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自由の迷宮  作者: あんのうん
旅立ち編
6/22

無名の王

邪魔してきたガルムを始末しようとした矢先のことだった。突然、声が響き渡ったかと思えば自らに走る衝撃。そんな攻撃をした人物を見定めようと、ラムネルはゆっくりと歩き、ガルムとミエラに近づくマントの男を見る。


「おや、最後の別れはもういいのかい?」


「別れるつもりなんてないぞ。」


「ははは、君はとんだ自信家だね。バカバカしいよ。ところでなんでナリュート騎士長が生きているのかな?それに君はどうして此処にいるのかな?外には部下どもが居たはずだけど?」


「あのオッサンはバケモノだからな。外の奴らは寝てるよ。もういいだろ?」


「なるほど役立たずだった訳だね。それじゃ始めようか!」


ラムネルはその言葉と共に手を地面に突き攻撃を展開する。


《飛攻虫の飛礫ビースト・グランヴェル》!


ラムネルの周囲には数多の土や石で出来た虫の大群が現れたかと思うと、それらは一斉にエルへと向かう。羽虫独特の音とカチカチと威嚇音を鳴らしながら突っ込んできた。


「ハハハハ!どうだい!コレが僕の能力、【昆虫の軍隊ビースト・アーミー】さ!加えて【土】の力も解放されてる!もう君に勝ち目なんてないよっ!」


興奮している上に己の絶対的勝利を疑わない目の前の男。そんな男が創り出した昆虫たち。しかし、それらが人の味を知ることはない。


「うげぇ!何だよ気持ち悪りぃなぁ、もう!」


【成長するビルド・アップ

夜須十羅ヤシュトラ》!


その言葉と共に、エルは自身に芽生えた能力を発動させる。するとエルの見た目自体に大きな変化は見られなかったが、その攻撃力は十分。次々とやって来る虫たちを殴り壊していく。エルの腕は攻撃を繰り出すスピードが速く残像さえ見えている。何もその残像は1つ2つどころの話ではなく、もっと多くの数が見て取れる。そのあまりのスピードによって1匹また1匹と虫たちを地面に墜落させる。


その光景を見たラムネルは舌打ちをする。あれだけいた虫は殆ど残っておらず、それを撃ち倒すスピードもさる事ながら、どの飛攻虫もエルに近づく事が出来ていなかったからだ。もはやこの攻撃は意味を成さないと思ったラムネルは次の手段を考える。最後の一匹を倒し終えたエルも攻撃することを止める、、、なんて事はしない。地を蹴って敵に接近する。周りから見ればエルの姿が消えたように感じる。何処から攻撃が飛んでくるか分からない以上、ラムネルは咄嗟に手をつき防御の壁を築き上げることにしたのだ。


《地防虫の要塞ビースト・フォスト》!


飛んで攻撃する虫と同様に砂や土、そして小石など様々なモノを身に纏った虫が現れる。ただ一つ違う点は、甲虫類のような形、つまり防御に特化した虫たちが出現している事だろう。それらはラムネルを守るように次々と層をつくり球体を形成していく。その直後、外から内に向かって振動する音。幾重の層を隔てながらも振動するこの音はエルの攻撃の強さを測るには充分だった。


「なんだ、これ。結構カテェな。」


何層も壊したが、次第にドームは修復されていき元の形に戻ってしまった。その光景を見るや否やエルは今度は手数の勝負に移ることにした。一撃の重さは減ってしまうが、その分手数を増やすことで確実に削り取れると思ったからだ。


エルは連撃を止めない。それでもやはり少しずつ削っていくが削った所から層はまた徐々に再生していく。だが、僅かではあるがエルの攻撃スピードが修復スピードを上回っていた。エルの考えは的を得ていた。つまり、エルの勝利は目前である。








