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処刑人の殺し方  作者: 間堂実理果
『E.S.B.』編
1/47

第1刑 処刑人を探せ――partA

 父の死の真相を探るため、母の元を離れ一人日本に帰国した十谷晶。母の元部下である邪庭乃述加の家を訪ね、話を聞こうとするが、そんな時家に電話がかかってきて――。

 人は他人に指摘されて、初めて罪を犯したことに気づく。

 それまではただの、無意識の行動でしかない。

                          ――1940 信太(しのだ)美子(みこ)


 罪に定義は存在しない。言ってみれば、目に見える全てのものが罪を犯しているのだ。

                   ――1922 ブラッド=O=グランド


        × × ×


 十谷(とおや)晶(しょう)は、幼いころから期待の視線を向けられて育った。

『あの十谷博士の息子さんだ。将来はきっと、有能な科学者になるに違いない』

『あの十谷女史の息子さんだ。将来はきっと、力ある捜査官になるに違いない』

 その視線の中に、彼を直接見ているものはなかった。誰も彼も、有能な両親の事ばかりを口にして、十谷晶という人間自身については何も考えていないのだ。

 晶にとって、両親は誇らしい人であり、憧れでもあった。だが同時に、その存在は彼のコンプレックスにもなっていた。両親があまりにも偉大すぎるせいで、晶も『完全無欠の存在に成長する』と、勝手に思われていた。

 しかしある時から、周囲の彼を見る目は変わった。

 確か初めは小学校3年生くらいだったと思う。勉強は学年で中の上くらい。運動は徒競走が速いくらいで、他に秀でたものはない。1年、2年生の時は「まだまだこれからだ」と言われた。が、流石に3年生にもなって成長が見られなければ、だんだん期待は薄まっていく。

 晶自身も薄々それは察していたが、初めて面と向かって言われたのは六年生になった時だった。

『立派なご両親なのに、君はその程度なんだね』

 何気なく発せられたその言葉。それがどれだけ彼の胸を抉ったのか、発言者は想像もしていないだろう。

 この瞬間から晶は、人付き合いがだんだんと苦手になっていった。

 期待を裏切るのが怖い。失望されたくない。

 人はきっと誰しも、このような感情を覚えることがあるだろう。だが晶にとっては重みが違った。

 こんな経験をする度にいつも、許されない罪を犯したような気分になるのだ。

 僕がいったい何をしたと言うんだ。僕は何もしていない。幾度もそう叫ぼうとした。だがある時気が付いた。何もできないから押しつぶされそうになるんだ。何もしていないから駄目なんだ。自分から動かなくては、何も変わらない、と――。


 そんな晶の心を砕く出来事が起きた。

 3年前。彼が中学生になって間もない頃。

 父が死んだ。研究所で起きた事故に巻き込まれたという。父が何の研究をしていたのか、晶は知らない。母に訊ねても「知らない方がいい」と教えてもらえなかった。

 父親の死去からそう時をおかず、晶は母に連れられて彼女の母国へ移り住んだ。二年半を米国で過ごした。しかし、年月は彼の中に溜まった疑問を散らしてはくれなかった。

 十谷博士はなぜ死んだのか。手掛かりはただ一つ。古ぼけた1冊の手帳。それを見つけた晶は、ある決意をする――。


        × × ×


 米国の高級マンションの一室。

 十谷晶はそこで母親と向き合っていた。

「母さん。僕、日本の高校に行こうと思います」

 それを伝えた瞬間、顔面に拳が食い込んだ。今のは完全に息子に食らわせる威力ではなかった。両方の鼻の穴から血が流れ、前歯も少しぐらついている。

「バカ言ってんじゃねぇぞ! コラァ!!」

 十谷晶の母・十谷クリスティーナは、床に転がった息子の襟首を掴み、不良がいじめられっこにするように揺さぶった。その動きと連動して、彼女の長い金髪も飛び跳ねる。

「お前、日本に行ったって知り合いなんかいないだろ。こっちで大人しくしとけ。分かったな、2度と馬鹿なこと言うんじゃねぇぞ!!」

 そこまで言うとクリスティーナは、晶を解放した。

 踵を反した母に向かって、晶は土下座をする。額を床に着け、表情が見えないくらい深々と。背中越しにそれを見たクリスティーナは大きな舌打ちの音を立てる。

「どういうつもりだ、バカ野郎ォ」

 母は息子を見下した。

 彼女が今どんな表情をしているのか、晶は薄々察している。酷く軽蔑する顔を作っているだろう。だが、どれだけ反対されようとここで引き下がる訳にはいかない。

「お願いします。日本へ行かせてください」

 もう一度頼み込んだ。

 今度聞こえて来たのは「ハァ」というため息だった。これはもう、怒るや軽蔑するということを通り越し、呆れられているようだ。

 恐る恐る、晶は顔を上げる。そこにあったのは、思った通り母の呆れ顔だった。

 流石にこれ以上手を上げられることはないだろうが、それでも全身がびくびくしている。

「なぁ……晶。お前なんだってそんなこと言うんだ?」

 責めるような声色ではなかった。むしろ悲しみの感情の方が多く含まれている。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、彼は己の意見を通そうと決めた。

