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5・第二王子と薔薇姫と女騎士

※王太子について、無理やり・胸糞な内容が含まれますので、苦手な方はご注意下さい

「きみが同志として協力してくれるなら、僕はとても助かるよ。きみに危険が及ばないよう、僕が絶対に守るから……おっと、これは、薔薇の剣姫に対して僕みたいな軟弱者が言うなんて、失礼かな」

「まあ、アルフリードさまが軟弱者のふりをなさっていただけで、鍛錬を怠っておられなかった事を、あの時にわたくしが気づかなかったと思われまして? 考えてみれば、無邪気に遊んでいた子どもの頃、一番強かったのはアルフリードさまでしたわ。事が収まれば、一手お手合わせ頂きたいものですわ」


 マリアローゼは笑って言った。アルフリードは苦笑して、


「きみと兄上の婚約破棄が成立したらね」

「そう言えば、結局まだわたくしは、フランシードさまの婚約者なんでしたわね。どう転んでも、今日に婚約破棄は成ると思っていましたのに」

「まあ、兄上の秘密を探れたら、嫌でも婚約は破棄されると思うよ」


 と意味深な事を言う。


「それで、具体的に何をなさるおつもりですの?」

「兄上の側近、女騎士のセシルを覚えている?」

「勿論。最近はあまり話してはいませんが、わたくしは幼馴染と思っています。彼女は伯爵令嬢で、ずっとフランシードさまを慕っていました。わたくしとフランシードさまの婚約が決まった時、別にわたくしの願いではなかったのですけれど、セシルが祝福はしてくれたけれども随分落ち込んでいたので、それ以来、少し疎遠になってしまったのでした」

「この頃……兄上は随分セシルを重用なさっている。婚約者のきみには誰も耳に入れなかったと思うけれど」

「まあ、何故婚約者の耳に入れないのでしょう? 普通なら、婚約者の側近の事は把握しておきたいと思うものでは?」

「それがそのう……まあ、きみが本当に兄上に愛想を尽かしているのなら、受け入れられると思うけど、少し前まではね……」

「?」


―――


 アルフリードは、匿名で『王太子に対する陰謀を知った。秘密裡にお話ししたい』というメッセージをセシルに送った。


「何故、匿名ですの? それになんだか騙すような……」

「セシルはメッセージを兄上に見せて、行動の判断を請うだろう。だから、僕やきみの名前を出しては駄目なんだ」

「ああ、フランシードさまに信頼を得ている側近ならそうしますわね。セシルは昔から真面目な娘でしたもの。勝手や軽はずみな行動はしませんわね」

「……そうだね。僕は、セシルも救ってあげたいと思っているんだ」

「救う?」


 女騎士セシルを呼び出した、夕暮れの庭園の隅の東屋……彼女が来るのを待ちながら、マリアローゼはアルフリードとそんな会話を交わしていた。

 今まで、婚約者である王太子以外の男性と、人目につかない場所で二人になった事など勿論ない。


『なるほど。マリアローゼは、私の婚約者でありながら、アルフリードとも情を交わしていたのだな。今の様子でそれが判ったぞ。いつも軽薄なアルフリードが、別人のように真剣に……』


 あの時の言いがかりが不意に思い出され、マリアローゼはかっと顔が赤くなる。確かに、こんなところを誰かに見られたら、あの言葉を否定できなくなってしまう。

 でも、これは、アルフリードが国王から依頼された事の手伝いなのだ。自分は証人として立ち会っているに過ぎない。アルフリード王子は『兄上の闇』なんて物騒な事を言っていたけれど、そこから王太子を救う為と理解すれば、セシルは解ってくれるだろう……。


 ひとの気配がして、東屋にひとりの人物が入って来た。セシルだ。


「……やっぱり、アルフリードさまでしたのね。マリアローゼさまもご一緒とは思いたくなかったのですが」


 強張った声音が、あからさまな警戒を表している。


「兄上がそう仰ったのかい?」

「ええ」

「なんで僕とマリアじゃ駄目なの? メッセージに書いたでしょ、兄上に対する陰謀の事、警告しようと……マリアも証人だから同席を頼んだだけなんだけど」

「フランシードさまは、『マリアローゼは、王太子妃の座を失いたくないから、アルフリードに取り入って自分を廃嫡に追い込もうとしている』と……。こんな夜にお二人で。フランシードさまのお言葉が正しい事、証明されましたわね」


 冷たい言葉に、マリアローゼは愕然とする。


「フランシードさまはとんでもない誤解をなさっているわ! わたくしは婚約破棄が成ったら騎士団に入りたいとはっきり申し上げたのに! それに、アルフリードさまに取り入るなんて。わたくしはただ、お手伝いをしたいとお願いしただけ。それも、ご兄弟の仲が和らぐようにと願っての事」