ーーと誰しもが思うだろう。


だが、ドームの中にいるラムネルの口元はニヤついていた。バカな奴が近づいて来たと、勝てると思い違いしてる奴を倒すほど楽しいものはないとーー。そして、ドーム直後の攻撃力に焦るものはあったが、それも先程の一回限り。壊されることもなかった。安心していいだろう。様々なパターンを考えて勝利の美酒が目前に迫っている事は明白だ。ニヤけを止めずにはいられない。



地防虫によって形成されたドームや地防虫という名前から騙される輩がこれまで何度もいた。確かに、先程も言ったがこの虫は防御に特化してはいる。特化してはいるが、誰が攻撃できないといった?攻撃手段を持ち合わせていなかったらドームに包まれた時点で俺の負けになってしまうではないか。俺はこのエルという奴とは違ってバカではないのだ。


先程までの飛攻虫が、裂傷タイプの主に表面攻撃を得意とするなら、この地防虫はカウンター要素も併せ持つ打撃タイプの主に内面攻撃を得意とするといってもいいだろう。幾重にも形作られた層を形成する地防虫は多い。その多くの虫が一斉に襲うのだ。逃げられる筈もない。実際にこれまでもそうだった。いつも奴らは勝ちが目の前にチラついた瞬間に警戒心が減って攻撃を喰らう。単にバカなのだ。勝っていたはずなのに形成逆転され、結局はラムネルの勝利へと移り変わる。ドームに篭り、近付いたところを倒すだけ。実に簡単だ。


今もドームに響く音からして奴は壊すことに専念してるだろう。

そして遂にその時が来たーー。


「くらえ!」

《地防虫の圧し撃ち(ビースト・プレッシャー)》!



ドドドドドドド!!


外から聞こえるのは地防虫が敵や地面に激突する音。いや寧ろこれは騒音といっても差し支えないだろう。


しばらくしてラムネルの攻撃が止んだ。ラムネルは久々にドームの外に姿を現した。土埃が舞い上がり敵の姿を捉えることは出来ない。だが、ここでラムネルの勝利を祝っているのか何処からか吹いた風が土埃を退ける。そこに存在していたのは地防虫の攻撃によって窪んだ地面、そこに横たわるマントの男のはずだった。だがあるはずのマントの男の姿がそこには無かった。


「な、な、、、!?」


ラムネルが驚いていると正面から聞いたことのある声がかかる。


「おい、お前。何を驚いてる?」


そんなバカな。そんな筈は無い。そんなことある筈がないんだ。ラムネルは恐る恐る顔を上にあげた。するとそこには見たくもない男の姿があったのだ。


「な、なんで貴様が生きている!」


「なんでって、そりゃ、お前、避けたからだろ?」


「バ、バカな!?あの距離から避けられる筈ないだろう!」


「今の俺は能力によって身体能力が上がってるからな。問題ねぇよ。」


ラムネルの額には汗が滲み出ていた。これまでとは明らかに違う事態が起きている。今までの経験によって生み出した己の必勝パターンを崩された事によって焦っているから。格下だと思っていた相手が格上だった事に焦っているから。どうすれば目の前の敵を倒すことが出来るのか分からないから。いや、正確には勝てるだけの技を『もう1つ』だけ持っている。だが、これは言うなれば必殺技、最終奥義ともいえる技。それ故に必ず的中させる必要がある。どうしたらいい。どうすれば奴に確実に的中させる事が出来るのか。考えを巡らめる。




ラムネルはまたもやニヤつき始めた。

ーーエルの後ろに座り込む3人の人影を見据えて。


計画を生み出した後は行動に移すのみ。まずは大技に向けて準備を始めると同時に時間稼ぎを行う。先程のドーム内に飛攻虫に音を出させないようにしながら増やす事を忘れずにーー。


「おい、貴様。お前の名は何という?」


「エル。」


「それじゃ、エル。貴様卑怯だとは思わなかったか。此方が攻撃をやめたのに止めないなんて、正々堂々と戦おうじゃないか。騎士道に反する行為だぞ!」


コイツは何を言ってるんだ。正々堂々と戦え、どの口が言っているんだ。今回の戦いはコイツが引き起こした事だっていうのに。


「冗談を言うな。俺は騎士道に興味はねェし、隙だらけの敵を態々(わざわざ)放っておく必要なんかねェだろ。それにこれはお前がいた種だ。だから俺は邪魔な雑草おまえを刈り取ってるだけだ。」


