわ。

私と一緒に行きましょう。お願い、ダン」


 手を差し伸べるフレア。

 ダンは険しい表情でじっと彼女の目を見つめていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「――いいや、おれは、君やジュリアスと一緒にはいけない、フレア。

おれは大導師府の魔導士を全うする。そして今君から聞いたことも、大導師やヘンリ=ドルマン師兄に全て報告する」


 フレアは――眼鏡の奥の目を見開いて驚愕した。そして恐ろしい形相に変貌し歯ぎしりしながら、ダンに詰め寄った。


「何を――! どうして、どうしてなの!? どうして私を選んでくれないの?

私は貴方のこと、愛してるのに!! 云ったでしょう? あのときに!!

――ジュリアスのこと? この人とは確かに寝たし、趣味の相手には良かったけれど、あくまで奴隷としてのお付き合いよ。私は、私は貴方だけを――」


「――君のその『愛している』は、思い込みであって錯覚だよ。

君が愛してるのは、自分ひとりだけなんだよ。おれには、自分の都合のいい理解者として、孤独感を埋めるだけの利用価値を求めてるだけだよ。今までの付き合い、この前のあの時の言葉、今の真実をきいて、それを確信した。

云ってるとおりおれはずっとナユタが好きだし、君を愛することはできない。そして正義っていうほどじゃないけど、自分の中の正しい声に、おれは迷わず従う、それだけだ。ごめんね。

君のことは友達と思ってたし、今までのことにはすごく感謝してるよ」


「ナユタ――! どいつもこいつも、皆――ナユタにばかり――!

認めないわ。こんなの、認めるわけにはいかない!!!

ダン――貴方、私の秘密を聞いておいてまさか、生きて帰れるだなんて思ってないでしょう――?」


「当然そう来るよね――。おれを殺す気なら、ただで殺られるつもりはない。相手になるよ」


「バカね。貴方一人では何もできるわけがないでしょう。私とジュリアス二人を相手に――」




「いいえ、『一人』ではないわよ、フレア。私もあなたと戦うわ」




「――!!!!」




 会話に乱入してきた、聞き覚えある声に、フレアとジュリアスは驚愕してその方向を見た。



 岩の裂け目から出てきたラウニィーの姿がそこにあった。


 真っ直ぐに立ち胸をそびやかし、鋭い眼差しは真っ直ぐにフレアを睨みつけている。



「『あなた』!!! すぐに全力で逃げなさい!!!!

このひとたちは、悪魔よ!! 今から私は戦い、ここは戦場になる! 逃げて!!!」



 名前や村をフレアに知られないよう呼びかけた、自分に対するその警告。それを聞き、涙目で様子を伺っていたキャティシアは頷き踵を返し、全速力で逃げていた。




「ラウニィー!」



 貌を輝かせて叫ぶダンの傍らで、フレアは邪悪な笑みを投げかけながらラウニィーに云った。





「これは、これは……。危機にかけつけた英雄(ヒロイン)のご登場ね。

手間が、省けたわ。忌々しい貴方は私の手で、丁寧にいたぶり殺してやろう、そう思っていたからね。ラウニィー……」



「本性を、現したわね、フレア。私は気づいていたわ。

恐ろしい真実を聞いた今、貴方を放っておくわけにはいかなくなった。

覚悟しなさい……。私の本気の力で、あなたを倒してみせるわ!!!」

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[良い点] まさかナユタとキャティシアがニアミスしていたとは意外でしたw(゜o゜)w [一言] 個別感想が書けるようになったので、めちゃ気軽に書いてみました(笑)
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