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処刑人の殺し方  作者: 間堂実理果
《臣公》編
46/47

第23刑 ロード――part1

 事件の翌日。登校しようと準備をしていた乃述加(ののか)を、シルヴェールは制止した。

「やめておけ。まだ外は物騒だ。出歩かない方がいい」

「ですが、登校しないという訳にもいきませんわ」

「そういうところが、日本人の悪いところだ。危険を伴わなければ全うできないことなど、するべきではない」

「こちらと日本、どちらの学校にも迷惑がかかりますわ。せっかくお金を出して、あたくしを留学させてくださっているのに……」

「怪我をしたり、死んだりすれば、もっと迷惑がかかる。何より、俺が悲しむ」

「シルヴェール……」

 乃述加は彼の言いつけを守り、その日は登校を諦めた。

 その日。町は静寂に包まれていた。闊歩しているのは警察官ばかり。女性の心臓だけをくり抜くという、不可思議な殺人を犯した犯人を捜していた。警察が知りたいのは、まず犯人像。男性なのか女性なのか。歳はどのくらい? 背格好は? 聞き込みをしようと、辺りの家々を尋ねるが、誰も出てくれない。皆、自分が襲われることを恐れているのだ。迂闊に扉を開いてしまって、殺人犯がそこに立っているなんてことがあってはならない。それを防ぐためには、誰にも会わないことが一番であった。だがこのままでは、捜査は進展しない。また、警察が知りたいのは犯行の方法だ。どうすれば胸に綺麗な穴を空け、心臓をくり抜けるのか。そんなことに利用できる道具など、聞いたことがない。

「くそォ! 町全体が疑心暗鬼になっていやがる。これじゃどうにもこうにも進められねぇ!」

 噴水広場で吠える警部。そこへ若い警官が小走りでやって来た。

「警部。もう一度害者の交友関係から洗ってみますか?」

「無駄だ。あの子は留学生、こっちにそれ程深い関わりのある人間はいない。大学の方はすっかり調べたし、これ以上何を聞こうっていうんだ」

「だったら、警部はこの事件が通り魔的犯行だとでも言うんですか!?」

「そうだ」

「あんな複雑な殺し方を、気分で行うと!?」

「そうだと言っているだろう。再度目撃情報がないかあたれ」

 叱責され、再び民家に聞き込みに行こうとする若手刑事。だがその時、背後から「うぎゃあああああ!!」と、野太い悲鳴が聞こえた。

 恐る恐る振り返ると、そこには胸に風穴を空け、心臓をくり抜かれた警部の遺体が転がっていた。

「う、う、う、うわあああああああああああああ!!!!!!!!!」

 今すぐ逃げ出したいが、腰が抜けてその場から動くことができない。

 若手刑事は涙目で辺りを見渡した。どこだ、どこにいる。だが見つけてどうする? あんな一瞬で警部の心臓をくり抜いた犯人を見つけて、どうする?

「いい顔だ」

 どこかからか声が聞こえた。前には警部の遺体だけ。左右を確認するが、数羽の鳩が歩いているだけだ。それでは後ろ? しかし振り返っても誰もいない。

「どこを見ている」

 再び声がする。まさか、と刑事は息を飲んだ。前後左右は全て確認した。それではもう、あと一か所しかないではないか。

 ぎしぎしと、壊れたからくりのように音を立てながら、首を上に向ける。

 そこには、細長い嘴を持つ、羽の生えた男が浮いていた。

「ああ、あっ、あぁぁ」

 言葉が出ない。常識を逸脱している。殺人事件の犯人が、人ですらなかったなんて!!

 そう、人ではない。それではこいつは何だ?

「もう一度言う、いい顔だ。僕は君のように、絶望に満ちた顔をする人間が大好きなんだ。母もそうだった。50を過ぎて不倫して、父を殺し、僕にも手をかけようとした。だが僕はこの力で母を返り討ちにした! あの時の母と不倫相手の絶望し、恐怖する顔! 以来僕は、人間にそんな顔をさせることが生きがいになったんだ」

 鳥男は、ゆっくり刑事に歩み寄る。

「大丈夫。一瞬で終わるからね」

 刑事の頭を両手で抱え、身体ごと持ち上げる鳥男。長い嘴を彼の胸に当てる。

 そうか、と刑事は理解した。留学生や警部は、心臓をくり抜かれたのではない。まるまる貫かれ、破裂させられたのだ。

 気付いた時にはもう遅かった。

 ぱぁぁん!


