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第十一話 竜殺の試練(Ⅷ)~巨人 VS 魔犬

 一方、現在この大陸でも屈指の化物的強者といえる2名が激突する、もう一つの戦場。


 その一人であるサタナエル将鬼、レヴィアターク・ギャバリオンの猛攻は途切れることはなかった。

 相対する敵ヘンリ=ドルマンは、辛うじてその攻撃をしのぎつつ、反撃を繰り出し続けていた。


 渾身の雷撃を打ち込むも、強力無比な耐魔(レジスト)の前に攻撃はほぼ無効化される。馬鹿げた巨体をものともしないレヴィアタークの戦鎚がヘンリ=ドルマンを襲う。あらゆる方向からの強撃を、どうにか障壁(バリエレ)で防ぎいなすヘンリ=ドルマン。初撃以降すぐに攻撃の癖を読み、先刻のような大きなダメージを負うことはなくなったものの――。


 一見、一進一退に見える攻防も内実は圧倒的にヘンリ=ドルマンが劣勢だった。


 魔導士である彼が肉体を酷使するこの状況は、あと幾ばくも続くことはないのだから。


 加えてレヴィアタークはまだ、本気を出してなどいなかった。彼の目的はあくまで、自身の戦闘への渇望を満足させること。様子を見ながら、ヘンリ=ドルマンに本気を出させようと誘導していたのだ。しかしながら、ここにおいてヘンリ=ドルマンの攻撃が数度におよぶに至り――。彼の実力の底が見え始めたと判断したレヴィアタークの様子は、徐々に変化してきていた。

 

「ドウヤラ……オ主ノ実力ハソノアタリガ限界ト見エルナ。残念ヨナ。モウ少シハヤルト期待ヲカケテオッタノダガ。

マアヨイ。カツテノ皇国ノ木ッ端軍勢ドモニクラブレバ、十分スギルホドニ楽シマセテハクレタ。ココラガ潮時デアロウ」


 期待を下回る結果に落胆し、激烈ではないが明らかな怒りを内包したレヴィアタークは――。


 腰を落とし、構えをとった。


 これまでの攻撃とは明確に、違う。闘気も、殺気も、その巨体に内包された魔物的力の大きさも。

 

 ついに巨人の、本気の攻撃の一端が現世に表出しようとしていたのだ。


 レヴィアタークのエメラルドの仮面から、3つの魔気が発される。

 1つ目は、暴風のごとき猛烈な、気合の息。

 2つ目は、地獄から這い上がる悪魔のものとしか思えぬ、低く邪悪な唸り声。

 3つ目は――。仮面の2つの穴から覗く、充血しきった三白眼。そこから発される圧し潰されそうな殺気、だった!


「消シ飛ビ、我ガ神器“デイルドラニウス”ノ染ミト化スガヨイ!!!! “永久輪廻エウィーゲリボルチオン”!!!!!」



 それは――。


 これまでの技が児戯に見えるような、死の竜巻。


 巨人が超高速で戦鎚“デイルドラニウス”を回転し継続――それが完全に視認できぬほどになるまでに加速した、姿。加えて、その死を己にもたらすために殺到する恐怖の進撃。絶望と死が、まさに姿形をとったものに他ならなかった。


 ヘンリ=ドルマンは、この瞬間、完全に己の死を覚悟した。そしておそらくは通用しないであろう障壁(バリエレ)を展開しつつ、両眼を静かに閉じた。



(さようなら、カール。大導師、感謝いたします。ブラウハルト、アタシの分まで生きて。そして――皆を、導いて)



 己に迫る、“デイルドラニウス”のもたらす風圧。

 次に到来すると感じたアダマンタインの槌は、しかしヘンリ=ドルマンに達することは――。

 なかったのだ。


 

「ガアアアアアアアーーッ!!!!」



 獰猛そのものの、耳をつんざくような獣の咆哮。それとともに響く、地盤崩壊のような衝突の大音量。己に向かっていたものが、真横方向へと変化した、風圧。



「ヌウッ!!!! グウウオオオオッ!!!!」



 レヴィアタークの苦しげな叫び声が、遠くへと急激に過ぎ去っていく。それを感じたヘンリ=ドルマンが目を開けると、そこには――。

 驚愕の光景があった。



 己の眼前から一気に、水平方向に10m以上は吹き飛ばされたレヴィアタークの巨体、そしてそれに組み付く――。血みどろの巨躯をもった、1体のケルベロス。



「ブ――ブラウ――ブラウハルト!!?? ブラウハルト!!!!」



 驚愕の表情をもって叫ぶ、ヘンリ=ドルマン。


 そう――。必殺の技で迫っていたレヴィアタークに、なんと横合いから体当たりを食らわせ突き飛ばした存在こそ、彼の最も信頼する魔導生物、ブラウハルトその人に他ならなかった。



 どうして。ここにいる筈はない。自分は全員撤退と命令した。自ずとそれは、ブラウハルトに対する撤退命令と同義となる。皆を守れという意味をこめた。誰かの命令、という手段を用いても魔導生物が主人の命に逆らうことは並大抵の精神力では成しえないこと。



 一瞬動きを止めるヘンリ=ドルマンの前で――。人間であることを超えた魔の巨人と、人間をも超えた知能と精神力を有する魔の巨犬とは、人智の及ばぬ対決へと移行していた。



 ブラウハルトは、あの超高速の死の竜巻に対して、狙いすまして突撃したのだ。戦鎚を振り回すレヴィアタークの力とバランスをいなすことのできる唯一の場所、脇腹に対して。それは、人間に到底成し得る業ではない。ケルベロスが持つ、元々備わった6つの目の動体視力、反射能力と筋力。それを凄まじい鍛錬と血破孔打ちによって数倍にも強化したブラウハルトだからこそ、成し得るものだ。

