後悔
ガルムは隠れていた。待機していろ、というナリュートからの命令を守らず、勝手に着いて行き洞窟の中に入っていった騎士団を見つけそれを追いかける。物陰に隠れて様子を伺っていたら、呻き声と倒れる騎士、そして騎士長が味方だったはずの騎士によって倒される光景。肝心のミエラを見つける事は出来たが、自分1人じゃ救えるわけもなく隠れて息を殺し、その場をやり過ごすことしか考えられなかった。少しずつ近づいてくる敵。次第に汗が少しずつ溢れてくる。己を抱き締める手がぐっしょりと濡れている感覚が服を通し肌に伝わってくるほどに。ガルムは抱き締める力を強め、ひたすら敵から見つからない事だけを祈っていた。
(見つかるな、見つかるな、見つかるな、お願いだから、見つけないでくれ!)
そして徐々に近づいてくる足音。騒ぎ出す心臓。その音が奴等にも聞こえるんじゃないかって程、煩く脈打つ。黙れよ、黙ってくれ、そう願わずにはいられないほどに。次第に近づく足音、それに伴ってどんどん、どんどんと鼓動が大きくなる。
(ごめんミエラ、ごめん、許してくれ……)
膝に頭を乗せ、連れて行かれる現場を見ないようにする。見てしまっては自分がおかしくなりそうだった。心の中で幼馴染に対してひたすら謝る。己の無力さ、勇気のなさ、全てに対して謝る、謝ることしか出来ない自分にひたすら嫌悪しながら。謝るたびに締め付けられる心の奥底。一生、消えることのないだろうこの胸の痛みが心に根付くのを確かに感じながらーー。
そして、徐々に自分から離れていくことで聞こえなくなってくる足音。少しでも遠くに行くにつれて安堵する自分を心底ムカついた。ムカついたところで見捨てた後悔は寧ろ自分にしがみつくばかりで離れる事はなかった。奴等がいなくなってからも、手の届く所に居ながらミエラを見捨てた後悔と自責の念に駆られていたが何処からか聞こえる人の声によって強制的に思考を呼び戻された。
「おーい、誰かぁー。おーい、誰かいないかぁー。」
「そ、そうだ! ナリュート騎士長!」
ガルムは急いでナリュートの元へ向かう。ナリュートが無事ならまだミエラを救うチャンスがあるからだ。生きていることを祈りつつ話しかける。
「ナリュート騎士長! ナリュート騎士長! ご無事ですか!?」
「うっ!」
あー、よかった、生きていた。これが率直な感想だった。まだミエラを助ける可能性につながったからだ。ーーガルムは気付かない。後悔していた筈なのにそれでも尚、他力本願である事実にーー。だがこれだけの傷を負っていて大丈夫だろうか。ここでまたしても声がかかる。
「おい! 誰かいるのか! いるなら此処から出してくれよ!」
なんとか鎧を脱がし、ナリュートの止血を終えると先程から煩い、声からして男の元へ向かう。声のする方へ向かうとマントを被り檻の中にいる男がいた。男はコチラを見ると嬉しそうな顔をして、またしても出してくれるように頼んできた。
「おっ! 少年。良い所に来てくれた。俺を此処から出してくれないか?」
「お前みたいな怪しい奴はその中にいた方がみんなの為だ!」
「ーーミエラを助けたいんだろ?」
その言葉に僅かに動揺するガルム。ミエラを助けたいのは山々だが、こんな怪しそうな男を信用してもいいのか。悩んでいた時、目を覚ましたナリュートが声をかける。
「ガ、ガルム、なんで、ここに。いや、今は後だ。ミエ、ラ様は、どこだ?」
「気が付かれましたか! ナリュート騎士長。ーーそ、それがミエラは奴等に連れて行かれました!」
事実を端的に伝える。一刻一秒たりとも無駄にできない現状においてこの報告は間違いなかった筈だ。しかし、檻の中の男は言われたくなかった、ガルムの心の奥を正確に射抜く。
「それは違うぞ。お前は助けなかったんだ。アイツらから逃げたんだろ?」
