センタク
道成高等学校 二年三組 名簿
男子
1 阿川 縁慈
2 遠藤 透 親友
3 小崎 真嗣
4 紙白 渉
5 倉望 啓太
6 佐藤 龍樹
7 田中 碧
8 深谷 勇気
9 堀田 晴義
10 三上 友明
11 湯浅 宗彦
12 渡瀬 剣斗 主人公
女子
13 相上 奈緒 仲良い
14 安藤 忍
15 加賀美 凪
16 今野 美乃梨
17 斉藤 瑞穂
18 佐武 心愛 幼馴染
19 土屋 紗江
20 富田 香苗
21 戸田 紫月
22 中田 絵美
23 中谷 果歩
24 中谷 きらり
25 平沢 里沙 彼女
26 平山 緑
27 毛呂山 愛
28 柚木 美音
()の後は主人公との簡単な関係。
PS.全員登場するわけではありません。
センタク
目を覚ますと、真っ白い部屋にいた。どうやらイスに座っているらしい。
目の前にはアクリル板があり、それを隔てて向こう側にも部屋がある。囚人と面会する場所のような感じだ。ただ、向こう側の部屋が中央を分厚い鉄板で分けられ個室のようになっている以外は。それぞれの個室の中央には白いイスが置かれている。手足の拘束具付きで。
ぐるっと辺りを見回すと、真後ろで視線が止まった。そこにあるドアからの脱出を防ぐためのように黒色のスーツにサングラスをした男が二人立っている。腰には刀が差してある。いつの時代だよ。不審に思いながらも意を決して二人に声をかける。
「あの、ここどこです?」
完全に無視。聞こえてないわけがないからこれは無視だ。
ため息をついて、少し自分の記憶を振り返る。
確か、朝起きて梨沙と学校行ってクラスでワイワイやってたはず。あれ? どのタイミングで記憶が抜けたかわからない。それに、今は二月でまだ寒い日が続いていたのにこの部屋は暖かかった。エアコンなども見当たらないのに。
あれこれ思考していると、ブツッとテレビの電源が入る音がした。
その音のほう、自分の左側の上方に申し訳なさそうにテレビがあった。
画面の中にはこれまた黒色のスーツに狐の面をつけた男がいた。
男が言う。
『よく来たね。道成高校二年三組の諸君。 毎年、全国の高校の中から無作為に抽出し選ばれる運のいい高校だ。ちなみに今年は、二年生だったんだね。去年が一年生、来年は三年生。まあ君たちには関係ないか』
なんだこいつ。何を言ってるのかさっぱりだ。無作為に抽出し選ばれる運のいい高校だ、なんてことはない。逆だろ。ここはいったいどこなんだ。
おれの心の声が聞こえたかのように男が続ける。
『ここはいったいどこなんだ、なんて思っているのだろうが答えるつもりはさらさらない。君たちには関係ないからね。そうだな。今から何をさせられるのかを知りたいだろうね。簡単だよ。選んでもらうんだ。出席番号12番渡瀬剣斗君』
おれの名前だ。なんで知ってる。
『なんで知ってるのかは置いといて、君は選択者に選ばれた』
あいつこっちの考えてることわかるのか。
そういえば梨沙は? それに他のみんなは。
『安心していいよ。梨沙も他のみんなも別室だよ。あとで君の前の部屋に順番に来るから。君は選択者でクラスメイトは被選択者だよ』
選択者と被選択者どういうことだ? さっきから疑問しか出てこない。
『さて、簡単に説明しよう。選択者である渡瀬剣斗君の前にもう一つ部屋があるだろう。まあ一つと言っても鉄板で分けられてるから二つとも言えるけどね。君の目の前のアクリル板を割ろうだとか壊そうだとか無駄だからね。とにかく、被選択者である君のクラスメイトがランダムに二人選ばれる。この二人は誰になるか我々にもわからない。そして、その二人は君の前のそれぞれの部屋に入れられる。そこからは簡単、君が選んだ方は生き残って選ばれなかった方は死ぬ。尚、両方選んでも選ばなくても、二人とも死ぬからね』
死ぬという言葉が出てきて思わず口を挟む。
「おい、死ぬってなんだよ。冗談だろ」
くくく、と男が不気味に笑う。こちらの声も聞こえてるようだ。
『さあどうだろうね。君の座っているイスの裏側を触ってみるといい』
言われるがままに触ってみると四角い箱のようなものに触れた。テープか何かで貼られていたのか、バリッと剥がして目の前に持ってくる。
それは、長方形の箱に青色と赤色のボタンが付いているだけの単純なものだった。
「なんだよ、これ」
『当然の疑問だ。もう一度、目の前のそれぞれの部屋を見てみよう』
また、言われるがままに見る。それぞれの部屋のおれから向かって左側の入り口の上に青色のライト、右側の部屋の入り口の上に赤色のライトが付けられていた。なんとなく察した。
『それで選ぶんだ。始める前に一つ君に特別な映像を見せよう。これは君のクラスメイトも見ているが、選択者にだけ関係のある映像だ』
ブツッ、映像が変わった。その映像の部屋はここと造りが同じだ。そして、おれが座っているイスと同じ場所にあるイスに座っている男の人を見て嫌な汗が垂れる。
「父さん……」
思わず呟いた。
父さんは、今おれが見ているテレビの方を見ている。同じような映像が流れているのだろう。テレビに向かって一つ頷いたあとに父さんはイスの裏側を触って長方形の箱を取り出した。
しばらくすると、腰に刀を差した黒スーツに連れられて一人は青色、一人が赤色の部屋に来た。
二人がイスに座ると手と足を拘束された。その二人を見て、おれは絶句する。
「……母さん、めぐ」
母親と妹の恵だった。なんで、この三人が。
それぞれの黒スーツが各部屋の入り口に戻ったところで、父さんのイスが左に動いた。青色、母さんの方だ。
父さんが移動した後、母さんのイスが前に動いて、アクリル板一枚を隔ててすぐ手の届きそうなところで父親と母親が対面した。
おれは一度画面から目を離して自分のイスの足元を見る。確かに横に移動できるようになっていた。前後移動というのもそういうことか。
こんな時にもこの状況を確認する自分に少し腹を立てつつ、画面に目を戻す。
なんの会話をしているのだろう。こちらには聞こえない。でも、どちらも泣いているのは伝わってきた。十分ぐらい経っただろうか、母親のイスが後ろに移動して元の位置に戻る。すると、父親は右に移動して妹の方で止まった。妹のイスも前に移動する。
母親の時と同じように対面している。こちらも何か話しているようだけど何も聞こえない。
おれはイスから立ち上がり画面の近くに行くがやはり何も聞こえない。立ったまま画面を注視する。
時々、妹が首を横に振ったり頷いたりしているのだけが見える。
十分ぐらい経ったころ妹のイスが後ろに戻る。父親の方も中央に戻った。
父さんは自分の両手の中にある長方形の箱を見ながら項垂れている。
しばらくすると、赤色のライトが点滅した。妹の部屋の方だ。青色の部屋の入り口に立っていた黒スーツは俯いた母さんの背後に立った。腰の刀を抜いた。
「う、嘘だろ」
自分の声が震えているのがわかる。これから、起こるであろうことがなんとなくわかる。歴史の授業でも出てきた。
黒スーツは少し移動しておれから見て母さんの右斜め後ろに立つと刀を上段に構えた。
「やめろよ……やめろ!」
聞こえないのはわかっていたけど、それでも叫ばずにはいられなかった。
黒スーツが勢いよく刀を振り下ろした。
一瞬だった。母さんの頭は勢いよく前に転がり落ちると、顔を父さんの方に向けて止まった。
父さんははっと顔を上げるとイスから立ち上がりアクリル板に縋り付いた。その姿は、欲しいものが手に入らずガラス越しに泣きじゃくる子供のようだった。やがて崩れるように父さんが膝をつくと、母さんのイスの下が開いてイスごと首無しの体が落ちて行った。
黒スーツはゆっくりと歩きながら母さんの頭に近づくと、ゴミでも拾うかのような軽々さで頭を拾いイスの落ちて行った穴に近づいて頭を捨てた。紛れもない、おれの母親の頭だ。
まだ、親孝行もしていなかったのに……。いつの間にか、おれも父親のように膝をついていた。今更母親が首を切られる様子が脳裏をよぎって吐き気を催す。
『君の父親は立派だ』
唐突に聞こえてきた、狐面の男の声に吐き気を無理やり抑えつつ顔を上げて画面を見る。膝をついて床を見ている間に変わっていた。
「あれは、本当なのか? 本当に?」
聞かずにはいられなかった。
くくく、と不気味に笑った後頷いた。
証拠なんてない。ただ、映像を見せられただけだ。あとはこの主犯のような男が認めただけだ。それでも、おれには本当だとわかった。
なんで……こんなこと。
『この程度でくよくよしていて大丈夫なのか? これから君はもっとーー』
「うるさい、だまれ。お前のこの程度とおれの気持ちを一緒にするな!」
泣いていた。高校生にもなって、だからって誰にも笑わせない。
