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処刑人の殺し方  作者: 間堂実理果
《臣公》編
43/47

第21刑 お前は誰だ――partB

 戻って、日本。

 乃述加の部屋には、先程からひっきりなしに電話がかかって来ていた。

『部長、いい加減に認めてください! あなたの部下に《罪人》側のスパイがいるんでしょう!?』

「何度も言いますが、杏樹はそんなことをする子ではありません。これ以上の電話はお断りしますわ」

 電話の相手は、まるでローテーションを組んでいるかのように、代わる代わる動く。共通しているのは、彼らが皆、各部の幹部ということだ。すなわち、杏樹の正体を知っている人物たちだ。

「全く、苛々しますわ。杏樹がどんな人間かも知らずに、《罪人》の力を持っているというだけで悪者扱いだなんて――」

 電話を切り、ぼやく乃述加。しかし口を閉じると、彼女の表情は曇っていった。

「乃述加さん、どうかしましたか?」

 不安で尋ねた晶に乃述加は、

「いえ……。以前のあたくしだったら、同じことをしていたかもしれません。そう思うと、自分が愚かに思えてきましたわ」

「同じこと、ですか?」

「きっとあたくしも、杏樹と一緒にいなければ、全ての《罪人》は悪であると決めつけ、その人がどんな人間だったのかも考えず、ただ殺すだけでしたわ。実際、これまではそうしていましたし」

 そういえば、そうだった。晶は出会ったばかりの頃の乃述加、そして利里(りり)や那雫夜(ななよ)のことを思い出していた。

 あの頃は誰も、《罪人》に肩入れしたり、同情したりなんてことは、考えていなかった。晶が杏樹と闘うことを躊躇った時、利里は怒りを露わにしていた。《罪人》は絶対に許せない、殺すべき存在。そうであると、誰も疑っていなかった。

「駄目ですわね……。罪を憎んで人は憎まず、なんて甘ったれたことを言っていられない世界であることは、十分に分かっているつもりだったのに。《罪人》の全てが悪ではないなんて考えること、ありませんでしたわ」

 罪を犯していない《罪人》を、晶や乃述加は知っている。吉川杏樹=ワスプ・ディシナ。そして千瀧(ちたき)那雫夜=シーエンゼル・ディシナ。以前は《罪人》へと身を落とした時点で重罪だと思っていた。それだけで、殺すに値すると。

