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8・王太子の罪と動機

王太子が気持ち悪いです。

 人々が詰めかけた審議場はざわめいていた。

 中央、被告人の席に、王太子フランシードが座らされている。拘束こそされていないものの、両脇に屈強な兵士が護衛と称して立ち、逃れ得ぬ状態。


(私は王太子。いくら宰相の娘に多少手荒な真似をしたからと言って、なにゆえこのような扱いを受けねばならぬのか。惚れた相手につい、度を過ぎた振る舞いをしてしまった、というだけに過ぎぬではないか!)


 見世物のような状態に、フランシードは頭から湯気が出そうな勢いで怒っている。己が相手をマリアローゼと思い込んで、『死んでもいい』と思う程の薬を飲ませようとした事など、すっかり頭から飛んでいる。


(何が貴族家との強固な結びつき、だ。思い上がった宰相は、私が王になり次第、一家もそれに連なる者も一掃してくれよう。廃嫡だと? アルフリードさえ殺せば、王家の男子は私しかいない)


 宰相の娘婿になれば、宰相は母親のいない彼の強固な後ろ盾になってくれよう……そうした父の親心を、フランシードはまるで理解していなかった。


―――


「マリア、ミリア、危険な事をさせて本当に済まなかった。でも、きみたちが時間を稼いでくれたおかげで、兄上の私室に忍び込んで、隠し部屋を見つける事が出来た。これで弟の無念も果たせるよ」


 どこか寂しそうに微笑して言うアルフリードに、双子の姉妹は、大した役には立っていませんと謙遜する。


(この方は、フランシードさまが廃嫡されれば次期国王になれるというのに……それは普通は喜ぶことなのに、それよりも、兄弟で争い合う事の辛さを感じてらっしゃるのね)

 

 甘い、とマリアローゼは思う。あの屑なフランシードが王になって、この国が良い方向へ向くとは思えない。諫めて解らない相手ならば、仮にも第二王位継承権者ならば、力で王冠を奪い取るべきではないのだろうか。

 そんなマリアローゼの視線を受け止めたアルフリードは、彼女の心を読んだかのようだった。


「マリア、僕の事、甘ちゃんだと思っているでしょ? 王位に興味はないし、争い事は好きじゃないし……」

「えっ? いえ、そんな。アルフリードさまがいらっしゃらなかったら、どんな事になっていたか解りません。誰も、フランシードさまがあんな方だったなんて、思ってもいませんでしたもの」

「まあ、褒め言葉は有り難く受け取っておくけど……僕は別に今更、兄上が報いを受ける事を残念がってなどいないよ? 何でこうなったのかなあとは思うけれど……民より己の利を優先する者に……ましてや、その為に平気で他者を傷つける者に、王の資格はないからね。ただ、兄上が間違った道に進んでしまうのを止められなかった己の無能さを呪っているだけさ」

「そんな。アルフリードさまには何の落ち度もありませんわ」


 マリアローゼの言葉に、アルフリードは笑んで礼を言う。


「それにしても、本当に、兄上はなんであんな事を企まれたのだろう。何もしなくたって、全てが手に入るお立場なのに」


 フランシードの仕出かした事を今は知る全ての者が抱く疑問だった。


―――


「父上! 私はなにゆえこのような辱めを受けねばならんのですか! 確かに、ミリアローゼに対し、紳士的ではなかったとは反省しています。筋を通さねばと己で言っておきながら、目の前に彼女がいると思うとつい……。しかし、だからと言って!」

「……フランシード。その件は、数あるそなたへの嫌疑のうちのひとつでしかない。そなたの今の言い分と事実もまた、異なるようであるし……。あれは、そなたを拘束するきっかけに過ぎなかった、という事を考えてはいなかったのかね?」


 溜息交じりに国王は息子に言う。


「やはり、あの姉妹の企みだったのですか! マリアローゼは、婚約破棄を逆恨みし、私を陥れようとしているのですね」

「フランシード……わしは、母のおらぬそなたを不憫に思い、王太子として尊重し、常に目をかけてきたつもりだ。だのに、何故そなたは道を外れてしまったのだ? 何もせずとも、いずれ王位はそなたのものになったのに」

