壮太⑤
「昨日の花火、まるで私達を歓迎しているかのようでしたね」
チェリンが嬉しそうに、昨晩夜空を彩った花火について言及してくる。
「……そうだね」
俺は複雑な気持ちで夜明けの空を見上げ、今後の動きに思いを馳せてみる。
昨晩の花火は、ゲーム時ではイベント開始の合図だった。
ただのイベントには、もちろんこんなエフェクトはない。
これは、魔王討伐イベントだ。
ゲーム内で魔王討伐イベントは、一定の期間を置いて五月雨式に発生する。
魔王に関して発生時期も場所もおおよそでしか判断されないけれど、魔王討伐イベント開始条件は「発生場所の最寄り街に勇者が3名入り込むこと」だ。
そして、3名が揃った夜に花火が打ち上がり、翌日からイベントが進行されていく。
ちなみにこのイベントは先着順で、3名揃った時点で他の勇者はこの街に入ることはおろか、イベントに参加することも出来なくなる。
どの街の魔王討伐からでも基本的にこのゲームのストーリーは進行出来るけれど、プレイヤー内で最初に討伐する魔王だけはこの街で確定されている。
それは、ここで発生する魔王の討伐方法が確立されていて、比較的安全にストーリーを進められることが挙げられる。
要は今回集まった3人の勇者が、それぞれ同時進行されるイベントをこなして行けば、この街付近で発生する魔王、色欲の魔王は安全に討伐可能だということ。
だから、ネットでは彼を最弱の魔王として揶揄することもある。色欲という淫靡な称号を冠する割にはキャラデザインが美麗なこともあり、女子にはオズマンサスやイアと同様に人気だったりするけど。
個人的に男キャラの猫耳は微妙だ。それに男キャラの割には線も細いから、完全に女性向けのキャラと言える。
ただし、この最弱の魔王でも同時進行イベントを1つでも解決し損ねると途端に討伐難易度は終盤の魔王レベルにまで跳ね上がる。
つまり、このイベントでは勇者同士の連携が不可欠。
で、基本的にこの街に花火が打ち上がったら、連携を取るために翌日の朝、冒険者ギルドへ集うのはプレイヤー内で暗黙の了解となっている。
ただ、これが本当に俺を陰鬱な気持ちにしてくる。
「はぁ……」
この後のことを思うと、小さなため息が漏れる。
と言うのも、知り合った勇者達は、正直言って、ろくな奴らじゃなかった。
1人は女性だけど、なんと言うか……表現しづらい強烈さで、連携云々よりも話がまず噛み合わない。更に発される言葉は、呪文めいている上に理解するより先に拒絶反応が出るような内容だ。
もう1人はジバルでばったりと出会った自己中な男性。出会った場面で向こうに助けられた手前、好き勝手言われて常に上から目線で話してこられた。
今回の連携に、このうち1人も絡んでいないことを心の底から祈ってる。そして、願わくば残り2人の勇者が、彼らよりもずっとまともであらんことを。
「そう言えば、キーマはちゃんと買い物出来てるかな……」
「この街には数日滞在してましたから、恐らく大丈夫だと思いますが……会談後に探しにいきましょう」
「そうだね」
今回の集まりには、俺とチェリンで行き、キーマには道具などの買い足しをお願いした。これがゲームとは大きく違うところとも言える。パーティーメンバーとある程度、別行動が出来る。
ただ、キーマは相変わらずそそっかしいから心配なんだけど。
2人でそんな話をしつつ、ギルドの木の扉を開けて中へ入った。
そして、それらしき集団が居ないかと見渡す。
冒険者ギルドは20m四方程の広さのある2階建ての一軒家だ。1階部分の半分は酒場、もう半分が手続き等を行う窓口になっている。で、酒場と窓口の間には依頼の紙が乱雑に貼られている掲示板がある。
イベントの無い時などはこの掲示板から依頼を受ければ、なかなか良い報酬を得ることもできるんだけど。
広さの割にまだ早朝だからか、人は少ない。
そのせいで悲しいかな、直ぐに先着していた連中に目がとまった。
「ちっ、お前が来たのか。前会った時より少しはマシになったか?」
「…………」
隠すつもりもない剣呑とした雰囲気で、向こうから声をかけてきた。
こっちもお前と同じくらい辟易とした気持ちにさせられてるんだけどね。
こう言っては何だけど、1人はハズレをひいたらしい。盛大に心の中でため息を吐く。
ただ、女性の勇者よりは、まだ連携等に関しては問題無さそうなので安堵する。
残りの1人が、せめて彼女じゃないことだけを祈りつつ、俺は彼が腰掛けていた机の向かいに座った。
「Lv45になりました。少しは鍛えてきたので安心してください」