涙を拭う。
『いいね。安心しなよ君の父親と妹は本当に立派だったよ。君の父親は、ちゃんと選んだんだからね』
「こんなことして……警察も国だって動くだろ」
そこで思い至ってしまった。最初にこいつは毎年と言った。それが意味することは……。
『その表情は何かに気付いたみたいだね。バラエティ、いやドキュメンタリーかな。まあこの番組は国も認めているんだよ』
「な、んで」
上手く声が出せない。
『なんでかって? 君たち若者が選ばないことを選ぶからだ。いいか、この世界では幾度となく選択が人を襲う。そして、選ばなかった方を犠牲にして成長していくんだ。それなのに、君たちは選ぶことを選ばないなんていう浅ましい考えをしている』
「そんなこと……」
『そんなことないって? では訊くが、その選ばないという考えは真剣に考えてだしたのか? 違うだろ、めんどくさい、なんでもいいそうやって決めてるんじゃないのか? もちろん真剣に答えを出す子もいるだろうがね』
何も言えなかった。おれはそうだから。選ぶのがめんどくさくて、だからって選ばないことを選んでいたからだ。
『少し熱くなってしまったな。まあ助けてくれる大人はいないということだ。担任も了承済みだ。そういえば一つ説明し忘れてたが、君の前の部屋に来た二人とはそれぞれ十分ずつ話す時間を与える。最後にどちらにするか考える時間も十分だ』
では、始めよう。そう言い残してデレビは消えた。
おれには選べない。こんなの……。
プツッ、放送の入るときのような音がした後、男か女かわからない機械音声が聞こえてくる。
『被選択者ーー青色出席番号16番今野美乃梨、赤色出席番号22番中田絵美』
放送後しばらくすると黒スーツに連れられて今野と中田が来た。
二人はイスに座らされて手足を拘束された。
おれのイスが今野の方に動く。今野のイスもおれの方に動いて、対面した。
「今野?」
試しに声をかけてみる本当に聞こえているのか試したかった。
「聞こえてるよ、あの映像の人たちって渡瀬君の家族だったんだね」
今野が泣きそうな表情になる。
「なんで今野が泣きそうなんだよ」
「だって……もし、私の家族だったらって。ごめんね、こんな考えひどいよね」
「ひどくない」
素直にそう思う。おれだって他の家族だったら同じように考えるだろう。
大したことは話さなかった。今野の好きな歌手の歌は、おれもよく聴くだとか。今野が実は爬虫類が大好きだったとは思わなかったけど。
「ねえもし渡瀬君が私を選ばなくても恨まないからね」
最後に今野はそう言った。おれが何かを言う前にピッと短い電子音が鳴って今野のイスが後ろに戻った。その直後、隣の部屋から中田のものだろう悲鳴がくぐもって聞こえてきた。一応防音になっているようだ。
おれのイスが右に動く。中田の部屋の前につく。言葉を失った。吐き気がして思わず手で口を押さえる。
まだ、選んでもないのに首から上ががなかった。そのまま、イスごと体が下に落ちていく。黒スーツが頭を拾って穴に捨てる。
何も理解できない頭に、ブツッというテレビのつく音がした。反射的にそちらを見る。
狐面の男が映る。
『まあ一度はこうなるからお馴染みなんだけど、出席番号22番中田絵美さんはうるさかったから殺しちゃいました。本当は選ばせなきゃいけないから嫌なんだけどね。ちなみに、その部屋のアクリル板は特殊で青赤で音が通る通らないってできるんだよ。これは特別。渡瀬剣斗君、出席番号16番今野美乃梨さんを生かしますか? 選んでください』
考えるまでもなかった。おれは、持っている箱の青色を押した。
『だろうね。では、まだ先は長いけど頑張ってね』
テレビが消えた。おれのイスが中央に戻る。立ち上がって今野のほうに行くと、黒スーツに連れられて部屋を出て行くとこだった。
ドアが閉まるのを見届けて、イスに座る。
中田をうるさいから殺したと言った。それだけの理由で殺すあいつらに怒りとともに恐怖する。そして、これはお前らなんていつでも殺せるという脅迫のようにも感じた。
「こんなの、無理だ……」
中田とはそんなに話したことはない。というか中田は人見知りだったと思う。いつも自分の席で本を読んでいた。安藤忍とだけは仲良くしていた。あいつもあんな風に笑うのかと思ったのを覚えている。
放送が入る。
『被選択者ーー青色出席番号7番田中碧、赤色出席番号14番安藤忍』
謀ったかのような人選だ。黒スーツに連れられて二人が来る。イスに座って拘束される。
おれが碧のいる方に動く。碧が前に来て対面する。
「次はおれかって感じだよ。お前、絶対女しか選ばないだろうからな。この浮気者」
こんな時にも冗談を混ぜてくれるこいつには頭が下がる。
「浮気者は余計だ。おれには莉沙がいるからな」
「はいはい」
沈黙が続く。なんの話をしようか考えていると、碧が口を開く。
「忍を選べ」
「はっ?」
確かにこいつは野球部で安藤がソフトボール部っていうのもあって仲がいいのは知っている。
「忍は中田と仲が良かったから多分、おれを選べっていうと思う。でも、頼む。忍を選べ。おれは忍が好きなんだ」
知らなかった。いつも仲良いよなといじるとすごく嫌がっていたから。照れ隠しだったのか。
ピッと短い電子音が鳴った。
「頼むぞ」
そう言い残すと、碧が後ろに戻る。
おれのイスが安藤の方に動く。安藤が前に来て対面する。
「渡瀬」
黙っているおれに安藤の方から声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「あたしを……選ばないでほしい」
今にも落ちそうな涙を浮かべながら胸に手を当てて訴えてくる。
「あたしは、絵美が死んじゃったからもういいんだ。だから、碧を選んで……」
そう言うと俯いた。
選ぶとか選ばないとか、あの狐面の男は選ばないほうを犠牲にしてなんて言ったけれどこれは絶対に違う。ふざけてる。そう思った。
「言った通りだ」
「えっ?」
俯いていた安藤が顔を上げる。
「碧が、忍は中田が死んだからおれを選べっていうかもしれないけど忍を選んでくれって頼んできたんだ」
「碧が? なんで?」
本当にわからないとでも言うように、眉を八の字に寄せておれを見る。
「好きなんだってさ、安藤のこと」
「いや、えっ、あたしそんなの知らない。知りたくもないよ」
今度はおれが眉を寄せる番だった。
「なんで、碧は本気で安藤のことをーー」
「だからだよ!」
安藤がおれの言葉にかぶせるように叫んだ。
「好きだから、あたしに生きろって? でも、碧があたしのことを好きだって知ってそんなことできないよ。絵美も死んで……あたしは、あたしも碧のこといいなって思ってたのに。そんなこと言われたら好きになるよ? なのに、その碧もいないんだったらあたしはもう生きる意味ないよ……そんなの無責任過ぎる……」
迂闊だった。少し考えればわかることだった。中田が死んでもういいやって思ってる安藤に、実は好きだって言ってる奴がいてそいつも今から死ぬなんてなったら……。
「ごめん、おれ……」
「渡瀬は悪くない。お願い、碧を選んで」
ピッ短い電子音が鳴った。安藤は後ろに戻る。おれは中央に戻った。
『それでは、選択者は青色か赤色か選択してください。残り時間、十分』
機械音声が抑揚もなく淡々と告げる。
おれは……どっちを選べばいい? 自分に問う。言うまでもない、結局答えを出すのは自分だ。
ただただ時間が過ぎていく。もうどちらを選ぶかほとんど決まっていた。
『残り時間、五分』
押したくない。押さなきゃいけないのはわかってるけれど、指がボタンを押せない。
『残り時間、一分』
押すしかない、押すしかない、押すしかない。
『残り時間、三十秒』
青色を押した。
「なんで! 剣斗!」
碧の声が聞こえてくる。おれはイスから立ち上がって碧の方に行って頭を深く下げた。碧は何かを堪えるような表情をして静かに首を振った。
碧は拘束が解かれると同時に自分に向かって歩いてくる黒スーツに殴りかかった。黒スーツはなんでもないことのように少し上体をずらしてそれを躱すと、素早く刀を抜いてそのまま斜め下から碧の首を切り落とした。
制御を失ったロボットのように碧はその場に崩れ落ちた。
イスの下が開き碧の体も頭も落ちていった。
「嘘、だろ……うっ」
おれは慌てて、安藤の方を見に行く。もう死体どころか何事もなかったかのように元どおりになっていた。血もない。黒スーツもいつの間にかいなくなっていた。
改めて碧の方を見に行ったが、同じく何事もなかったかのようになっていた。
「うっ……ぐっ、うぅ」
気持ち悪い、頭痛い、こんなにも人の死に直面するなんてありえない。でも、そのありえないことが起きている。
