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6・三人の王子

「まさかフランシードさまがそんな事を……そうまでする程、セシルを愛していらっしゃったとか? でも、先日は、ミリアを愛しているからわたくしとの婚約を破棄したいと……」


 取りあえず涙が治まったセシルが礼を言って去った後、庭園の小道を王宮に向かいながら、マリアローゼとアルフリードは小声で話していた。


「うん……兄上が正妃にしたいのは、ミリアだと思うよ。僕の考えでは、セシルは薬の実験台にされたのだと思う」

「え?! あんなにフランシードさまに一途に仕えていたセシルを、何故??」

「……これは僕の中で組み立てた推測の域を出ない話だから、かも知れない、程度の気持ちで聞いて欲しいんだけど……。セシルは、きみと似ているところがあるでしょ? 身分のある令嬢なのに、剣と共に生きると心に決めた女性。きみは流石に、将来の王妃という身だから、騎士にはなれないだけで」

「そう……ですわね」


 華やかに着飾ってダンスをするより、身体を動かして自身の技能を磨く事が何より楽しい……そんな変わった令嬢同士、かつてはマリアローゼとセシルは親しい仲だったのだ。セシルは家族の反対を押し切って騎士の叙勲を受けた為、マリアローゼにとっては鬱陶しい義務である淑女としての教育を受けなくてよい……そんなセシルを羨ましく思った事もあった。


「ミリアに再会するまでは、兄上は、宰相家との繋がりの為にきみを正妃とする事を受け入れていた。でも、きみに対する不満はあった。それは、言ってたような、男装するお転婆さんだからじゃない。曲がった事を許さないきみの気質……それはきっと、兄上ご自身の進みたい道の障害になると感じておられたんだと思う」

「フランシードさまの道をわたくしが阻む、と? わたくし、フランシードさまの為に、釣り合える妃になれるよう、努力してきましたのに……」

「きみの、将来の王妃としての資質と教養は申し分ないと思うよ。ドレスで着飾った時の美しさは、充分に兄上を満足させていたしさ。でもさ、きみはもし兄上が正道を外れるような事があれば、例え自身の身が危うくなると思っても、公の場で諫めたりしかねないでしょ? そういう所を直して、兄上にひたすら従順な妃にしたかったんだと思う。だから、きみに気性が似ているセシルで試したんじゃないかな……」

「……つまり、セシルが完全な操り人形になっていたら、次には、わたくしにあの薬を……」

「そうだね。でも、セシルはぎりぎりの所で己を失っていなかったから、僕の言葉で自分を取り戻してくれた。兄上にとっては、セシルはもう用済みだ。丁度、ミリアという、きみと同じ容姿で、如何にも従順で淑やかな、宰相の娘が現れた事で、薬の必要性もなくなったと思っておられるだろうしさ。だから、このタイミングでセシルを実家に帰せる事は本当に良かったと思うんだ」


 アルフリードの言葉に、マリアローゼは顔色を変え、


「まさか、フランシードさまが、用済みだからって、セシルの命を……?!」

「いやいや、だからあくまで、『かも知れない』という話だからね。殺すまではいかなくっても、何かの罪に問うて遠ざける、とか……」


 そう言ってマリアローゼを宥めつつも、アルフリードの本音は、兄の性格上、『不要となった道具は、証拠に残らないよう、消す』というやり方を選ぶのではなかろうか、である。

 表面上、フランシードはずっと、穏やかで紳士的な王太子だった。父も婚約者も、その姿が上手くできた皮である事を見抜けなかった。

 だが、アルフリードだけは疑っていた……それは、弟が亡くなった時から。

 弟は、アルフリードと違って野心家だった。そして、長兄より幾つかの面で優れていた。フランシードの生母である最初の正妃は産褥で亡くなり、アルフリードと弟は、二番目に迎えられた正妃の息子。

