入城
フォレスが屋敷へと向かい始めた頃、渦中の領主の部屋では異変が起きたていた。黒くて大きい何かが開かれたのだ。
この事態に驚くも、兵士達はゲートからの何かに備えて武器を構えた。数人の兵士も領主を守る為に彼の前に立ち、剣と盾を構える。
そこから出てきたのは、胡散臭いハット帽の男とその部下たち。彼らを確認すると領主は兵たちに武器を下ろさせ、脇へと移動させた。
ハット帽の男は、帽子を取ると一礼した。
「これはこれは領主殿、お出迎え頂けるとは感激でございます。ーーさてさて、挨拶はこの辺にして、私どもの任務は終了致しました。これより帰還するため料金を頂きたく思います。クフフフ。」
すると領主はニヤリと微笑む。
「まぁまぁ、そう焦るな。褒美はくれてやるが、その前に物は相談だ。今、屋敷の地下牢屋にはある男を捕らえてある。その男には、それなりの懸首金がかけてある。その男を其方に差し出そう。」
「ほうほう。それで領主様は何をお望みになっておられるのですか?」
「簡単な事だ。奴にかかっている懸首金の3倍の額、それを支払って貰いたいと思ってな。」
あたりはザワザワとする。
周りの兵士達は、奴を軍に明け渡すのだと伝えられていた為に、その内容と異なっている事に、そしてハット帽の部下達は、金銭的に不平等な取引である事に、内容は違えど同じ様な反応を示した。
倍額払えというならまだ分かる。しかし、この領主は3倍もの金額を要求したのだ。通常であるならば余りにも釣り合わないこの取引。
「こちらの兵も奴を捕まえるのに、中々苦労したのでな。すまないが、安くすることは出来んぞ。」
相手も強気だ。次に部下達が気になるのは、『ある男』が誰であるかだ。
「お返事の前に、領主様。その男とは一体どこのどなたの事で御座いましょうか?」
領主は待ってましたとばかりに、その醜悪な顔を変え、下卑た笑みを浮かべて答える。
「ーー『ザンガ・ロベルト』だ。」
その名を聞いたハット帽の男は、静かに口元をにやけさせた。
その時、領主の敷地内が騒がしく成り始めた。少しして扉をノックする音が響く。
「報告致します! レイ・ラグドールとその騎士、ベンガルが謀反を起こしました! こちらの部屋に向かってきていると思われます!」
「なんだと!? あの小娘が、調子に乗りおって。」
「おやおや、領主様。何やらお困りのご様子ですね。クフフフ。さて、まずはお話の続きを致しましょう。本物であった場合、3倍の額をお払い致しましょう。その為に、まず私はこれよりかの男に会いに行きたいと思っています。その間だけ、少しばかり私の部下をお貸ししましょう。クフフフ。」
レイ・ラグドールと彼女の騎士、ベンガルは領主宅へと向けて歩いていた。彼女の普段の朗らかさを知る者たちは、その容姿に似合わぬ怒りの顔に皆、道を譲る。誰も声をかけることはしない、いや出来ないのだ。その後ろに控えるベンガルの威圧感がそれを良しとしないからだ。
だが、それも屋敷の前まで。
例え、どんな領主であろうと領主を死守する役目を担う門番兵士が彼らの侵攻を止めにかかる。
「お待ち下さい。何しに来られたのですか、レイ・ラグドール伯爵様。」
「貴様らに構っている暇などない。」
「事前に予約はされておられますか?」
「2度は言わぬぞ。そこを退け。」
「いくら伯爵様といえど、何の予約もなしに」
そこで門番の1人は意識を刈り取られる。ベンガルが殴り飛ばしたからだ。主人の命令の通り、邪魔な門番を退けレイの通る道を作り出す。もう1人の門番は自然と身体を避ける。今、目の前で起きた結果が自らにも起きて欲しくないと願って。主人を守る義務を持つ筈の兵士としては不正解だが、今この場においてのみ、この選択は正解だったであろう。
レイとベンガルの2人は開いた道を突き進む。最早、彼らを止めるものは容易ではない。復讐という業火で領主を焼き尽くすまで彼らは歩みを止めることはない。
その頃、フォレスはひたすら走っていた。走っているとはいえ、屋敷まではまだまだ距離がある。それまでに何とかしてレイを止めなくては、その事ばかりを考えていた。すると、いつの間にか足音が増えているような音がするのだ。
「よぉ、さっきぶりだな、フォレス。」
「うわぁ!」
声のした方を振り返るとそこにはエルの姿があった。クエスト依頼を取り消した筈なのにどうして彼は富裕層へと向かっているのか。どうして彼は走っているのだろう。フォレスは足を止める事なくエルに問いかける。
「どうしてお前がここにいるんだよ。クエストは取り消した筈だぞ。」
「俺もレイには世話になったからな。主に飯で。その恩返し位はするつもりだ。」
「そうか。ありがとう。」
クエスト依頼を破棄したのにも関わらずレイを助け出すことに力を貸してくれることが有り難くてフォレスはお礼を言う。それに何をするにも1人では成し遂げられないことを知っているから、今回の助けはありがたかった。そして2人は走る。
「おい、フォレス。お前、このままじゃあの2人が復讐しちまうぞ。もっと早く走れよ。」
「う、うるさい。これでも精一杯なんだ。こちとら怪我してんだぞ。」
「そうだったな。よし一旦、止まれ。」
「そんな暇なんてないだろ。お前だって早くって言ってるくせに。」
「いいから止まれって。もっと早く移動させてやるから。」
半信半疑ながらもフォレスは止まる。もし本当ならそれに越したことはないからだ。エルは走りをやめたフォレスの腰あたりを無理やり肩に乗せた。その行動にフォレスは暴れる。
「おい! 何してんだ。早くおろせ。」
「黙ってろ。今から移動すっから。」
【成長する者】
そして2人は姿を消す。ぐんぐん屋敷までの距離を縮める。富裕層に入るまでの高い塀が近づいてくる。だが、エルは速度を落とすことはしない。
そのスピードの勢いを利用して塀を飛び越える。着地の際の衝撃にフォレスは苦しそうにしたがエルは御構い無しに突き進む。だんだんと屋敷が大きくなってきた。門が近づくとエルはスピードを落とす。門の前には倒れた兵士と座り込む兵士がいたからだ。明らかに何か起きた後。あと一歩、間に合わなかった。
「くそっ! 間に合わなかった。」
「おい、お前。何があった。」
悔しがるフォレスを無視してエルは無事だった1人の男に話しかける。
「伯爵様が謀反を起こしたんだ。こ、この街は終わりだ!」
「いつ来たんだ?」
「す、少し前だ。な、なぁ。た、助けてくれ! 頼むよ!」
「やだよ。とりあえず眠っとけ。」
エルは男を眠らせるとフォレスに話しかける。
「もしかしたらまだ間に合うかも知れねぇぞ。」
「いや、おいおい。何しれっと会話を始めてんだ! 今、中々の事が起きたよな!?」
「やかましい。今はレイを助けることに専念しやがれ。」
「そ、そうだな。先ずはそっちが優先だもんな。」
「分かればいい。取り敢えず、2人分の鎧が此処にはある。一応、お前も付けて行け。これを着てれば中でも自由に動ける筈だ。」
そう言ってエルとフォレスは鎧を着る。
既に騒ぎは広まっている。
目的地までは来た。
後は時間の勝負だ。
一分一秒でも早くレイ達を止めなければならない。
着終えた2人は敵の城へと攻め入る。
ーー目的はすぐそこだ。
ーー失敗は許されない。