 しかしいざ『そうではない存在』を目にしてしまうと、躊躇いが生まれてしまう。あらゆるものを手に掛けることが難しくなってしまった。

「処刑人は人々を守るための兵器。それなのに、こんな感情を持ってしまうなんて――」

 乃述加の苦悩を受けとめることは、晶にはできなかった。今の彼には荷が重すぎた。

「(僕は、誰も責めることができない――――処刑人も、《罪人》も、元は人間なのに。どうして人であることを辞めなくてはいけない?)」


 この時。少しでも彼女の重荷を持つことができていたら。

 そう、晶は後に後悔することになる。


        × × ×


 部下の見舞いに病院へ向かったクリスティーナとエリーナは、愕然としていた。

「嘘だろ、おい――。出来の悪いコメディー映画か、これは?」

 シャルロットが入院しているはずの、『E.S.B.』と協力関係にある、町の小さな病院だ。小さな、と言っても設備は十二分にあり、利用している人は多かったはずだ。

「エリーナ! 逃げ遅れている奴がいないか、探すぞ!」

「はい!」

 現場には、医師や看護師、患者とみられる人が大勢いた。避難はなんとか行われているらしい。しかし、まだ中に残されている人がいるかもしれない。2人は救助を急いだ。

 数十分経ち、建物は崩れ落ちた。この時にはもう、クリスティーナたちは中にいた人々を救助し、外に出ていた。

 だが――――。

「おい、シャルロットはいたか!?」

 クリスティーナは声を荒らげる。

「駄目です、見つかりません!」

 エリーナも息を切らしていた。

 そう。《罪人》との交戦によって負傷し、入院していたはずのシャルロット=ロールがどこにもいないのだ。

「まさか炎に巻かれて…………」

「縁起でもないこと言うな。きっとどっかにいるだろ……」

 忌々しそうに焼け跡を眺めていた時、クリスティーナの携帯電話が音を立てた。

 番号は、連絡部のものだ。

「こちら執行部、クリスティーナ=トオヤ。何か用か? こっちは立て込んでんだ、手短にしろ」

『連絡部、チャック=パレットです。こちらも緊急事態です!』

「――――――何だと!?」

 連絡を受けたクリスティーナは、人目につかない裏道へ向かうと、そこで十字架からネオ・ポインター号を取り出した。

 ついてきたエリーナは、鬼のような形相になっている上司に尋ねる。

「どうかしましたか、部長。そんなに慌てて……」

「慌てるよ。行方知れずのオネェさまが、空港で目撃されたっていうんだからな」

 運転席を折りたたみ、車椅子のまま乗り込む。

 続いてエリーナも、助手席に座った。

「しかも行き先はどこだと思う?」

「まさか国外、なんて言いませんよね?」

「分かってるじゃねぇの。あいつ、どうやら日本行きの便に乗ったらしい」

「でもさっき言っていたじゃないですか、あいつは他の仕事が入ったらしいって」

「ああ。でもそのお仕事、もしかしたら俺らとは違うところからの命令かもしれねぇよ」

 そして彼女は、さっきの電話で言われた、ある決定事項を告げた。


「アルバートに、《罪人》側のスパイって疑いが出ている。捕縛部、執行部は、一刻も早くあいつの身柄を拘束しなくちゃなんねぇって話だ」



 空港に着くと、クリスティーナはアルバートの写真を表示したスマホを手に、アジア方面行きの窓口に詰め寄った。

「この男を見なかったか? 写真だとちょっとわかりづれぇけど、茶髪で背の高い、オネェっぽい奴だ」

 スタッフは見るからに困り顔だ。エリーナはフォローするために、政府協力職員であると伝え、捜査させてもらえるよう願い出た。空港の職員に『E.S.B.』について訊かされている者がいたらしく、その初老の男性に連れられ、2人はバックに入った。

