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2・王太子と薔薇姫、決闘

 王宮内の広場は貴人も下働きも交えて人混みでごった返していた。

 何しろ、前代未聞の、王太子とその婚約者の公爵令嬢との決闘が行われるのだ。誰もが仕事を放りだして詰めかけている。この見ものを逃してしまえば、当分の間、皆の話題についていけなくなってしまう。


 国王はこの決闘騒ぎを聞いてもあまり驚かなかったという。元々、子どもの頃から、愛くるしいけれど男勝り、おとなも舌を巻く程頭の回転の早かったマリアローゼを非常に可愛がってきた王であるし、不当な言い分で一方的に婚約破棄を希望する長男に失望してもいたので、この決闘を認める事が、王家として宰相の娘に恥を与えた詫びになると考えたようだった。


「マリアローゼに這いつくばって詫びよ、と言うたのに……私的な場で最初からそうしておれば、このような騒ぎになって恥をかかずに済んだものを。王家の面汚しもいいところだ」


 観戦する国王は、マリアローゼの勝利を微塵も疑っていない様子を隠さない。傍らの宰相は、ひたすら恐縮した態で、


「我が娘の躾がなっておらぬばかりに、こんな事に……。不敬な娘へ罰を申しつけられても仕方のない無礼ですのに、陛下のご寛容には改めて感謝致します」

「いや、王族といえど、己の過ちを認められぬようでは、王者の器とは言えぬ。マリアローゼはあれ程フランシードに尽くしてきたのに、顔が同じで淑やかな妹が現れたら途端に心を変えるなど、わしには信じ難き事。まあ、フランシードの器を測る良い機会と思う」


―――


 銀の胸当てをつけた若き王子と、何の防具も身に付けず、紺地のびろうどの乗馬服を纏い、プラチナブロンドの髪をきつく結い上げた男装令嬢は、皆が固唾をのんで見守る中、互いに細剣を腰に対峙した。

 さすがに殺し合う訳にはいかない。相手を降参させるまでだ。

 王子の付き添いには騎士団長、そして、令嬢の付き添いには……何故か、フランシード王子の弟、アルフリード王子。


「何故、アルフリードさまがわたくしの付き添い役など務めてくださるの?」


 幼馴染で子どもの頃は親しかったが、今のアルフリードは、鍛錬もせずに令嬢たちと遊んでばかりの『軽薄王子』……マリアローゼは、アルフリードの姿を見る度に失望し、態度も頑なになっていた。なのに、何故?


「だって、いくら皆、心情的にはマリアの味方でも、きみの付き添い役になれば、王太子に盾付いたと思われるかも知れない、と恐れているからねえ。きみは嫌かも知れないけど、適任は僕しかいないのさ」

「……ありがとうございます、と申し上げるしかありませんわね」


 そして、王太子と令嬢は、この決闘が神と国王の御前で行われる神聖なものである旨を宣誓し、構えをとる。両方の付添人は脇に下がった。


 皆が思っていた。あっという間に勝負はつくだろうと……。王太子の腕前は並である。王国の誇る『薔薇の剣姫』に敵う筈がない、と。


(……にしては、何故兄上は決闘を受けたのかな? 気位は人一倍高いのに。なんだか嫌な予感がするな)


 と、二人を遠目に見ながらアルフリードは思う。


―――


 一撃、二撃、三撃、と、王太子は目にもとまらない速さの令嬢の剣戟を受け止め、落ち着いて受け流してゆく。


「おお、いつの間に殿下はあのように上達なされたのか」


 と騎士団長は呟く。

 予想と異なる相手の動きに、マリアローゼは美しい眉を微かにひそめたが、息を乱す事なく、相手に休む暇を与えず打ち込んでゆく。だが、王太子はそれを全て受け止める。


「こんなものか、そなたの実力は。薔薇の剣姫に負けた男たちは、そなたの美貌に見とれて手を休めていただけだろう」

「……!! 侮辱なさるのか!!」


 マリアローゼは短気である。見くびっていた王太子の安い挑発にまんまと乗せられてしまう。

 かっとなって乱れた打ち込みを返すと、王太子は反撃に出た。突きを避けたマリアローゼの右腕を、ほんの皮膚の一部、王太子の剣が掠めた。


(……?!)


 何故か、あり得ない激痛が走る。と同時に、腕の力が抜ける。


(まさか……王太子殿下ともあろう御方が、神聖な決闘で毒刃を?!)


 潔癖なマリアローゼには信じ難い事だったが、フランシードはあろうことか、マリアローゼの様子を見てほくそ笑んでいる。


(そう言えば……以前、殿下は、一時的に身体能力を高める麻薬があると仰っていたわ……)


 それを使ったとしか思えない。でも……いま、その証拠はない。

 毒刃について訴え、調べて貰えば、それは見抜かれるかも知れない。でも、それは、フランシードの名誉を徹底的に貶め、ひいては、そのような者を王太子としていたこの国そのものが、他国の嘲笑の的になってしまう恐れのあること……そんな事はあってはならない。

 そして、マリアローゼの性格を知り抜いている王太子は、彼女が、国の為に彼の不正を胸に呑みこむだろうと解ってやっていたのだ……。


(毒なんかに負けやしないわ。不利になったって、私は勝ってやる……勝ってから、陛下にこの事を訴えるわ。世の中は強い者が勝つのだから。敗者の言葉など誰も聞きはしない)


 それは、マリアローゼの信念だった。

 彼女は、剣を左手に構え直す。


「悪足掻きはよせ! 今なら謝れば許してやる」

「ふざけないで頂きたいわ! わたくし、左手ではあまり手加減出来ませんのよ!!」


 常に右手を使っていたので、彼女が両利きである事を知る者は少ない。彼女の剣に興味を持たなかった婚約者も、それを知らなかった。

 渾身の一撃が、慌てた王太子の剣を撥ね飛ばし、喉元に突きつけようと狙う。

 しかし……王太子の剣は、撥ね飛ばされる前に、真ん中から折れた。


「あっ……」


 折れた毒の刃は、高く宙に飛んだかと思うと、そのまま、防具をつけていないマリアローゼの胸元めがけて落ちて来る。毒で弱った身体で、マリアローゼはそれを避ける動きが出来なかった。

 広場のあちこちから悲鳴が上がった。

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