滅茶苦茶な考えを押し付ける形で時間を稼ぎながら飛攻虫や地防虫の数を増えていく。数が増えては融合され新たな虫へと姿を変える。地面の中からも少しずつ地表へと這い出る。ドーム自体も少しずつ崩れていく。ドームを形成していたが崩れた所にいた地防虫も同様に飛攻虫に吸収され防御力も兼ね備えた特虫とくちゅう邪虫インピルス』へと形を変えてゆく。


「そうか。酷い言い様じゃないか、雑草などと。ーーそれでは私にとって邪魔なお前を刈り取っても文句は言うまいなっ!」


《邪虫による攻防一体のインピルス・トゥギャザー初期形態ファーストモード》!!


そう言ってラムネルが手を振りかざすとそれに伴い邪虫インピルスがラムネルの前で横に幅広い円柱を形成しそれを基準として段々と円柱の大きさが段々と小さくなる様に形成しながらエルに向かって来ていたのでエルは直ぐ様、攻撃に移る。




さっきと同様に連撃を繰り返す。だが、先程とは打って変わって簡単に撃ち倒す事は出来ないばかりか、円柱を形成していた筈のインピルスの何匹かが邪魔をしてくる為、中々上手く事が運ばなかった。


「はぁっ!?さっきより硬くなってねぇか?」


「ハハハハ、どうだい。攻撃と防御を併せたこの大技は。我が虫たちも強くなっているだろう?考えてもみてくれ。これはまさに虫と雑草の勝負。どちらが勝利するかは君にも分かるだろう?あぁー、そうそう。優しい私から朗報だ。その子たちは私が倒されようと目的を果たすために飛んでいく偉い子たちなんだよ。さぁ、残りの時間を存分に楽しんでくれたまえ!」


「どうでもいい。撃ち落としゃァ同じだろうが!」


尚も連撃する。だが一匹を倒すのにかかる時間よりも虫達が補修や形を作る方が断然早かった。また今迄の虫よりも硬くなっていたせいもあり何匹かを相手しているうちに他のインピルスがエルを攻撃していく。さらに、その硬さもあってか手にも傷が付いていく。


着実にダメージを与えられるなら初めからインピルスを使えばいいと考える者もいるかもしれないが、そもそも何で必殺技というのか。必ず殺す技を使うのだからそれなりのリスクを背負わなければならない事は分かるだろう。何度も使えるわけではないのだから絶対に倒せる状況が必要なのだ。今回でいうところの、『距離』と『直線上』の位置関係にある事だ。


まずは『距離』について、だ。何故なら奴にはあのスピードがある。あのスピードをもってすれば3人を抱えて距離を取った後で俺を倒しに来ることは可能だ。それをさせない為に個別に攻撃を与えて移動する瞬間を極力減らすように心掛けている。次に『直線上』の位置関係について、だ。これが打ち消したのは直接倒しに来る方法。念には念を入れて先程の発言で選択肢を消えさせるようにもした。仮にその選択肢があったとしても初めから距離と時間の関係で不可能だったわけだがーー。さぁ、もうすぐで決着が着く。





♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





次々に形成されていくが、それらの円柱は一塊ではなく大きな円注、それよりも小さな円柱、その小さな円柱よりも更に小さな円柱、といった様にパーツ毎に分離している事に加え、頂点の前に分離させた形で小さな円柱を1つ作り出し最大攻撃力を無くさない様な工夫がされている。連撃で殴って前面を削ってもまた補充され防御形態を維持する。