「ですから、私は何も……」

「兄上……証拠はもう揃っているのです。これ以上見苦しい言い訳はせずに、潔く罪を認めて下さい。そして、父上と民と……弟に、謝罪して下さい」

「アルフリード! 証拠など、貴様が捏造したのだろう。無害そうな顔をしておいて、私の地位を狙った弟と同じだった訳か」

「……今のは、ご自身に不利な発言だと思いますよ」


 アルフリードは、兄の顔を見ずにそれだけ言った。


 王族をも裁く資格を持つ審議官長が入廷し、提出された証拠とそれに伴う罪を読み上げてゆく。最初は不貞腐れた態度だったフランシードが、徐々に青ざめてゆく。まさか、私室の奥の隠し部屋をそこまで徹底的に調べられているとは思っていなかったのだ。証拠と言ってもせいぜい毒薬くらいだろうと……それは、薬学への好奇心から入手したもので、使用した事はないと言い張るつもりだった。

 しかし、隠し部屋の更に奥の隠し戸棚までアルフリードは見つけ出していた。そこには、フランシード直筆の様々な書簡が収められていた。……隣国の手を借りて毒を入手し、気に入らない者を殺害した事。どうやらその事を嗅ぎ付け、父に話そうとしていた弟を暗殺した事。そして……厨房の侍女に、愛妾の座を約束し、父の食事に、毎日少量の毒を混ぜさせていた事。


 主だった者たちは既に知っていたが、初めてそれらを耳にした聴衆の間では、爆発的な騒ぎが起こった。あの品行方正なフランシードさまが……信じられない……いったい、なぜ?


「フランシードよ。不穏な間柄である隣国と密かに手を組み、わしを弑そうとしたのはなにゆえか? わしはおまえを長男として愛し、全てを譲り渡すつもりでいたのに!」


 遂に国王も感情的な声を出す。フランシードは暫く押し黙っていたが、


「私は、廃嫡の上、大逆の罪で処刑となりますか」


 と問う。避けられまい、と返す父。


「ならば、胸に秘して死すより我が想いを晒しましょう。父上、先ほど、全てをお譲り下さると仰せでしたが、私にはそれは二の次だった。父上が生きている限りお譲り願えないもの……私の望みはそれだったのです」

「なんだ? 王位とそれに伴う全ての権利……と義務。それ以外にわしの持つ何を欲した?」

「私はミリアローゼを妻にと望んだが、妻以上に欲しい女神がいる」

「いったい何を言っている?!」

「あのひとです! 私はあのひとを手に入れたかった。父上が亡くなれば未亡人となる。義母を妻にすることは出来ないが、秘密裡に私のものにする事は出来る……」


 フランシードの顔には、狂気と恍惚の表情が浮かんだ。彼が指したのは、王の正妃……アルフリードの母。もう若くもない。特別な美女という訳でもない。美しく着飾った中年の女性……。


「し、信じられないわ! わたくしをそんな目で見ていたなんて! その為に父親を殺そうとするなんて!」


 と正妃は金切り声を上げるが、フランシードはうっとりと見上げているばかり。流石にアルフリードも知らない事で、茫然として母と兄を見つめていた。


「フランシード! そなたには乳母や教育係の女性も物心つかぬうちからつけていたのに、そなたは母親が欲しかったのか?」

「母親なんかじゃない。私はあの女を愛しているんだ! ミリアローゼはただ私に忠実な美しい妻であればそれで良かった。私は真の愛を……」


 フランシードは何かに憑りつかれたように、脇の兵士を押しのけ、正妃に近づこうとする。兵士もあまりの成り行きに己の職務を忘れたようで、ぽかんとしている。


「死ぬ前に一度でも……哀れな身に口づけをお許し下さい……」

「来ないで! 誰か彼を捕まえて!」


 怯えた正妃の叫びに、いち早く反応した者がいた。自席から飛び出し、フランシードの目前に、風のような速さで剣を突き付ける。


「……またそなたか、マリアローゼ。思えば、あんな馬鹿げた決闘を受けたのが運の尽きだったな」

「わたくしとしては、あのままあなたの妻になっていたかも知れないと思うと、ぞっとしますわ。婚約破棄を申し出て下さってありがとうございます」

「ありがたいと思うなら、通してくれぬか?」

「あなたのような穢らわしいお方を王妃陛下に近づける訳には参りませんわ。わたくしは両陛下にお仕えする剣ですもの」


 義母を手に入れる為に父親を殺そうとした男。


「弟たちが憎かった。あのひとの胎内にかつていたかと思うだけで……」

「……フランシードさま、生まれ変わって、正常な方になって下さいまし」


 我に返った衛兵たちが、マリアローゼに剣を突き付けられて動けないフランシードを拘束する。

 薔薇の剣は、王太子の命運を断ち切った……かのように見えた。

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