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第十二話 竜殺の試練(Ⅸ)~卑しき裏切り

 走る。ただひたすらに。


 頭の中を占めるのは怒り。脳は沸騰せんばかりに熱く、物質が超高速で巡る感覚が自覚される。


 全力で走った後、「敵」の群れはある一箇所に逃げ込んでいった。


 岩場の間で、地面深くに向かって長く長く伸び、底のまったく見えない、直径1mもない穴。


 それこそが、敵の巣窟にほかならぬ。


 魔導を集中させる。その穴に渾身の魔導を打ち込めば、爆炎は巣穴の中を効率的に広がり、酸素を燃やし尽くして憎き敵を殲滅してくれるだろう。


 ダガーを抜き放ち、魔力を充填させる。そして、全てを終わらせる魔導が発動しようとした瞬間――。


 背中に衝撃を、感じた。

 

 まだ背後にいた敵の一体が、巣穴に戻ろうとして自分にぶつかったのだ。


 そのまま吹き飛ばされ、口を開けた深淵の中に――。


 ひたすらに、転がり落ちていったのだった――。




 *


「ラウニィー……」


 ディトーは負傷した身体を引きずりながら、ラウニィーの側に寄り、その肩に優しく手をおいた。


 何と声をかけていいか、分からない。生まれてずっと一緒だった親友を無残に突然に失い、現実を実感し始めてから――。ラウニィーはその親友の成れの果ての側で、地面に丸まって幼女のように泣きじゃくっているのだ。


「ひっ……ひぐうううう……うえええええ……ええええ……いや、いやああ……ニナ……」


 あまりの凄絶な状況に現実を受け入れきれず呆然としていたダンも――。このクールな少女が普段見せることのない悲しみようを見て、強い感情がこみ上げて涙した。


「……ひでえ……こんな……あんまりにも、可愛想すぎるよ……」


 そのダンの横でフレアも表情を固くし、口を引き結んでいた。

 

 この場の誰も、親友のナユタでも、いやラウニィーの肉親だったとしても――今の彼女を慰める言葉を持ち得ないだろう。



 ラウニィーのあまりに痛々しい姿を目の当たりにし、ディトーの貌が怒りに染まった。


 そして――皆がいる場から数十m離れた大樹の方向に向かって、低く言葉を放った。



「お前は何か感じることはないのか、ジュリアス……! 一人では恐ろしくて戻ってきたのだろうが、ニナに祈りの一つも捧げる気はないのか?

お前がそのように、見下げ果てた男とは思わなかったぞ。お前が怖気づき、ニナを見捨てて逃げることがなければ――。お前ほどの魔導士がせめて1分でも、踏みとどまって共に戦っていれば――。ブラウハルトと俺の救援は確実に間に合っていた。ニナが死ぬことは、なかった。

少しでもそのことに責任を感じているのならせめて、ここへ来て詫びの一言ぐらい云うべきではないのか……!?」



 ディトーの驚くべき糾弾の言葉を受け、ダンとフレアは眼を剥き、彼が言葉を発した方向を見た。


 同時に――ラウニィーの泣き声がピタリと、止まった。



 ディトーが目を向けた大樹の影から貌をのぞかせたのは――。



 彼の言葉どおり、ジュリアスだった。


 普段の面影は全く、ない。自信に満ちた長身の美男子であるはずの彼は――。すでに敵が一掃されているにも関わらず腰は引け、未だ見苦しいほどに震え恐怖を貌に貼り付けていた。

 ニナが襲われて一目散に逃げ出した彼は、ディトーの云うとおり敵の領域内で一人でいることが恐ろしくなり、おめおめと戻った。そしてニナの変わり果てた姿と、悲しむ仲間を目にしさらなる恐怖を感じ、大樹の影に隠れていたのだ。


 そのジュリアスの様子に親友であるダンは衝撃を受け、信じられないといった表情で首を振る。フレアはほぼ無表情の中に、一抹の思いを含んだ鋭い視線を投げかける。



 そのダンとフレアの脇を――突然、一迅の風がよぎった。


 次の瞬間、ジュリアスの身体は大樹に押し付けられ――風の発生源である、ラウニィーの両手によって胸ぐらをねじりあげられていた。

 恐るべき、速さだ。加えて、普段のラウニィーからは考えられない、乱暴極まりない行為。

 

 苦悶の様相でラウニィーの貌を見下ろしたジュリアスの表情は、一瞬で、凍りついた。



「なんですって……?

