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7話 冒険者のありふれた仕事風景

「つまり冒険者ってのは自由の闘士、いや、自由に使える騎士なのさ!」


 俺の隣を歩きながら熱弁を奮っている青年の名はアラン。

 年齢は17歳くらいだろうか、一行の中でモニカの次に若い。

 ちなみにモニカは表面上は15、16歳と俺の中で設定している。 


「わかるわぁー」


「分からんだろ」


 相槌を打つモニカと突っ込む俺。


 アランの性格は暑苦しく青臭い正義漢だが、剣の腕は確かとのこと。

 かれこれ数時間、俺とモニカに対して冒険者の心得を説いてくれている話好きでもある。


 が、徐々に彼の思い描く”冒険者の理想像“に話はズレていっている。 

 だれか軌道修正してくれ。


「アランそろそろ黙れ、そして周囲を警戒しろ」


 俺の前を歩く人物が助け舟を出した。

 パーティリーダーのダンだ。


 俺がこのパーティーに同行する切っ掛けをくれた熟練者である。

 お喋り青年とは対照的に、30歳過ぎの無愛想な男である。

 アランとダン、この二人はどちらもショートソードと小盾を愛用している。


 軽快な立ち回りは何より重要であると俺に説いてくれた。


 さらにその先を歩く年長の男が司祭のウィリアム。


 刈り込んだヒゲと剃りあげた頭がダンディーな武闘派司祭だ。

 戦闘の際は奇跡に加えてメイスと体術で戦うとのこと。

 

 彼は武神ボルトラの敬虔な教徒であり、

 無論奇跡を行使できる本物の司祭だ。


 ボルトラ教はたしか、

 「試練を乗り越えることで信心を深める」みたいなストイックな奴らだ。

 

 彼らの奇跡は闘いに向いたものが多く、

 冒険者界隈では特に歓迎される司祭とのこと。

 

 俺としては彼と神について有意義な会話をしたい。

 

 が、新米冒険者に手ほどきするという名目で、

 お喋りアランを押し付けられてしまっている。


 なんとも歯がゆい状況だ。


 で、先頭を行く小柄な男が盗賊のジェイ。

 盗賊というのはあくまで冒険者内での役割を示す呼称なわけで、

 本当に窃盗・強盗行為を生業としているわけではない、と俺は思っていた。


 そうだよな? とジェイに尋ねたとき意味深な笑みで返答されたのが不気味だった。


 見た目は俺より少し歳上そうに見えるが、

 もっとも油断ならない雰囲気をまとっている。


 リーダーが先頭を往くものと何となく思っていたが、

 ジェイの危機感知能力をダンは高く買っているが故の隊列だそうだ。


「(そして人は俺たちをこう呼ぶんだぜ? 冒険王、と)」


「(わかるわぁ)」


 小声で冒険者談義に花を咲かせるお気楽二人に若干イライラする俺であった。


 リーダーのダン、剣士のアラン、司祭のウィリアム、盗賊のジェイ。


 それに魔術師の俺とモニカを加えた6名が、

 ゴブリン駆除に乗り出したメンバーである。

 

 ダンが集めてきたメンバーは既に顔馴染みで連帯感を感じさせる。


 一応、俺とモニカは”見習い魔術師“という扱いになっている。

 よくもまぁ、素人丸出しの学生を二人も同行させたなと言われそうなものだが、

 それくらい魔術を使える人間は重宝されるということだ。


 さて、ここは学院のあった街――マガード――から北へ徒歩三日ほど移動した村の、

 さらに山奥へ進んだ地点である。

 

 早朝に村を出たので、そろそろ半日くらい歩いただろうか。

 

 と、先頭を往くジェイが足を止めた。

 続いて皆足を止め、気配を潜める。

 

 ジェイが何かの気配を察知したのは明白であり、

 パーティ全体に緊張が走る。


 ダンがジェイの隣に近づき、なにやら身振りだけで伝えている。

 そして今までとは明らかに違う方角へ進路を変えた。

 

 意味がわからない、という俺の表情を読んでアランが耳打ちした。


「多分ゴブリンの痕跡を見つけたんだ。 風下に回り込んで近づくのさ」


 果たしてアランの言葉通り、

 それからゴブリンたちの住処を発見するのに時間はかからなかった。

 

 少し開けた盆地には粗末な家屋の群れがある。

 そして、それらを行き来するゴブリンたちの姿がある。


 人間でいうなら十歳くらいの背丈で、体格は痩せている。

 手に握っているのは……ここからはよく見えないが原始的な刃物や鈍器だろう。


 書物で読んだ通りの、正しくゴブリンだった。


「ほぅアレがゴブリン…」


「へぇアレがゴブリン…」


 物珍しそうに初めてのゴブリンを観察する俺とモニカ。

 そしてそれを不安そうに見る他の面々。



 また盆地を囲む岩肌の一箇所に坑道めいた穴が見える。

 そこからもゴブリンたちが出入りしている。


 俺たちは50メートルほど離れた木陰から観察する。

 見える限りで集落のゴブリンは10匹いないくらいだ。

 

 家屋のなかにいるものや、

 集落を離れている数を考慮すると30匹くらいだろうか。


 しかしダンの認識は違った。


「30匹はいるだろうな、コボルドも合わせると40匹は見たほうがいい。

 もしかしたらホブゴブリンもいるかもな。

 

 奴らの最初の住処は坑道の中だろう、

 あと小屋の配置から見て穴の中は広くはない筈だ」


「なんで分かるんじゃ?」


 俺の疑問をモニカが代弁した。


「見ろ、坑道から離れるにつれて小屋が少なくなってる……そういうことだ」


 なるほど、と俺とモニカは声を重ねた。 

 

 穴が手狭になったのから、

 徐々に生活域を広げていったということか。

 

 ってコボルド?

