弱虫
その頃、ミエラは目の前の光景に驚愕していた。
「な、何でルスカーデの街が燃えてるのよ!?ーー貴方達、何をしたの!?」
「お姫様、私達はずっと一緒に歩いてきたじゃありませんか。」
原因を知っていると予想されるが惚けたフリをする傭兵団。ルスカーデの街は混乱に陥っていた。
逃げ惑う女、子供そして老人。
だが、1人また1人と捕まり縄で縛られ連れて行かれる。
男も多少は抵抗するものの敵うわけもなく殴られたり斬られたりして大人しくなったところで連れて行かれる。
その間に数少ない金品や食糧を奪っていく傭兵や騎士。ここにも裏切り者がいたのだ。
ミエラはショックを受ける。騎士として働いていた者たちが、民を守るべき騎士達が傭兵とともに奪い傷付けているのだ。そんな光景は嘘だと信じたかった。
頭では思っていても血の匂いや煙の臭い、音、その他諸々がこれは現実だと、夢ではないのだと語りかけてくる。
ミエラはルスカーデにある他の家々に比べると一際大きな屋敷に向かってこの惨状の中を歩き屋敷の大広間へと連れて行かれた。
屋敷の大広間には、ミエラと家の主が座るべき椅子に座っている男の2人しかいない。ナリュートが倒された今、頼みの綱であったはずの男が座っていた。
信じたくない気持ちを押し殺し、必要なのはこの男は誰なのか。
味方なのか。
敵なのか。
答えが分かっていながらも、どうかその答えが違うことを祈りながらミエラはラムネルに対して問いかけた。
「ラムネル副騎士長! 聞きたいことがある。其方は味方か? それとも、敵なのか?」
「ミエラ様。貴女は賢い。この現状を見たらもう分かってる筈だ。ーー敵だよ。俺はギデュア傭兵団の団長ラムネル・ギデュアだ。以後、よろしく。」
「いつからだ。いつから裏切った? それに、敵なら何故私に助言をした?」
「ずっと前からだよ。後者についてだけど、君の正義感は民を治める一族としては立派な心がけだろう。だが、その強い正義感は利用されやすい。だから、今回軽く助言しただけで君はまんまと騙され探しに行くことになったんだよ。」
「私を騙すのはいい。自己責任だとまだ納得はできる。だが、この現状は何だ? 何故、民を傷つける! 私を騙す事とどんな繋がりがあるのだ!?」
ラムネルは軽く笑った後、自慢気に両手を広げて説明をする。
「簡単なことだよ。君がいなくなれば真っ先に動き出す人物は誰だったかな?そいつがいなくなれば『今は』誰も邪魔立てする奴がいなくなるだろう! 安心してくれ。ここにいる奴らは只の人質だ。」
ラムネルは計画が上手くいって嬉しそうだった。全て手の平の上で転がされていたのだ。そのせいで今ルスカーデの街は壊されている。人々は傷つき捕まっている。
「ここまでする目的はなんだ?」
「目的は君だよ。いや、正確には君とそのペンダントさ。正統後継者である君がそれを扉に当てないと中身を取り出せないとはね、面倒くさくて仕方がないよ、全く。」
「何故だ。何故お前がペンダントの役割を知ってるんだ。」
このペンダントの役割は私が母から直に教わったものだ。それも正統後継者である私しか知らないはずだ。それなのに、何故。どうでもいい事なのか、意外にもラムネルは答えを直ぐに教えてくれた。
「世の中は嫉妬が蔓延っていてね。嫉妬から生まれる憎悪は時に人を狂わせてしまうんだよ。」
ペンダントの話を知る事ができる人物は限られてくる。王家や私の家系、それらに近しい者。そして嫉妬。嫉妬が起きるという事はその人物は身近にいる可能性が高いことが予想された。この場にいる筈だった男。これからの事からミエラの頭に1人の人物が浮かび上がった。
「兄上か!」
「簡単な問題だったかな。そう、君の兄だ。彼は後継者になるのは自分だと疑っていなかったんだろうね。だが実際に選ばれたのは妹である君だ。
その事があのバカな男を徐々に狂わせたらしいな。そのお陰で君たち一族が守り続けた物が簡単に手に入るなんてね、あのバカも少しは役に立つみたいだね。」
「兄上はどうした?」
「今頃、牢屋で己の愚かさを反省してるんじゃないかな?」
ラムネルは楽しそうだった。その一方でミエラは安心した。一先ず生きている事が分かったからだ。ミエラはまた質問をする。それは、ここまで歩いてくる時、倒れている騎士の中に自分のよく知る人物がいないことに気付いたからだ。
「ラムネル、ガルムはどこにいる?」
