↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑人の殺し方  作者: 間堂実理果
『E.S.B.』編
21/47

第10刑 触らぬ神に祟りなし――partB

 病院にやって来た一行は、異様なものを感じ取った。人の気配が薄い。全くない、という訳ではない。元々弱っている人たちが集まる場所だ、それほど精気に恵まれてはいない。それにしても、だ。もう少しだけ活気があってもよいのではないだろうか。

「誰かいませんか!?」

 車から降りると、乃述加は周囲に呼びかけた。しかし返事はない。その代りに足音がした。1つではない。ガサリガサリと、3人以上はいそうだ。しかしそこで胸を撫で下ろすことはできなかった。

 現れたのが人間ではなかったからである。

「!!??」

 例えるならば、古代ギリシアの彫刻だろうか。全身が真っ白で、腰布を巻いている。中には女性なのか、胸から覆っている者もいた。しかし肌質は人間とは全く異なっている。まず覗いている素肌は鱗で覆われている。つま先には黒曜石に似た、気味の悪い鉤爪。そして顔面は、龍を模した仮面を被っていた。

「何、こいつら」

「《罪人》――? でも、こんな姿が酷似した奴らばかり……」

 確かに、似た形状の、同類の動植物の姿となった《罪人》は存在しないことはない。しかしこんなにも大量に、同時に出現するというのは、奇妙な現象だ。

「何だ、お前らは」

 身構えながら、利里はその怪しげな連中に問いかける。

 すると奴らは、

「レユキソ メッユセウ ヤシママア」

「レクカヤキクカ セユユシソサコ」

 意味の通じない言葉を使った。

 日本語ではない。それは分かる。だったらどこの国の言語だ? そもそも地球上に存在する言語なのだろうか。何だか宇宙人の用いる言葉のような、気持ち悪さがある。

「こっちの質問に答えられないのね。だったら、消えてもらうわ!」

 問答無用で利里は動いた。

 処刑人の姿になるや否や、刃の長いサバイバルナイフで、謎の集団の1人の首を掻っ切った。黒色の血が噴き出し、それは事切れる。彼女に続いて、那雫夜と晶も立ち向かう。乃述加はまず篠原に逃げるよう指示し、自分は地下へ向かった。他の捜査官たちはどうなったのか。病院の中にまでこいつらは侵入しているのか。不安は募るばかりだ。


 地下の検死場。そこは凄惨なことになっていた。おそらく生存者は1人もいない。全員床に倒れたまま、少しも動く気配がない。奇妙なのは、誰もが苦痛に歪んだ表情ではなく、快感に酔いしれるような表情で息絶えていることだ。

「何ですの、これは……。誰がどうやってこんなことを……」

 現場にやって来た乃述加は、目を丸くした。病院関係者。警察官。『E.S.B.』職員。ざっと10人は亡くなっている。しかし彼らを気の毒に思う時間はなかった。

「あなたのせいかしら?」

 見つけたのは、部屋の中央の検死台に腰かけている女。黒色のフードを深く被っているせいで、顔は見えない。が、乃述加はこの女を知っていた。先日の事件で、犯罪者を《罪人》にして実験台にしようとしていた女だ。

「お久しぶり、ですわね」

「来たね。『E.S.B.』日本・執行部長、邪庭乃述加。あなたが来るのを、ずぅっと待っていたのよォ」

 歌うように紡がれる、苛立ちを覚えさせる声。間違いなくあのフードの女だ。彼女は遺体の入った袋を愛おしそうに撫でている。その視線は、まるで恋人の寝顔を眺めているようだ。

「こんな所に来て、あなたは何をお望みなのですか?」

「そうだねぇ。どうせあなたに我々の作戦は止められない。だから教えてア・ゲ・ル」

 僅かに覗いている唇に触れ、投げキッスの仕草。どこまでも嫌悪感しか抱かせない人物だった。

 乃述加は拳銃を握りしめながら、女が話すことを聞いていた。

「アタシたちの目的は、この男を殺害したコを見つけることなの」

「回隻医師を殺害した人物――? もしかして、暮内弥希とやらのことを言っていますの」

「さっすが。耳が良いネェ。いや、もしかしてあの子が喋ったのかしらァ」

 楽しそうにケタケタ笑うと、女は遺体を米俵のように肩に担いだ。その動作を視認するや否や、乃述加は発砲する。女の腹部から、黒い血液が流れた。

「いきなり発射(だ)しちゃうなんて、早漏だね。もっと焦らしてあげないと、満足できないゾ」

「あなたの心を満たす気など、ありませんので」

 続けて引き金を引こうとしたが、次の瞬間には女は姿を消していた。背後に気配を感じ、乃述は上半身を捻る。部屋の入口に、遺体の入った袋を担いだ異形は立っていた。

「それがあなたの《罪人》の姿、ということですか」

 上半身は羽毛で、下半身は鱗で覆っている。そして女神像のような仮面を顔面に張り付けている。蠱惑的なルージュだけは、人間態と変わらずだ。

「さぁ、鬼ごっこの始まりだよ。君はこの死体をアタシから取り返せば勝ち。アタシの価値条件は……教えてあげないっ!」

 女――セイレーン・ディシナは一瞬で姿をくらました。だが鬼ごっこと宣言した以上、追って来るように仕向けるだろう。必ずまた、目の前に現れるはずだ。乃述加は深呼吸をして心を少しだけ落ち着けると、腕輪からバイクを召喚した。