イスに座ると背中を背もたれに預けて天井を見る。俯いていると出てしまいそうだ。
もうテレビのつく音も気にならなくなった。
『これは面白い。選ばれたのに自ら死にに行くとは、愚かだな。大切なのは自分の命だろう? 君もそうは思わないかい? 正直に言っていいよ、この会話は他のクラスメイトには聞こえていないからね』
おれは何も言わず静かに睨みつけた。
『睨まなくてもいいじゃないか。まだまだ始まったばかりだよ、楽しもう』
テレビが切れた。まだまだ? ふざけるなよ。もう、こんなことしたくない。 これは夢で目が覚めたらいつも通りの毎日に戻らないだろうか。この夢のおかげで今までなんとも思っていなかった当たり前の毎日に感謝して過ごすなんてことにならないだろうか。なるわけがない。夢などではないから。
無情にも放送が入る。少しの希望も抱かせない機械音声が聞こえてくる。
『被選択者ーー青色出席番号18番佐武心愛、赤色出席番号20番富田香苗』
二人が定位置についた。ついに来てしまった。
おれも心愛も移動して対面する。
「心愛」
「あーあうち選ばれちゃったね。こないでーって思ってたんだけど」
心愛はそう言うと微笑んだ。なんでこんな時に笑えるんだろう。
「ケンのが大変だよね、だって選ばなきゃいけないんだよ。あの狐は選ばないことを選ぶとか言ってたけどさ、選ぶのはケンだけじゃん。こんなの意味ないよ」
泣きそうになる。さすが幼なじみなだけあってよくわかってる。おれが今欲しい言葉も。
「だから、うちが笑ったらちょっと元気出るかなーって。えっちょっと泣かないでよ」
涙が流れる。無自覚だった。まだ、たったの数人だけ。でも、その数人は赤の他人ではないのだ。他人だけど、それでも一年近く同じ教室で過ごした仲間だ。辛くないわけがない。
「ありがとう。おれ、もう選びたくない。こんなんなら選ばないことを選ぶ方が楽だ」
もうこの選択させる行為は完全に支離滅裂だ。選ぶことの大切さを説こうとしているくせに選ぶのをイヤにさせているんだから。
最早、あの狐の趣味だ。
「うん。うちのこと選ばなくてもいいから、気にしないし。透も莉沙ちゃんもすっごく心配してたよ」
そうか、透も莉沙も無事なんだ。ホッとした。
「心愛ありがとう、ある意味このタイミングで心愛と話せて良かったかも。でも、もし心愛を選んだらお前は他のみんなのところに戻ってからイヤな思いするかも。それが心配だよ」
「なんで、うちにするみたいな話ししてんの。選びたくないんでしょ? 」
「そうだよ。でも、選ばなきゃ……みんなが死ぬのは嫌だから……」
「あの狐の思うツボじゃん」
そんなことはわかってる。
「それでも……」
「わかった。でも、うちが幼なじみだからとかそーいうのは捨ててね」
そうは言われても、と何かを言おうとしたけれど、心愛が続ける。
「そうだケン知ってるかわかんないけどさ、うちスペイン行きたいんだよね」
さっき言おうと思ってたことが飛んだ。
「は? なんでスペイン?」
「なんとなく、好きだし、スペイン語も勉強ちゅー」
「てか、なんで今言った」
「ずっと言おうとは思ってたんだけどね〜」
心愛がスペインに行きたがる理由に心当たりがない。
「いつ行くの?」
「まだだよ高校卒業と同時に留学できたらなと」
「まじか」
「まじ、ケンも来る? なんちって」
ピッ短い電子音が鳴った。
心愛が後ろに戻る。スペインの話を無理矢理頭の奥にしまう。
おれはそのまま富田の前に行く。富田も前に来て対面する。
相当おれは悲惨な顔をしてたみたいだ。富田が吹く。
「なに死刑執行日の生きたかった囚人みたいな顔してんの? 笑える」
「……見たこと、あんのかよ」
「ないけどさ」
サラッとそんなことを言う。
「ないのかよ」
富田が気遣ってくれているのがわかるが、そんなことしか言えない。我ながら情けない。
「まあ渡瀬は心愛ちゃん選ぶでしょ?」
おれはもう心愛を選ぶと決めていた。富田が嫌いだとかそんなことは絶対にない。生きてて欲しい。素直にそう思える。でも、それでも選ばなきゃいけないならーー
「いーよそれで、別に死にたいとかじゃないけどさ。やっぱ過ごした時間には勝てないよね~」
富田は自嘲気味に笑う。
「だからってわけじゃないけど、ひとつだけお願いしてもいい?」
おれはなんでも聞くつもりで何度も頷く。
「首振り人形みたいにそんな振らなくていいから」
また富田が吹いた。
「本当に富田はおれなんかより強い」
「あのさ、私別に強くないから。虚勢だよ虚勢。とりあえず、お願いってのは私が死ぬとこ見てて」
口の端を痙攣させながら、富田は笑う。
「怖いんだよ、本当は。でも被選択者で心愛ちゃんと一緒になった時、あちゃーって思ったんだ。だって選ぶのは渡瀬だよ?」
おれは静かに聞く。
「だけど、ただ死ぬのは怖いから。見てて、私を一人で死なせないで……それがお願い」
「分かった」
ピッ短い電子音が鳴った。富田が後ろに戻って、おれも中央に戻る。
『それでは、選択者は青色か赤色か選択してください。残り時間、十分』
青色を押した。
心愛の方には行かずにすぐにイスから立ち上がると、富田のお願いを守るため富田の前に立つ。
おれが立ったのを見ると、ホッとしたように微笑んだ。
黒スーツがおれから見て富田の右斜め後ろに立って刀を抜いて上段に構える。
おれは目を反らすまいと富田を見る。刀が振り下ろされる瞬間、富田が「死にたくないなぁ~」と呟きながら涙を零した。我慢していたんだろう。おれは……。
黒スーツが刀を鞘に収めると、富田の頭を膝の上に乗せた。今までにない行動だ。初めて、黒スーツが人間らしさを見せた気がする。こんな行為に人間らしさなんて言葉を使っていいのかわからないけれど。
イスの下が開いて富田が落ちていく。
見届けておれは徐々に慣れつつある吐き気を抑え込んで、イスに座る。
そして、後悔する。いくら心愛が幼なじみで大切だからって、富田の命を平等に見なかったのだ。おれは、富田に罵倒されても良かったのに……富田だって死ぬのは怖いと最後に死にたくないとも言っていた。でも、富田は少しでもおれの気持ちが楽になるようにしてくれたのだろう。
ただ死ぬとこを見届けるだけで何が罪滅ぼしになるというのだ。
おれは、初めて自分の意思だけで決めてしまった。もう、後戻りはできない。
「……富田、ごめん……」
涙が溢れるが、すぐに拭う。今更、どうこう言うつもりはない。他のクラスメイトになんて言われようが全て受け切るつもりだ。
『ついに選んだね。だいたいがこの辺で選ぶんだよ。慣れってやつかな。では続きも楽しませてくれ』
もうテレビの方は見なかった。
『くくく、もうテレビは見ないと? 抵抗なのか何なのか知らないがまあいい。君に報告だ。出席番号17番斉藤瑞穂さん、出席番号23番中谷果歩さん、出席番号27番毛呂山愛さん、以上3名は脱走しようとしたので殺しました』
思わずテレビを見てしまった。
「なんだよそれ」
斉藤、中谷、毛呂山はクラスでも本当に仲良いよねと言われるぐらいの仲良し三人組だ。
『待機場所には二ヶ所出入り口があるんだよ。三人でと言っても二人と一人に分かれてそれぞれの出入り口から脱走しようとしたんだよ』
「違う。殺したって……」
『ん? あー、安心しなよ。待機場所では殺してないから。でもね、脱走は面倒くさいからね、隣の部屋で拷問したよ。こういう時は他のみんなに恐怖を植え付けないとだからね。悲鳴を聴かせて、最後は首をみんなに見せたよ』
こんなのもう本当に趣味じゃないか。
『趣味か、否定はしない。実際可愛い女の子を虐めるのは楽しいからね。くくく、あの三人もなかなか良かったよ』
怒りを込めて睨みつける。
「ふざけんなよ」
『ふざけてなどいない。一つ褒めよう君のクラスはレベルが高い。色々とね、正直今までで一番いいかもしれない』
全くもって嬉しくないどころか気持ち悪い。
『そこまで言うか、いや心の声だから言ってはいないか。くくく、まあ続きを始めよう。思ったより元気みたいだしね』
テレビが消えた。
確かに狐に言われた通り今までに比べるとそこまで気分が悪くはならない。さっきから生でクラスメイトの死体を見てきたからだろう。
でも、痛い。
『被選択者ーー青色出席番号10番三上友明、赤色出席番号19番土屋紗江』
それぞれの部屋に二人が来た。
最初に友明と対面する。
「よっ剣斗」
相変わらずいつも通りだ。
「ああ」
「んだよ、もっと元気出せよ」
なんでこんなにも普通なんだ。命が懸かってるのに。
「命懸かってるのに普通だな」
「いやさ、でもお前楽でいいよな。選ぶだけってさ。自分の命懸かってねーじゃん」
何言ってんだこいつ。おれが楽?