 鳥男――ペッカー・ディシナは、刑事らの遺体を広場に放置し、飛び立とうとした。

 しかしそこへ、

「ダメじゃない、カロン。死体の始末はきちんとやらなくちゃ。あんまり調子に乗っていると、足元掬われるわよォ」

「ミレディか。君こそ最近調子に乗りすぎじゃないかい? いくら《臣公》のお気に入りだからと言って、好き放題していると、いつか痛い目見るよ」

 拍手をしながら現れたのは、大胆に肩と胸元を露出させた女。髪と同じく真っ赤なカットソーが、白い肌に生える。

 ミレディ=サンフロントは、ペッカー・ディシナのすぐ隣まで移動すると、彼の羽に指を這わせた。

「この羽、固すぎるわぁ。布団には向かない」

「お前の布団になる気はない」

「もちろん、あたしだってあなたに抱かれる気はないわ。それともあなたは、布団の意味を履き違えた愚か者?」

「どういう意味だい」

「だってぇ今ここであなたは、鳥肉と羽毛にバラされるんですもの」

 刹那。ミレディは肘から先だけを《罪人》化させ、ペッカー・ディシナを前後から爪で引き裂いた。悲鳴はなかった。あまりにも一瞬の出来事で、彼は己が崇拝していた絶望の表情を、自分で浮かべることなく絶命したのだ。

「あんまり派手に動く子はァ、上司から嫌われるゾ」

 ペッカー・ディシナ――カロンは、そのまま塵芥と化して消えた。


 計画の邪魔者を消したミレディは、ある人物に電話をかける。

「こちらミレディ=サンフロント。準備は整ったわ」

『ご苦労。早速明朝、実行に移す』

「了解~。でも本当に、この町にロードがいるの?」

『間違いない。あの人と同じ霊力が、その地から感じられる。あぶり出すぞ』

「怖~い。あんまり乱暴な男は嫌われるわよォ」

『だが、お前は嫌わないだろう?』

「分かってるわね、グランド様。チュッ」

 キスの擬音を出すや否や、電話を切られた。連れない相手だ。

「さて、いつまでも家に籠っていなさい。全員纏めて消し炭にしてあげるから」


        × × ×


 その晩。乃述加はシルヴェールの部屋を訪ねていた。

「どうした。もう消灯時間だぞ」

 彼女は扉を閉め、鍵をかけると、シルヴェールの胸に抱きついた。

「大学から連絡が来ましたの。明日、すぐに帰国するようにって」

 当然のことだった。留学生が1人、何者かに殺害されたのだ。留学自体が中止にならないはずがない。

「金輪際、あなたと離れ離れになるかもしれないと思うと、怖いんです」

「だがそれが正しいのかもしれない。この地での生活は、君にとって忌まわしい記憶になってしまった」

「そんなことない! あなたがいてくれるだけで、ここでの想い出は、あたくしにとってかけがえのないものになりましたわ!」

 乃述加は寝間着のボタンを外していく。何にも覆われていない、小振りな乳房が露わになった。

「抱いてください」

 率直に告げる。

「あたくしは、あなたが好きです。想いも、操も、全てあなたに捧げたい」

「乃述加、駄目だ。もっと自分を大切に――」

「あたくしにとって、自分の身体よりも、あなたへの想いの方がずっとずっと、大切なんです」

 涙目で懇願する彼女に、シルヴェールは折れた。乃述加の小さな肩に腕を回す。

「今日が永遠に続けばいいのに……」

「あたくしもそう思います。このまま時間が制止すればいい、なんて……」

 そんなことを口にしてしまったからだろうか。

 この時を最後に、乃述加の時間は動かなくなってしまった。


 窓の外から侵入してきた明かりに顔を照らされ、乃述加は目を覚ました。一糸纏わぬ姿で、シルヴェールと同じベッドに寝ている。お腹の奥には、まだ彼の温もりが残っていた。

 しかし、どうにも熱い。そして気付いた。外が明るいのは、日が出てきたせいではない。どこかからか、火の手が上がっている。慌てて上着を羽織りながら、窓から覗くと、町が火に包まれているのが見えた。