「僕、知りたいんです。父さんに何があったのか。僕は何も知らずに生きてきました。周りからは期待の目を向けられて、でも応えられなくって。――そもそも僕は、どうして期待されていたのか分からないんです。父さんは本当にただの科学者だったんですか? 母さんは本当にただの警察官なんですか? 僕にはそう思えない! まだ何かあるんですよね。……僕は知りたい。僕の周りで、僕の知らない何が起きているのか」

 そこまで言うと、晶は再び襟首を掴まれた。

 殴られると思い反射的に目を閉じたが、衝撃はやってこなかった。代わりに全身を包み込む抱擁があった。

「引っ込み思案のくせに行動力がある。……誰に似たんだろうなぁ、俺と達哉(たつなり)だろうなぁ」

 母は息子の頭を己の乳房に埋める。彼女なりの愛情表現だ。

 息苦しくなりながらも、晶はたった1人の肉親の温もりに身を預けていた。

「分かったよ、止めはしない。そもそもあのことについては、遅かれ早かれいつか知ることになるんだ。だったら自分から歩み寄った方がいいに決まってる」

 クリスティーナは抱擁を解くと、近くにあった紙に何かを記した。

「何かあったらここを訪ねろ。家の奴には、俺から話をしておく。安心しろ。俺の元部下の所だ。身の安全は保障する」

「ありがとうございます。僕、必ず目的を果たします」

「……できるといいな」

 その時の母の表情は、晶も初めて見る、寂しそうなものだった。


        × × ×


 キャリーバッグを手に日本に着いた晶は、母の元部下という女性の家に向かうまでにも、数人を訪ねた。父の手帳に記されていた住所の中で、行ける範囲にいる人に会いに行った。結果は芳しくなかった。訊ねても何も教えてくれない者、居留守を使う者、門前払いをする者と、なかなか相手にしてもらえなかった。

 だがこれは同時に、ある事実を浮き彫りにしていった。父の死にはみんな触れないようにしている、と。

 やはり父の死には何か裏があるのだ。それを確信できただけでも、大きな収穫だった。


 やっと晶は目的地に辿り着いた。とあるマンションの一室の前。表札の名前と、母にメモをしてもらった紙に、交互に視線をやる。『邪庭(やにわ)』。間違いない、ここの家だ。

 恐る恐るインターホンを押すと、間髪入れずに応答があった。

『はい、邪庭ですわ。どちらさまでしょう?』

「あの……母から、十谷クリスティーナから連絡が行っていないでしょうか? 僕、十谷晶といいます」

『あぁ! クリスティーナの息子さんですわね。今お迎えに上がりますわ』

 パタパタという音が聞こえた後、マイクが切れて音が聞こえなくなった。

 数秒後、玄関の扉が開く。

「初めまして。あたくし、邪庭乃述加(ののか)と申します。よろしくお願いしますわ」

 出て来た女性の姿を見て、晶は目を疑った。驚きのあまり全身を観察してしまう。身長は自分よりもやや低いくらい――一50センチとちょっとあるくらいか。人懐こい笑顔を浮かべていて、可愛らしい中学生といった雰囲気だ。だが格好がそれとミスマッチ過ぎる。ショートヘアを銀色に染め、首には銀の鎖のチョーカー。右手の中指と左手の薬指にも銀の指輪。髪の隙間から覗く銀のピアス。とにかく全身銀づくしなのだ。そのくせ着ているのは水玉模様のワンピースなのだから、反応に困る。

