表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

6章 姫様、はじめまして

放課後、なんとかしてアリシアと別行動をとって帰れないかと画策してみたがやっぱり無駄だった。気がついたら隣を歩いているし、気がついたらいつもは使わない電車に乗っていた。

「一応ね、事情聴取をほら、受けとかないといけませんよ」

完全に忘れていた。

そういえば、昨日は警察署内のけっこう重大な事件現場からさっさと帰ってきてしまったんだった。詳しいことは覚えていないが、ものすごくだるくてアリシアに帰らせてもらったのだ。

「これから警察いくのかぁ……」

何か悪いことをしたつもりはないが、なぜかどきどきする。というか、多少は悪いことをしてしまっているような気がしないでもないから、緊張する。藤崎と組み合ったのはやむを得なかったとして、落下した拍子にパトカーを潰した。

やっちまってそうな悪いことを頭のなかに思い浮かべていると、アリシアが楽しそうな声で笑った。

「大丈夫ですって。悪いことなんてしてませんよ。ていうか……まあ行けばわかります」

「なんだよ」

「行けばわかります」

昨日飛んで移動したのよりもずっと長い時間をかけて電車で移動し、駅からさらに十分くらい歩いたところにある警察署に到着すると、正面から入ってすぐのところにある受付にちょっと信じられない人が立っていて、にこやかに俺へ手を振った。

「やぁ、昨日の子だね」

「ははは、なるほどな。ふざけんなよ」

鷹宮だ。昨日ナイフで腹を刺されて大量の血を流していた鷹宮が、何事もなかったかのようにそこにいた。

なんというか、慣れてしまったというか、察せられるようになったというか、警察署へ足を踏み入れて鷹宮を見た瞬間に、あぁ、そういうパターンか……みたいな謎の納得があった。アリシアが電車で言っていた"行けばわかる"というのは、こういうことだったのだ。

つまり、鷹宮もどちらかといえば普通の人間じゃないらしい、ということだ。鷹宮はたしかに死にかけていたのだから。今日こんなところにいていいはずがないし、普通の人間、普通の警察官なら、アリシアに深く頭を下げてお辞儀をしたりしないはずだ。

「姫様。昨晩は本当に、なんと感謝を述べれば良いやら……」

「いいんですよ、気にしないで」

アリシアのこと姫様って言ってる。

よし、説明が欲しい。昨日会議室に入った時点では、鷹宮はアリシアのことをなんとも思っていなかったはずだ。どうなっているのかの説明が必要だ。

「じゃあちょっと場所を移しましょう」

俺の要望に応えたアリシアが鷹宮を見ると、鷹宮は完全に言いなりみたいにすんなりと頷いて先導するように歩きはじめた。なんなんだ、一体。

「びっくりしました?」

鷹宮のあとをついていきながら、アリシアが俺の腕に抱きついてくる。

「あぁ?……あぁ、まあたしかに」

びっくりしたというか、意味がわからない。魔族絡みで変な新事実を明かす時は、しっかりとした前振りと順序みたいなものを気にしてみてほしい。何かにつけていきなり明かされるものだから、びっくりというか戸惑いが大きい。

鷹宮に連れられてやってきたのは、三階にある会議室。もちろん昨日とは違う部屋だ。エレベーターできた。

「ええっと、それじゃあ……」

会議室に入ってすぐにアリシアが話をはじめようとするので、俺はそれを遮ってまず質問をすることにした。

「この人は何者だ」

アリシアの説明から入ると訳が分からなくなりそうだから、まず気になるポイントを先に押さえておきたい。きっと俺の頭のなかを覗いてそこまで理解したんだろうアリシアがにっこり笑って鷹宮に手のひらを向けた。

「この人は魔族です」

ほらみろ。やっぱりだ。普通の人間が、昨日あんな怪我をして今日こんな元気なはずがない。

「こっちの世界で仕事をしてるタイプの魔族ですね。言ってませんっけ」

「聞いてない」

「そういうのもちまちまいるんですよ」

まあ、俺の父親だって魔族なのに人間の世界で暮らしているし、魔界とこちら側の境界なんて意外と曖昧なのかもしれない。完全に理解できたかは置いておいて、ひとまずそういうものとして話を進めてしまおう。