「なんだよ、アレは!」


徐々に3人の下へと接近する敵の攻撃。このまま攻撃していても間に合わないと感じたエルは、ナリュートを犠牲にする考えが頭をよぎったので後ろを振り返った。するとナリュートが泣きそうな顔をしながらコッチを見ていやがった。汚いので勘弁してほしい。加えて、もう移動する時間もなさそうだ。これで避けることは出来なくなった。


全てはラムネルの計算の内である。あのお人好しそうな人間なら逃げないだろうと、何せ、エルの後ろには傷付いて動けないナリュートとガルム、そしてミエラがいるのだから。勝てるぞ。ラムネルは今度こそ己の勝利を疑わない。口元に再び笑みを浮かべている男の姿がそこにはあった。


中々削れないことは知っていながらもエルは少しでも削ろうと連撃を続ける。


(だめだ。このままじゃ間に合わねェ。避けたらミエラ達にぶつかっちまう。自分の後ろにいてくれた方が守りやすいと行動したのが裏目に出たか。ミエラ達は動けない。避ける事は無理だ。撃ち崩す事も無理だ。ーーそれなら俺のとる行動はどう考えてもコレしかねェな。)


エルは覚悟を決めるとミエラ達のほうを振り返り言いたい事を伝える。


「ミエラー!それと男共!その場を動くんじゃね〜ぞォ!」


敵の攻撃は思ったよりも近くに来ていた。攻撃をしてくるインピルスには目もくれず目の前のことにただひたすら集中する。正念場だ。拳を握り締めると手袋がギュッといい音を鳴らしてくれる。


ミエラは必死になって叫ぶ。


「ダメよ!エル、逃げてっ!」


「おや、覚悟を決めたのかな。それじゃ決着をつけようかっ!」


ここでまたしてもラムネルが動く。


《邪虫による攻防一体の陣

(インピルス・トゥゲザァ)・最終形態

(ファイナルモード)》!!


その言葉と共に1番前で防御の役割をしていた小さな円柱はその後ろにいた頂点と合体をし、より強固で大きな攻撃形態へと姿を変える。そして個々に存在していた邪虫インピルスは混じり合い1個体となる。



1番初めに突っ込んできたテッペンを両手で掴み、受け止めるが前進する力は未だ働いている。ーーここからだ。少しずつ少しずつ。


「知ってましたよ、貴方が逃げない事は、」


直ぐ様、次の円柱が追撃をしてきて最初のテッペンと連結する。追撃と連結によって攻撃の重みを増すが受け止めた。そう、受け止めることしか出来なかった。


「くっ!」


「ですが、それは得策ではありませんでしたね、」


次の円柱も同様だ。少しずつ後ろに押され始める。汗が身体中から滲み出る。そして次の円柱、もう踏ん張ったところで滑り始めた勢いは止まらず、後から追撃する円柱の方がデカく重い事で止まるどころか勢いを増す。


「んぎぎっ!」


無駄と思いながらも踏ん張り続ける。


「お人好しのせいで貴方は死ぬのですよ。」


そして、最後の円柱が追撃した瞬間にエルは右脚で有らん限りの力で思いっきり地面を蹴る。そのせいでバランスは崩れ、宙に浮いた両足を再び地に着けること叶わずして、加えて形造られた円錐の力が合わさり壁へと一直線に突き進む。もはやエルにもここにいる誰にもインピルスを止める事は出来ない。


「ダメェェェェ!!!」


ミエラの叫ぶ声が洞窟に響き渡る。

だが、それも一瞬。


ドガアァァァン!!!!


