第3刑 繰り返す悪夢――partC
色々なことが消化不良に終わった。
結局、犯人・林新太の動機は孫を理不尽な事故で奪われた腹癒せに、身の回りの家族の幸せを奪おうとした。要するに八つ当たりという結論に至った。
5年前に起きた事件と酷似していたが、そちらの犯人と林との関係性は見当たらず、偶然似通った事件が発生したのだと、乃述加は結論付けた。
犯人が死亡した以上、もう執行部が出張る必要はない。あとは事後報告を待つばかりである。
翌日。切れていた洗剤やティッシュペーパーなどの消耗品を買いに、ドラッグストアーへ向かう晶。彼らの心のもやもやを反映するかのように、朝から雨が降り続いていた。何もこんな日に出かけなくてもと初めは思ったが、このところ忙しかったせいで、まともに買い物もできていなかった。乃述加と利里は『E.S.B.』ではそれなりの地位にいるので、調査部や連絡部とのやりとりがまだ少し残っている。晶に雑用が回ってくるのは必然だった。
住宅街から商店街へ向かう途中の橋の上。晶はそこに見知った顔がいるのに気付いた。吉川杏樹だ。何かあったのか、思いつめたような表情で増水した川の流れを眺めている。あまりにも深刻な顔つきなため、話しかけるのが躊躇われたが、このまま無視するのも気分が悪い。彼女の元まで移動し、恐る恐る声をかけた。
「杏樹さん。どうかしましたか?」
「!?」
いきなり声をかけられて、杏樹の方も面食らっていた。だがすぐに態度を取り繕い、
「考え事。私はどうして、今ここにいるのかなって」
随分と抽象的な考え事だ。それは今この場にいる原因を知りたいのか、生きている意味そのものを問いたいのか。この無理して作ったような笑顔を見るに後者だろう。
ひとまず、雨に濡れっぱなしの彼女を雨傘の中に入れてあげる。このままでは風邪をひいてしまう。
「杏樹さん。雨に打たれ続けるのはあまりよくありませんよ――? どこかで雨宿りでもしません?」
「どうして――――――?」
息を飲むような呟きを耳にし、晶は杏樹の方を向く。彼女は泣いていた。雨のせいではない。傘に入っているのだから、目じりから絶え間なく液体が流れ落ちるわけがない。黒光りする涙が、雨で汚れた頬を洗っていく。
晶はどんな表情をすればいいのか分からなかった。彼はこの時初めて、「自分は他人の痛みに鈍感なのではないか」ということを自覚した。父の葬儀ですら泣かなかった。小学校の卒業式の日、数人だが感極まって泣いてしまっている子がいた。その理由が理解できなかった。もしかしなくても、自分は冷たい人間だ。
そう、自分を情けなく思ったばかりなのに。
「どうしてあなたは、そんなに優しいの――?」
杏樹は冷たい晶を否定した。褒められたはずなのに、良いように捉えられたはずなのに、晶の胸は弾丸で貫かれたように、痛み、温かいものが内側から流出していく。
「僕は、そんな……」
返す言葉が見当たらない。顔も上手く作れない。
どうすればいいのか分からなくなり、錯乱したように杏樹の腕を掴んだ。
「え……、え?」
困惑する彼女をそのまま引っ張る。
「あなた、どこへ行くつもり?」
そんなの晶にも分からない。
ただ曇天と雨粒を眺めながら、見える道を進んでいく。
「とりあえず、雨のない場所に行きましょう」
空から降ってくる何かが、身体に痛くて仕方なかった。
プロフィール
邪庭乃述加
・12月19日生まれ 29歳
・身長 156cm 体重 41kg
・血液型 A型
・趣味 野良猫と遊ぶ
・好きな食べ物 ナポリタン 嫌いな食べ物 特になし
・よく見るTV番組 動物系のバラエティー
日本・対《罪人》研究迎撃機構・執行部々長。童顔で中学生くらいの風貌だが、銀髪で全身にシルバーアクセサリーをつけていて、近寄りがたい空気もある。性格は温厚で人当りも良く、身の回りの人物からは慕われている。
一方、ヘビースモーカーであるが、購入時には毎回免許証を見せるよう言われている。
高校時代、海外留学で一ヶ月ほどフランスに住んでいた。
データファイル
ポーキュパイン・ディシナ
・身長 211cm 体重109kg
・《嫉妬》の眷属
林新太が変化する、ヤマアラシ型の《罪人》。事故で孫を喪った傷心と、幸せそうな家族への嫉妬心から罪に堕ちた。無数の針が生えた蓑を纏い、その針を飛ばすことで攻撃する。
次回「独りぼっちの女王蜂」