 ダンの言葉を思い出し再度目を凝らす俺。

 言われてみればゴブリンより背丈の低い姿がある。


 それともう一つ気がついたことがある。

 粗末な小屋に括り付けられた、これまた粗末なオブジェが見えた。


 動物の骨を草花で括ったような、泥臭い装飾品だ。

 いかにもシャーマニズムを想起させる。


「気づいたか? あれは間違いなくゴブリンシャーマンのお手製だ」


 俺と目を合わせたダンが頷いた。

 ここまでの行軍と、

 これから行われるであろう陰惨な仕事が報われることに、

 俺は些かの安堵を覚えた。

  

 ダンの立案した作戦はこうだ。

 まず最も機敏なジェイが風上で騒ぎを起こす。

 

 ある程度のゴブリンたちがジェイを追ったら、

 次は二手に別れた俺たちが二方向から集落を叩く。


 最後にジェイに加勢し、その追っ手を倒す。

 

 組み分けはダン、俺、モニカ。

 ウィリアムズとアランだ。


「ガキども聞け。

 お前らはともかく、俺が集めたこの連中ならまず失敗しないだろう。

 だが想定外のことがあるかもしれん。

 万が一死ぬと思ったら逃げろよ、なりふり構うな」


 無愛想な顔で俺とモニカに告げるダン。

 だがなんとなく俺は直感した。


 この人は同僚の死を少なからず見てきたのだなと。


 俺が首肯したのを確認すると、作戦は準備段階に移る。


「ジェイの合図と同時に開始だ。 さっさと終わらせて帰るぞ」


 ごくり、と喉が鳴る。

 緊張で足が震えてきた。


 その隣でモニカは目を爛々と輝かせている。

 まるで遊びを我慢する子供のように。


 

 …

 ……

 …………



「行くぞ!」 


 風上から何かの破裂音が響き、鳥たちが慌ただしく飛び立つ。

 残響の中、ゴブリンたちがわらわらと小屋から這い出してくる。


 やがて風上の一角から立ち上る煙に奴らは気が付いた。

 ぎゃあぎゃあと喚き散らしながら森へ分け入って行く。


 その一団が住処を離れたのを見計らい、俺たちは行動を開始した。


 ダンが先陣を切り、俺とモニカを誘導する。

 早鐘を打っていた動悸は走り出してから聞こえなくなった。


 歯の根だけが、ずっとカチカチ鳴っている。

 緊張しすぎて頭が回らず、半ば自棄になっている俺だ。


 並走するモニカは心なしか楽しそうに見える。

 ……さすが邪神は度胸が違う。


 少し離れた場所でけたたましい鳴き声が聞こえた。

 どうやらアランとウィリアムは交戦状態に入ったようだ。

 

 ダンと俺とモニカ。

 俺たちは小屋を遮蔽物とし、3匹のゴブリンの死角へ回り込んだ。


 3匹のゴブリンは先程の同族の狂騒に気を取られ、

 接近する俺たちにまだ気がついていない。

 

 というか、ダンの足がべらぼうに早い。

 

 俺たち魔術師組より遥かに着込んでいるくせに、

 比較にならない速度で敵との距離を詰めてしまう。


 不幸なゴブリンたちがようやく俺たちに気がついた時、

 既にダンの剣が急所目掛けて振り下ろされていた。

 

 その斬撃をまともに受け、ゴブリンの一匹は瀕死状態だ。

 うつ伏せに倒れてもがいているが、再び起き上がることは難しいだろう。

 素人目に分かるほど鮮やかな一撃だった。


 残る2匹のゴブリンを剣先で威嚇しながらダンが横目でこちらを確認した。

 俺たち魔術師の射程距離を確認したのだ。

 魔術師組からゴブリンへは距離にして10メートルほど。

 

 次の瞬間にはダンは蹴りでもってゴブリンの1匹を大きくよろめかせた。


「やれっ!」


「“貫け”!」


 ダンの合図を待つまでもなく、モニカはその杖を構えている。

 そして躊躇なく“合言葉”を発した。


 発動命令を受け、付与魔術はその術式を正確に実行する。

 付呪された呪文を限定的に解放する。

 そして解放された呪文が発揮された。


 杖の先端に拳大の光が灯り、光は正しく“矢”の形をとって飛翔する。

 残念ながら速度は光ではなく矢であるが、これを避けるのは容易ではない。

 

 光の矢はダンが蹴ったゴブリンの胸に瞬く間に突き立ち、

 同時に絶命せしめたのである。


「当たった! 当たった! 見たかエル!」


「や、やるじゃん」


 心底嬉しそうに笑うモニカ。


(俺が思い描いた地味娘はゴブリンに矢をぶち込んでキャッキャしないんだけどなぁ)


 先んじて魔物殺しとなったモニカを引き気味に賞賛する。


 ゴブリンの顛末を見届け、ダンは組み合っていた一匹をあっさり斬り捨てた。

 俺たちがダンに追いついたのと、さらなるゴブリンが近づいてきたのはほとんど同時だった。


 ここからが本番というわけだ。

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