ご馳走
エルは今、目の前に広がる豪勢な食事にヨダレを垂らしていた。
「本当にコレ食ってもいいのか?」
「えぇ、勿論ですよ。その為の食事なのですから。」
「か、金は持ってねェぞ!」
「そんな物要りませんよ。」
「そうか!お前優しいな!ーーそんじゃいっただきまーす!」
パクパクパクモグモグモグごくん
「うんめぇ!」
エルの食いっぷりは凄いものであった。伯爵家などの家柄の位が高い者との食事は本来、こうではないだろう。お世辞や家柄を褒めたりなど融資のお願いや何らかの時に助けてもらう為、権力のある者と太いパイプを作ることにあるはずだ。少なくとも、こんなにガサツに食べたりはしない。周りにいる兵士たちも余りの行儀の悪さに口をぽかーんと開けてしまう始末。ここまで汚い食事会は早々お目にかかれないからだろう。
「こ、こんなにマナーがなってなくていいのか、、、?」
「だが、レイ様が注意するどころか笑顔で見てらっしゃるぞ。」
そうなのだ。この家に招き入れたレイ当の本人は楽しそうに眺めるだけであった。執事やメイドも急いで料理を運んでいく。そうでなければとてもエルの食べるスピードに追いつかないからだ。暫く、そんな事を続けているとエルは満足したのか「ご馳走さま。料理食べさせてくれてありがとな!」とお礼を言った。一方のレイも「満足してくれて何よりだよ。」と嬉しそうに返事を返すのだった。
そんなエルの近くには沢山の皿が積み上がっていた。一体あの身体の何処にアレほどの料理が入るのか、些か疑問を残すほどであった。暫くして、レイは手を挙げると2回空中で手を叩く。やはり、伯爵家。なれているのだろう。高くもなく低くもない心地の良い音が部屋に響く。
「今からこの男と2人きりで話がある。応接室にいく為、警備はいらない。」
「ラ、レイ様!幾ら何でもそれは危険すぎます。今日会っただけの男ですぞ!家に招き入れるだけでも異例の事態ですのに!」
ベンガルが言うことは最もだ。普通、伯爵家に入ることなんて早々あるはずも無いし、加えて有名でもなければマントを着た怪しさ満点の男。一家の主を失うわけにはいかないのだ。それも守れる範囲にいながらでは尚のこと。
「ふむ。そうだな。では、まず自己紹介をしてもらおう!」
「俺の名前はエル。自由と自分が楽しむことしか考えていない男だ!」
「どうだ?ベンガル。コレで良いではないか。」
「お、お待ち下さい。そ、そうだ。そう言えばこのお方は、とある所で長をしていると仰っておられました。それを聞けば私も少しは安心できるやもしれません。」
「お前は少し心配性過ぎるぞ。それにしても長をしているとは。何処の長なのですか?」
「『よろず屋』の店長」
笑い声と兵士のコケる音が部屋中に響き渡る。
「アハハハハハ。あー面白い。ベンガル、もう十分でしょ?」
「逆です。逆に不安になりました。2人きりなど許せません!それにこの男、ふざけ過ぎです!」
「ま、兎に角、お互いの素性を知ったわけだし、もう連れてくよ。ーーすまないが、エルとやら一緒に来てもらえるだろうか。食後の一杯とともに話があるからね。」
「ん?まぁいいぞ。」
さすが伯爵家といった所だろう。家が大きく1人では迷ってしまうほどだ。暫く歩いた後、レイは目的地に着いたのだろう。扉に手を掛け後ろに立つエルに向かって一度目配せをした後、中に入った。中に入ってから数十秒後、部屋をノックする音があった。レイはそれに短く答え、入る許可を出した。やって来たのは執事服を着た男だった。そんな彼はカートを押し、その上には先ほど言っていた食後の一杯を作る上でのコップや粉などが置いてあった。
「レイ様、珈琲と紅茶、どちらに致しますか?」
「珈琲で頼むよ。エルはどうする?」
「俺は紅茶で。」
「そういう事で頼むよ。ーーああ、それと作ったら退出して大丈夫だからね、ベンガル。」
「何を仰いますか、レイ様。私めはベンガルでは有りませんよ。ご冗談が過ぎますぞ。」
「隠してもダメだよ。君が『魔導書』から得た能力【他人にそっくり変身】は顔だけじゃなく、身長や服装まで真似る事が出来るいい能力だ。でも、優秀な能力だけど残念だったね。」
「はぁー。やはりバレてしまいましたか。」
そう言うと執事服を着た男は、両手を掌が自分の顔の方に向くようにして隠した。次に手を離した時には、街で肩を掴み、食事後に慌てていたベンガルがいたのである。
「おぉ!スゲェな!面白い奴がいるもんだ!どうだ、俺の店で働かないか?」
「断る!俺の命はレイ様に捧げているのだ。この忠誠を変えることは金輪際有りはしない!」
「そんなに怒るなよ。」
「それとレイ様、出来れば能力名を言うのは控えて頂けませんか?その、中々恥ずかしいので。」
「わかった。気をつけるよ。あはは。」
