予想の斜めをいくダークに何をすれば良いのか
いやぁ……まさか、あんな奴隷契約の時のペナルティがずっとかかってたなんて。
随分前だし、しかもその時、緊張してて何が何やら分かってなかったから、すっかり意識から外れていた。
確かにステータス画面で検索かけたら息苦しくなるって項目にチェックが入っているし、実際、自分がこの項目を選んだ記憶もある。
そして、よく読めば自動命令項目と言うものがある。恐らく口で発した命令事項が書き込まれていくのだろう。丁寧語禁止が命令項目に加えられている。
ペナルティは漏れなく息苦しさを抱くよう自動で振られている。
げ。マジか。
様づけ禁止も項目にあんじゃん。
何気なく発した禁止事項が、それを破ったらペナルティ換算されて、ダークに課されてたとか考えもつかなかった。
マジかよ、ゴミかよ、私。
人生終わったわ。
と、現実逃避しかける思考をなんとか立て直しつつ、今の今までそんなことになっているとは知らなかった旨を丁寧に一旦述べて、ひたすらダークに土下座のまま謝り倒す。
「……だから、今後こういうことがないように自動命令項目のチェックも今即行外したし、丁寧語禁止も消しました。これからはこんなことないけど、今まで苦しめてきて本当にごめんなさい。私のこと好きなだけ首絞めて良いし、一緒に行動する限り、何か不自由あれば絶対変えるから……ってこんなんじゃダメか」
「ご主人、あの……」
「うん、ごめん。本当に、何でもやり返してくれていいから。こんなことで許してもらえるとも思えないんだけど。本当に、本当に申し訳ない」
自分の語彙力をこの時ほど恨むことはない。
もっと自分の謝罪の気持ちを伝えたいのに、申し訳ないとか、ごめんとかしか出てこない。
どうやって伝えよう、伝わらないかもしれないけど、それでも自分にとって最大限の誠意は見せないといけない。
「だから……えっと」
「ご主人、大丈夫。大丈夫だから顔あげて、一旦落ち着いて」
私が次の句をと考えている合間に、ダークが近くへしゃがんで声をかけてきた。地面に置いた私の手にダークの少しひんやりとした手が重なる。
まだまだ謝り倒さないといけないと思ってるけども、その当人に言われたことに逆らうのもおかしな話だ。私が顔を上げると正面に居るダークとサンが同時に視界に入る。
地面に顔をつけていたせいか、泥がくっついたみたいだ。視界の端が微妙にボケて見える。
顔を上げると2人ともビックリした様な顔をして見せる。
よっぽど顔が汚れたんだろうな。
まあ、そんなことはどうでもいいけど。
だって、私は今まで知らなかったとはいえ、幼気な人様の少年に虐待紛いのペナルティを与えてたんだ。というか、警察沙汰だろ。いや、寧ろ罰されるべきだと強く思う。
数秒固まっていたダークが、真剣な顔をしながら私の顔を掌やローブの袖を使って拭き取る。
「ご主人、サンにも言ったけど。僕は嫌だと思ったら何でも拒絶出来るんだよ」
「でも、息苦しくなるとか、そんなペナルティ普通じゃないでしょ」
「うん。普通じゃないよ」
ダークは相変わらず真剣な顔で頷いて見せた。
断固とした肯定に、私の中の良心が酷く軋む。
でも、目の前の少年は凪いだような穏やかな視線で私を見つめ、両手で私の顔を包んでくる。
「奴隷なんかに、その程度のペナルティを課す主って、ご主人しかいないでしょ。普通はね、もっとご主人の想像を絶する内容なんだ、よ」
「?」
「しかも、ペナルティ発動条件が丁寧語使用って。もうそれ、ただのゲームでしょ」
「??」
なんか、話の趣旨が理解できないんだが。
それが顔に出てたのか、ダークはふっと悪戯っぽく笑いながら私の額に自分の額をくっつけてくる。
私の視界がダークの溶けるような蜂蜜色で染まる。目と目が触れ合いそうだ。いや、睫毛は軽く触れ合って、少し目を細めた。
「僕はご主人が知ってる通り、丁寧語や敬語で話すのが癖なんです。誰からも距離を置く話し方が、知らないうちに染みついてしまってたんだよ。でも、あなたが破ってくれた。あなたが変えてくれた。僕は、あなたが作ったルールが好きなんだ」
言い終わり、橙の瞳が嬉しそうに細められると同時に離れた。
そして視界がダークの細い首筋と銀の髪でいっぱいになったかと思えば、額に柔らかな感触。
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
何が起きたのか……いや、頭では理解してる。額にキスされた。でも、状況理解が追いつかない。
ダークを見上げるとニヤッと笑いながら下唇を舐めている。
官能的なその光景と、琥珀色の視線の先が私の唇に向いているのを見て、胸が迫り上がる心地がする。動悸が耳にまで聞こえてくる。
今にも噛み付いてきそうな、そんな怪しい光を瞳に湛えながら、ダークは潤った唇から言葉を紡ぐ。
「僕が今まで受けてきたペナルティは、ゲームに負けた代償だから。ご主人が気にすることなんて何もない。次はもっと上手くやるから、変えないで欲しい、な」
ぞくっとするほど綺麗な笑顔を浮かべながら、私の下唇を親指でなぞる。慣れない感触に、身体が思わずビクッと反応する。
ダークから醸し出されているのは、ちょっと狂気染みてるような怪しい雰囲気……狂気染みたっていうか、だいぶ狂気だよな。
え、やばいよね?
普通って何だっけ。
子供息苦しくさせて、ゲームって感覚は流石になかった。てか、アウトだよね。
それが普通だよね。
私が間違ってない感出されてるけど、私良くないよね。
ダメだよね?私今、場に呑まれて絆されかけてるけど、ダークの感覚がやばいよね?!