次の瞬間にはエルを壁に押し当てた音。それでも尚止まらず洞窟の壁を破壊しながら突き進む音、壁の崩れる音、壁と硬いインピルスによって生み出される摩擦音や火花。周りに飛び散る洞窟の一部だったであろう無数の破片ーー。


その光景をみて湧き上がるのは、灰色の煙と拍手、そして何とも愉快そうな笑い声。この拍手は何なのだろう、この惨状を生み出した己の力に対する称賛か、はたまた邪魔な雑草を刈り取った事に対する歓びの表れか。


「そ、そんな、、、。」


段々と思考回路が戻ってくる。現状を把握させ始めるのと同時に男との時間が蘇る。さっき迄、一緒に檻の中で会話をしていた事、檻の中での会話が楽しかった事、私達を助けに来てくれた事、そんな男が今、自分の目の前で私達を守る為に攻撃を受けた事。総てを理解した時、ミエラは崩れた洞窟に向かって叫ぶ。


「っエルゥゥゥ!」


返事は返ってこない。代わりに聞こえるのはこの惨状を引き起こした男の声。


「さぁ、ミエラ様。邪魔者はあと傷を負っている騎士長と見習い。もう少しのところで最初はそこの倒れている男に邪魔され、2回目はマントの男に邪魔をされ、優しい私もそろそろ限界なんですよ。さぁ、早く此方に来て彼処の扉を開けて下さい。」


ミエラは動かない。いや、動けないのだ。業を煮やしたラムネルはミエラ達に近付いていく。そこで初めて剣を抜く。


「そうですか。なら仕方有りませんね。また誰かに犠牲になっていただきましょうか。ーーん〜誰にしましょうかね。」


「ラムネル、貴様。ミエラ様に手出しは許さんぞ。」


ナリュートは立ち上がろうとするものの血を流しすぎたせいか力が入らず朦朧としている。誤魔化すように強気な態度を出すが、そんな事はラムネルに簡単にバレてしまう。


「ナリュート騎士長。その傷で戦おうなどと愚の骨頂ですよ。」


ナリュートは朦朧としている中、必死に考えを巡らせる。どうすればいい。どうすればこの場からミエラ様を逃げさせる事が出来るのか。どうすればこの場からミエラ様を助ける事が出来るのか。悩んでいると新たな音が洞窟内に響き渡る。






ガラガラガラ






ラムネルは歩くのを止め、急いで後ろに下がる。静まり返った世界に突如鳴り響く来訪者のしらせ。出所は先程の洞窟。まさかな。あり得ない、あの攻撃を受けて生きているなどあり得ない、いや、あってはいけないんだ。そ、そうだ。まだ奴とは限っていない。崩れた所の何かが偶々動いただけだ。そうに違いない。も、もし仮にだ。奴が生きていたらどうする?生きていたら彼奴は何者なんだ?いや、まて。攻撃は喰らった、生きていたところで私の勝ちは揺るがない。そうだろ?


自問自答を繰り返しながら何とか己の勝ち筈の理由を探す。だが、マントの男に対して芽生える恐怖心が少しずつラムネルの体を支配し始めた。



ミエラも同様に音の出所に目を凝らす。たった今聞こえた音が気のせいではないと、偽りのものでもないと自分を納得させるために。そこから現れてくれるだろう人物が自分の知っている人であることをただ願って。



「ふっかあぁぁっっつ!! はぁはぁ、なぁ、おい。聞きてぇんだがーー戦えない奴に剣を向ける事がお前の騎士道って事でいいのか?」


その声はミエラ達には『希望』を与え、ラムネルには『絶望』を与える。


「エルっ!!」


「バ、バカな!あれを食らっておきながらお前は何故まだ生きている!?」


「これは俺だけの戦いじゃない。俺はアイツの意志を受け継いだ。そう簡単にくたばらないんで、そこんとこよろしく頼むぜ。」


「意志だと!?そんなもので私の攻撃を耐え切れるはずがないんだっ!」


「何とでも言えよ。それとラムネル副騎士長だったか。お前に1つ教訓をあげよう。」


「ふざけている暇などない!」


「まぁ、そう言うなって。よ〜く聞いてろよーー雑草はしつこい。刈る時は確実に。知ってたか?」


「黙れ!それがどうした。そのボロボロの身体で何ができるってんだ!?ああ!?」



一呼吸置いて、エルは口を動かす。





「ーー約束を守れる。」






エルの身体は確かにボロボロだった。生きている事実に焦りさえした。だが余りにもくだらない事を言ってのけたエルのお陰で興奮状態になっていたラムネルは少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「ふん。何を言うかと思えば全くバカバカしいよ。約束が大事かい?それならそんな約束はこの私が砕いてやるよっ!」


