何か
レイとベンガルは屋敷内の兵士には目もくれずただ一点のみを目指し歩き続けていた。
彼らの進行を止めようと、2人の前に姿を現しても、ベンガルがそれらを全て蹴散らす。
レイが足を止めることは絶対にない。
あと少し、あと少しだ。
こうしてレイ達と領主を隔てるのは目の前にある扉、1枚のみとなった。
ベンガルは扉を開ける。
開け放たれた扉の向こうに広がる景色は、武器を構えた兵士とこの場に似つかわしくない小汚たい男たち。そして、豪勢な椅子に座る因縁の男、現領主『ビグマン』。
これで全てをーー。
「ピグマン、お前の悪政もここまでだ。」
何も分かっていないバカが来おった。
悪政、何を言っている。
経済の回し方も知らん奴が何を偉そうに。
だからバカなのだ。
加えて、なぜ領主たる俺がこんな小娘ごときに呼び捨てにされねばならん! ふざけるな!
「小娘が。貴様ごときに呼び捨てされる筋合いなどないぞ!」
「黙れ。貴様、3年前にした事を忘れたとは言わせないぞ。お前がブロッサム家の人々にした悪夢を!」
「ブロッサム家、うーん、ブロッサム家。はてさて、一体どこのどなただったかな? 分かるか、セネム。」
どこかバカにしたような態度で話すピグマン。そして傍に控える男、セネムに態と話を振る。
もっと逆撫でしようと、相手で遊ぼうと考えたからだ。
その時、もう1人の男がこの場に姿を現した。
「私は分かりますよ、兄上。」
それはピグマンがよく知る人物。
なんだ、このバカは。
部屋の中で静かにしておればいいものを。
「何用だ、ランド。今は取り込み中なのが分からんのかバカが。お前は部屋にでも戻ってろ、ブフフフ。」
「部屋に戻る必要はありません。私も貴方の悪政を止めに来たのですから。」
「相変わらずのバカさ加減。有能な俺の弟という事が怪しく思えるほどにな。そんなバカに聞いてやろう。お前如きたった1人で何が出来る?」
「私、1人で出来ることなど限られていますよ。知ってます。そもそも最初から私1人な訳ないでしょ。
ーーもういいぞ。よくやった。」
やっとですか。長くつまらない時間でしたが、そうですか。準備は整いましたか。
誰もが困惑した。
この男は何を言っているのだと。
そして、この男の口調の変貌ぶりにも困惑していた。
今までは、弱々しさと優しさを合わせたような頼りのない男だったはずだ。
今の彼は全くの別人だった。
真逆の雰囲気と表現しても差し支えないほどだ。
どういう意味だ。
1人な訳がない、とは。
彼の後ろに多くの兵士が隠れているのか。いや、そんな感じはない。
どういう意味だ。
もういいぞ。よくやった、とは。
何がいい、というのだ。
何がよくやった、というのだ。
一体この男は何を言っている?
少しして動きをみせる人物がいた。
その人物は最も高い位置から主人の元へと歩いて行く。
コツコツコツ
階段を降りる音が人の多いこの場にあっても響く。
これは誰もが予想していなかった事態だけに、しんと静まり返っているからだ。
その人物は、ゆっくりと主人の元まで歩くと片膝をつき挨拶する。
「御命令によりただいま戻りました、我が主『ランド様』」
「おかえり、よくやってくれた。
あ、そうだ。セネム。兄上に質問されていたな。無能にも分かるように答えてあげてたらどうだ?」
これが貴方の元に戻った私の初仕事ですか。
それも面白いかもしれませんね。
「かしこまりました。ブロッサム家を分かるか、でしたね。もちろん分かっていますよ。貴方が秘密裏に事を起こし、潰した一族です。
全くバカバカしい。あれ程、有能でありこの街にも貢献していたブロッサム家を潰すなどと全く無能な領主だと思ったものです。」
やれやれと首を動かし、説明をするセネム。
ここにいる誰もが彼の変貌ぶりに口が開いたままだった。
セネムといえば、次男ランドの専属執事であったが、現領主ピグマンに鞍替えをした事で有名だった。
それはこの屋敷内にいる誰もが知る常識でもある。
その男が今、仕えていた主をバカにしたのだ。それも無能とまで言い放った。
この俺が無能だと。
散々世話してやった俺に対して無能だと。
ふざけるな、ふさげるな!
「き、貴様、セネム! 誰にそんな口をきいている! 私はお前の主人だぞ!」
「ご冗談はよしてください。
いつ誰が貴方の事を主人と認めたと?
どうぞ思い出してください。
いつ誰が貴方のことを名前で呼んだと?
だから貴方は無能なのですよ。
ーー豚男さん。」
動揺が走る。
あろうことか領主の1番嫌う名前を言ったのだ。恐らく故意的に。
「お前ら、奴を斬れ。我が名の下に命令する! 斬れっ!」
まさにご乱心。
ランドは対照的に落ち着いていた。
「まて。」
静かに短く命令を下す。
だが、静かさとは裏腹にその力強い声の命令はピグマンの命令を上回り、人々の動きを止めるには十分だった。
「何をしている! さっさと斬れ!」
ピグマンが兵に向けて再度号令をかける中、ランドは窓際に向かって歩く。
誰にも予想がつかない行動に兵は再び足を止める事になる。
窓際に着いたランドは外を見る。
どれほどそうしていただろう。
変な緊迫感が生まれているこの場において、彼の謎の行動は長く感じた。
あれ程、怒り狂っていたピグマンですら数秒の変な落ち着きをみせる程だった。
奴は何をしている。
なぜ外を眺めたままジッとしている。
なんだ、何を狙っている!?
いや、それよりも今は兵共だ。
奴ら俺の命令を無視しおって!
「貴様ら! 領主たる俺の命令より外を眺めるだけのバカの命令に従うというのか? あの男の部下共もだ。さっさと動け!」
今度こそ兵は、現領主の命に従い剣を抜く。だが、ハット帽の部下達は動こうとしない。その中で1人答えるものがいた。
「ウルセェな。テメェに指図されたくねぇんだよ。旦那は貸すと言っただけだ。働いて欲しけりゃ金を寄越しな。」
このバカ共が。
今、金で動くなら安い買い物と思うしかあるまい。
「働い分、くれてやる。ーー老いぼれだけではない。反逆者共、全員を斬り捨てろっ! 倒した数だけ褒美をくれてやる!」
その言葉を合図に、金に目が眩んだ愚か者達は走り出す。
結局、何も出来ないではないか。ふん、口調を変えたところで何も変わらぬ、バカな弟だ。大人しくしてれば良かったものを。
ピグマンは笑いを堪えるのに必死だ。
格好つけて出てきても何も変わらない。
結局、自分の勝利が揺らがないと感じたからだ。
「ハーハッハッハッハ!」
屋敷内に響き渡る笑い声。
人々はその出所を探る。そして皆が見る視線の先には、窓を眺めている男の姿があった。
彼はくるりと室内に顔を向けて言葉をかける。
「どうやら間に合ったようだ。」
この街、ベラーティアには今、空軍本部のマークを付けた【空飛ぶ船】がやって来たのだったーー。
その頃、屋敷の地下ではもう1つの変化が起きていたーー。