「なんだよそれ、おれが楽してるって言ってんのか?」
友明は少し鬱陶しそうな顔をしながら口を開く。
「お前が生かしたい方選ぶだけじゃん」
「おれが簡単に選んでるって言うのか」
友明は一つ欠伸をする。
「だってさっき佐武と富田のとき、すぐ佐武押したじゃん」
本当に待機室にも見えていたのか。
「そう、だけど」
「あってか知ってる? SNM死んだの?」
斉藤、中谷、毛呂山の頭文字をとってSNM。みんな確かにそう呼んではいたけど、単純だ。
「知ってる」
「まじ悲鳴すごかった。絶対拷問とかされてたんだろうな」
クラスメイトが死んだのに、なんでこいつは今朝見たニュースの内容を話すようにスラスラ話すんだ。
「お前、なんだよ」
「はあ? 別にそんな仲良くなかったやつが死んでも大したことないだろ」
もう決めていた。土屋と話す前に。
ピッ短い電子音が鳴って友明が下がる。
土屋と対面する。
土屋は何も言わないどころか顔もあげようとしない。
「土屋?」
声をかけてもなんの反応もない。アクリル板越しによく見ると、泣いているみたいだ。
「うっぐすっ、うぅ」
何も言えない。何を言ったところで気休めにもならない。ただ、黙って見ているしかない。
ずっと泣いていた。
「も、うやだ」
十分経つ頃、嗚咽を漏らしながら確かにそう言った。
ピッ短い電子音が鳴った。
中央に戻る。
『それでは、選択者は青色か赤色か選択してください。残り時間、十分』
赤色を押した。
イスから立ち上がり友明の方に行く。
黒スーツが友明の斜め後ろに立つ。刀を上段に構え振り下ろす。
友明は首を切り落とされることはなかった。
刀が振り下ろされる瞬間思い切り頭を前に倒し紙一重で避けたのだ。
刀がイスの上部を通過すると拘束具が外れるようになっているのか、友明の手足が自由になった。
「おいっ友明!」
友明は一瞬だけこっちを見ると、すぐに黒スーツの首の骨を折った。
本当に同じ高校生かよ。そう思った。
黒スーツの刀を拾うと、改めておれに視線を向ける。
「剣斗お前甘いよ。俺が体術と剣術習ってんの知ってるだろ」
まさかおれが選ぶようにわざと、きっと狐はこの状況も見ているのだろう。
「友明お前どうすんだよ」
「とりあえず黒スーツ殺す」
「まじかよ」
「あいつら強いのもいるけどだいたい初心者だし」
友明と話していると、隣から叫び声が聞こえた。
「渡瀬くん! 渡瀬くん! 助けてぇ!」
さっきまでほとんど泣いていた土屋だ。
慌ててそちらに行くと、こちらのアクリル板まで追い詰められた土屋がアクリル板に背中を預けながら首を振っていた。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
呪文のように呟く。
「土屋!」
おれの呼びかけに反応して土屋が振り向いた。
土屋が黒スーツから視線を外した瞬間、黒スーツが一気に間合いを詰めた。そのまま心臓を一突きした。アクリル板まで刀の切先が届いて、カツンと音を立てた。黒スーツが刀を抜いた瞬間、土屋の胸から血が溢れ出る。口からも血を吐くとアクリル板に体を密着させながら崩れ落ちた。
誰がどう見ても絶命だった。
「なんで……こんなに、簡単に」
容赦のない殺人に唖然とする。人殺しに慣れている自分を不気味に思う。
ふと思って後ろを見ると、二人いた黒スーツが一人になっている。
再び友明の方を見に行くと、黒スーツと斬り合っていた。
考える。一人があっちに行ったと考えれば、この部屋と向こうの部屋には行き来が簡単だということだ。そして、放送が入ってすぐに二人連れてくるということは他のみんながいる部屋も近くにあるんじゃないだろうか。
だけど、一対一だ。出口は黒スーツの後ろ。武器は黒スーツの持っている刀一本。この時点でほぼ無理だと言っても過言ではない。
可能性があるとすれば黒スーツが友明の方に気を取られてるこの少しの時間だ。
他の方法を考えることもなくすぐさま行動に移そうとしたが、移せなかった。
黒スーツが刀に手を掛けたからだ。友明の方から興味を失くした? いや、初めから友明の方を見ていたわけではなかったのか。なんせサングラスを付けている時点でどこを見ているのかなんてよくわからない。おそらく頭の方向だけ友明の方に向けていたのだ。
無理だ。戦意喪失したおれは友明を見る。
「あっ……」
声が無意識に漏れる。
頭の無い友明が床に倒れていた。
ポケットから白い布を出した黒スーツは刀の血を拭くと鞘に収めた。
下が開いて友明が落ちていく。
土屋の方ももう何もなくなっているだろう。
唯一戦えた友明が勝てないのに誰が勝てるんだよ……。
その場に座り込む。
『くくく、君たちは面白いな。三上友明くんだったかな? 剣術を習っていたなんてね。こちらも死人が出るとは思わなかったが、まあいい。ん? どうしたんだい? 渡瀬剣斗くん? まさか腰が抜けたのかい?』
言い返したいのに言い返せない。
『とりあえず、続けよう。ちなみにだが、土屋紗江さんは拘束具が外れると同時に走って逃げようとしたらしい。それを私の部下が防いだというわけだ。だがペナルティーだ。話す時間と考える時間を五分に減らすよ。さあ早くイスに座りたまえ』
土屋は逃げようとしたのか、いや逃げようとするのは当たり前だ。それなのにあんなに簡単に殺すことないだろ。
ゆっくり立ち上がるとイスに座る。
『くくく、素直でよろしい。では始めよう』
テレビが消えた。ちらっと後ろを見ると黒スーツの片方も戻ってきていた。
放送が入る。
『被選択者ーー青色出席番号1番阿川縁慈、赤色出席番号24番中谷きらり』
二人が定位置に着く。
おれのイスが阿川の前で止まったところで、狐の声が聞こえてきた。
『一つ言い忘れていた。被選択者はランダムで選ばれるがそれぞれ一回は絶対に呼ばれるので、覚えておいてね。以上、どうぞ続けて』
放送が終わる。
阿川を見る。
「なに」
嫌そうな顔で言われた。
「いや特に」
正直なところこいつと話すことはない。いじめ、とは言いたくないけれど男子の中でからかわれ役だったのは知ってる。本人が嫌がっていたのも。
「なんかさー君が選ぶ役ってのも的を射てる感じだね」
「どういう意味だよ」
意味がわからず聞き返す。
「君は僕がからかわれるの嫌がってたの知ってたでしょ。ぶっちゃけアレいじめだよね」
阿川はその身長の低さと名前がエンジ、それに上から目線という理由にもなってない理由でからかわれていた。
「みんなして、あっでも君はただ見てただけか」
おれはこいつのからかいに直接参加したことはなかった。中途半端に傍観者になっていた。これがいじめだという自覚があったから。
「ごめん」
「いーよ、今更。どうせ僕のことは選ばないだろうしね」
痛いところを突かれる。だが、どちらかを選ぶとなればみんなも中谷にするだろう。きっと誰も責めない。
「でも、ラインに招待して僕が入った瞬間みんな抜けるだとか、既読無視とか、席に画鋲よりもただ見てるだけの奴のがムカつくんだよ」
阿川は静かに怒りをぶつけてきた。
おれは何も言えない。高みの見物なんてつもりはない。それでも、ただ見てるだけの奴のがムカつくというのは分かる、気がした。
ピッ短い電子音が鳴った。
それから、一度も目を合わせなかった。
中谷の方に移動して、対面する。
「中谷きらりだよ〜」
間延びした声で自己紹介してくる。
緊張感が無さすぎる。
「知ってる」
「きらりさ、安心したんだよね。阿川とでさ」
どうりで緊張感が無いわけだ。
「じゃあ阿川選ぼうかな」