今度は鷹宮に目を向けて、ちょっと気になることを聞いてみた。

「こいつが魔界のやつだって、いつから気づいてたんですか?昨日最初に会ったときは分かってなかったですよね?」

あの会議室で初めて会ったとき、鷹宮はアリシアを見て誰だこいつみたいな顔をしたので、最初から分かっていたとは思えない。アリシアのことだから、どこかのタイミングでテレパシーか何かを使ったとも考えられるが。

「ああ、それは君が窓から落ちたときだね」

鷹宮がアリシアに椅子を勧めながら答える。

「君が窓から落ちた瞬間にね、それまで全く感じなかった魔力が姫様から放出されたんだ」

「魔力?」

「いや、さすが姫様。こういう仕事をしてると、魔力を嗅ぎとるのは他の魔族より得意なんだけど、あの瞬間まで全く気づかなかった」

魔力とは。またよく分からない概念がでてきた。

「魔力って、その名の通り魔力ですよ。魔族のエネルギー」

椅子に座ったアリシアが、分かっていない俺に向かって答える。

「私たちはもともと持ってる魔力を使って色々するんです。空を飛んだり、テレパシーとか超能力とか」

すると、俺がどれほど何も分かっていないのか察したらしい鷹宮が、アリシアの後を引き取って説明をしてくれた。

「俺たち魔族は、魔力を使って人間にはできないことをする。ここまでは分かるね?」

「まあ、なんとなく」

「使うと魔力は減る。ただ、休息をとれば戻る。そのへんは人間と変わらない。疲れてヘトヘトになっても休めばわりと元気になるだろ?」

だいたい分かってきたような、分からないような。つまり、魔力って人間にとっての何だろう。食事をして得られるエネルギーや、睡眠で回復する疲労感みたいな、なんというか、ざっくり気力みたいなものだろうか。

「そして、魔族ひとりに対しての魔力の器というのは決まっている。使っても補充できるけど、ため込める入れ物が決まっている。そしてそれは鍛えることができない」

「……はぁ、なるほど」

「魔族の能力は、そのまま魔力の大きさに比例するから、生まれ持った魔力の器が大きければ大きいほど、その魔族はすごいというわけだな」

「はい、わかりますよ」

なんだか話が脱線している気がする。なぜか鷹宮のテンションがちょっと上がってきた。

「そしてだ。ここにいる姫様は魔界の偉大なる王家のお方。魔界の王族というのは、その魔力を溜め込む器がなんと無限だ!だからこそ王族は偉大!絶対的な強者がこのアリシア様なのだ!どうだ!素晴らしいだろう!」