俺がそう答えると、ユウキは目を軽く見開いてみせる。その表情も束の間で、すぐにバカにしたように鼻で笑ってきた。
「ふん、そんだけあれば、流石に足は引っ張らないだろうな。まあ、中身も伴ってこそのレベルだがな」
「……それなりには、スキルも上がってます。仲間も」
相変わらずの上から目線の態度に、げんなりしてくる。
連携……しなきゃ行けないのか。こんなのと。
「で、さっそく担当についてだが、もう1人が誰だろうと俺はダフォ殲滅に行くつもりだ」
また偉そうに自分勝手なことを一方的に告げてくる。
正直、上から目線だし、頭ごなしに対抗して異論を唱えたいところだ。けど、これに関しては何も言い返せない。適任だからだ。
同時進行されるイベントは3つ。
1つはクレマの依頼。
内容はクレマと言うこの街の娼婦から、昨日の祭りで見失った弟シンを探して欲しいという依頼を受け、捜索すること。
すると、ダフォファミリーがシンを捕らえ、オークションで奴隷として売り捌く場面に遭遇する。捜索対象のシンが奴隷契約される前に救出できれば、イベントクリアとなる。
通称ダフォ殲滅とか、ダフォ狩りという。
2つ目は闇組織カオスの企み阻止。
大聖堂ノーターの地下にアジトを構えるカオスが、旧遺物を用いた実験を行っている。それを旧遺物が暴発する前に阻止する必要がある。
通称カオス殲滅か、カオス狩り。
最後が、1つ目の依頼主クレマの守護。
所属不明の組織から派遣されてくる暗殺者を見抜き、返り討ちにしてクレマを守る必要がある。
これはガードと呼ばれる。
そして、それぞれのイベント失敗には大きな代償を伴う。
1つ目の依頼失敗の際、クレマはこちらを罵倒すると共に、自らの弟を死んだものとして散々な言葉を吐きかける。
それ自体は実害ないから良いんだけど、魔王討伐時に影響してくる。
何故かその場面があった後、魔王が赤い瞳を見開き、こちらの攻撃を全て先読みしてカウンターを放ってくるようになる。
成功時は目は閉じられ、両手で顔が覆われた状態で戦闘することになる。先読みカウンターどころか、攻撃の手法すら魔法系統のみに絞られる。
つまり、失敗すれば攻略難易度が桁違いに上がってしまうことになる。逆に成功してしまえば魔王は最弱になる。
その関係性には、ネット上でも都市伝説として様々な憶測が飛び交うけれど、確固たるものや公式見解は無い。
どちらにせよ、難易度変化の著しいこの1つ目のイベントを成功させることは、集まった3名の勇者の中で最重要案件である。
2つ目のカオスの企み阻止は、失敗すればこの街の3分の2が焼失してしまう。そして、焼失箇所は魔王のダンジョンとして発現し、殺された住民達がアンデッド化して行く手を阻んでくることになる。
魔王へと辿り着くまでの攻略難易度が跳ね上がる上に、多くの者の命を救うなら、この企みはなんとしても阻止すべき内容である。
そして最後の3つ目のイベント。
これは失敗はクレマの死であり、1つ目の依頼主と言うこともあって、魔王の行動に影響してくる。
このイベントに失敗したら、魔王自身がこの街を破壊して回るようになる。
ランダムに暴れ回る魔王を追いかけることは難しく、破壊された部分が次々とダンジョン化していく。そのため、2つ目のイベント失敗同様、多くの犠牲者を出すことになる。
ただし、魔王の瞳は閉じられているので、攻撃のカウンターがない。一方で、両手が顔を覆うスタイルでは無く、物理攻撃をして来るようになる。
と、頭の中でそれぞれのケースを思い起こした。確かに自分はカオス殲滅かガードの方が向いているだろうと把握する。
カオス殲滅には広範囲攻撃が必須だし、クレマを襲う暗殺者の大半は、物理攻撃も高いが、物理防御の高い者達が多い。
俺の物理防御無効が役に立つし、称号獲得で得た攻撃系スキルも活かされる。
対するダフォファミリーの方は物理攻撃の手数が多いため、物理攻撃無効のユウキが適任だ。
残りの勇者が誰かで俺の担当イベントが決まるわけだけど……
「遅いな。まだ来ないのか」
ユウキが今、俺も考えていたことを口にする。
ちなみにこの暗黙の了解は、確定事項では無いためしばしば無視してくるプレイヤーも多い。
その際は、最悪の事態を避けるために集まった勇者でどれか2つを兼任することになる。
要は、クレマをパーティに加えて守護するというやり方だ。
ただ、冒険者でもないクレマは戦闘員としてはあまり役に立たない上に耐久性も低いので、高確率でガードの方は失敗するんだけど……。