と、ととと、とり、とりあえず、ダーク近い。
私はそっとダークの視線から逃れるように押して距離をとる。
深呼吸。
「ま、まず、丁寧語禁止の件は解除するから」
「えー」
ダークが不満の声を上げる。
「えー、じゃなく。私の心労が半端なくなるから、ダメ。別に丁寧語禁止は命令から外れるけど、今まで通りタメ語維持してくれたらいいから」
「僕も無意識で出るからペナルティある方が分かりやすかったのに」
文句を言われつつも、私の頬を覆ってたダークの手も引き剥がす。
不満の表れで眉間に寄ったシワを、右手でグリグリする。
「さっき落ちかけたでしょうが。サンちゃんも巻き込んで危なかったんだから、ナシ」
「…………」
ダークがサンの方へ振り返ると、ここまで空気だったサンは壁にもたれながら私たちを見下ろしているのが見えた。
ダークのそれよりは甘い雰囲気の困ったような笑い顔だ。
「まぁ、同意の上なら他人が口を挟むことじゃないって、よく分かったよ。それに、ニャーが何か言うとダーク怒るみたいだから。死にかけたのは困るが……その……」
気まずそうにサンが頬を掻く。
「その、カナメが、そんな落ち込むほどでは無い、と思う。本当にダークはゲーム感覚みたいだし、ニャーも危なかったとはいえ、怪我してないし、街にも入れてもらえたから、文句はない」
「あ。名前呼ばれた」
「……まあ、さっきの流れでカナメっていい奴なのかなって……やっぱ、ニャーはカナメも好きだなって思った」
若干照れたように恥ずかしげな顔をして淡い赤色の瞳が揺れる。中性的な顔立ちだからだろうか、なんかこっちも照れが伝播してくる。
サンは本当にストレートに言ってくるから、誤魔化しがきかない。好かれるのは嬉しいけど、正面から好きって言われると照れちゃうよね。しかも美人さんだし。
ただ、いったい今の間にどんな心境の変化があったんだろ……私が思い起こそうとした時。
「ちっ」
ダークが舌打ちする。
こらダーク、舌打ちはダメだぞぅ。
私もよくするけどね?
「ご主人、街に入ってしまえばそこの獣人とは別れる予定だったよね。早く離れて晩ご飯食べにいきましょう」
素早く立ち上がると私を引っ張り立てせてくる。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。それなんだが……」
サンが私たち、厳密にはダークが引っ張っていくのを慌てて止めてくる。
グゥゥ〜
ダークは私の前を行こうとしていたので、サンの方からその音が発されたのだと分かる。
読心スキルは無いけど、流石の私でも次に出てくる言葉は何となく予想出来るかな。
「その、ご飯……持ってないかなって……何でも良いから。ニャーはよく考えたらお金持ってなくて」
サンは、恥ずかしそうに女性らしい緩やかにカーブした身体をもじもじさせながら言う。
お金をせびってこなかった点でいうと、やっぱサンって良い子なんだろうなと思う。
ただ、これは私の心が汚れてるからだと思うんだけど。つい、思っちゃうよね。
私の名前を呼んだのって、ご飯ねだるため?
「そ、それは、そういう意味じゃ無い。本当にカナメはいい奴って思った。それとこれとは話が別で……本当に」
グゥゥルル
「「「…………」」」
サンは会話途中で鳴り出した自分のお腹を抱えてなんとか止めようと努力しているみたいだ。
相変わらず、華麗に私の思考を読み取って会話してくるよな。
まぁこの際、おねだりの為のあざとさだったとしても、サンは可愛いから許せるけど。
因みにここまでのところ、サンが嘘をつこうとしてたり、誤魔化そうとしてたりする雰囲気は無い。
「そ、その代わり、ニャーがこの街案内するから。10年くらい昔住んでたし、そんなに配置とか変わってないと思うし……」
「結構です」
おい。何勝手にバッサリと切り捨ててんだこのガキ。
ダークは何でこんなに唐突にサンに冷たく接するのか。
「ご主人のこと、好きな奴も嫌いな奴も全員死ねばいいです」
「なんでやねん!せめてどっちか生き残らせろや」
極端かよ。思わずツッコミのチョップをダークの頭に入れてしまったじゃねーか。
あれか?私に関わる人間全員呪ってやる的な?末代まで呪うぜ的なやつか?
やめてくれ。
「サンちゃん、嫌じゃなければご飯一緒に食べよう。てか必要なら夜も遅いし、宿も取ってあげるから。お金はあるから気にしなくていい。安心して」
てか、本人が平気そうだから忘れがちだけど、この少女レイプされかけてた被害者だからね。
街でお別れとか言ってたけども、よくよく経緯思い返すと村から拐われて無一文じゃねーか。それを街までだからって、しかも夜に放り出すのは流石に人としてどうかと思うわ。
今の今までこのことに気づけてなかったのが恥ずかしい。
私の言葉を受け取るとサンは、安心したような穏やかな表情を浮かべると口を動かした。
「ありがーーーー」
ドパパァン、パンパンパン……
いきなりの爆発音に振り返れば、夜空に盛大に花火が上がっていた。直後にわっと上がる歓声。更に続く花火の音。
何を言ったかおおよそ予測は出来るけど、かき消された言葉をもう一度聞き返すべきか悩みつつサンへと視線を戻す。
え、泣いてる?
よく見ると頬には何も伝っていない。
ただ、表情の豊かだった彼女にしては珍しく無表情で見上げる顔に、何故かそう感じた。不思議だった。
次は別視点です。
誰でしょう。