 そこで、監視カメラの映像を見せてもらう。

「日本行の便の搭乗者だ。出せるか?」

「はい。日本ですと、今から1時間前ですね――、この辺です」

 画面に映し出された、ロビーやゲートの様子。隈なく、件の男がいないかを探す。

 ……………………。

「ヤロォ、見つけたぞ」

 しっかりと、わざわざ見つけてくださいと言わんばかりに、映っていた。

 間違いなく、アルバート=ブラック本人だ。

 クリスティーナは、画面を殴りたくなる衝動を抑えながら、答えてくれる訳のない相手に向かって問い掛ける。

「お前は今回は、どっちなんだ」


        × × ×


 時と場所は移って、日本。

 とある駅前の、ビジネスホテル。

 その女は、シャワーを浴びた後、艶めかしい肢体をさらけ出したまま、鏡台の前に座った。

「ふふっ。ようやく本来のお仕事に戻れるわ。田舎娘を演じるのって、なかなか疲れるのね」

 派手に、濃すぎるくらいのアイシャドー。まるで歌舞伎俳優の隈取だ。

 唇にも、これまた濃いルージュ。

 病人じみた青白い肌には、チークを入れることでようやく生気を見せていた。

「すっぴんにも自信はあるけど、やっぱりこうした方がしっくりくるね」

 化粧を終え、満足気に女は立ちあがる。

 そして振り返った瞬間――。

「アハハハッ! ここまで顔が変わると、もはや作品ね!」

「!!?? アンタ、どうやって入った!?」

 茶髪の大男が立っていた。気配は一切感じなかった。これまでずっと息を殺していたのか。それとも本当にたった今この部屋に入ったのか。

 女は、その男を知っていた。

「アルバート=ブラック……。まさかアタシを追って来た訳?」

 アメリカ執行部の副部長。かつては若き天才医師と呼ばれていたが、現在は真反対の殺しを生業にしている男。

「ノンノン。あたしもお仕事よ。グランド様と信太様の命令でね」

「そうか。アンタがお二方の走狗って訳ね」

「ビンゴ! でも感謝して欲しいわ。あたしのおかげで、あなたは表向き死んだことになっているのよ。シャルロットちゃん」

 そう。女の正体は、新しくクリスティーナ=トオヤの部隊に配属された、シャルロット=ロールだった。

「やめて頂戴。それは偽名。アタシにはミレディ=サンフロントっていう美しい名があるのだから。いつまでも田舎娘の名前で呼ばないで」

「あらやだ。本名超イカスじゃない」

 大きな笑い声を上げながら、アルバートはベッドに腰掛ける。

 ミレディは裸体のまま、彼の横に座った。そのまま誘惑するように、身を寄せる。

「この状況で一切取り乱さないなんて、アンタもしかしてゲイ?」

「生憎ノンケよ。でも安心して、別にあなたに魅力がないとかいう訳じゃないから」

「知ってる。アタシほど魅力的な女はそういない」

 自信有り気に言ったミレディは、その勢いのままアルバートを押し倒した。

 相手が抵抗してこないのをいいことに、唇を啄む。

「ちょっとぉ。あたし仕事前に盛る気はないんだけどぉ」

「いいじゃない。こっちはご無沙汰なの。ちょっと付き合って頂戴」

 アルバートはされるがままに、服を脱がされる。

「まぁいいわ。しながらでもいいから、グランド様からの命令を伝えるわね」

「了解。こんなに色気も何もないセックス、初めて」

 事をしながら、アルバートは命令の内容を話す。

「あたしはあくまで、あなたのサポートをするように仰せつかっているわ。明日、信太様が『E.S.B.』に潜り込ませたスパイと落ち合って、情報を貰う。そしてそのまま、《臣公》の皆様の所へ向かうわよ」

「分かった。それで、そのスパイはどこにいるの?」

「湯巣鉢山麓の最奥にある、『E.S.B.』日本・捕縛部本部。通称・監獄街」

「聞いたことないわね」

「表には決して漏らしてはいけない、処刑人と《罪人》の街よ。多分組織の人間でも、ごく一部しか知らないはず」

「それで、アタシたちはその街へ向かえばいいの?」

 ミレディが腰を浮かせた、次の瞬間。

「その必要はないわ」

 ざぶり、と肉を裂く音がした。彼女の腹が、熱を帯び血で染まっていく。

 視線を落とすと、腹はアルバートの腕に貫かれていた。彼の肘から先が、人のものではなくなっている。まるで猛禽類の脚のような、獰猛な爪だ。

 ……猛禽類?

「成程……。アタシを病院送りにした《罪人》は、アンタって訳だ」

「あら気づいていなかったの? 言ったじゃない。『表では死んだことにしてあげた』って」

「そうすると、病院に火を放って脱出することも想定内だったの?」

「もちろん。だから予め、防火材を撒いておいて、逃げ道の確保を簡単にしておいたわ」

 ぐふっ、とミレディは口から血を零す。

「アタシは見事にアンタの掌の上で踊らされたってことね。ふざけた真似を……」

 腹部に突き立てられた爪を剥がすため、ミレディは無理矢理腰を捻った。肉が裂けてますます血が溢れる。その勢いのまま、アルバートとの交わりも解いた。

「そんな千切れかけの身体じゃあ、もう長くは持たないわね。でも安心して。一瞬であたしが殺してあげるから」

 アルバートは、完全に《罪人》へ姿を変化させた。

 それを見てミレディはほくそ笑む。

「くふふ……。このアタシを誰だと思っているの? 薔薇魔女のミレディとは、アタシのことだよ!」

 彼女が吠えるや否や、その左の乳房に、真っ赤な薔薇の刻印が浮かび上がった。するとみるみる腹部の傷は再生していった。視認はできないが、中の臓器も同様だろう。

「《重罪人の焼き印》……。それが、あなたがブラッド=O=グランドのお気に入りになった訳ね」

 例え《臣公》の器でなくとも、《重罪人》の力に上り詰める者が、稀に現れる。その者の身体に現れる模様を、《罪人》たちは《重罪人の焼き印》と呼んでいた。信太(しのだ)美子(みこ)や水本(みなもと)作楽(さくら)、そしてその協力者が行おうとしていたのは、この焼き印を人工的に与えることだった。