「やめてやめて、ちゃんと緊張するから」
二人してクスッと笑う。あまりにも酷い。どう考えてもこのネタは不謹慎だ。
「中谷はさ、もしおれと同じ立場だったらどうする? ちゃんと選んでいく?」
中谷はんー、考え込むように腕を組んで目を閉じた。少しして開く。
「きらりなら、選ぶよ。例えばワタケンとココタンだったら考えることもなくココタン選ぶ」
その返答に苦笑いしつつ、まあそうなったらおれも心愛を選んでと頼むだろうからあまり参考にならない。
「それはおれもそう頼むからな」
「ですか、んー」
また考え込む。もう十分経ちそうだ。
「じゃあもしワタケンとケイくんだったら迷わずケイくん選ぶよ」
ケイくんこと倉望啓太は中谷の彼氏だ。
「だろうな」
平行線になりそうだ。とりあえず中谷の言いたいことは、自分の中で優劣を決めるということだろう。
ピッ短い電子音が鳴って、二人とも元の位置に戻る。
おれも中央に戻る。
機械音声が聞こえてくる前に、赤色を押した。
すかさず狐が顔を出す。
『食い気味に押してきたね。くくく、もう大丈夫だね』
ブツッ。
大丈夫? 笑わせる。これが大丈夫な訳がない。もう生き残っても普通の生活なんてできそうにない。
阿川が落ちて、中谷が出て行くまでどちらを見に行くこともなく座っていた。
相変わらず、休みもなく機械音声が続ける。
『被選択者ーー青色出席番号6番佐藤龍樹、赤色出席番号13番相上奈緒』
名前を聞いただけで自ずとどっちにするか決めた。
二人がそれぞれの席に着く。
作業的に青色の方に移動して龍樹と対面する。
「なあ剣斗もちろん俺だよな!」
龍樹は開口一番そう言った。こちらの返答を聞く前に、そのまま、続ける。
「だってさクラスで孤立っつうか手持ち無沙汰にしてたお前を俺のグループに入れてやったじゃん。あれ無かったらお前結構悲惨だっただろう高校生活、こっからでれりゃまだ1年あるけどさ」
その点に関しては確かにありがたいと思っているけど、それとこれとは別だろう。そう思うけど、少し言葉を濁す。
「感謝はしてるけど、この状況考えれば関係ないと思わない?」
ほとんど濁せてない。
「はあ? なに、あ行選ぶの?」
あ行は相上奈緒のことだ。だいたいどうしてそうなったかはフルネームとあだ名を照らし合わせれば一目瞭然だ。おれは奈緒って呼んでたから、このあだ名を聞いたときは単純だと笑った。
「そのつもり」
もう感情は麻痺してると思う。やったことはないけれど、工場で不良品と良品を分ける作業のような感覚で選んでいる。カンカク違いかもしれないけれど。
「ふっざけんなよ! お前感謝してんなら態度で示せよ」
馬鹿だなと思う。
「この状況だよ? どっちかを選ばなきゃいけないんだよ、もうそんなの考えてたらこっちが壊れる」
正直な気持ちだった。クラスメイトみんなが助かるなら、それを選びたい。でもそんな選択肢はない。もう既に殺処分も含めて十人も死んでいるのだ。おれの母親も、含めたくはないけど黒スーツも含めると十二人だけど。
ここまで来てどう引き返せというのだ。
「悪い龍樹、おれは奈緒を選ぶよ」
奈緒はおれの後ろの席で、もともと仲のいい幼なじみの心愛と親友(自称だけど)の透、それから彼女の里沙を除いてこのクラスで最初に仲良くなったのが奈緒だった。そのあとに龍樹のグループに入った。
富田の言ったことじゃないけど、過ごした時間には敵わない。
「お前、裏切るんだな」
龍樹は怒鳴ることなく静かに訊く。おれはそれに無言で答えた。
「……ふざけやがって、許さねえ! クソが!」
最後に龍樹がアクリル板を拳で殴ると、ピッと鳴った。
奈緒の方に移動する。
「なんていうかドンッみたいな音が聞こえた気がしたけど、大丈夫?」
奈緒は何よりも先にそのことを訊いてきた。
この優しさになぜだか少し安心する。
「大丈夫、龍樹がここを殴っただけ」
拳でコツンと目の前のアクリル板を叩く。
「なら良かったよ」
奈緒は安心したように笑う。
「そういえばね、剣斗くんはさ他の男子が私のことをあ行って呼んでも奈緒って下の名前で呼んでくれたでしょ?」
「ああ」
特に捻ることもなく相槌を打つ。
「嬉しかったよ。あ行っていわれるのあんまり好きじゃなかったし」
あだ名に憧れてた時期もあったけどね、と可愛らしくクスクスと笑う。
ふと気付いて、今度はおれが訊く。
「あれ、メガネ変えた?」
おっ、という顔をして右手の人差し指で右のテンプルを少し押し上げる。
「よく気付いたね」
笑顔に戻して答える。
色は赤のままだから気付いたのは、たまたまだとは言わないけど。
「スクエアタイプからオーバルタイプに変えたんだ。ダエーンってしてるでしょ」
そう言ってレンズの入る周りの枠を指でなぞる。
確かに? よくわからない。
「てか、ダエーンってなんだよ」
「楕円形ってこと」
そのまんまだった。
「なにがダエーンだよ」
二人して笑う。
ピッ短い電子音が鳴った。
中央に戻る。久しぶりだった。普通の会話で終わったのは。
また機械音声が聞こえてくる前に、赤色を押した。
龍樹の「クソが! マジで覚えとけよ!」って声が聞こえてきたけれど、無視した。
ふう、あとどれくらい続くのだろう。もう終わらないだろうか。
油断とは違うけれど、確かに変に慣れてたのだろう。ここに来て選ぶことの難しさを改めて実感することになる。
『被選択者ーー青色出席番号2番遠藤透、赤色出席番号25番平沢里沙』
嘘だろ、なんでこのタイミングで……透と里沙だなんて……。
思わずうな垂れてしまった。
二人がそれぞれの席に着いたのがわかった。
透の方に移動する。
「…………透」
その言葉しか出てこなかった。
「おいおいさっきまでの冷淡な感じはどこいったんだよ」
透はそう返してきた。
「え、選べないよ。こればっかりは無理だ」
「剣斗、里沙ちゃんを選べばいいんだよ。簡単だろ?」
そりゃ選ぶのは簡単だ。ボタンを押すだけだから。でも、そういうことじゃない。
「簡単なわけないだろ! 選ぶのはおれなんだよ、どんなに嫌でも選ばなきゃいけないのは、最後にどうするか決めるのはおれなんだよ……簡単だろとか言うなよ……お前も里沙もおれにとっては……」
何が感情は麻痺してるだ。まだまだ動くじゃないか。無理矢理押し殺してただけだとでも言うのだろうか。
「わりぃ、言葉をもっと選ぶべきだったな。剣斗の選ぶとはスケールも覚悟も違うけど……とにかくさ、お前は里沙ちゃんを選んでやれ」
こんな時まで、こいつは、なんでこんなにいいやつなんだろう。ダメだ、どうしても二人とも生かしたい。
「あと、お前がどう思ってるか知らねえけど、剣斗が親友で良かったよ」
「おれもそう思う」
アクリル板越しにおれは右手、透は左手の拳をぶつけた。
「まあ、お前が決めたなら文句言わずに従うさ、文句言ってもかわんねえと思うけど」
透は最後に鼻で笑いながら、そう締めくくった。
ピッ短く電子音が鳴って里沙の方に移動する。
「わたしもきちゃったか〜って感じだね。くるなーとは思ってたんだけどね」
心愛と似たようなことを言う。
「里沙とよりによって透と一緒になるとは思わなかったけどな……」
他のやつとだったらとは思わないけど、いや、思わないようにしてるけどか。
「確かに、透くんとだとはね。ランダムにしたのがいけないじゃなくてだからしょうがないけどね」
「ランダムってある意味厄介だな」
「ねえ、剣斗好きだよ」
不意打ちに赤面する。黙ってても格好つかないので、しっかり返す。
「おれも、好きだ」
「ありがとう、でも十分でも短いのにペナルティーで五分って短すぎだよね」
