侵入よりも大変なことをしでかしていました。海よりも深い謝意を。
「いー天気だー」
夕闇の若干青みがかった空を見上げながら、顎の下にあるふわさら髪をなるべく意識しないように呟いた。
私がおぶさった時だろうか、フードが外れて珍しくダークの髪が露わになっている。これが割と密着した状態だから余計に感触と言うか、匂いというか、ダークの存在が近過ぎて結構心臓に良くない。
集中の邪魔になるかもしれないから今さらフードを被せるわけにもいかないし、困った。ま、ダークに両手ガッチリ握られてるから、どち道無理なんだけど。
てことで、さっきの言葉はどうにか気を紛らわすために呟いたに過ぎない。一応状況が状況なだけに小声にしたけども。
「ご主人、もう少しだから黙って」
「はい。ごめんちゃい」
小声だろうとやっぱり邪魔してしまったみたいだ。
私の顎下から、若干緊張した声でダークが叱ってくる。
「ニャーとしてはこの配置に疑問しかないんだが。どう考えてもバランスが良くない」
「サンも、うるさいです」
「はいはい」
サンがダークよりも下の位置でゲンナリしたように声を発する。
今、どういう状況かと言うと、下からサン、ダーク、私の順番で3段状態で数メートルある高さの壁を目の前にして木陰に立っている。
体勢としては、サンがダークを肩車して、ダークが私をおんぶ。おんぶと言っても、ダークが小さいから私の脚とダークの脚をまとめてサンが抱えているというのが適切だろうか。
いくら大人の体型で、スキルやステータスがあるって言っても、女の人の身でこの体勢はなかなか辛いはずだ。2人分の体重を支えている形だ。
致し方ないとは言え、サンには悪いと思ってる。
「サンちゃん、ごめんよ」
ダークは今色々やってて余裕が無いだろうから代わりに謝っておく。
「……ニャーは別に重たいから嫌ってわけじゃないけど。怪力スキル発動してたら負担ではないから。でもどうせなら女のが柔らかいから順番を……て、いたいたいたいぃ……」
「え、どした?!」
「…………けほ」
私の問いかけにサンは気まずそうに咳払いしながら無言で返してくる。下を見ると、ダークの脚が当たっている首辺りをさすっていた。
なんか後半ごにょごにょして何言ってるのかよく分かんなかった。
でも、思ったけど、その怪力スキル?を使えばおっさん共を退けられたんじゃないかな。なんかスキル名聞く限り、あの盗賊くらいなら吹っ飛ばせそうだ。
と、口に出して言うのは、ちょっとはばかられるような内容を思考してみる。
「怪力スキルは重いものを持ち上げる時に頑丈になるだけ。ニャーは体術が無いし、レベルも高くない。抑え込まれたら何も出来ない」
「そっか。ごめん。嫌なこと思い出させた。よく分からないスキルだから気になっただけなんよ」
「分かってる、気にしなくていい」
下を覗き込むけど、サンは特に気にした風もなく静かに返答してくる。
なんやかんや、サンは気が長いと思う。思ったことや嫌なことを率直に言ってくれるし、読心スキルでこちらの意図を正確に把握してくれるから安心感があるよね。
まぁでも、いくら丈夫って言ったって、かれこれ数十分この状態で待機なのはキツいと思う。
ちなみに今、私は盗賊から剥ぎ取った長ズボンと長袖の衣服を着ている。今回は臙脂色の上着と焦げ茶色の生地が硬めのズボン。この上下セットは沼地を抜けた後にゲットした。
昨日おっさん共から剥ぎ取った服は、昼間の一件でびしょ濡れになってたんだけど、ちょうど沼地を抜けた後に次なる盗賊が出てくれて良かったよ。
で、この服が割と着心地いい。盗賊の盗賊による〜てフレーズが無ければ心身ともに楽に着れるんだけどねぇ。鑑定の説明文の作者はいつか一発殴ってやらんといけない。何処にいるかわからんけど。
にしても、サンを襲ってた連中と言い、今回剥ぎ取った服と言い、盗賊のくせにいい服持ってる。今後、服破けたり、汚れたりしたら盗賊から剥ぎ取ればいいんじゃないかと思う。真面目に。
正直着れればなんでもいいよね、服とか。加齢臭はちょっと嫌だけど。
おっと。思考が逸れた。
そもそも、こんな状況になった数時間前を思いおこす。
目標にしていた西の街ユシララに着いた時のこと。
