足音
ここは、エルがいる街にある他よりも一回り大きな屋敷。この屋敷の中では訓練によって汗を流す男たち、腕によりをかけて料理を振る舞う男や女といった料理人たち、そして執事やメイドの姿など様々な役職の者たちが清潔さを併せ持ち日々職務を全うしていた。
しかし今、その清潔さとはかけ離れた、いうなれば、この場に似つかわしくない品位を落としてしまうような薄汚い集団の姿が見受けられる。そんな彼らの目の前には例の主人と執事がいる。本来ならば、この街において最高権力者である男の前では頭を垂れるべきなのだろう。地位の上の者に対してこのような態度をしていては不敬罪と捉えられてもおかしくない状況だ。そのような失礼な態度を取られている当の本人たちはそんな事は全く気にしていないという様子で目の前にいる集団へと視線を向ける。
「おい、貴様らが俺のクエストを受注した者で間違いないか?」
「はい、この度は私共の商会を選んでいただき誠に嬉しく思っております。」
返事を返した男は、一言でいえば掴み所のない信用に足らん人物と表現できた。というのも、目の前にいる男ほどではないが中々肥えた身体付きをしていることに加え、銀縁の眼鏡を付け黒い燕尾服を身に纏い、片方には杖を、もう片方には黒いシルクハットを持ち、明らかに胡散臭さが滲み出ている男であった。他の者がクエストの依頼書を広げて見せた。そこにはあった依頼書をみるに目の前にいるヤツらが受注した者たちで間違いはなさそうであった。
「では、早速、依頼に取りかかるんだ。貴様らが居ては空気も不味くなって叶わんからな。なぁに、依頼分の報酬はキチッと出してやるさ。ブフフフフ。」
「それでは早速、仕事に移らせていただきましょう。私共にとっても此処は毒みたいなもんですからねー。クフフフフ。」
不気味な笑いをしながら身体を翻し、部下を引き連れ部屋を出ていく男。恐らくやり取りをしていた男が団長である可能性が高い。この団長が何も言わなかったので周りの部下たちは黙っていたのだろう。彼らの不機嫌なオーラは声に出さずとも分かるほどに、この部屋の空気を悪くしていた。あの団長がいなかったら先に始末されていたのは誰だったか考えるまでもないだろう。
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クエストを受注した小汚い連中が部屋を去ってから数分後、新たな来訪者を告げる音が部屋に鳴る。
コンコンコン
「入れ。」
「失礼します。」
その来訪者とは先程の小汚い連中とは打って変わり、この屋敷にいても何ら遜色のない清潔さと凛々しさを併せ持ったような男であった。この男こそ椅子に座る男の次男『ランド』である。
「これはこれは、泣き虫ランドくん。忙しい俺の邪魔をしに来てくれるなんてホント良く出来た弟だよ。」
嫌味全開からも分かるが、2人の間柄はとても良好とはいえないものだった。
「先ほど門から出ていく連中を見ました。あの傭兵団に何をお願い、いえ、何のクエストを出されたのですか?」
「ふん。街を納める上で不必要なモノはどうすればいい?簡単だ。排除すれば良い。」
「つ、つまりどういうことですか?」
「お前は相変わらず馬鹿だな。分かるように説明してやろう。この俺に金を納められない奴らなど必要ないのだ。ゴミを掃除できるばかりか金まで入ってくるとなれば悩む価値などないだろ。貴様も我が政略を見習うといい。ブフフフフ。」
「そんなの間違ってる。」
「なんだと?」
「そんなの間違ってる!寧ろそれよりも先に改善すべき点は多いはずでしょう!貴方は間違っています、兄上!」
「黙れ!貴様如きが指図するなッ!加えてランド!貴様。此処では領主と呼べと何度言えば分かる!この出来損ないが!出ていけッ!」
「くっ!し、失礼します。ーー絶対に阻止してみせる。」
決意を胸に、兄のいた部屋を出る。自分にできることを探すために、自分にできることを行動に移すために。
「まだか、まだ来ないのか。急がないと間に合わなくなってしまうのにーー。」