里沙がため息をつく。
「間違いない。だいたいこういうのって三十分とか一時間くらいありそうだけど」
おれもため息をつく。
「本当にね」
くくくと押し殺したような笑い方をする。なんというか狐を連想する。もし生き残れたら、あの狐だけは許さない。
しばらくお互い無言で見つめあう。
意を決して、今の気持ちを話す。
「正直、どちらを選べって言われると難しい。本当に、透にも里沙にも生きて欲しいしこれからも一緒に生きたい」
里沙はゆっくり瞬きをしてから、口を開いた。
「うん、そうだよね。本当に大切なものを並べられたらどちらにしようか決められないのは、しょうがないと思う。わたしもきっとそうなる。でも、剣斗のためなら何でもやるよ。それぐらいの覚悟はある。だからね、もう剣斗に任せるよ……責任を押し付けるわけじゃないからね?」
任せる、しかないのだ。選ぶのはおれで他は選ばれる側だから、わかってるという意味を込めて深く頷いた。
ピッと短い電子音が鳴った。
中央に戻る。
機械音声が告げる。
『それでは、選択者は青色か赤色か選択してください。残り時間、五分』
選択時間の五分が始まった。
選ぶ、選ばない。透か里沙か……。ダメだ、選べない。違う、選びたくない。
ただ、箱だけが手の中にある。青色か赤色か押すだけで、生死が決まる。
夢だったらと今でも思う。
なにも変わらない。時間だけが過ぎる。
『残り時間、一分』
もう、あと一分。五分とか短すぎる。選べ? ふざけやがって。
『残り時間、三十秒』
このままだと2人とも、どうする。選べ、選べ、選べ。自分に言い聞かせる。
『残り時間、十秒』
選べ。
『残り時間、九秒』
選べ。
『残り時間、八秒』
選べ。
『残り時間、七秒』
選べ。悪魔も天使も囁いてくる。
『残り時間、六秒』
箱を見る。
『残り時間、五秒』
スイッチに手を添えた。
『残り時間、四秒』
押した。
選んで、しまった。箱が手から滑り落ちる。
『青色、赤色ともに選ばれました』
結局、二人ともを選んでしまった。
二人とも選んでも選ばなくても両方とも死ぬと、最初に説明されていたのに。
透も里沙の方も見にいくのが、怖い。失くしてしまったものの大きさが今更のしかかる。
どれくらい経っただろうか。
次の放送も何も入らない。
さすがに気になって透の方を見に行くと、もう何もなかった。
里沙の方も見に行く。もちろん、何もないと思っていた。でも、いた。
がっかりとでも言いたげな表情で、おれを一瞥したあと後ろにいる黒スーツに何かつぶやいた。
黒スーツがイスの後ろ側をいじると、里沙の手足の拘束が外れた。
里沙はゆっくりとこちらに向かって歩いてくると、まだ状況を飲み込めず、呆然としているおれを見てため息をついた。
「な……んだよ、これ」
辛うじて声を発する。声が枯れたわけでもないのに掠れていた。
「だって、まさか両方選ぶとは思わなかったし」
里沙は何でもないことのように言う。
「……と、透は?」
「死んだと思うよ」
「なあ、里沙これどういうことだよ」
「お父さん」
里沙はそれだけ言うと、いつの間にか前に来てたイスに腰を下ろした。
ブツッとテレビの電源が入った。
『くくく、まさか先に忠告していたのにもかかわらず両方選ぶとは思わなかったよ。知っての通り、里沙は私の娘だ』
知っての通り、だと?
そう言えば今まで一度も里沙の家に行ったことはなかった。
それに、最初におれが里沙と他のみんなのことを考えたときに、この狐は里沙と言ったのだ。今ならどう考えても不自然だとわかる。他のクラスメイトのことはフルネームで呼ぶのにだ。
里沙もこいつと共犯ということは、毎年選ばれるというのもテレビというのも嘘か。
でも、何でこんなことを。
『くくく、疑問が多いな君は。仕方がないのだろうが、確かに毎年もテレビも嘘だよ。なぜか何でこんなことをしたのかかい? 君がどれだけ里沙のことを好き、否、愛してるのだろうと思ってね。里沙にも知りたいと頼まれたしね』
「だからって、こんなの」
『間違ってるって? それは、常識的に考えたなら確かに間違っているだろう。だが、愛娘の頼みだ。無下にはできない。それっぽい演技上手かったろ』
狂ってる、そう思った。
『狂ってるか、里依沙も黙っていればよかったのに』
里依沙?
『おっと口が滑った。まあいい、君にはペナルティーだ。最後の選択だよ。ランダムにしたのは失敗だったな、ここまで早いとは。最後の選択も、どうせだから機械音声を使おう。それと十分あげるよ』
プツッ放送が切り替わった。
『被選択者ーー青色出席番号18番佐武心愛、赤色その他クラスメイト』
「なんだ、よ……それ……」
「剣斗にとって心愛ちゃんが大切なのは知ってる。でもね、大切なのはわたし一人でいいでしょ?」
赤色の部屋から里沙が声をかけてくる。
おれはイスに座ったまま、里沙の言葉に答えなかった。
それでも里沙は続ける。
「わたしにはそう。剣斗がいればいい」
それだけ言うと、イスから立ち上がるのがチラッと見えた。おそらく部屋から出て行くのだろう。
前の時だったら嬉しすぎて乱舞していたと思う。でも、今はもう何もかもがどうでもよくなりそうだ。
入れ代わるように、青色の部屋に心愛が赤色の部屋にはみんなが映るのだろうテレビが運ばれてきた。
心愛が席について、テレビもついた。テレビはついてるはずなのに真っ黒だった。
心愛の方に移動する。
「心愛……」
心愛はおれの顔を見ると、泣き笑いとでも言いたくなるような変な顔をした。
いつもなら、変顔かよ、などとからかえたけど、今はそんな気も起きない。
「意味わかんないよね〜うち一回選ばれてるのに……」
心愛は涙をポタポタと落としながら、笑う。
おれはなにも言えない。
「さっき、里沙ちゃんとすれ違ったんだよ。なんでこんなことするのって訊いても、ごめんね剣斗が好きなんだ、としか言わなかった」
せっかくの時間なのにおれはまだ一言しか発していない。
「誰も邪魔してないのに……」
心愛がうつむいた。
里沙が好きだった気持ちは嘘じゃなかった。
里沙がいて、心愛がいて、透がいて、奈緒がいる。仲のいいグループだと思っていた。里沙の中では違ったのかな? わからない。
「なあ、心愛。これで終われるよ」
おれはなにを言っているんだろう。もう自分でもわからない。
「…………」
心愛はポタポタと落ち続ける涙を拭うこともせず、おれを見続ける。
何か言わなければないのに、何もでてこない。
なんて声をかければ正解なのか。きっと正解なんてない。
どちらを選ぶべきか、そんなことはわかっている。それでも、口に出したくない。
「こんなの、選択肢でもなんでもないよね」
結局、心愛が先に口を開いた。
最後までおれは情けない。
「……わかってるよ。うちじゃなくてみんなじゃなきゃダメなのは……わかってる……」
黙って聞く。
「ケンが本当に困ってるのも、うちはケンを困らせたくない」
心愛は目を充血させながら、しっかりおれを見て微笑んだ。
「おれは、こんなことをした里沙を赦せない。でも、恨むことはできない。なんで、こんなにおれって優柔不断なんだろ」
「ケンは優柔不断なんかじゃないよ。大切なことを決められなくて、なんで優柔不断になるの。うちなんてチーズケーキとモンブランで閉店まで迷ったことあるんだから」
心愛は不器用に微笑んだ。見ていて辛い。
精一杯の気持ちを込めて笑顔を返した。
どうしてか心愛の目にまた涙がたまってきた。