「ガルム?ーーあぁ、君の幼馴染とかいう。さぁね。その辺に転がってると思うよ。俺の部下は容赦しないんだ。期待しないことだね。」
ミエラは言葉も出なかった。思い出すのは昔からいつも私の後を付いて回っていた男の子の顔。一緒に遊んだりもした。怪我をした時は一緒に怒られてくれた。食堂に入ってつまみ食いをして怒られた時もあった。
ーー私はそんな日常が本当に楽しかった。いつからだっただろう。そんな日常がなくなって面白みのないつまらない日常が増えていったのはいつだっただろう。
そんな掛け替えのない思い出を作ってくれた男の子には、せめて逃げて助かってくれていれば、そればかりを望んだ。まだ希望はあるんだ。だってまだ姿を見ていないんだから。
「さぁ、時間稼ぎは済んだろう。本題に移るとしようか。」
「ッ!?」
無駄な足掻きだとは思っていたものの、まさかそれを知った上で話に乗ってきているとは思わなかった。だが、お陰で少しは時間を延ばすことができた。誰でもいい、誰でもいいからこの事態に気付いて欲しいと願う。
「当たり前だろう。でなければあのバカに愛想良くしたりお前らみたいなのに仕える訳がないだろう。」
「分かった。だが、民には決して手を出すなっ!」
「勿論だよ。手に入りさえすれば他の奴らはどうだっていいからね。でも君がいう事を聞かない時は街の奴らがどうなるか分かってんだろうね。」
「もちろんよ!」
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洞窟を抜け出しルスカーデの街へ走っている時、エルは疑問に思ってた事を聞いてみる事にした。
「なぁ、お前ってさミエラとどんな関係なの?」
「はっ!? な、何でお前にそんな事言わなきゃいけないんだよ!」
「このオッサンはミエラに仕えてるって感じだけど、お前は何か違う気がするんだよねー。」
「ミエラ様とガルムは幼馴染だ。」
目を覚ましたらしいナリュートが2人の関係性を言う。突如、耳元で囁かれ声がビックリしたのと男の生温かい吐息が耳にかかる気持ち悪さで投げ捨ててしまいそうになった。それを済んでの所で踏み止まる事に成功したのには褒めてもらいたい。でも、そうか、幼馴染か。
「でも、何で幼馴染のお前が『逃げ騎士』やってんの?」
「逃げ騎士ってお前、バカにしてんのか!? 俺はな、ミエラを悪いやつから守りたかったんだよ!ーー文句あるか!?」
「アハハハハ。守りたいのに自分が逃げてどうすんだよ。守られる奴が前に出て守る奴が後ろにいるようじゃ何も守れんだろうよ。」
「本当に笑う奴があるかよ。」
「面白くてさ。いやー、すまんすまん。ーーでもな、逃げ騎士、いつまでも女のケツを追いかけてるようじゃだめだ。守るって事は時に剣となり盾となるってことだ。この2つに共通してる事は分かるか?」
「なんだよ急に真面目ぶってさ。
強くなきゃいけないって事だろ。」
「それも大事なことだ。けどな、剣となる時も盾となる時も、主の【前】に出て闘わなきゃ守れないんだ。後ろにいるようじゃいつまで経っても大切なものを護れないんだ。お前は分かってるのか?」
「……そんな事言われなくたって分かってるよ!」
「本当に分かってるのか? 前に出て闘うってことは【恐怖】にうち勝つ心を持ってなきゃ無理なんだぞ。」
その言葉にガルムは先程の光景がフラッシュバックする。恐くて怖くて逃げた自分の姿が。あの時、自分は恐怖に支配されて逃げた。自分の役割からも、幼馴染からも。
大切なものが近くを通ったのに自分のことばかり考えて見捨てたんだ。
最低だ。
自らが命を賭して守るべきミエラを見捨てた。
俺は何の為にここに来た。
ミエラを救うためだろう。
救えないなら待機してれば良かったんだ。
せっかく見つけたのに。バカだ。
後悔は続く、これからも、そしていつまでも。
「いやー、それにしてもオッサンも案外タフだな。バケモンかと思うよ。それと、これは緊急クエストの中でも更に緊急を要する。報酬は高くつくぞ。文句はないよな?」
「無論だ。ミエラ様を救えぬまま死んでたまるか。ーーそれと出来れば急いでくれるか。殺されてしまう。」
「安心しろって。必ず助けるから。約束しただろ?」
(違うんだ。私が、だ。『ある人』に。そっちの方が恐ろしい、、、)
その気持ちを知らぬままミエラ救助隊は煙の上がる街に向け進んでいく。