 しかし攻撃を仕掛けられたレヴィアタークはもとより、主人ヘンリ=ドルマンもこれほどとは予想していなかった。この世で稀有の、法力を極めたケルベロスの魔導生物という存在。その本気の力がまさか、これほどとは。



「オ主――!!! オ主ガ、ブラウハルトカ! 来ルトハ思ウテイタガ――ケルベロスゴトキガ、増長スルニモホドガアルワアアア!!!」



 自分の脇腹に3つの頭全てで噛みつき、共に吹き飛びながら組み敷こうとしてくるケルベロス。3m半、500kgの重量を誇る自分と同等の体格を持つ敵が、鎧を突き抜けて自分の腹に牙をつき立てる、その痛み。レヴィアタークは明らかに苛立ちながら、ブラウハルトを己から引き剥がそうとする。



 懐に入られ、デイルドラニウスを振るうのは不可能。レヴィアタークが用いたのは、戦鎚から放して自由になった右の拳で発動する、まさにハンマーのごとき天からの打撃。拳はブラウハルトの角を直撃、高らかな音を立てて折り取り、衝撃を弱めつつも彼の中央の頭の脳天に炸裂した。



「グハアア!!!」



 ブラウハルトが巨大な悲鳴を上げる。さしもの彼も、初めてのダメージを受けた。魔力の素である角を折られることは、想像を絶する痛み。加えてケルベロスの脳は中央の頭にのみ存在する。血を吐き頭から出血するブラウハルトは、強い脳震盪に襲われているはずだ。


 それでも、巨人の拳撃を受けて破壊されない頭蓋は、驚異の耐久力だ。ブラウハルトは目の焦点が定まらぬながらも、レヴィアタークの右腕に左右の頭で頭突きを食らわせ、頭を掴み取られるのを防止しつつ組付きの攻防から逃れた。


 空中で互いに離れ、各々見事に着地するレヴィアタークとブラウハルト。互いに超重量であるゆえ、巨大な振動と地響きを周囲に波及させる。


 地上に降り立っても、睨み合いで時間を浪費するような愚は互いに犯さなかった。すぐに攻撃に移行する、両者。



「“永久輪廻エウィーゲリボルチオン・下段”!!!!」



「“光弾(バル=リグーレ)”!!!!」



 互いの技が、交錯する。敵の体勢に合わせ超低空で永久輪廻エウィーゲリボルチオンを発動するレヴィアタークと、己の身体自体に法力の光をまとわせて牙をむくブラウハルト。



 技がぶつかりあった瞬間、強烈なインパクトが弾ける。レヴィアタークの戦鎚はブラウハルトの脇腹にヒットし、ブラウハルトの法力はレヴィアタークの鎧を超えて肉体に到達し、内臓――おそらくは肺を破裂させつつ胸部を破壊する。



「グッフウウッーーー!!!!」



「グアアアッ!!!!」



 互いに痛恨の悲鳴を上げる、レヴィアタークとブラウハルト。

 

 現時点で――互角だ。驚くべきことに、サタナエル最高幹部たる将鬼と、全く互角の戦いをブラウハルトは展開している。いや、強い法力によって己の肉体を自己回復しながら戦うブラウハルトの方が、むしろ優勢とさえいえる状況かもしれぬ。


 このままいけば――。最強の暗殺者組織の一角を倒すことすら夢ではないのではないか――。己の従僕の想像を絶する強さを目の当たりにし、驚愕するヘンリ=ドルマン。



 しかし――。先刻の脳震盪から回復したらしいブラウハルトの中央の両眼は、あくまで冷静な光を失っていなかった。


 彼は、レヴィアタークがダメージの為体勢をやや崩した、その一瞬の隙を逃さなかった。


 眼を強烈に光らせると、驚異的スピードで踵を返し、主人ヘンリ=ドルマンの元に殺到し――。


 

 かつてナユタにしたように、左右の頭で両側から主人の身体を抱えて己の背中に乗せると、そのまま脇目も振らずに駆けた。脱兎のごとく。

 またたく間に100mもの距離を駆け、そのまま森林の樹々の中に入り込んでいったブラウハルトの姿は――。

 完全に、見えなくなっていったのだった。


 

 レヴィアタークは、血を吐いたらしい口を、仮面の間から入れた指でぬぐいながら苦しげな声をもらした。



「――何トイウ――強サカ。完全ニ、予想ヲ超エテオッタワ。魔導生物ブラウハルト。オソルベキ存在ヨ。

主人タルアノ小僧ノ強烈ナ魔力モサルコトナガラ――。ソノ凄マジイ精神力。ソレガ信仰ノ力ニ姿ヲ変エ、奇跡トモイエル強サヲ生ミ出シタモノカ。

シカモ……知恵者ヨノ。『己ノ不利』ヲイチ早ク見抜キ、機ヲ逃サズ退却ヲ選択シタ。

二撃ヲ受ケ、儂ハ奴ノ技ト動キヲ見切リ始メテオッタユエナ。

今後ガ、極メテ楽シミナ奴ヨ……。主人トモドモ、再戦ヲ望ムゾ、ブラウハルトヨ……!」



 ダメージはあるものの、極めてしっかりした足取りで直立したレヴィアタークは、踵を返し――。



 一応の満足を得た己の闘争本能を鎮め、身体を癒やすべく、己のアジトたる北ハルメニア奥地へと戻っていったのだった。

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