「…………みんなを、みんなじゃなきゃだめ……だよね。覚悟は、した……。でもね……死ぬ覚悟じゃない、だって生きたいし……。ケンがこんなにうちのことを大切な存在だと思ってたなんて知らなかったし……」
「当たり前だろ、どんだけ長い付き合いだと思ってんだよ……。言ってしまえば家族並みだよ……」
心愛とは生まれた時から一緒だったと言っても過言ではない。同じ病院で2日違いで産まれた。それから、家も隣同士で絵に描いたような幼なじみだった。
本当の意味で友達以上恋人未満というやつだろうか。
「ありがとう。うちもケンは家族並み……だね。ホントのホントにケンと幼なじみで嬉しかった。ケンでよかった」
「やめろよ。そんな、お別れみたいなの。これからも隣同士、仲良く……しよう」
心愛はすでに泣いていた。おれは、泣けない。
「うん……また、遊びに行く……うぅ、ぐすっ、ああ、死ぬの嫌だなぁ……。けど、それよりも……みんなに死んでほしくないんだよなぁ……うっ、うぅぅ、ケン短い間……だったけど今まで、ありがとう……」
「心愛……おれこそ、心愛に救われてきた。お前がおれの幼なじみで誇りに思うし、今さら言うのは卑怯かもしれないけど…………異性として好きだった時もあったよ」
「ほんと、今さらは卑怯だよ……。Me gustó todo el tiempo. もうそろそろ十分かな……」
今、心愛がさらっと日本語以外の言葉を言った。
「えっ、メ グスト トド エル ティエンポ? なんて?」
おれの疑問には答えず、心愛は哀しさを堪えるようななんとも言えない表情をした。
「教えないよ、その時がこればわかるよ……じゃあお別れだね。またね……」
ピッと短い電子音が鳴った。
「心愛、ごめん、ほんとにごめん。またな」
おれは最後に精一杯笑った。
おれの気持ちとは裏腹にイスは赤色の部屋の前に移動する。
あの言葉の意味をいつか知ることができたらいいなと思う。
赤色の部屋の前に移動する。
最初から前にあったテレビの画面が真っ黒だからてっきり電源が切れてると思っていた。ただ、黒スーツが前に立っていただけだった。
画面は小さいが、何人か見える。
おれの姿を認識した瞬間、小さい画面に群がる。
その迫力に気圧される。
「な、なんだよ」
『お前わかってるよな? 一人と十二人どっちが生きるべきか』
小崎が言った。
『私たちにするよね!』
戸田が言った。
こいつら何を言ってんだ。
『幼なじみだからとかやめてよね、どう考えても多い方が生きるべきだよ』
柚木が言った。
それからは、死にたくないから、あんた大量殺人したいの、平沢だけじゃなく佐武も好きで二股とかじゃねーよな、などとにかく自分らを選ぶようにという言葉を吐くクラスメイトたちがいた。
心愛が生きて欲しいと思うみんなって、こんなもんなのかよ。おれの中で何かが崩れそうになる。
何かが剥がれ落ちる瞬間、しっかりと耳に届く声が聴こえた。
『剣斗くん! 私は心愛ちゃん好きだから、最後は剣斗くん自身で決めてね! 私は恨んだり文句言ったりしないから!』
『おい、あ行お前なんだよ。いい子ぶりか? お前だって死にたくねーだろ』
湯浅が奈緒に食ってかかる。
『そう思いたきゃそう思えばいい。私は本心を言ってるだけだから』
奈緒は毅然とした態度でそう言い切った。
『そうだよ、私たちにそんなこと言える権利あるの? 心愛は絶対自分を自分をなんて言わないと思う』
今野が言う。
『渡瀬くん、私も奈緒ちゃんと同じ気持ちだからね』
『で、でも死にたくねーよ』
湯浅はまだ退かなかった。
『きらりはなんでもいいよ。ココタンも好きだしそのココタンを大切に思ってるワタケンだからね〜、選ぶのもワタケンだし。そりゃ死ぬのは嫌だけど文句は言わないよ〜。ケイくんもいるし』
ケイくんこと倉望啓太に抱きつきながら、はっきりそう言った。
『そう言うこと。剣斗が選ぶんだからな。俺なら他のクラスメイトときらりだったら問答無用できらりだな』
『おーケイくんきらりは嬉しいよ〜、でもきらりは迷っちゃうな〜』
『えー』
誰かが笑った。さっきの殺伐とした雰囲気が和らいだ。
『きらりちゃん厳しい』
笑いながら加賀美がきらりの頭を撫でる。
湯浅もその能天気なカップルを見て口角が上がっていた。
『勝手にしろ』
素直に従うのは気が引けたのだろう、捨て台詞を吐いて画面から消えた。
最後に奈緒と画面越しに目が合う。
『じゃあ剣斗くんにあとは任せるね』
ピッと短い電子音が鳴った。
画面が真っ黒になる。
おれは中央に戻る。
もう決めていた。迷ったら押せなくなる、そう思ったおれは機械音声が聞こえて来る前に、赤色を押した……。
赤色のランプが点灯した。
「心愛……心愛……」
嫌だと言う気持ちが湧き出て来る。慌てて青色の部屋の前に立つ。
心愛の斜め後ろに黒スーツが立った。
「心愛! 心愛! 心愛!」
心愛はゆっくりと顔を上げる。
「ごめん! 心愛、やっぱ嫌だ! 心愛!」
「聞こえてるよ。うちだって嫌だよ……」
黒スーツが刀を抜いた。
「お、おい! やめろ! 刀しまえよ……」
上段に構えた。
「Me gustó todo el tiempo」
心愛が最後にあの言葉を言った。
「どう言う意味だよ、あっやめてくれ、頼むなんでもするから刀しま……」
振り下ろした。
刀は綺麗に心愛の首を落とした。
言葉が出ない。おれはアクリル板に縋り付いた。あの映像の父親のように、母さんを選んだ時こんな気持ちだったのかと漠然と思った。
何か聞こえてきた。ピンポーン? 続けて微かに聴こえてきた声に反応する。警察でーす! 確かにそう聞こえた。
「助けて! 助けてください!」
「誰かいるのか? 入るぞ!」
他のみんなにも聞こえたのだろう。違うところからも、「助けて!」と聞こえてきた。
警察も何かあると思ったのか、入ってきたのがわかった。
おれは呆然としている黒スーツの脇を抜けてドアを開けると外に出た。
「どこですかー? 大丈夫ですかー?」
目の前のドアの向こうから聞こえて来る。
そのドアを開けると、いた。
制服警官二人とスーツ姿の刑事が二人。
「あっおい君は、何があった?」
おれは無言で後ろのドアを振り返る。
声をかけてきた刑事が他の三人に目配せして頷くと、君はここにいなさいと言って入っていた。
瞬間、完全な静寂が周囲を覆った気がした。
そして、怒声。
「なんだお前は! 刀を捨てろ!」
いろんな声が聞こえる。おれは刑事の言葉も無視して、さっきのフロアに戻ると廊下をコの字に進んで心愛のいる青色の部屋に入る。
まだ、落ちてなかった。おれは安心して心愛に駆け寄る。
「よかった心愛……」
おれは心愛の頭を抱きかかえると体の横に座る。
なんとかつかないだろうかと必死に切断面を合わせる。おれの手も体も血塗れだ。
もうよくわからなかった。
「おいっ君何してる! 離れなさい」
「嫌だ! 今くっつけなきゃ助からないだろ!」
「なにを……もうその子は助からない……だろ」
「てめぇ、ふざけんなよ」
刑事さんが言ってることが正しいことはわかっていた。それでも、認めたくなかった。
「おれは、心愛を……」
おれの意識はそこで途切れた。
「ケン、いつまで寝てんの?」
心愛の声が聴こえる。
「早く起きなって! 今日、スペイン行くんだよ!」
うっすらと目を開けると、目の前に心愛の怒った顔があった。
「やっと起きた。はやく準備しなよ、もう里沙ちゃんも透も奈緒ちゃんも準備できてるって」
「でも、なんでスペイン……」
「なに寝ぼけてんの、スペイン留学するなら最低一回は現地行くべきだろって言ったのケンだよ」
そんなこと言ったっけ?