 おかしな言葉を話す化け物たちとの戦いの最中、利里は気が付いた。

「あの女、いなくなっているのね!!」

 あの女とは当然、篠原良子のことだ。乃述加が逃げるよう指示した後、しばらくは木の裏に隠れていたはずだ。だがいつの間にやらいなくなっている。

 素直に被害を受けない場所に逃げたと考えるか、それとも――。

 向かってきた《罪人》(?)を蹴り飛ばすと、利里は声を張って晶と那雫夜に呼びかける。

「ここを頼む! 病院に被害を出す訳にはいかないのね!! 私は篠原を探す!」

 返事をする余裕がなく、言葉を受けた2人は頷くだけ。それでも意志の疎通には十分だった。

 どうしても利里には篠原が信用できなかった。彼女が逃げるとすれば、どこだ。

「本当に学芸員だっていうなら、あそこに向かってもおかしくはない」

 さっきまで篠原が運転していた車に乗り込む。幸い鍵は刺さったままだ。まるで「運転してもいいよ」とでも言っているみたいに。エンジンをかけると、グローブボックスの地図と標識を頼りに、利里はある場所へ向かった。


        × × ×


 市内の郷土資料館。受付にいた初老の男性職員に、利里は尋ねた。

「すみません。篠原良子、という方はこちらにいらっしゃいますか?」

「篠原……? さて、聞かない名だがね」

 思った通り。あの女は市の学芸員ではない。地図をざっと見たところ、学芸員として働ける場所は、市内ではここしかない。ただ資格を持っているだけなら、あんな風に仕事として名乗りはしないだろう。やはり偽物だ。

「じゃあ、あいつは今どこに……?」

 次の問題はそこだった。もしも彼女が本当に資料館の職員として働いているのなら、逃げてこの職場までやって来ることも考えられたが、こことは関係ない以上、当てがない。運転席にドカリと座り、爪を噛む利里。一度地図をしまおうとして、グローブボックスを開けると、1枚のメモ用紙が入っていることに気が付いた。そこには誰かの電話番号が書いてある。

 指先に紙をつまんで、しばし思考。そしてイチかバチかの可能性に懸けてみることにした。スマホにその番号を打ち込む。無機質なコール音がしばらく続いて――。

『もしもし? 篠原だけど』

 ビンゴだった。思っていた通りの電話に繋がった。

「百波利里です。篠原さん、今どこにいますか?」

「病院から少し行った場所にある、雑居ビルだよ。何も入っていない、空きビルだけどね。そこに逃げ込んでる」

 そこで待っていてください。利里はそう指示すると、車を発進させた。逃しはしない。絶対に正体を暴いて見せる。


 空っぽの看板のビルを見つけるのは、そう難しいことではなかった。街の中でも人気の少ない場所にあり、万が一何かが起きても、被害はあまり出ないだろう。冷たい埃を被った階段を上って行く。

「百波さん。どうか、しましたか?」

 窓枠に寄りかかるようにして、その女は佇んでいた。まるで利里の到着を待ってましたとでも言うように。一方利里は警戒心を解かず、十字架を握りしめたまま彼女に向かって歩く。

「そろそろ教えて欲しいのね。あなたの正体を」

「正体って。私はただの学芸員だって――」

「とぼけても無駄ね。さっき市の資料館で聞いたわ。篠原良子なんて職員はいない、ってね」

「……ッ。誰もこの市で働いているとは言っていないじゃない」

「それにさっき病院に現れた怪物。あいつら……あなたに話しかけていたのね?」

 その言葉が核心だったようだ。篠原の口から笑いが零れる。そして一瞬で、窓枠を離れ利里に詰め寄る。勢いよく胸倉を掴み自分に引き寄せると、耳元で囁いた。

「触らぬ神に祟りなしって言葉、知らない? 好奇心猫を殺すって、分かる?」

 この瞬間、利里の全身に悪寒が迸った。あの時――研究部員殺人事件の時に感じたものと同じだ。あのフードの女と同じ気配を、篠原は放っている。

「あなた、一体、何者なのね……?」

 怯える利里の表情を確認し、篠原はクフリと笑った。

「下手な真実なら、知らない方が良かったのにねぇ」

 そう言った直後、彼女の肉体は変化を始めた。華奢な身体を分厚い鱗が鎧のように覆っていく。鱗は金色に煌めき、神々しささえ感じさせた。だがこの状況では、恐怖の権化でしかない。

 悪鬼のごとき咢を開き、その女は名乗った。


「私は、信太(しのだ)美子(みこ)。全ての《罪人》の代表の1人……《暴食の臣公》」


次回「《臣公》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。