「シルヴェール!! 火事です、逃げましょう!」

 乃述加に揺さぶられ、シルヴェールは目を覚ます。

「まずいな、これは。消防は何をやっている!」

 彼は急速に寮生たちを集めると、町外れにある教会まで避難するよう指示した。そこならば多くの人が入るはずだし、木を多く使っている寮に比べれば、燃えないはずだ。

「急げ! 煙を吸わないようにしろ!」

 乃述加は彼と手を繋ぎ、教会に向かって走る。思った通り、そこは町のほとんどの人が避難してきていた。

 シルヴェールは町長の姿を見つけ、問い詰める。

「何があったんですか!? こんなに火が激しいのに、消防は何をしている!?」

「分からない。電話が繋がらないんだ。まるで誰もそこにいないかのように」

「全員ばっくれたとでも言うのか?」

 消火が行われるのか分からない以上、いつまでここにいればよいのだろう。今日は彼と一緒に過ごす最後の日なのに。乃述加は繋いだ手の温もりを感じていた。

「――――最悪だ」

 シルヴェールが呟く。彼も乃述加と同じ気持ちなのだろうか。

 カーンカーンカーン。どこかからか、そう、鐘を叩くような音が聞こえた。

「さて……。町のみなさんは、全員お集まり?」

 聞き覚えのない、女の声だった。口調がどことなく訛っている。フランス語ではなく、一部英語混じりだ。

 この辺の人物じゃない。

 乃述加は直感した。

 現れたのは、病的な程白い肌をした赤毛の女。

「ボンジュール。あたしはミレディ=サンフロント。あなたたちの中に《ロード》がいるって聞いたから、確かめに来たの」

 露出された彼女の胸元に、真っ赤な薔薇の焼き印が光った。

「あたし如きに殺される子は、《ロード》じゃないって判断するわぁ」

 その発言を皮切りに、殺戮が始まった。

 黒い獣の姿となったミレディは、手あたり次第に、教会に集まった人に手をかける。あちらこちらで血飛沫が上がった。

「ヒィィ!!??」

 何が何だか分からない。怯える乃述加を、シルヴェールは抱き締めた。

「大丈夫だ、俺が付いている」

 そうだ。彼がいる。だから怖がることはない。

 そんなことを考えたのが、悪かったのだろう。


「『打ち』と『斬り』を掛け合わせよ。『我』に背く全てに断罪を。『神の子』殺しの『断頭斧』」


 シルヴェールの身体から、急に力が抜けた。乃述加を抱き締めていた両腕はだらりと垂れ下がり、彼女に伸し掛かるように倒れる。

「しる、ベぇー……ル?」

 返事はなかった。その身体が温かく感じるのは、建物自体が熱せられ、空気が温かくなっているからだ。

 あまりにもあっさりとした別れだった。

「イヤ、イヤアアアアアアアア!!!!!!!!」

 彼の肩越しに見たのは、巨大な斧と杭を持った、黒い人型の獣。

 その瞬間、彼女の中で何かが弾けた。怒りに任せ、自分の身体がどうなろうとお構いなしに、化け物に向かっていく。視界が一転した。気付けば天井を向いている。

「なぁに、まさかこの子が?」

 薔薇の焼き印の獣。ミレディが乃述加の顔を覗き込んだ。

「あ、あ、あ。ウギャアアアアアアアアアアア!!!!!」

 ミレディの身体が弾けた。

「はァ。何コレ……」

 訳も分からないまま倒れていく。

 意識が飛んでいた。乃述加は床に倒れたミレディを見下す姿勢になっている。

 理解が追い付かない。

 ふっと、意識が途絶えた。何も分からないまま、火の海に伏すしかできなかった。


        × × ×


 市鉢(いちはち)乃述加は、表向きこの事件で死亡したことになっている。あの火災の犯人は《罪人》であると断定され、フランス『E.S.B.』が捜査を開始した。その際、教会の焼け跡から発見されたのが、彼女だった。

 一命を取り留めた乃述加は日本『E.S.B.』へ送られ、新嶋(にいしま)克治(かつじ)総長の庇護を受けることとなった。

「あたくし、これからどうすればよいのですか」

 気の抜けた、機械音のような吐露。日本『E.S.B.』本部の総長室にて、彼女は新嶋に問いかけた。

「今更あの事件を忘れろとは言わん。それは無理だろう」

「でも、あなた方はあの化け物のことを世間から隠したいのでしょう?」

 そう。対《罪人》研究迎撃機構(『E.S.B.』)や《罪人》については、一般には非公開となっていた。もちろん、事件を全てなかったことにはできない。しかしできる限り内密に処理するよう、政府から指示されていた。表向きは一般人に混乱が生じることを避けるためと言うが、真意は分からない。

「あなた方は守秘義務のために、あの町を歴史から消すおつもりですの!?」

 乃述加の怒号に、新嶋は言い返さない。彼女の怒りは尤もだと思ったからだ。

 しかし立場上、事件が公になることは避けなければいけない。乃述加には「秘密にしてくれ」と言うのが精いっぱいだった。

「なあ嬢ちゃん。俺と一緒に来るか?」

 そう提案したのは、総長のデスク脇に控えていた外国人女性。十谷(とおや)クリスティーナだ。

「例の噂もある。下手な監視を付けるより、俺が育てる方が安全でしょ?」

 彼女はそっと、総長にだけ聞こえるように耳打ちした。

「そうだな、それが一番確実かもしれんな」

 おしっ、とクリスティーナは手を打つ。

「乃述加ちゃん、だっけ。苦しいだろ。何もかも押し殺して黙っているのは、辛いだろ」

「何を分かったようなこと……」

「乃述加ちゃん。処刑人になれ」

 クリスティーナはすっぱりと言い放った。

「は? ……処刑、人?」

「そうだ。俺たちはそう呼ばれている。《罪人》を狩る存在としてな。処刑人になったら、奴らのことをもっとよく知ることができる。それにいつか、仇に辿り着くかもしれない。どうだ」

 彼女の提案に乃述加は、

「はい」

 迷わず決断した。

「あたくしも処刑人になります。そして、あたくしと同じような思いをする方が生まれないよう、片っ端から《罪人》を処刑します」

 クリスティーナは高笑いしながら乃述加に歩み寄り、彼女の頭を撫でた。

「よく言った! 新嶋のオッサン。この子もらってくぜ」

「ああ。君に任せれば間違いないだろう。よろしく頼む」

「おう。乃述加ちゃん、ようこそ闇の稼業に」

 乃述加は、表社会と縁を切った。両親にも、自分が生きていることを伝えていない。

 この日から彼女は邪庭(やにわ)乃述加と名を改め、処刑人として生きることを決めた。


後編に続く

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