薄々予想していたけど、案の定門番に止められたのだ。街に入った所でサンと別れようと思っていたけど、「堕天者もその連れも通すわけには行かない」の一点張りで事情も何も聞く耳なしだった。
堕天者以外もひっくるめて突き返される分、カフカよりも厳重だわ。
あの時は私だけは自由に通行許してくれたもんな。
サンには悪いけど、門番に顔を覚えられてるだろうし今さら別行動もしにくい。
仕方が無いので、3人仲良く街を囲う壁越えを目論んでいる次第だ。
だって、久しぶりに、ホントに超絶久しぶりに、ちゃんとした寝床と飯を食いたいもの。しかも別に街で何か邪なことしようとしてるわけじゃないもの。こっそり入るくらい良いじゃん、人間だもの。
と、みつを風にごちゃごちゃ屁理屈捏ねつつ、現在ダークのスキルと魔法を頼りに、この夕闇に紛れて侵入を試みている。
作戦としては、視界の一番悪くなる夕方の暮れ気味の頃、松明が壁の上に焚かれるより前にダークの風魔法と闇魔法、光魔法、忍び足スキルを同時発動させてこっそり壁を越えて中に入るっていう、聞く分にはシンプルな方法。
ただし、ダークが言うには別系統の魔法を同時に発動するのはかなり集中力が必要らしい。感覚としては、右手でピアノ弾きながら左手で文字を書くようなもんだろうか?しかも2つの魔法ではなくて、3つの魔法だ。
聞くからにやばい。
しかも、魔法は発動者を起点としている為に、移動の仕方としては、自分にくっついたものをまとめて持ち上げる事しか出来ないとのこと。
確かにエルフに追われていた時、エルフ達は自分自身を浮かせることは出来てたけど、逃げる対象の私には風魔法をかけてこなかった。
一見便利な魔法にも色々制限があるんだろうね。まあそのおかげで、あの時は助かったようなもんだ。
で、今はダークが闇魔法で周囲に感知されないように見張りの隙を作りながら、光魔法で自分達を認識出来ないようにしてタイミングを測っているみたい。
風魔法で飛ぶのは仕上げ段階だからまだ発動してないみたいだ。と、私はステータス画面で確認して暇を潰している。
闇魔法での隙作りが大変なのではないかなと予想してる。ダークがもうちょいって言ってたから、不可能ではない雰囲気あるけど。
魔法を分析した時に、闇魔法が回折、干渉、光魔法が屈折、反射じゃないかなーと科学視点の結論を下した。
なんか光と波の性質みたいなアレだ。
正直、この闇魔法、光魔法の分析は対象が曖昧過ぎて難しかった。というか、結論づけた後に考えると、対象はそれこそ分子とか物体ではなくて、魔力そのものなのかもしれない。
で、わけわかんなすぎたから、ダークにこの2つの魔法で何が出来るか聞いた上で発動を観察すると、上記の結論に至ったって感じ。
分からないものが分かるって何となく知識欲が満たされて嬉しいよね。
大学の研究みたいで少しワクワクした。
就活も良いけど、院に進むのもワンチャンあるよなーとか思ったりする。
まあ、現状元の世界に帰るどころの段階じゃないんだけどな。
生き残れるかな?生き残れるよね?
誰か返事してくれ。
「…………無理しなければ大丈夫だと思う」
「ありがとう」
サンが躊躇しつつも私の思考に返事してくれた。
うん、別にサンに返事して欲しかった訳では無いけど。この場合私が求めてしまったからね。うん。ごめん。そのつもりはなかった。
にしても、この思考を読み取って会話してこられるの、何か恥ずかしいんですけど。
無心……てのはやっぱり難しいよな。
「リーブ」
ごおぉぉお……
唐突に風が巻き起こるとジェットコースターの時のような浮遊感がくる。
一瞬何があったか分からなかったけど、多分ダークが絶妙なタイミングを見計らって風魔法をかけたんだろう。
吹き付けてきた風に思わず閉じていた目を開ける。
うわぁぁ、きれーだ。
目の前には夕焼けも終わり、澄み渡った青暗い空が。そして眼下に拡がるポツポツとして活気づいた赤提灯。黒っぽい屋根にくっついて風でかすかに揺れている。
メインロードみたいな広めの道には、眩しい程の松明とごちゃごちゃと行き交いする人間達。
微かに風に乗ってくる香ばしい肉の香りや、炭の匂い。
人里だーーーー!!