ラムネルはエルに距離的有利を無くさせるために地を蹴る。あのスピードは距離が開いてこそ活きる筈だ。それなら距離を縮めればどうってことはない。走り出したラムネルは剣を右下に構えながら走る。一方のエルはその場を動かない。いや、動けないのだ。敵の目指す先は俺じゃなく傷ついて動けない3人なのだから。考え方によっては目指す先は3人だが、動けない自分を倒しに来るのはいい作戦かもしれない。


ラムネルは剣を一度引き勢いをつけて前に突き出す。


刺突ペルスィング》!


剣のテッペンを相手に向けて突き刺す一点集中型の攻撃。剣の射程距離に入ってから敵を斬り裂こうと剣を振り上げてしまってはガラ空きとなった胴にモロに攻撃を受けてしまう。それに斬り裂いたところで倒せるとは限らない。それなら一撃で決めにいけばよい。あれ程の攻撃を食らった後なら俊敏に動くことなんて不可能だろう。




ーーと思ってるんだろうが、今、目の前にいるのは俺だ。




ここでラムネルの計算は外れる。逃げないところまでは合っていた。そこまでだ。エルは剣の切っ先から身体を逸らし攻撃を避ける。自分のお腹とラムネルの剣の腹が向かい合うように身体をずらす。その事に驚き一瞬身体が硬くなるラムネル。その隙を見逃すはずも無くエルは身体を反転させ、避けた身体を起こしながら剣の側面に裏拳を喰らわす。



真っ直ぐ突っ込んできたラムネルは突如横から喰らった大きな力に為す術などない。その威力にラムネルは剣を手放してしまう。


それだけでエルの攻撃は終わらない。剣の腹が裏拳を喰らったせいで腕は身体の内側へと向かう。それらも相まってラムネルはバランスを崩し倒れかけるが、エルはすかさず体を捻り脚を上げラムネルの腹に向かって蹴りを放つ。


「おりゃっ!」


「ぐはっ!?」


可愛い掛け声とは裏腹にその蹴りはラムネルの体をくの字に曲げ、数秒後には地面を滑らせる。ラムネルは土煙を上げながら滑っていき次第に止まる。


「もう少しだな。」


エルは次の行動に移るために走り出す。


ラムネルは痛みながらも土煙を払いのける為に手を振り、その勢いも利用して立ち上がる。


「クソがぁ!」


そして直ぐにエルの居場所を確認する。だが何処にも見当たらない。


(はぁ、はぁ、あり得ん。何故あんなに動ける!?アイツは?アイツはどこに行った!?)


その時、横からもの凄い力が加わりラムネルはまたしても吹き飛ぶ。立ち上がり攻撃のきた方を確認するがまたしてもいない。今度はまた横から。


(攻撃箇所が毎回横なのは何故だ。攻撃の来た方を見ていないということは、、、つまり反時計回りか!)


【地防虫の守り(ビースト・ディフェンス)】


攻撃の来るだろう方向に身体を向けると手を地面に着ける。すると下から壁が現れエルの攻撃からラムネルを守る。これは前方部をメインに守る技だ。しかし、力を大幅に使った後では要塞を造る事は難しく、エルの攻撃に対する耐久力など全くといっていい程なかった。



ここで新たな音がラムネルの耳に届く。「ピキ、パキ」と首より下から聞こえる嫌な音。まさか、と思い鎧を見やるとヒビが入っていた。度重なるエルによる攻撃の累積。それが今こうして姿を表した。少し前までは確実に勝利をもぎ取ったと、勝利の美酒が喉を潤してくれると疑っていなかった。だが、今はどうだ。想像できない程に形成は逆転しまっている。この鎧を壊されるわけにはいかない。咄嗟に攻撃に移る。


《飛攻虫のビースト・スピア》!


