気持ち
フォレスはあれから扉を直すことに躍起になっていた。彼は客人を外に立たせて待たせるのは申し訳ない、という事で家で待つように促したためエルは今、家の中にいる。扉を直しながらフォレスはエルに語りかける。
「どうだ? 中々いいだろ、この部屋。お気に入りなんだよ。扉、壊しちゃってるけど大事にしてんだぜ、これでも。」
「そうか。大事なもんは大事にしろよ。」
そこでピタッと一瞬、動きが止まったように感じたがまた規則正しい金槌音が鳴り響く。
「ふぅー、よし。これで大丈夫だな。また、活躍してくれよ、扉さん。にしし。」
直し終えたのかフォレスも家の中に入り、エルの対面へと腰を下ろした。
「あー、疲れた。いい汗かいたぜ。」
「お疲れのところ悪いが、クエストについてだ。本当にお前がクエストを出したんだな?」
「うーん、書いたのは俺だけど出したのは別の人ってのが正しいかな。取り敢えず、まずはこの街について説明するぜ。」
フォレスが言うにはこういうことだ。
今、エルのいる所で生活をしている者達はこの街に納めるだけの食料や金品といった税を払うことの出来ない者達で構成されている。この現状が表からは分からない様に上手く隠れるように街が作られた。つめり、ここの住人達は日陰の存在として暮らしている。だが、昔からそうではなかった。というのもこの街は今よりもっと豊かで子供が外で元気に遊ぶ声が響くいい街であった。しかし先代領主が年齢と共に退去し、その代わりとして新たに就任した先代の長男が領主になってから街の活気は変わっていった。
この男が就任してからというもの、先代に比べ納める税が倍近くに増えこの街はどんどん住みにくく楽しくもない所へと変わっていった。貧しい者達はこのまま此処に住んでいても先が無いと見切りをつけ少しずつ日を増すごとに1人また1人と別の街へ移り住むために出て行った。
この事態に気付いた現領主は、ギルド職員、クエスト受注者や商人といった者たち以外の通行を制限した。更にクエストで他の街へと行く場合には家族や身内を人質に取ることで、この住民移動を強制的に止めさせた。他の街に行った時に、この現状を知らせど先代の力量から疑う者はいなかった。仮に居たとしても権力の前にその申し出は消えてしまう。
「街については分かった。何でお前は此処に残ってる?早めの段階でいなくなれば良かっただろう。」
「そうはいかない。やらなきゃきゃいけない事があるんだ。」
フォレスの顔はどこか哀しさと悔しさ、そして怒りを感じさせた。
少しして表情を戻しクエストについて話し始めた。
「次に、今回のクエストについてだ。」
やはり今回は文字通り、この街を救う為に手伝って欲しいというものであった。そして、その為に街の領主を討つことこそが本当のクエスト内容であった。
だが街の領主を討つこと自体も難しい上に、悪政を働いているとはいえ領主を倒すということは大罪に値する。それでもこの男はやるというのだろうか。一体何がこの男をそこまでさせるのか。そしてもう1つの疑問が残る。クエストを出したのは誰なのか、ということだ。
「この街にはまだ、俺の昔からの知り合いが残っている。その人が今回のクエストを出すのに力を貸してくれたんだ。」
「そうか。だが、そいつは信用できるのか?」
「勿論だ。」
「もう1つ質問がある。話を聞く限り、それなりに兵士が配置されていてもおかしくはないはずだ。俺の感覚だけど少なく感じる。何でだ?」
「クソ領主のせいで移動する奴が居なくなった事に加え、今回は誰かが領主の屋敷近くで暴れた奴がいたらしい。そいつは捕まっちまったって噂だが、今後のことも考えて多分、兵士たちは殆どが屋敷に集められてるんだ。」
「そうか。質問はいじょーーあー、すまん。もう1つあった。やりたい事があるなら何でお前自身でやらない?」
するとフォレスは己の弱々しさを覆い隠すように、表面に悔しさを滲ませてエルに説明をする。
「自分なりに修行しても、所詮は凡人レベルだ。本当なら1人で戦ってそして勝ってやるべき事を成し遂げたかった。だけど、勝てないでこれから先、変えられないくらいなら俺は今だけ自分のプライドなんて捨てられる。」
喋ると同時に段々と顔を伏せていったフォレスは顔を上げるとエルの目をしっかりと見つめ自らの意思を告げる。
「先代たちが創り上げた『良き時代』を後に残った俺達が『悪しき時代』に創り変えるなんてことあっていいのか? そんな罰当たりなことねェだろ? 後世に残された者はもっと良い街にして後世に繋いでいく。それこそが生きている奴の仕事だろ。こんな大事なことに比べたら俺のプライドなんて安いもんだよ。ーーだから頼む。俺に力を貸してくれ!」
フォレスは座り直しエルに対し頭を下げる。先ほどまでの弱々しい顔やふざけた雰囲気など全くなく、ただ一心に己の気持ちを伝えるための行動。だがその行動にエルが「はい」と答えを出すことはなかった。
「お前の言いたいことは分かった。」
その言葉にバッと顔を上げ嬉しそうな顔をした。これでこの街が助かるとそう思ったからだ。
「だけどお前1人の言葉だけで手伝うことなんて出来ない。他の奴らはこれで生活しやすいと思ってるかもしれないからな。」
その言葉に一瞬止まるも直ぐに声をかけようと口を開いた時、エルはそれを遮る形でまたも話す。
「おっと。まぁ落ち着け。普通、初めての街に来てする事はなんだ?」
「し、知るかよ!そんな事より!」
フォレスが話し始めたのを機に段々とニヤニヤし出すエル。
「そ れ は、観光だァ!わーはっはっはっはっ!ーーんん? この街が俺を呼んでいる! ではっ!」
そう言ってフォレスが直した扉を思いっきり開け壊していながら戻る事なく何処かへ走り去ってしまった。その光景を見るや否や観光をしたいだけの役に立たないヤツであるとフォレスはエルの評価を変える。何でこんな奴が来たんだ。何でこんな奴に頼らなきゃいけないんだ。
それなら、玉砕覚悟で挑むしかない。自らの心に戦いの灯を咲かせ決意を固める。そんなフォレスを応援しているのだろうか。壊れた扉から射し込む陽の光が彼を優しく照らしていた。