第十五話 旧友の訪れと、追憶(Ⅱ)~トリスタン
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10年前――。ランダメリア郊外、ダネイン。
皇帝直轄領と統候領との物流拠点の一つである下町の流通街であり、「皇国の物品で手に入らぬ物はない」とまで云われる場所だった。
人口も多く、子どもたちによるグループも数多くあった。これを良からぬ大人たちが利用する目的で焚き付けたおかげで、横流しされた珍品を手に入れることを競うことが流行。噂を聞きつけた近隣の好奇心旺盛な子供たちも引きつけられてきていたのだ。
そして――。
ナユタ・フェレーイン、エティエンヌ・ローゼンクランツ、8歳。
彼女らもまた、ここに引きつけられてやってきていた子どもたちの一人であった。
木のコンテナの物陰に隠れ、街の喧騒の様子を伺っていた。
「ナユタ……やっぱり、やめようよ。
おばちゃんに、あんなにきつく止められてたのに。こんなおとながいっぱいいて、危なそうなところ、うろうろしてちゃだめだよ。帰ろうよー」
「だまって。しずかにしなさいよ、エティエンヌ。
あんたがうるさいからつかまっちゃうじゃない。だいじょうぶよ……ちょっと見て帰るだけだから。
まどうせいぶつの角からしかできないってゆう、炎のルビー。それを見るまでは、ぜったいに帰らないんだから!」
ほんの幼い子どもの二人は、白い綿の服に革の靴、バックパックを背負った状態で、ナイフ一つ帯びてはいない丸腰だった。トラブルに巻き込まれればひとたまりもない。
「さあ、いくわよ。あっちの七ばんろじの方で、そのとりひきをやってるんだってトーマスがいってた。もうすこし、なんだから……」
足音を消し、身を引くして物陰を移動し続ける二人。流通街の喧騒の中、その姿に気づき見咎めるものは誰一人としていない。
目的の七番路地に滑り込む。樽やゴミの物陰に隠れ、奥に入り込んでいく。
そこは、2つのグループが、物品の物々交換をしている現場のようだった。
10~15歳の少年少女4,5人ずつのグループと見える。
ナユタの目的である炎のルビーは、一方のグループが持っているようだ。
もう一方のグループが提示する鎧魚の鱗のネックレスを確認し、交換するべく取り出される、ルビー。
一人の少年が掲げるそれは――妖しく紅い光を放っていた。
直径5cmほどの宝玉の中に、まるで炎が燃え盛るように光はうごめいている。魔導士が己の魔力を高めるアクセサリーの材料として用いる一定の需要がある、高級品だ。
「わあああ……すごい……きれー……」
口の中でごく小さく、つぶやくように感動の言葉をもらす、ナユタ。そのナユタに見惚れる、エティエンヌ。どちらも――。
背後に迫っていた、別の集団の存在には気が付かなかった。
「おい、お前ら!!! そこでなにしてやがる!!!」
甲高い声の、少年の恫喝。飛び上がったナユタとエティエンヌが振り返ると、そこには――。
おそらく取引をしているグループのどちらかの一員なのだろう。12,3歳の少年少女4人だった。
「こそこそしやがって……! おおかたおれたちのブツを横取りしようってやつらのスパイだろ!
ただで帰れるとおもうなよ! はくじょうさせてやるからな!」
「ち、ちがう……あたしたちは、ただめずらしいルビーが見たくてきただけなのよ!」
「そ……そうだ! ぼくたちはルルーアンティアこじいんからきた子どもだ。そんなグループとはかんけいない!」
暴力を受ける恐怖に震えながらも、必死で抗議するナユタ、健気に青い貌でナユタを守ろうとするエティエンヌ。
しかしそんな言葉に耳を貸すような連中であるはずはない。物騒な角材や鉄材を手にした集団は、二人にどんどん迫ってくる。
その時だった。
「ふたりとも、目をつぶれーっ!!!!」
どこからともなく、声が聞こえてきた。おそらくは、男児のそれだ。
反射的に目を瞑ったナユタとエティエンヌの眼前に、榴弾のような形状のものが投げ込まれ、地に着くや否や一気に炸裂した――瞬間的に視力を奪うほどの、強烈な光が。
おそらくは光魔導が封じられた、魔工具であろう。
「ぐあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
グループの少年少女はたちどころに目を押さえて怯み、恐慌状態となった。その前に――すばしっこく走り出てきた、一人の男児。
黒く柔らかな髪、よく日焼けした肌、太めの眉に大きな黒い瞳という意志の強そうな眼差し。細身のエティエンヌよりもかなりがっしりとした頑健な身体で、その動きを見る限り身体能力は高そうだった。
黒い、動きやすい革の装備を身に着け、ベルトには2本のナイフ、3個の榴弾を下げていた。
明らかに「場馴れ」したその男児は、強い眼光で目配せをし、付いてくるよう促してきた。
そしてすばやい動きで、路地の脇の小道に駆けていく。
「――いくよ、エティエンヌ! あいつについていこう!」
「うん――!!」
二人は無我夢中で、走った。迷路のような路地を。
その路地は、薄暗い光量の中驚くべき逃走効果を3人にもたらした。もはや少年たちのグループなどでは到底とらえられないばかりか、完全に安全な市場の外にまで逃走を完了していたのだ。
ようやく停止し、身体を2つに折ってゼエゼエ……と息を荒げるナユタとエティエンヌ。
その二人に歩み寄り、息一つ上げることのない男児は、口を開いた。
「まったく……ろくにここの事もしらないやつらがムチャするなあ!
あそこでとり引きしてたやつらは、ここらでも一ばんやばい大人がバックについてるんだ。おれだってめったには近づかないんだぞ。
でもどきょうあるなあ、気に入ったよ! お前ら、名前はなんていうんだ?」
「あ……あたしは、ナユタ、ナユタ・フェレーイン。……こっちは……エティエンヌ・ローゼンクランツ。
西の、ルルーアンティアこじいんからきたんだ。
たすけてくれて、ありがとう。あんたは……なんて名前なの……?」
「おれか? おれは、トリスタン。
トリスタン・リュードネード、ていうんだ。
このダネインで、ずっとひとりでくらしてる、こじ、ってヤツさ……!」
これが――。
ナユタの人生を決定づけたといえる、重要な、人物。
トリスタン・リュードネードとの出会いであった――。




