2人の絆
「おい、ザンガ。俺の名前はエルだから。普段から鎧着てねぇから。」
「そうか。そんな事はどうでもいい。」
「あらー。ドライね。」
2人は他愛もない会話をしながら領主の部屋へと向かっていた。
領主の部屋では、ランドの声によって止まりかけていた空間がある人物によって動き出していた。
レイは戸惑っていた。
頼りのない次男坊というレッテルを貼られていたはずの男の出現によって。
街の衰退は進行し、近々、この街ベラーティアは地図上から消えて無くなるだろうと。
それもこの2人の兄弟によって、それはもたらされる未来であると。
その事実を誰もが疑わない程にこの兄弟は、この街にとって毒であったはずだ。
少しずつ街を蝕み、やがてはモノを消えさせる、そんな毒の一部は人が変わったかのように『変貌』した。
何も姿ではない。
まるで別の人格が彼の内なる奥底で芽生えたかのように根本から変わったかのように感じた。
『変化』ではなく『変貌』と表現しなければならないほどに。
そんな彼は何と言った。
何が間に合ったと。
大きな窓から覗く景色には、空に浮かぶ船が見える。
恐らく、こんな田舎ではまず見る事のない空軍の船だろう。
それもあの構造、恐らく上位の船だ。
空軍本部の船だろうか。
だとして、空軍本部がこんな田舎に来るだろうか。
仮に来たとして、一体どれほど前から準備をしていたというのだ。
人々はその脅威に完全に足を止めた。
得体の知れない目の前の毒、ランドの策略に恐怖を抱いたことに起因する。
だがその中で行動を起こす人物もいた。
1人の小さな女の子、レイだ。
レイは動く。
この機を逃す訳にはいかなかった。
皆の足が止まっている今なら、この兵と山賊のような連中の包囲網を掻い潜りピグマンを倒すことが可能だからだ。
レイは駆ける。
この機を逃す訳にはいかないからだ。
長年の恨みに終止符を打てるまさに最適の瞬間。
「レイ! やめろ!!」
部屋に鳴り響く男の声。
それは何年も前に何度も何度も耳にしていた声の音色。
幾度となく呼んでくれた私の名前。
忘れるわけがない。
声のした方を振り向くと、そこには1人の鎧の男。
レイの眼から自然と涙が零れ落ちる。
「ーーレス、フォレス!!」
色々な感情がレイを支配し、そしてそれは混ざり合い、自分自身でも表現できない新たな感情が身体を侵す。
レイはその感情に押し潰される形になり、堪らずその場に座り込む。
だが、その中で1つだけ。
たった1つだけ自分に分かることがある。
これは『現実』であるということ。
頬をつねらずとも分かる。
これは夢なんかじゃない。
いつか覚めて無くなるものなんかじゃない。
自分の身体に触れる熱さ、音や頬を流れる涙、様々な現象が教える紛れも無い現実。
手を伸ばせば必ず触れる事のできる現実。
あぁ。よかった。
生きていてくれて本当によかったーー。
座り込むレイに向かい歩いていくフォレス。そんな彼が進むたび、レイへと続く道は自然と開いていく。
「やぁ、レイ。久々だね。」
「……。」
「ごめん。」
「わかんないよ。
なんて言っていいか分かんないよ!」
再び溢れ出す涙。
頬を伝い、地を濡らす。
「そうだよね。ごめん。
色々言いたいことあると思うけど、今はこの戦いを終わらせないとね。」
2人の再会を別つように1人の男が怒鳴り散らす。
「誰だ! 貴様、名乗れ! 我が兵士でいながら敵に手を差し伸べるとは!」
「そうか。お前は覚えていないんだな。
俺はお前を忘れたことはないぞ。
あれ程の事をしておきながら、よくも悠々と生活をしやがって。
俺は、
お前に家族を壊された
ブロッサム家の息子
ーー『フォレス・ブロッサム』
少し前までお前に復讐を企んでいた男だ。だが、安心しろ。今の俺はもう復讐なんて考えちゃいない。
今の俺は、誰もが安心して楽しく暮らせる街に変えるつもりだ。
それには、お前は必要ない。
政権を移す時だーーピグマン!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!