ガルムは全てを見透かされているようで居心地が悪かった。しかもそれを知られたくない1人でもあるナリュートに知られてしまった事が嫌だった。誰にも言いたくなかった、出来れば隠し通せるならばずっと隠しておきたかった秘密を漏らされてしまった。知られてしまった事実はガルムの心の内で整理する事は簡単に出来ない。嫌な事実を知られたことで恥ずかしさを筆頭に様々な感情に支配され血の気が引いていくのが分かる。そんな居心地の悪さを八つ当たりのようにぶつける事で解消するしかなかった。
「うるさいっ! 黙れっ! お前に何が分かる! 助けたくても助けられなかった俺の気持ちが分かるってのか!?」
「お前みたいな弱虫の気持ちなんて知りたくもないね。」
「ガルム、話は、後だ。そいつ、の所へ、連れ、てって、くれ。」
「で、ですが!」
「いいから、これは、命令だ。」
「わ、分かりました。」
エルの前に連れてこられたナリュート。
「ぎゃぁぁぁぁ! オバケぇぇぇ!!」
「わ、私は、まだ、生きてるぞ。」
「しゃべったああぁぁぁぁ!」
「今は、じかんが、大事なんだ。話すぞ。」
「え、あ、すまん。少し落ち着いた。」
謝った。ビックリしただけだ。うん。
エルの目の前に連れてこられたナリュートは凄い傷を負っていた。傷口は包帯のようなもので圧迫されていたが、少しずつ赤く染まり始めている。決して、少しばかり大きい声を出させたからじゃないと信じたい。また、血が抜けたせいか顔は少しばかり青白くなってるようにもみえた。洞窟という少し薄暗い中でその光景を見るのは中々刺激的なものがあった。ナリュートは壁に背を預けなければならない程、辛かったのだろう。そんなに辛くともエルがギルド員と思ったのか依頼をする。
「わ、私の、名前は、ナリュート。ミエラ様に、仕える、騎士長だ。あ、貴方、に、依頼、したい、事がある。ハァ、どうか、ミエラ様、を助け、るのに、力を、貸して欲しい!」
「俺はエルだーーんな事よりもオッサン! もう喋るな!」
「ナリュート騎士長! 何でこんな見ず知らずの怪しい奴に頼むんですか!?」
「黙って、いろ。大事な、お方を、救う、ためだ。頼む。ゴフッ」
「わ、分かった! 必ず助けると『約束』する! もう喋るな!」
「あ、ありが、とう。あ、後は、頼ん、だ、ぞ。」
ナリュートはそうして目を瞑った。首は項垂れていた。律儀にも頭を垂れているようにもみえるその格好は、後はよろしくと言葉だけでなく行動でも示しているかのようだった。
「オッサァァン! だめだ。諦めるな!目を開けろ。オッサン!」
「ナリュート騎士長。目を開けてください! ナリュート騎士長ォ!」
「ん。すまん。寝てい、た、ようだ。」
「ややこしいわ!」
咄嗟にツッコミをいれてしまうエル。
ただ寝ていたという事実に呆気に取られたガルムは何もいう事が出来ず口をぽかーんと開けているだけだった。エルは一応、騙された感じではあったが緊急クエストに了承をしてしまったので行動に移すことにした。
「そこのお前。約束しちまったんだ。早くここから出してくれ。」
怪しさは残るもののナリュートと目の前の男との間で交わされた約束。それに信頼してる上官との約束でもあったので仕方なく出してやることにした。
「ん?あ、あぁ。分かった。それと俺の名前はガルムだ。」
「弱虫な奴は弱虫で十分だ。」
こうしてエルは久々に檻の外に出ることになった。
いやー、久々に手足を思いっきり伸ばせる感覚は素晴らしい。実に気持ちが良かった。人が気持ちよく身体を伸ばしていると弱そうな騎士ことガルムが文句を言ってくる。
「おい、お前。早くしろ。間に合わなかったらどうするつもりだ。」
「なんだよ、お前。弱虫のくせに偉そうにしやがって。」
そう言いながらエルはナリュートを背負った。いつまでも此処にいても解決しないので洞窟の外に出ることにした。
「くぅー! 外の空気は気持ちいいなぁ!」
「おい。こっちだ。行くぞ!」
「お前が俺に命令すんな!」
こうしてエルとその背中に背負わされ縄でエルとくっ付けられたナリュート、偉そうなガルムの3人はルスカーデの街へ向かうのだった。