あなたが一緒に戦って、見捨てた。ニナを。だから、あの子は死んだ。あんなひどい、メチャクチャにされた状態で。そう、云うの……?」



 その場の全員の表情も、凍りついた。ラウニィーの涙で濡れた貌は静かな、無表情だった。しかし目の色は――尋常ではなかった。いかなる殺人鬼も及ばないかと思われるほどの、恐るべき殺気に満ち満ちていた。



「ふざけるな……ふざけるなあああああーーっ!!!!!」



 ラウニィーは感情を爆発させ、絶叫した。そして右手を胸ぐらから放し、全力の平手打ちをジュリアスの貌に見舞った。何度も、何度も――。すぐに彼の貌は腫れ上がり唇は裂けて出血し、次いで口から情けない悲鳴が上がった。



「ひいいっ!!! ひいいい!! やめて、やめて――!!! 俺だって、俺だって仕方なく――」



「……そこまでだよ、ラウニィー! 気持ちは痛いほど分かるけど……そこまでにしてやってくれ! 頼む!!」



 止めたのは――ダンだった。眉間に皺をよせて、ラウニィーの両肩を掴んでいた。

 ラウニィーはようやくジュリアスの身体を解放。ジュリアスは大樹の根に崩れ落ち、震えながら貌を押さえた。

 そして息を荒げ、肩で息をしながら鬼の形相でジュリアスを睨みつけるラウニィーは、云った。


「許せない……許せない!!! 殺して、やりたい!!!! ニナと同じ目に合わせて!!!!

あなた……昨日の晩、ディアリバーでニナを抱いたんでしょう……? ナユタに告白できない腹いせに。あの子を好きでも何でもないのに!!

けどあの子はあなたが大好きで、それが最高に嬉しかったって!! だからあなたを信じて、一緒に戦おうとした!! ニナだってここにいる以上死ぬ覚悟はしてるわ。一番許せないのはね!! 

あなたがあの子の気持ちを最低の裏切りで返したことよ!! 自分を想ってくれた、大好きな人に見捨てられ惨めに死ぬ。その瞬間、あの子がどれほど絶望したか、想像できる!!??

ふざけないでよ――可哀想すぎるよ、ニナが――! あんないい子、いないのに――返してよ――私に、ニナを返してよ!!!! うああああああああ!!!!!」



 再び、崩れ落ちて泣き叫ぶラウニィー。そこへ――。



 フワッ……と大きく緩やかな風が舞い降りたかと思うと、ラウニィーの身体は白く淡く温かい光に包まれていった。


 同時に、全員が驚愕と安堵に満ちた表情を受かべ、ディトーが皆を代表するかのように、叫んだ。



「ブラウハルト!!! それにヘンリ=ドルマン師兄!!! よくぞ、よくぞご無事で!!」



 そう、ラウニィーを包み込むように走り寄ったのは――。

 先刻の魔の巨人の猛攻からどうにか逃れ、戻ってきたブラウハルト、その背に乗った主人ヘンリ=ドルマンであったのだ。

 ブラウハルトはラウニィーをじっと見つめたまま、応えを返した。



「ああ、どうにか戻った。

ラウニィー……。お前の深い悲しみはきっと、俺などには計り知れないのだろう。だが心よりニナの死を悼み、同時に詫びさせてくれ。

俺は大導師に、何があろうと“許伝(アインフル)”皆を無事生かして連れ帰ると約束しながら――。未熟者ゆえにニナを救ってやることができなかった。そのことは悔やんでも、悔やみきれぬ。

