金持ち
エルはフォレスのボロ家から出た後、貧困層を抜け富裕層が住むゾーンへと向かっていた。
ここは、貧困層よりもマトモな生活を送っているように感じる。貧困層でもなく富裕層でもない、ここでは簡易的に一般層という位置付けにしておこう。たった1つ道を隔てるだけでこうも生活に差が出てしまうものなのだろうか。
人は生まれながらにして“平等”であると声高らかに演説する者もいるが本当にそうだろうか。俺はつくづく思う。ヒトほど“不平等”を身に纏い、生を受けてこの地に産まれる種族はいないだろう、と。
前述したが、今いる一般層は先程までいた貧困層よりもまだ活気が溢れていた。中には店の前に立ち、歩く人々の注目を集めようと奮起している男や看板娘といった者たちが目に付いた。だが、店に立ち寄って何かを買うような金銭的余裕などある筈もなく我慢して次の目的地へと向かっていた。一般層から富裕層へと変わる境目の関係だろうか。
人が段々と減っていく中、一際目立つ人物がいた。なぜ目立っていたのか。それは近づいた事で一般層とも富裕層ともいえない出で立ちをしており、加えて籠を持ったまま佇んでいたのだ。それが成人や老人ならまだ分かる。しかし、それを行なっていたのが年端もいかぬたった1人の少女なら目立つ事は必然である。そのまま近づいて行くと少女もこちらに気付いたのかトコトコやってきてカゴを差し出してきた。
「おじさん、食べ物ください。家族がお腹を空かせてるの。」
少女が差し出してきた籠の中を見ると何も入っていなかった。
「どうしてこんな所で?」
当然の疑問だろう。人が全然いないところよりも先程までいた所の方が人は多く何かを貰える確率が明らかに高いのだから。エルの言いたい事が分かったのかもしれない。少女はエルが歩いてきた道を指差しながら物静かに答える。
「今まではね、おじさんが歩いてきた所でやってたの。でもね、私は身長も声も小さくて誰も見てくれなかったの。だからね、こっちの方が見てくれるし、ほら、ご飯いっぱいあるあっちの人たちから貰えるかもって思って。えへへ、でもまちがっちゃったかな。」
言葉に出す事で現実に気付いてしまったのかもしれない、答え出した時よりも悲しさが、家族に対する申し訳なさか、自らの非力に対してか、誤魔化すようにしてはにかんだであろうその笑顔は余りにもぎこちないものであった。あぁ、そうか、そうだったのか。この女の子はこんなにも小さいのに家族の事を考えられる優しい子、それに自分で考えることの出来る賢い子、可哀想にと同情することは簡単だった。
そう、同情だけだ。実際の苦しみなんて経験していない者には到底理解出来ない。だが、分かることもある。自分が小さい時、ここまで考えることは出来ただろうか。否、考えるまでもなく答えはノーであるということだ。そしてまさか勇者嫌いな自分が自ら勇者の真似事をする時が来るなんて思ってもみなかった。
「いや、君の選択は正しかった。ほら、どうぞ。」
エルは前の街で料理長からコッソリと貰っていた食べ物の一部を分けてあげる事にした。とは言っても家族に食べさせてあげるにしては頼りないと思うが、そこはいいだろう。食べ物を渡された少女は初め何が起きたか分からず固まっていたが、次第に理解すると目を輝かせてお礼を告げる。
「ありがとね、おじさん!この食べ物大事にするね。」
「どういたしまして。みんなで仲良くお食べ。」
その後も何度もお礼を言ってくれる少女に別れを告げるのと同時に、少女には早く帰るように促した。最後にお礼を述べると少女は一般層のある道へと帰って行った。
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少女と別れた後、貧困層や一般層と富裕層を分けるために存在しているかのような門をノックしクエストの紙を見せることで通過した。中に入ると先程までいた所と同じ街なのかと、門を潜った事で別の街や世界に通じたのではないかと錯覚させるほどの違いが其処にはあった。この富裕層は、街並みだけでなくそこで生活しているであろう人々の雰囲気までもがガラリと違っていた。
お金の掛かっていそうな家や洋服、そして手には宝石をはめ幾人かの騎士を引き連れ我が物顔で歩く様々な年代の者たちが生活していた。ここで少し変化が訪れる。というのも、今、エルの着ている服と富裕層の面々が着ている服とでは明らかに材質や見た目が異なり周りからとても浮いてしまっている。
彼らは汚らわしい、近寄るな、ここから出て行け、と言わんばかりに同じ空気を吸いたくないのか鼻を手で覆い隠す者、クスクスと笑う者、距離を置く者など露骨な態度と共にエルを見るものが次々に増えていった事だ。富裕層の煌びやかである反面、貧しい人々を下に蔑んでいるようなある意味、人の醜い一面を拝むことに繋がったわけだ。
「いやー、それにしても此処は堅っ苦しくてつまんねぇトコだなぁ。」
一般層に比べて嫌なところだった。ボヤいた後、直ぐに声がかかる。
「すまない、そこのボロボロのマントの人。少し待ってくれるか。」
テクテクテク。ピタッ。キョロキョロ。
首を傾げて再びテクテクテク。
「そこの貴方。君だ。此処でマント着てるの貴方しかいないでしょう!」
テクテクテク
「だめだ、すまない。アイツを連れてきてもらってもいいか?」
「はっ!」
エルに対して声を掛けていた謎の少年を守る兵士だろうか。傍に控えていた1人の男は主の命の元、エルの肩に手を置いた。
「おい、貴様。私の主人が何度も呼んでいるだろう。すまないが、来てもらおうか。」
「え、やだ。そもそも誰だよ。」
「あの方は若くしてラグドール伯爵家の長をつとめる『ルイ』様だ。そして私は、ルイ様の騎士をしている『ベンガル』という者だ。」
「そうか。俺の名はエルだ。アイツも長やってのんか。俺もとある所で長をしている。主によろしく。ではな。」
そう言って歩き始めるが再び静止がかかる。
「そ、それは大変失礼な事を!申し訳ありませんでした!ですが、どうか私の主が呼んでいますので一緒に来ていただけませんか?」
「やだって。」
「ささ、そう仰らずに。」
そして無理矢理、引き摺られながらもルイという者の前にまで連れて来られた。
「いてて、何だよ。おい、お前。一体何すんだよ!」
「1つ尋ねたいことがある。だが、ここではなんだ。一度、家に来てもらえるだろうか。もちろん食事は出す。」
「ん?そうか。聞きたいことがあるなら仕方ない。お前の家に行こう。」
ベンガルは思った。コイツ食欲に負けやがったな、と。