「玄関先で立ち話もなんですし、上がってくださいまし♪」

 なぜだか分からないが、言うことを聞かないと取って食われる。そんな予感がした。


「どうぞ。お茶を淹れるのは得意ですの」

 リビングのソファに座らされ、紅茶を出してもらっている。

 家に入ってから晶は一言も口がきけなかった。緊張して喉が震えない。

「それで――お父様について調べている、と仰いましたわね」

 晶の向かいに腰かけた乃述加は、前置きをせずに本題に入った。

「申し訳ないのだけれど……あたくしも多くを知っている訳ではありませんわ」

 適当に相槌をうつしかできない晶。そんな彼の緊張を感じ取ったのか、乃述加は表情を和らげた。

「そんなに固くならないでくださいな。あたくしは、あなたのお母様には随分お世話になりましたの。今度は、あたくしがあなたの力になる番だと思っていますわ」

「はぁ……」

 返事を誤魔化すようにティーカップに口をつける。ほんのり甘い香りが口内に漂い心地いい。紅茶のお蔭でようやく落ち着いてきた晶は、ようやく口を開いた。

「邪庭さんは、母とはどういう関係なんですか?」

「そうですわね。簡単に言うと上司と部下なのですが……。あなた、お母様の仕事についてはご存じ?」

 そう問われると困ってしまう。どこかの組織の捜査官らしい、ということは察しているが、クリスティーナはあまり多くを語ってくれなかった。彼女の仕事について、晶は知らないと言っても間違いはない。

「その顔だとご存じでないようね。となると――説明が難しいですわね。どうしましょうか」

「はぁ…………」

 どうしようと言われても、晶にはどうすることもできない。

 しばしの間沈黙が流れる。

「その点は、おいおい話すということでいいかしらね。では本題の方に入りましょうか」

「はい。お願いします。何でもいいんです。父のことで何か知っていることがあったら、教えてください!」

 その質問をした時、晶はテーブルに両手をついて身を乗り出していた。こればかりは、黙って聞いている訳にもいかない。

「ですから、あたくしもそんなに詳しくはありませんの。直接会ったこともありませんし。クリスティーナの又聞きばかり。ですから、あたくしの知っていることは全て彼女の知っていること、となりますわ」

 目を伏せる乃述加を見て、思わず歯噛みする。せっかくここまで来たのに、得られたものが少なすぎる。精々、皆その話題を避けようとしている、ということだけだ。

「僕は……」

「晶さん?」

「僕は知りたいだけなんです。誇りであり、コンプレックスでもあった父が、なぜ突然亡くなったのか。母さんは知らない方がいいと言いました。でも僕は知りたい。知らなくちゃいけない。そう思えるんです!」

 息を荒げる晶の言葉を、乃述加は頷きながら聞いてくれた。彼にはそれが何だか嬉しかった。無視するでもない、邪険に聞き流すでもない。きちんと話を聞いてくれたことが、ただ嬉しかった。

「晶さん。焦ってはダメ。あなたが本当に知りたいと願うなら、真実の方から歩み寄ってくるはずですわ」

 乃述加は再び、優しい微笑みを浮かべた。不思議と心が軽くなる笑みだった。

「さて! 難しい話は一度やめにしましょう! それより、あなたは今日からここに泊まるんですのよね?」

「はい。母さんがそうするようにって。お邪魔ではないですか?」

「問題なんてありません。寝泊まりには、奥の客間を使ってくださいな。荷物もそこに置いて、あなたの部屋にしてしまってもいいですわよ」

「……ありがとうございます」

 案内された部屋は、床も壁も綺麗に磨かれていた。もしかして、今日来る晶のために掃除しておいてくれたのだろうか。そうだとしたら、感謝の他ない。

 鞄を部屋に入れると、どことなく居心地の悪さを感じていたが。

 不意に、リビングで電話が鳴った。応答した乃述加は、さっきまでとは打って変わって低い、凄味のある声で話している。

 会話が止まり、通話が終わったのだと思った、次の瞬間。

「晶さん! 行きますわよ!」

 客間の扉が勢いよく開け放たれた。

「い、行くってどこへ?」

「あたくしや、あなたのお母様の仕事、知りたくありません?」

 晶は間髪入れずに首肯した。これ以上事態に置いて行かれたくない。ちゃんと自分で進んで、自分の目で確かめなければ。


 家を出る前、乃述加はワンピースからジャケットと短パンに着替えた。これまでは服装のお蔭でまだ幼さが残っていたが、こうなるともうビジュアル系バンドの一員みたいだ。

 マンションの駐車場に移動した二人は、乃述加の二輪車に跨った。本来は一人で乗る構造になっているバイクだ。後ろにしがみつく形になっている晶は、お尻が少しずり落ちそうになる。

「しっかり掴まっていてくださいまし!!」

 エンジンがかかり、マフラーが唸る。タイヤを悲鳴が上がるように擦りながら、バイクは駐車場を飛び出した。周囲を走る車の群れを器用に縫って行く。

 これからどこに連れて行かれるかは分からない。だが晶は、どこか高揚感を覚えていた。まるでこう行動することが自分の運命だというように。

 日の傾き始めた頃の風を、肌で感じていた。


後編へ続く

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