今さらこんな攻撃が役に立たないことは知っている。それでも攻撃するしかない。少しでも勝てる可能性を見出すためにーー。だが、ラムネルの前に立ちはだかるこの男、エルには通用しなかった。


この短時間にラムネルは肩で息をするほど疲れていた。負ける、一瞬そう思ってしまう程の疲れが溜まっている。エルも息遣いは早いがまだ余力がありそうだ。勝てないことが分かってしまった。そう気付いた途端にどうしようもなくなり自分の中で自問自答が始まる。



なんで、なんで俺はこうなってる?

簡単だ、目の前にいるこの男のせいだ。



なんでこの男はここまで邪魔をする?

約束、ふざけるな。



どうすればいい?

そうだ、コイツさえいなきゃいいんだ。簡単な事じゃないか。ははは。



そう結論付けた瞬間、ラムネルは土の剣を創り出し攻撃をする。そんな単調な攻撃など意味をなさなかった。



「うわぁぁぁ!」



エルは冷静に剣を破壊し鎧に一撃を入れる。ラムネルは宙を舞う。宙に舞いながらラムネルを守っていた鎧は1つまた1つと体から剥がれ落ちていく。



くそ。



それでも尚、もう一度、土の剣を作り直し攻撃する。同じ結果だ。唯一、違うのは最早守るだけの面積がない事だろうか。攻撃を喰らってまた宙を舞う。


くそっ。


また攻撃する。同じ結果だ。


くそっ!


もはや自暴自棄であったと表現できなくもない行動だった。落ち着いた言動を見せていたラムネルはいない。そして募り積もった感情はダムの崩壊の如きどんどん溢れる。その矛先はただ1人、目の前にいる男にだけ向けられる。



「くそ、くそ、くそ、くそッ!くそッ!くそガァ!!

なんでだ!後少しの所だったんだ!

あと少しで宝を手に入れて俺は『あの方』に気に入られる筈だったんだ!


お前はなんだッ!何でお前みたいな他所者が俺の邪魔をしやがるッ!?」



「ーーお前が俺の友達を泣かせたからだ。理由なんてそれでいいだろ?」



「それでいい…だと?ふ、ふざけるなッ!たったそれだけの理由でこの俺の邪魔をしやがったのか!」


「何を勘違いしているのか知らないが、理由の重さなんて人それぞれだろう?

俺からしてみればお前の欲なんかクソ食らえだよ。」


もう話す事はないとでもいうようにエルは腕を振り上げる。ラスト1発で片がつく。


「ま、まて!いいのか!?」


「あぁ?」


「俺の後ろにはな、ある『傭兵団』がついてんだよ!オメェみてーな小物がどうこうできる相手じゃねェんだぞ!」


「気にしてくれるな。なるようになるさ。それは俺が蒔いた種だろう。生えたら自分で刈り取るよ。ーーじゃあな。」


「や、やめてくれぇぇぇ!」


エルは容赦なく腕を振り下ろす。その一撃はいとも簡単にラムネルを地に伏せさせる。こうして約束と意志を受け継いだ戦いは幕を閉じた。


遠くで見ていたミエラは決着がついた事に気付く。ラムネルが動かない理由は推測できるが、何故エルは動かないの?何かあったの?不安が押し寄せる。思い切って声をかけようとした時、突如大きな声が洞窟に響いたかと思うとその人物は振り返る。その顔は笑っていた。




「ミエラぁ!ーーわりぃ、腹減った。」




エルはそして仰向けに倒れた。



ミエラは心配して声をかけようとした矢先にいきなり名前を呼ばれたモノだからビクッとしてしまった事は恥ずかしかったが、その後に出てきた言葉は予想外でありエルらしくもあり可笑しかった。


「ふふふ、相変わらずバカね。おバカな食いしん坊さんにはたらふく食べさしてあげないとねーーみんな、ありがとう。」


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