どいつもこいつも私を愚弄しやがって。何様のつもりだ!
貴様ら如きにやられる訳なかろうが!
我が兵士どもよ、このバカどもに誰が正義か教えてやれ!
貴様らもだ、ハット帽の部下ども!
金なら幾らでも出してやる。さっさとコイツらを片付けろ!」
誰にも邪魔はさせん。
私は領主だ。
誰も私に刃向かうことは許さん。
斬れ!
切り刻め!
私に口答えするバカどもは皆、排除だ!
コイツらはいらん!
あと少しなんだ。
あと少しで出来るのだ。
私の王国が!
我に従う、我の為に働く、我を神と崇める独自の国を。
絶対に邪魔させてなるものか!
フォレスは迫り来る敵に立ち向かうべく、レイの前に立つ。
そんなフォレスに声をかける人物がいた。
「お久しぶりです、フォレス殿。」
「あぁ、『あの時』以来だな、ベンガル。レイを守ってくれてありがとな。」
「いえ、それが私の仕事ですから。そして
これからもそれは変わりません。ーー誰であろうと向かってくる敵は全て消すだけです。」
ベンガルという男はこんな雰囲気をしていただろうか。
それがフォレスの感じた違和感だった。
それが何のトリガーによって引き起こされたものなのかフォレスには分からない。
だが味方である以上、今は要らぬ詮索をするべきではないと、他に為すべきことがあるのだと本能が教えてくれていた。
フォレスはその本能に従い、己に課されたもう1つの仕事を行うことにした。
「……ベンガル。悪いが少しだけど此処を任せてもいいか。返してもらわなきゃいけないものがあるんだ。」
「いいですよ。此処は私にお任せ下さい。大丈夫です。レイ様に傷を付けさせるようなミスはしませんから。」
「安心した。ーーじゃ、行ってくる。」
フォレスは駆ける。
目の前で奪われた形見を取り返すためにーー。
「セネム。」
「はい、ここに。」
「空軍が来るまでもう少しかかりそうだ。レイお嬢とその騎士の援護をしてやってくれ。それと俺を守ってくれ。」
「人使いが荒いですね。私、年寄りなんですよ。」
「まだまだ現役だろう。」
「やれやれ、困ったお人だ。
では、少しばかりこの老兵が頑張ってみましょう。」
ベンガルとセネムはそれぞれの主人を守りながら戦う。
多勢に無勢。
兵士とハット帽の部下による混合部隊。
それに対抗するはベンガルとセネムの2人のみ。
結果は誰しもが疑うはずのない蹂躙。
まさに蹂躙。
力の差は圧倒的だ。
次々と倒される兵士とハット帽の部下。
此処にいるのが普通に属している者たちならば、本来、地に伏せていたのはレイたちであった事は間違いない。
2人の力は想像以上だった。
ベンガルの力、それ即ち一介の騎士の範疇に収まることなし。
セネムの力は、それ即ち一介の老執事に収まることなし。
故に、何人も彼らの主人に傷をつけること叶わず。
圧倒的な力の差を見せつけられようと、兵士とハット帽の部下に逃げる選択肢はなかった。
初めから用意されていなかった。
彼らは戦う。
勝てない戦に立ち向かうのは愚の骨頂であると知っていながら。
此処で、もう1つの戦いが始まろうとしていた。
フォレスと彼の扇子を奪い去った男による戦いだ。
「おい、テメェ。さっきはよくもやってくれたな。俺の大事なモンを返してもらうぞ。」
「雑魚野郎が。何度やっても結果は同じだ、バカが。」
フォレスの戦いが始まろうとしていた。
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マイペースは崩しません。