あ、いつのまにかアリシアがすごいみたいな話になってた。魔族ってやべえ。真面目な警察官だと思ったのに。

アリシアを見ると、なんと苦笑いしている。アリシア本人ですらちょっと引いているではないか。

「なんつう模範的な魔族ですか。ええ、あの、あなたのような民がいてくれて嬉しいですけど、こっちの世界でそのテンションは別に大丈夫ですよ、へへ……」

「何をおっしゃいますか!姫様は我ら魔族の誇りです!魔界に生まれて姫様を敬愛しない者などおりません!」

苦笑いのまま、アリシアが俺を見る。人からぐいぐい来られて困ってるアリシアなんて珍しくて面白い。

「魔族がみんなこうってわけじゃないですからね」

頭のなかに、そんなアリシアの声が響いてきた。

「ちょっとこの人、王族への愛が強すぎるタイプみたいです。公務員だからかな、ははは……」

さすがのアリシアも、そんなことは声に出して言わないという程度の気は使えるらしい。



親戚一同に自慢するという鷹宮の記念撮影に付き合ってから、アリシアが咳払いをして一回手を叩いた。ここから場面を変えます、というアピールだろうか。

「はい。それじゃあ本題です!」

顔が赤い。照れていやがる。アリシアはシンプルに崇められるのに弱いんだろうか。こんどアリシア様とか呼んでみようか。

「さてさて、琥珀は魔族がこっちの世界にいることに対して疑問を持ってるはずですね」

きっと俺の頭のなかを読んでるはずのアリシアが俺に向けて手を振りながら話しはじめる。なにかを遮るようなしぐさだ。これは効いている。アリシア様はこういうのに弱い。

「この人は、こっちに暮らして、こっちで警察官をしています」

アリシア様の顔が真っ赤でめっちゃ面白い。

「でも、魔界には魔界の警察がちゃんとあるんですが……」

そう言いながら赤い顔で俯いたアリシア様が、頭をかきながらうんうん唸りはじめた。

「お、どうしたどうした」

アリシア様は気分が優れないんだろうか。

「……もうやめてぇ」

小さな声でアリシア様が何か言っている。よく聞き取れなかった。

「ん?なんて?」

「やめろってんですよぉ、その感じやめてくださいよぉ」

真っ赤な顔で涙をためながら、アリシア様が俺に懇願してくる。超面白い。

ものすごく面白いが、鷹宮から何かやばいオーラが出ているような気がするので、この辺でやめておこう。魔力って殺気のことなんだろうか。

「悪かったって、それで何の話だっけ?」

アリシアをからかうのは邪魔が入らない時にしよう。

すると、ひとつ咳払いをしたアリシアが軽く頭を振ってまた話しはじめた。

「魔界警察の仕事についてです」

「魔界警察?」

あれ、そんな話してたか?

なんだ魔界警察って。

「はい」

アリシアが普通に頷いて、鷹宮も何も不思議なことなんてないみたいな顔をしている。

たしかに、魔界にも文化や生活があって、王家をはじめとして社会が成り立っているのなら、きっと法律もあるんだろう。であれば、警察があるのも不思議ではないが、なんというか……。

「ほんとにそんな名前でいいの?」

「このショボい名前でかれこれ二千年やってます。私がそのうち変えさせます。ね、分かりますよダセぇですよね。バラエティ番組のコーナーみたい」

アリシアが一息に言いきる。たしかにダサい。ダサいが、まあ仕方ないのではないだろうか。人間の世界の警察だって、だいたい地名に警察ってつけてるだけだ。なんとか県警とか。そう思えば普通のはずなのに、魔界警察っていう響きが絶妙にダサい。

「でですね、魔界警察っていうのは、その名の通り魔界の警察なんですけど。魔界警察の仕事っていうのがですね、単純に魔界の警察業務ってだけじゃなくて、魔界と人間界の警察の協力とかもですね、魔界警察とこっちの警察で一緒に捜査したりとかですね」

いま、俺は一生分の魔界と警察という単語を聞いている。

「入ってこない入ってこない。放課後にこれは入ってこないよ。ごめんな、なんか聞き流しちゃうわ」

魔界警察が、人間界の警察と協力?みたいなことをしてるとかしてないとか?そんなような話をしてるんだという話をされてる気がするが、いまいちよく分からない。

「つまりどういうことなんだ?」

「つまりですねぇ」

アリシアが軽く咳払いをして、鷹宮を指差す。

「この人、この人はこう見えて意外とエリートなんです」

「エリート?」

「そうなんです」

警官の階級とかはよく分からないが、エリートというからには、それなりの地位にいるんだろうか。まだ若いし、鷹宮の年齢でこの階級は滅多にいない、とかそういう指標があるのかもしれない。アリシアにエリートと呼ばれて、信じられないくらいだらしない顔で喜ぶ姿からは想像もできないが。

「魔界警察は、人間の警察と捜査協力をしています。こっち側にやってきた魔界の悪人をとっ捕まえるためにね」

「ほう」

「で、こっち側の警察に所属して魔界の犯罪者を取り締まる部署っていうのが、魔界警察でもかなり倍率の高いエリート集団なんですよ」

「へぇ」

なるほど。つまりどういうことかというと、人間界に魔界から犯罪者がやってきてるっていう、けっこうな衝撃の事実があっさりと明かされたってことだ。こっちにやってくる魔界の悪人を取り締まるために、魔界警察のエリートがこっちの警察に混じって捜査していると。

ふと、ちょっとした疑問が頭をよぎった。

まさかアリシアがこっちの世界に社会勉強しにきた理由っていうのは……。

「まあ、多少はそういうとこもあります」

「おいおい……」

やはりだ。アリシアは、魔界からこっちに逃げてきた犯罪者を捕まえる気だ。社会勉強とか言って、犯罪者絡みのトラブルに俺を巻き込む気だ。

「いやいや、それが全部じゃないです。余裕があればね?気が向いたらですよ。魔界の警察って優秀ですから。この人みたいに」

「なんとありがたいお言葉でしょう」

魔界警察のエリートが人間の警察に混じっているのは分かった。それを俺みたいな一般市民が今日まで知らなかったということは、きっと秘密なんだろう。上層部ではどういう扱いなのか知らないが、まあそんなことは関係ない。そういう面倒な話は置いておいて、ひとまずはっきりさせておかなければならないことがある。