 長幼の順が入れ替わる事はないだろうと誰もが思っていたが、フランシードは、今生きて父の傍にいる正妃の息子たち……弟たちを疎んでいた。子どもの頃は、ただ、大人にばれないように苛め、長じてからは、自分の地位を脅かすかも知れない存在として、ひどく警戒していた。

 華があり有能で人気も高かった弟。勿論アルフリードにとって大事な存在だった。


『アルフリード兄上。僕はフランシード兄上が王の器であるとは思えません』

『滅多な事を言うものじゃない。兄上の足りない所は僕らが補っていけばいいじゃないか。兄弟で王位を争うなど、他国に付け入られる隙と恥にしかならん』

『いいえ、そんな事を言っている場合じゃないんです。フランシード兄上に国を渡せば、この国は破滅の道を歩みます。知ってしまったんです。僕は明日それを父上にお話しします』


 何を、と問うても、まずは父王に、と言うだけで……後から思えば、弟は兄を危険に巻き込みたくなかったのかも知れない。

 そして翌朝、健康だった弟は、突然病死した……。半年前の話。毒は検出されなかったが、アルフリードは毒殺を疑った。まさかそんな筈はない、そこまでする筈はない、と祈る思いはあったけれども……。

 いま、兄が、決闘に、そして側近に毒を用いた事で、疑いは確信に変わろうとしている。やはり兄の闇は深い。この半年で、遊び呆けているふりをしながら、弟が兄の何を探っていたのか、だいぶ突き止める事も出来た。

 血を分けた弟でさえ暗殺も厭わない、それがフランシードという男だ。側近のひとりの命くらい、何とも思わずにひねり潰すだろう。

 そうだ、もしかしたら決闘の時に剣が折れたのも、想定範囲内の事だったのかも知れない。長年、婚約者として尽くしてきてくれたマリアローゼも、代役の、同じ顔と血筋を持った妹が現れたから、その命すら不要と思ったのかも知れない……。


「……さま。アルフリードさま。どうなさいましたの?」


 マリアローゼの声にふと我に返る。


「あ、いやごめん、少し考え事をしてて。なに?」

「フランシードさまが、淑やか、というだけでなく、全てに従順、という事をミリアに求められているのならば無理だと申し上げていたのです。ミリアは確かに、虚弱だった為、剣など振り回す事などない淑やかな子ですけれど、気性はわたくしと変わりませんのよ。……わたくし、最初に婚約破棄のお話があった時、単純に、わたくしを捨ててミリアを妃にしようと思ったって、ミリアが従う訳がない……でも、宰相家との婚姻を失うフランシードさまの立場はどうなるのかしら、なんて余計な心配もしました。だけど、フランシードさまがそこまで用意周到な方なら、もしかして、ミリアが婚約を断れないように、何か企みでもあるのでは、と不安になってきました。国王陛下が、ミリアに無理強いなさるとは思えないのですが……」

「うーん、確かにね……。婚約破棄してから求婚するのが筋、なんて紳士的な事を仰ってたけど……そうだ、確かに、そんな大事な事を、事前に詰めていない筈がない。ミリアはこの話を何て?」

「わたくしを捨てるような愚かな殿方は、どんなご身分の方でもお断り、無理強いされるようなら修道院に入る、と息巻いてましたわ……あの子は田舎育ちで純粋なので、国の為の道具になろう、なんて気持ちはわたくし以上になくて」

「もしかしたら兄上は、セシルに使ったのと同じような薬をミリアに使うつもりかも……。既成事実が出来てしまえば、ミリアだって受け入れるしかなくなる、と……」

「そんな! そんな事になったら、あの子はきっと自害します!」

「しいっ、大きな声を出しては駄目だよ。そんな事にならないよう、手を打つから」


 自分も、マリアローゼ姉妹も、今や兄の標的だ。だが、兄には調子に乗り過ぎるところがある。そこを逆手にとって裏をかき、皆の前で真実を暴かねばならない……と、アルフリードは決意を固めた。

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