長い……長かった……。あ、やべ、涙でそう。
それにしても、祭りかなんかだろうか。いくら人口の多そうな街って言ったって、街全体がわちゃわちゃとしているのは珍しいように思う。
てか家というか、店周りが何か飾り立ててる感じする。
ぼやーっとその光景に見入っていると、ダークが問いかけてきた。
「ご主人、あまり時間が無いよ。何処に降りますか?」
「あ、そっか。とりあえず、人目につかない壁のすぐ裏くらいで」
「はい……ゲホッゲホッ」
「「うわっ」」
ダークの咳で魔法の維持が解けかけてガクンと高度が下がる。
私とサンが慌てて声を上げながらダークにしがみついた。
「リーブ、けほッ」
息苦しそうに咳をしつつも魔法を再度かけ直してくれたみたいだ。着地の瞬間にはふわりと3人が浮く。
あっぶねー、2人なら大丈夫な事はエルフ村で分かってたけど、さすがに3人分は未知だったから助かった。
一応咄嗟にサンとポジションチェンジしてたけど大きさ的にダークは大丈夫でもサンは危うかった。それに、着地音で周囲に気づかれたら元も子も無いもんね。
「死ぬかと、思った……」
無事地面について3人バラけたところで、サンが怖々と息を吐き出しながら呟いている。
3人バラけたと言ってもダークは私と片手を繋いだままだ。もう片方の手を細い喉元へやり、つい今しがた起きた発作の残症を宥めている。
「けほっ……すみません、つい、ご主人に丁寧語を使ってしまって。ペナルティ発動して魔法が解け……けほっ」
「………………え」
私は心臓を冷たい手で捕まれる心地で聞き返した。
「あ、でも光魔法は維持出来てたから、多分侵入はバレてないで……バレてない、よ」
何か違う方向で聞き返したと勘違いしたらしい。失敗したことを気に病んでか、申し訳なさそうに眉間にシワを作る。
叱られている子供を彷彿とさせる表情。いけないことをしてしまったと反省しているような。
「ちょ、待って。状況整理させて」
「?」
ダークが不思議そうに首を傾げた。
フードがはだけているせいで、普段見えない髪がひと房頬にかかる。ちょっといけない色気を感じる。
フード被ってても天使だけど、フード脱げてたらもう、銀の髪が微かな光で反射して神々しい……これ、言い方適切じゃないかもしれんけど、目も当てられない美人だ。目の中に入れても痛くないって言うより、見てたら目が溶けそう……。
じゃ、なくて。
今、この子供は、何て言ってた?
「あ、あの、さ、ダーク。今なんて言った?」
そう。心臓あたりがこんなにすくむのは、ダークがあの意味不明な箱に詰められてた時かも知れない。
「光魔法は維持したから……」
「違う、その前」
私が食い気味に尋ねるからか、ダークは大きな目をぱちぱちさせる。
そして、少し考えるように目線を上に上げ、思い出す仕草をした。
こんなに身が竦むのは、ダークがゴブリンの魔法を受け止めた時だろうか。
でも、今回は原因が違う。もしかして、ダークの喘息みたいな症状って……
自分の言ったことを思い出したダークが、確かめるように言葉を紡いでいく。
「……僕が、ご主人に丁寧語使ったせいでペナルティが発動して、魔法を解いてしまったから」
「すみませんでした!!」
話の途中とか関係なく私はその場で土下座した。
それから、およそ10分程度、個人的に最大級の謝辞を述べ終え、当人であるダークに促されたので顔を上げる。
真っ暗な空を背景に、ダークとサンが2人ともそれぞれに驚いたような困惑したような顔をして私を見下ろしていた。
ああ、穴があったら入りてぇ。
奴隷のペナルティ。
やっと回収出来ました。
ちまちまやってたから、ちょっとした達成感があります。