「あれ? 今日っていつ?」
「もう寝ぼけすぎ。今日は8月6日だよ」
夏休みでスペイン旅行か。いいな、みんなで行きたかった。
「あ、ケンまた寝ちゃうの? 起きてよ」
起きてよ。
うっすらと目を開けると、目の前にはおっさんの顔があった。
「お、目が覚めたか。すげーな3日ずっと寝てたぞ」
3日、そういえば、記憶が蘇って寒くもないのに体が震える。
おっさんはおれにペットボトルの水を手渡しながら言う
「大丈夫か、もう安心しろ。平沢里沙とその父親は逮捕したから、あの刀つけた黒色のスーツ野郎達もな。スーツ野郎はどいつも身寄りのないやつで洗脳されてたな、なんでかわかんねえけどあの狐野郎相手の心の声がわかるみたいだしな」
心の声がわかるのは本当だったのか。
それにしても終わったんだ、本当に。
ペットボトルの水を飲む。身体に染み渡る。
「起きて、さっそくで悪いんだけど、確認して欲しいことがある」
おっさんは懐から折りたたまれた紙を取り出す。
それを広げて、おれに渡して来る。
「気分悪くなるかもしれんが、今回の被害者のリストだ。地下から見つかった。一応、確認してくれ」
リストに目を通す。クラスメイトの名前、心愛の名前もある。平沢 里依沙と言う名前があった。
「里依沙……」
狐が口が滑ったと言っていた、名前だ。
「平沢 里依沙か、あの狐野郎の奥さんだと。今回の殺しに反対したから殺しただと、ふざけてるよな」
さらにリストを見ると、知らない名前もあったが、それよりも目が釘付けになる名前があった。
渡瀬 剣護、渡瀬 真波、渡瀬 恵。
「父さん……母さん……めぐ……」
「やっぱお前の家族か、わかってはいたが本人にも知らせないと、隠し通すことも難しいからな」
おれは生きる必要ないんじゃないかな、そう思った。
「落ち着いてるな。ちなみにだが、これからあいつらの裁判がある。だが、平沢里沙は実質なにもやってね〜主犯ではあるがな。だから精神病院送り程度が関の山だな」
このおっさんの話はあまり頭に入ってこなかった。これから、どうすればいいのか、それだけがグルグルと回り続けていた。
「お前さんに選んでもらわなきゃならん、選択肢は二つだ」
選ぶ、センタク……。なぜだかすごく、恐い。
「はぁはぁはぁはっ、くっ」
「おい、大丈夫か? 水飲んで落ち着け。やっぱりか」
水を飲んで数回深呼吸すると落ち着いた。
やっぱり?
「あの、やっぱりって?」
「あー、生き残った生徒はみんな心的外傷後ストレス障害、通称PTSDだった。聞いたことぐらいあるだろ?」
「あります。だからさっき、わざと」
「そう言うことだ。みんな条件が同じってわけでもないが、一番まずかったのは黒いスーツがダメなやつだな」
本来は何ヶ月以上、未満なんかのくくりがあるらしい。ただ、今回はことがことだからということ。そう説明された。
「まあ、そういうこった。また来るわ。そうそう、他のみんなもここに入院してるぞ。じゃ、はよ元気になれよ」
「そういえば、なんであの時警察が来たんですか?」
今思い出して気になった。
「あー、あれな。学校からクラス丸々欠席しているという相談とそのクラスの親達からうちの子がというのが来ててな。だけどな、そんときに平沢んとこと君んとこはなんの音沙汰も無かったんだ。ついでに、里沙の母親である初香は旧姓な、里依沙の親から捜索願いが出ててな。平沢家の様子を見るかってので行ってみたらまあ、ああなったってわけだ」
「そう、だったんですね」
それだけ言うとおっさんは、さっさと出て言ってしまった。
出て行くのを見届けた後、天井を眺める。
元気になっても、家族も失い、帰る場所もない、その上大切な人も失い、どうすればいいのだろう。
死んだほうがいいんじゃないだろうか。
コンコン。
ノックの音が聞こえた。
「は、入るね」
入ってきたのは奈緒だった。
「……奈緒か?」
「そ、そうだよ」
扉の前で立ちっぱなしの奈緒に付属のイスに座るよう示す。
「あ、ありがと」
奈緒もPTSDの可能性があるのかな。
「よかった、剣斗くんが目を覚ましてくれて」
奈緒は泣き出した。
「泣かなくていいよ」
うまく言葉が出てこない。
しばらくは奈緒と短い言葉での会話だったが、慣れてくると雑談も交わせるようになった。
「そうそう、私ね落ち着いたらスペインに行くんだ」
スペイン……。なんだろ、覚えがある。
「なんで?」
「お父さんが、スペインの支社に転勤になったの。最初は単身の予定だったんだけど……あんなことがあったからって……」
あっ、あの言葉。
「……メ グスト トド エル ティエンポ……」
心愛が言っていた言葉、もしかしてスペイン語なんじゃ。
「Me gustó todo el tiempo?」
奈緒が小首を傾げる。
「それ、よく心愛ちゃんが言ってたよ。私も覚えてる」
よく言ってたのか。
「……どう言う意味かわかる? あのとき、最後に言われたんだけどわかんなくて」
最後に言われたと聞いて、奈緒の目に涙が浮かんだ。
「わかる……よ。意味は、私はずっと好きだった」
ずっと、好きだっただって? あいつがおれを。それなのに、おれは好きだったこともあったなんて言ってしまった。なんて、やつだ。
あれは言うべきでは無かった。今さらだけど、これこそ本当に今さらだ。
「心愛ちゃん……」
奈緒は声を押し殺しながら泣き出した。
「おれは、なんてバカな……」
心愛が一体どれだけ傷ついたのか、おれにはわからない。それでも、最後だったのに、哀しそうなどころじゃなかったんだ。
「あれ、涙が」
目頭が熱くなって、涙が込み上げてくるのがわかった。
「もう、おれにはない。何もない」
立ち直れる気がしない。
「両親も妹も心愛も透も、里沙だって大切だと思っていたものを無くなって裏切られて、もう」
「違うよ」
顔を上げる。
メガネを外して涙をぬぐいながら、奈緒は続ける。
「それは、違うよ。私は、剣斗くんが大切な人だよ。みんなだって不要だなんて思ってない。だってあんなのしょうがないじゃん……だからそんなこと言わないでよ……」
心愛も言いそうだなと思った。何もかもが終わったわけじゃない。おれはまだ生きてる。
諦めるのはまだ早いかもしれない。
「も、もし剣斗くんが一人で暮らせないって言うなら……その、えっとい、一緒に暮らしてもいい。スペインも行かない」
奈緒は顔を赤くしながらそう言った。
悲しいのに嬉しくて、涙も止まらないのに笑ってしまった。
「ありがとう、それもありかも。退院したらね」
「親に言ってくる」
そそくさと奈緒は病室を出ていった。
改めて天井を見る。一片の曇りもない真っ白だった。今のおれはあんなに真っ白だろうか? きっとよくて灰色だろう。
おれが経験したことはきっとこれからも何かしらの影響を及ぼす。割り切ることもできないだろう。それでも、生きて行くと決めた。まだ、諦めないと。もし本当にやり直せるなら……。
奈緒があんなこと言ってくれるとは思わなかった。
それなら、他のクラスメイトも誘ってルームシェアみたいにするのもアリなんじゃないかと思った。見当違いの考えだとしか思わないけど。
二人暮らしは照れくさいし。
考えてもどうしようもない。結局はなるようにしかならない、これから心愛や透、富田、友明、碧、土屋、安藤、中田、斉藤、中谷、毛呂山、龍樹、阿川の分も生きれたらと思う。例え、恨まれているとしても。
もう考えるのは辞めよう。3日寝てたらしいけど、また眠くなって来た。
抗うことなく、そっと瞼を閉じる。
一回ぐらいはこう言った話を書いてみたいなと思っていたので稚拙ながら書いてみました(笑)
読みにくいところや少し急いでるような感じもあるかと思いますが読んでくださった方ありがとうございます(これって読み終わった後に出るんだっけ?)^^