「アタシの再生能力は、《臣公》の方々をも上回る。その上、己の肉体だけでなく、他者に霊力を与えることで他人の身体も再生させることができる。まさに最高の癒しの力ってやつよ」

「あなた本当に《傲慢》の眷属? 《色欲》の間違いではなくって?」

「アタシをただの娼婦と思うなよ! 己の色香は道具でしかない。自分の身体も、精神も、運動神経も! 全てを駆使して、アタシは己の勝ちを高めていくのさ!」

「成程、これは確かに《傲慢》の眷属だ」

 ゴガァァン! 肉体の再生を終えたミレディは、生身のままイーグル・ディシナの懐に飛び込んだ。まだ《罪人》の姿へ変化していないにも関わらず、ものすごい力だ。

だが――。

「その力に選ばれたのが、あなただけと思わないことね」

 イーグル・ディシナの額に、青い薔薇の刻印が浮かぶ。

「青い薔薇!? そんな、まさか――」

「最上級のグレード。あたしの前では、赤い薔薇なんて無力に等しい」

「何なんだよ……一体、お前は誰だ!!??」

 相手の力が危険と判断したミレディは、アルバートから距離を取る。そして全身を暗黒の毛で覆われたレパード・ディシナに変化させた。

「誰って、あたしはアルバート=ブラックさ。それ以上でも以下でもない」

「ふざけんな! そういうことが聞きたいんじゃねぇ! 青い薔薇の持ち主なんて、十谷(・・)達哉(・・)以外に聞いたことがねぇぞ!?」

 その名を耳にした瞬間、イーグル・ディシナは全身の毛をピクン! と逆立たせた。瞳が揺れ動き、焦点がぶれる。

「十谷、達哉ですって……?」

 彼の様子を見て、レパード・ディシナは「しまった」と口元を抑える。

「あっちゃぁ。もしかしてこれ、誰にもばれていなかった? 後でブラッド様のお仕置きは免れないなァ」

 口調は嫌そうなのに、恍惚の表情をしているのだから、矛盾している。きっと表情の方が本音だろう。

「ちょっと。その話、もう少し詳しく教えてもらえるかしら」

 詰め寄ろうとするアルバートだが、動揺が大きいため、脚が震えて上手く踏み出せない。

 その隙を見たミレディは、

「ふふっ。信太さまの走狗は、監獄街にいるって話だったわね。それじゃあね、アルバート=ブラックさん。アデュー」

 窓を蹴破り、どこかへと姿をくらましてしまった。

 1人部屋に残されたアルバートは、姿を元に戻すと、さっきの彼女の言葉を反芻する。

「十谷達哉ですって……? まさか、そんなことがあり得るはずないわ……」

 そう繰り返し己に刻み込んだ。しかし、どうしても受け入れることはできない。

 だってそれなら、十谷クリスティーナが知らないはずがない。

 十谷達哉が《罪人》だったということを。

「冗談じゃない。すぐに乃述加ちゃんたちと合流しましょう」

 衣装を整えると、アルバートはすぐに、ホテルの部屋から飛び出した。





プロフィール

 

エリーナ=カルマス

・8月10日生まれ 26歳

・身長 169cm  体重 51kg

・血液型 AB型

・趣味 掃除

・好きな食べ物 パスタ  嫌いな食べ物 生野菜

・よく見るTV番組 報道バラエティー

十谷クリスティーナの秘書。元々は調査部員だが、彼女の仕切る支部の専属となり、執行部と掛け持ちしている。ただ、超近眼で眼鏡がないと歩くことすらままならず、戦闘にはあまり向いていない。本人もそれを自覚しているが、コンタクトを入れるのは怖いらしい。

晶がアメリカにいた時、学校の授業について行けない彼に勉強をさせたのは彼女である。

次回「銀飾りの秘密」

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