「昨日のあれも、魔界の犯罪者がどうのこうのって話?」

藤崎のことだ。アリシアが急に食いついて俺をここまで連れてきたのもそうだし、あの場に鷹宮がいて、事情聴取的なことをしていたのもそうだ。藤崎は店長の兄だから恐らくこっちの人間だとして、関係者が魔界の犯罪者ということだろうか。

「さすが私の琥珀は察しが良くてほんと素敵ですね」

何か言おうとした鷹宮を無視して、アリシアが頷く。

「昨日の藤崎って人、あの人は普通の人ですけど、あの人と一緒に悪いことしてるのが魔界の犯罪者です。向こうでは盗み程度のチンケな犯罪しかしてませんでしたけど、こっちに来てからは魔族の力でやりたい放題ですよ」

アリシアがすらすらと藤崎の後ろにいる魔族について解説すると、鷹宮がため息をついた。

「さすが姫様、私のような凡愚が一年かけてようやく尻尾をつかんだ犯罪者の素性をあの一瞬で……」

それはそれでどうなんだろう。エリートなのに。それともやはりアリシアがおかしいんだろうか。

「仕方ないですよ。犯罪者とはいえ人間の警察は強引に捕まえられないですからね」

鷹宮をフォローするようにアリシアが笑う。人間の警察はたしかにそうだが、こいつは藤崎を一方的に半殺しにしている。

「正当防衛です」

「過剰だ」

帰り際、藤崎はほとんど意識がなかったように見えた。彼自身も犯罪者とはいえ、少しやりすぎではないだろうか。

すると、アリシアが軽く首を振って俺の手に触れる。

「琥珀が怪我をしたんです。私の琥珀が怪我をしたんですよ。それがいかに重大な罪なのか、藤崎の向こうにいる馬鹿なコソ泥に分からせてあげたんです」

「とはいえなぁ……」

「まあ、すぐに解決しますよ」

触れていた手をするすると腕に伸ばして、抱きつくようにアリシアが微笑む。なにか考えがあるんだろうか。

「言ったでしょう?分からせてあげたんです。相手は藤崎のことを監視してますからね、私が出てきた以上、この世界で生きていくことは許しません。鷹宮さん?」

アリシアに名前を呼ばれて、鷹宮が背筋を伸ばして応える。召使いか、この人は。

「ターゲットはここにいます。これから捕まえに行くので、魔界警察としてついてきてください」

制服の胸ポケットからメモ紙を取り出し、鷹宮に渡す。それを両手で受け取った鷹宮は、しかしどこか曇った表情をしているようだ。

「恐れながら、姫様。まだ確固たる証拠がない状態でして……」

そう呟く鷹宮に手を振って、アリシアが俺の腕から離れる。それから、右手を鷹宮の額にかざした。

その瞬間、鷹宮の顔が一気に青ざめて、そのままその場で膝をついた。どういうわけか、俺も背筋が凍るような寒さを感じて、少し足が萎えそうになる。

「この私が罪人を捕えると言っている。分かりますね?」

いつものアリシアだ。声も話し方もいつものアリシアなのに、どこか違う。

逆らったら殺される。

「……申し訳ございません。どうかお許しください」

床に両手をついて、鷹宮が頭を下げる。俺は俺で、その場にへたり込んでしまわないように、椅子に座ったまま足を踏ん張るのに必死だった。

「王族が全ての罪を承知の上で罪人を捕らえます。この場合、あなたの仕事はなんですか?」

「罪人を速やかに魔界へ送還し、然るべき機関へ送致することです」

「期待していますよ」

アリシアがそう言って微笑んだ瞬間、ふっと空気が和らいだ。

頭を下げたまま、初めて呼吸をするかのように鷹宮が大きく息を吐き出して、また吸い込んだ。俺も椅子に座りなおし、震えている手をアリシアに触れられないようにポケットへ押し込む。

これが王族というやつだろうか。無限の魔力で民を従える王というのは、たった一言でその場の全てを支配できるらしい。鷹宮だってエリートらしいのに、アリシアのような小娘ひとりにあっさり膝をついた。

「行きましょう、琥珀」

いつも通りの表情で、アリシアが俺を会議室の外へ連れ出す。部屋を後にするとき、まだ膝をついたままの鷹宮へ振り返り、アリシアは優しく微笑んだ。

「鷹宮さんの一族は優秀と聞いています。私がついているんですから、すべてうまくいきますよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