少し場が和み、話をしやすいムードになった。ベンガルは会話しながらも頼まれた珈琲と紅茶の準備することは怠らない。出で立ちは騎士なので、この様な飲み物をつくる事は出来ないと思われがちだが、このベンガルという男は中々に器用な人物だ。淹れてくれた紅茶を一口、口に含む。香ばしい香りが鼻を刺激し、口に広がる紅茶独特の味がとても美味しい。
「この紅茶、とても美味い!」
「ベンガル、とても美味しいよ。ありがとう。」
レイはそれ以上、何も言わないがそこには無言の圧力があった。居た堪れずベンガルは仕方なく部屋の外へと足を運ぶ。
「レイ様、何かあれば呼んでください。直ぐに飛んできますので。では、失礼します。」
ベンガルが部屋の外に消え、足音が段々と遠退いて行くとレイは口を開く。
「エル、紅茶おいしいと褒めてくれて嬉しく思うよ。」
「いや、ホントに美味いぞ。それで、話ってのはなんだ?」
「ありがとう。それじゃ話を始めようか。ーーエル、君はご馳走した食事を全て覚えているかい?」
「え?」
思いも寄らない発言だった。それなら何故、食事前に声を掛けたのだろう。ただの富豪の娯楽か、それとも気まぐれか。はたまた言葉遊びをしたいだけなのか?理由は考えども分からない。
「全てではないが覚えている。」
「あ、いや警戒しないでくれ。何も脅そうっていう訳じゃないんだ。」
そこで一呼吸置くとレイは再び口を開いた。
「君はこの街に来てどう思った?この金持ちの暮らしをみてどう思った?エル、自分の生まれ育っている街のことを悪く言いたくはないが酷いものだと思わないか?この富裕層に住む者たちは、現領主の息のかかった者たちが殆どだ。彼の時代からどんどん廃れていき、貧しい者たちはその場しのぎの食生活を送る者ばかりだ。だが、ここに住む達はそれを知ろうとしない。いや、その現実に目を向けようとしないと言った方が正しい。食べ物が不作だというのに平気で食べ物を残す始末。そのくせ、税で納める量は計り知れない。何故かここ数年、天気が気まぐれのように移り変わる。これでは作物が全く育たない。雨が降らない時は、水を求めて街の外に出たいが、これは禁じられている。生活してきた中で分かったことは、領主が変わらない限りこの街は発展しないという事だ。いつか廃れて滅ぶことは火を見るよりも明らかなのだ。」
街の内情について話した後、再びレイは口を開く。
「今、話した通りこの街は治安も経済的にも褒められたものじゃない。特に貧困層の一部は特にそうだろう。それなのに、エル。君はこの街にやってきた。」
レイは大事な事を聞く前に一度、乾いた喉を潤そうと珈琲を口に含んだ。その後、一回深呼吸をした後、エルの目を見ながら問いかける。
「君はこの街に何をしに来た?」
その発言を機に、応接室は静寂に包まれてしまった。この静寂を生んだ張本人のレイは口を開くことはなく、仕方なくエルは口を開いた。
「これといって何も。ただクエスト依頼で来たんだけど、名前はあっても中身が詳しく書いてなくてね。それで仕方なく一番でかい屋敷に行こうと思ってたとこ。」
「よければその紙を見せてもらってもいいかな?名前が分かるなら紹介出来るかもしれないしね。」
「おぉ!そうか。よろしく頼む。」
そう言ってクエスト用紙をレイへと見せることにした。
「確かに、中身は詳しく書かれていないね。名前は、えーと、え、そんな、まさか。」
「ん?どした?何だ読めねぇのか?」
そう言って身体を乗り出し指をさしながら教えようとした。
「名前は、フォ「フォレスゥゥゥ!?」」
「いーぎゃぁー!!」
「敵襲ですか!?」
まさにカオス。驚き固まるレイ、乗り出した身体を強制的に椅子まで戻され、キーンとなる耳を押さえ、悶え、椅子を行ったり来たりしているエル、剣を鞘から抜きかけた状態のまま立ち尽くすベンガル。急いで部屋の中に入れば、主に問題はなく椅子を見れば転がる人物がいては立ち尽くすのも当然だろう。そしてこの応接室は、静寂の次にカオスな状況を生み出すに至ったのである。
少し落ち着いたところでレイに文句を言おうと椅子から立ち上がった。少し遅れてベンガルは動き出したエルを確認すると行動を起こしたが、先ほどの独特な状況によるものか反応が少し遅れてしまった。
「おい!お前!」
「待て貴様!レイ様に!?」
だが、そんな文句を言える状況ではなかった。それはエルを止めようとしたベンガルも然りだ。近寄り肩を掴んだもののエルが何のアクションも起こさなかったからだ。その答えは簡単だ。レイに変化が訪れていたからだ。エルは堪らずレイに話しかける。
「おい、お前、どうして泣いてるんだ?」
レイはクエストの紙を握り締めながら震えていた。其処には一家の主として目に一杯の涙をためながらも泣かない様に唇を紡ぎ、必死に我慢する姿があった。こんな表情をされては怒りたくても怒れない。どんな言葉をかけて良いのかも分からない。だから、俺は静かに腰を下ろし落ち着くのを待つことにした。レイの後ろに立ち、物凄い形相で睨むベンガルの視線に気付かぬフリをしてーー。
《バイザー》
顔や目を保護する鎧の一部のこと。