「口では何とでも言えますわ。王太子殿下の婚約者ともあろう御方が、殿方と二人きりで、わたくしが来るまで何をしていらっしゃったのかしら?」

「何、ってお話しする以外何があるの。だいたい、貴女が遅いから二人になってしまっただけで、元々、三人で会う約束だったでしょう? 貴女の言うような……なにかやましい事があるのなら、わざわざ貴女を呼ぶ訳がないでしょう!」

「そうだよ、セシル。きみは、僕がマリアと二人になる状況を作る為にわざと遅れて来たんだろう? そう、兄上に命じられたんだろう? 二人が密会している現場を押えて来い、と。で、きみはそれを信じた。何をしてたか、って? きみが兄上としているような事、とでも想像してたのか?」

「……!!」


 初めて、セシルの冷静な仮面にひびが入ったようだった。彼女は蒼白になり、


「な、なんのことですの。わたくしは殿下の忠実な剣に過ぎません。わたくしが殿下と何をしている、って……」

「別に僕は、兄上が結婚前に部下の女性に手をつけてたからって、それをどうこう言う立場じゃないよ。でも、純真に自分を慕って忠誠を尽くしてくれてる相手に、薬を盛って言いなりにさせる、なんて立派な事かなあ? そう感じた事はないの?」

「なっ、何故それをアルフリードさまが!」


 アルフリードの言葉を肯定する返しをしてしまった事に気付き、セシルははっと口を押えるが、もう遅かった。


「やっぱりそうだったんだね」

「! かまをかけられたのですか?!」

「ある頃から、きみと兄上の間に変化があったのは何となく感じた。二人が合意の上なら、別に僕には関係ないけど、兄上を慕ってはいても、清廉潔白を旨とするきみが、そんな不適切な事をするかな? と思って、ちょっと侍女に探りを入れたんだ。断片的な情報だったけど、だいたい僕の考えで当たってるみたいだね」


 アルフリードの言葉にセシルはわっと泣き崩れる。事前に何も聞いていなかったマリアローゼは、二人のやり取りの意味を、信じられない気持ちで推し図っていた。


「わっわたくし……まさかフランシードさまがあんなことを要求されるなんて……びっくりして、最初はお断りしました。わたくしの役目は、殿下をお護りする事、そういう女ではございませんと……。わたくしを側妃に、とかそういうお話ならばともかく、伽をせよとただそれだけ……わたくしは騎士で伯爵令嬢なのに、そんな端女みたいな目で見られていたのかと思うと、恥辱で情けなくて、その場で自死してしまいたい位でした。でも、わたくしの様子を見ておられたフランシードさまは、悪かった、そなたがあまりに魅力的だから、と謝られて、落ち着く為に飲むように、と盃を下さったのです。……そしてその後の事はよく覚えていません。でも、翌朝目覚めて、自分の身に何が起こったのかは、判りました……」

「それで、どうしたの?」

「記憶にすらない事で主君を疑う訳には参りません。でも、もう生きているのも嫌になりました。けれど、フランシードさまはお優しくわたくしをお慰め下さり……この薬をずっと飲んでいれば、嫌な事は何も考えなくて良いし、自分の言う事を聞いてさえいれば幸せになれると言われ……ああ、結局わたくしは死ぬ勇気がなく、フランシードさまの仰る通りに……本当はこんな事、止めるようお諫めするのが側近の務めと、頭の中のどこかにはあったのに、段々何もかも、フランシードさまにお任せしていれば、何も悪い事はないのだ、という考えに囚われるようになって……でも、アルフリードさまのお言葉で、何だか長い悪夢から覚めて、現実に戻ったような心持ちです」

「セシル……」

「マリアローゼさま……申し訳ありません。わたくし、マリアローゼさまを裏切るような事をしておいて、あんな失礼な事を……」

「いいのよ、薬が言わせた事なのでしょう?」


 マリアローゼは、未だ信じられない気持ちだったが、泣き詫びる娘を優しく慰めた。

 フランシードは一体どうなってしまったのだろう? それとも、これが元からの本性で、自分が見抜けなかっただけなのか。


「セシル、きみはまだ兄上の傍にいたい?」

「いえ……わたくしは、あの方が怖い……」

「だったら、暫く実家に戻って静養するといい。僕から父上にそういう沙汰を……身体を壊して暫くお務めは難しいという診断書をつけて出すよう、お願いしてみるよ」

「ありがとうございます、アルフリードさま。酷い事を申し上げましたのに、そんなお計らいを」

「人生は長いからね、セシル、今しばらくは辛いと思うけど、自棄を起こしておかしな真似をしては駄目だよ」

「まあ、わたくしの性格を本当に見抜いてらっしゃる……」

「話す機会はあまりなくなっていたけど、僕ら、幼馴染だからね」

「有り難いお言葉……」


―――


「ふむ、あの薬の効き目はこの程度か。やはり大した使い物にはならんな。まあ、王太子には適当に報告して、別の女をあてがってやるか。男装の女は嫌だとかほざいておきながら女騎士と……などとあまり広まっては面倒の元になるし、そろそろ潮時かとは思っていたが」


 東屋の裏、庭師に身をやつした一人の男が、この会話を全て聞いていた。

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