このゲームでシビアな所は、1度HPがゼロになって死亡したパーティーメンバーは生き返らないという点だろう。復活の呪文等はこの世界にないのである。
だから僕が一時期特に臆病になったっていうのもある。
だが幸い、ユウキは物理攻撃無効だからガードに長けた勇者だ。
兼任を頼もうと口を開きかけた時、ユウキが先に口を動かした。
「俺はクレマを連れていかないからな」
「えっ!何でだよ。失敗したらどうなるか……」
「ああ、分かってる。街が壊される。そしてダンジョンが発生してモンスターで溢れれば、経験値やアイテムドロ率が上がる」
「……なんだって?」
自分の耳を疑う。
今聞いた言葉を俺は自分の中で反芻してみたが、相手が何を言っているのか理解出来なかった。
「魔王は強化されても弱体化されても報酬が変わらないからな。弱くするに限るが、他のイベントに関しては失敗しても俺は構わない。魔王討伐も、俺の担当イベント失敗時程の強化が無い。討伐は問題無いさ」
「この街の、多くの人の命がかかってるんですよ?!」
きつくユウキを睨みつけたが、鼻で軽くあしらわれる。
「ふん、いくら偽善を述べたところで、俺は意見を変えるつもりはない。この世界の住人の命なんか知ったことか。どうせゲームだ。リセットされれば生き返るだろ」
「この世界はゲームじゃないと言ったはずだ」
「……君はジバルの時から、その甘ちゃんな中身は変わってないな」
「変わるはずがない!ここの人達はこの世界で生きて、俺達と触れ合ってる。世界が違っても、同じ生き物だろう!死んで生き返る保障なんて、何処にもないじゃないか」
俺の怒りをよそに、相手はヒラヒラと煩わしそうに手を振る。
「何度言われようと、この世界はゲームだ。君だって時期に分かる。今回のイベントだってゲーム通りに事が運んでいくだろうさ」
「!!それとこれとは……」
「とにかく、俺は俺の依頼を全うする。他のイベントには干渉しないでやるから、勝手にすればいい。来るか来ないか知らんが、残りの勇者に会うなら伝えておけ」
偉そうにそう告げると、ユウキは席を立つ。
「ちょっ、待てよ」
俺が慌ててマントの端を引っ張って止めようとする。が、彼はこちらを振り向いてきたため、勢い余って前につんのめった。
奴は倒れ込む俺を片手で支えてくる。
そして、俺の耳元へ顔を近づけ、低い声で囁いた。
「この世界の住人に、あまり気を許さない方がいい。勇者の隙を狙うのは闇の組織だけじゃないからな」
「どういう意味だ?」
聞き返す言葉を無視し、ユウキは言葉が終わると突き放してくる。
「ダフォファミリーのイベントは、何よりもスピード命だ。ここで遊んでいる暇はない。君らの健闘は祈っててやるよ」
宣言するとマントを翻し、パーティーメンバーの3人を引き連れて去っていった。
ジバルの頃から増えた仲間は、テンプレどうりのサポート役だ。手堅いパーティーメンバーの後ろ姿を見送りながら、彼のイベント成功は確実だろうと算段をつける。
そして彼らとちょうどすれ違うようにして、クリーム色のローブを着たエルフの子供が1人入ってきた。見慣れないエルフに少し目を引かれたが、今はそれどころでは無い。
ユウキ達の後ろ姿が完全に見えなくなると、深く息を吐き出す。
残りの勇者を念の為にあと数分待ってみようと机に着き、今後の自分の行動を脳内でさらっておく。でも何故か思うように思考がまとまらない。
くそ、冷静にならなければ。
今、俺はこの街の人達の命を左右する立場にある。
「どうすれば……」
言葉を何とか飲み込んで机の一点を見つめる。
やるべき事は分かっていても、重責に押し潰されそうだ。机の上で握りしめる手に力が入り、震えた。
と、固く握った手に白く柔らかな手が重ねられた。
その手の主を振り返れば、チェリンが愛おしげに顔を綻ばせている。
「ソウタ様ならば、大丈夫です。私もキーマも支えますから、ご安心ください」
その言葉に、やっと、強張っていた思考が回ってくる。
そうだ。俺には仲間がいる。
それも1ヶ月以上を共に過ごしてきた心強い仲間。
「……ありがとう。俺は、君がいてくれるだけで100倍くらい強くなれる気がするよ」
「そ、そんな……嬉しいです」
「チェリン」
「……ソウタ様」
愛しくて、つい熱を込めて相手の名を呼んでしまう。すると彼女も頬を朱に染め、俺の名を艶っぽく呼ぶ。
甘い視線を絡め合いながら、互いの距離が近づいて……唇が重なるその時、不意に窓口の方がザワついた。