許してくれ――!」



 ブラウハルトの、血を吐くような苦悶の言葉。ラウニィーは彼の法力に心を癒やされながら、泣き貌のまま中央の貌を見上げた。



「ブラウハルト…………! ううう……!」



 ヘンリ=ドルマンもまた、惨状を目にして苦悶の表情を浮かべた。そしてジュリアスを冷徹な目で見下ろし、告げた。


「“許伝(アインフル)”ジュリアス・エルムス。ラウニィーの話は聞いた。客観的に見ても貴男の罪は、極めて重い。魔導士の責務を放棄し、同志ニナ・ハートリーフの死に重大な責ありとして拘束、帰都後の大導師による裁定を云い渡す。覚悟しておくことね」


 ジュリアスはそれを遠くで聞くかのように呆然自失のまま、呟いた。


「俺は……俺の……せいじゃ……」


 ヘンリ=ドルマンは早々に視線を外し、ブラウハルトに目を向けた。


「ブラウハルト。今の話を聞いた限りでも、ニナの死は貴男の責任ではないわ。どうか自分を責めないで。貴男は皆の命もアタシの命も救ってくれた、偉大な人よ。ニナ自身もまた死力を尽くして戦い、皆を救うことに貢献した。それが全てだと思うわ」


 ヘンリ=ドルマンの慰めに、ブラウハルトが何かを云いかけた、その瞬間――。



 その場の全員がよく知る、苦しげな大声が響きわたったのだった。



「みんな……!!! 大変だ……!!!

ナユタが……ナユタの命が、危ない……!!!!」



 それは―――ナユタの魔導生物である、ランスロットの声にほかならなかった。



 全員がハッとして振り返り目にした、ランスロットの姿は――傷だらけだった。

 裂傷だらけになり疲弊しながら、全速力で駆けてきた様子だった。



「ランスロット!!! 大丈夫か!!??

ナユタがどうしたのだ!!! バジリスクにやられたのか!!??」



 ブラウハルトが焦燥の表情で叫ぶ。彼は先刻迷いながらもナユタを信じ、敵を追い立てる彼女を追わずに主ヘンリ=ドルマンの救出を選択した。結果その選択は間違っていなかったが、それでもしもナユタが重大なことになったら悔やんでも悔やみきれない。


 ディトーに介抱されたランスロットはその問いを受け、答えた。


「ナユタは……バジリスクに突き飛ばされ、岩の巣穴に落ちたんだ。僕と一緒に……。

穴は深くて、50m以上はあって……。狭い岩肌に擦れて僕たちは傷を負って……ナユタは穴の底で両足を折って動けなくなってしまったんだ……。

巣穴はもちろんバジリスクで一杯だけれど……ナユタの魔導は使えない。僕が応戦したけど多すぎて、結局ナユタの判断で、僕が厚い氷壁で彼女を包んだあと全力で穴を登り、走ってきた……。

頼む。誰でもいい、すぐに、ナユタを助けに行って……!!」


 

 ランスロットが伝える危機敵状況を耳にした一同は、顔面蒼白となった。バジリスクの巣穴は細く狭い無数の煙突のような構造。かつ場所はガスの充満する地下だ。ナユタの爆炎を内部で使用しようものなら、自分の魔導ではない引火した炎でたちまち焼き尽くされてしまう。ランスロットの氷壁は強力ではあるが、高温の地下では溶けるまで長くはもたない。溶けてしまえば――。大量のバジリスクの餌となり完全に喰い尽くされ、ニナ以上に無残な死を迎えることになるのだ。


 場所の条件上、巣穴に入ることが不可能な巨躯のブラウハルトは救出に行けない。

 人間の誰かが、直接降りてナユタを引き上げねばならないが――。


 それを察し、ナユタに強い思いを寄せる二人、ラウニィーとダンが極限の焦燥の表情で前に進み出た。


「わ、私が行きます!!! この上ナユタまで死んじゃったら私、私――!!!!」


「いや、おれが行きます、師兄!!! ナユタは俺に、助けさせてください!!!!」


 二人の申し出に、ヘンリ=ドルマンは苦渋の表情を浮かべるのだった。

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