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サン①

「ぐはは、観念しろ。誰もきやしねぇぜ」

(まさか、あんなしょべえ村にこんな上玉がいるとはついてるぜ)


「おい、早くやれよ。待ちきれねぇ」

(いつも後の方は威勢が削がれちまうから嫌なんだぜ。とりあえず早くしてくんねーか)


 あぁ、いつもこうだ。

 こんな世界だ、ましてや咎人とがびととして生まれてきた者がまともには生きていけるわけがないと思っていた。


 けど。


 もっと生きたかった。まだ生きられると思っていた。

 別に行為が嫌なわけじゃ無い。でもこいつらの思考を読みとるに、その後は殺されて……と言う流れが手に取るように分かる。


 思えばこの光景、見たことがある気がする。

 きっと、いつぞやでも同じ場面に繋がったんだろう。この瞬間が避けられないなら、寧ろ気づかなくて良かったと思うべきなのか。

 掠れかけた記憶の光景を現実と重ね合わせる。


 と、抵抗しつつも意外と冷静な頭で考えている自分に嫌気が差す。


 はぁ。

 このまま時間が永遠に止まってしまえばいいと願うべきか、それとも早くこの時が過ぎてゼロに返れと乞うべきなのか。

 自分の無力を呪うには、あまりに長く繰り返してきてしまった。


 突然、とんでもない風がニャー達を襲う。


 それは一瞬過ぎて、思わず数秒間呆けてしまうほどだった。ニャーを襲っていた男達は揃って遠くに吹っ飛んでいく。


 風のきた方へ目を向けると、明らかにおかしな2人組が立っていた。


 1人はニャーと同じ年齢くらいの成人した人種の女。破られてしまったニャーの服と比べてもあんまり変わらないくらいボロボロの布服と見すぼらしい毛布を纏っている。


 もう1人は長耳から判断して男のエルフ。ただ、エルフは見た目で年齢が分からない。成長余地があるところを見るに若い方なのだろうが……。こっちはまだマシなローブを着ているがフードを深く被っている上に、人種の女の手に顔を覆われていて不明。


 そもそも人種嫌いなエルフが人種と居るのが不似合いだ。ましてや人種に目元を覆われて何の抵抗も示していないのがおかしい。


(あーぁ、肉、食いたかったなぁ……)


 人種の女の無防備に思考している言葉が流れてきた。


 一瞬意味が分からなかったが、把握すると唖然とした。


 え、ニャーらをいったい何だと思ってたのか?まさか野生動物と勘違いされるとは……開いた口がふさがらない。


(でも、ダークの目に咄嗟に手をやったのはファインプレーだと思うな。さすが私!)


(まー、こんな所でファンタジーの代名詞、獣人に会うとは思わんかった。耳が猫……だよね?)


 ちなみにニャーは、猫種ではなくて獅子種なのだが。これに答えるとニャーが思考を読むスキル持ちだとバレてしまうから、とりあえず黙って見つめる。


「あの……ご主人。この手は?」


 ニャーと人種の女が数秒程、見つめあっていると、漸くエルフが身動ぎしだす。


「もうちょい待ち。今状況整理中だから」

(こんな光景ガキに見せちゃいかんってことくらいはわかる。でもどうしたものかな、まず…うん。肉食いたい!……じゃなかった。えっと、待て待て。一旦落ち着こう)


 この女、さっきからまともな思考してないんだが。大丈夫なのか。


「…………」

(肉が食えなかったのはこの際諦めよう。非常事態だしな)


 やっと諦めた。

 と思ったら、まだくどくどとタンパク質なるものを欲する思考が続いた。その間エルフは辛抱強く同じ姿勢で待ち続けている。

 ある意味で感心する。


 十数秒後、漸く女はダークと呼ばれるエルフに食料採取の指示を出した。


 2人きりになると、助けた相手であるニャーに何か言ってくるかと思いきや、スルーされた。

 ニャーを襲っていた「おっさん」(女がそう呼ぶので)の処理を優先させている。


 それは良い。ニャーは身体的にも精神的にも深刻な状態ではない。先に脅威になる敵の無力化は、ニャーが逆の立場でも同じ優先順位だと思う。


 効率的な行動や、絶えず流れ込んでくる彼女の思考にも多少の好感を抱きかけた時、恐ろしい事実を知った。


(勇者だから無闇に暴力振るわないように気をつけなきゃだもんね)


 この思考が聞こえた瞬間。全身が硬直してしまう。


 この女、勇者なのか?!

 勇者はニャーのような咎人とがびとの天敵だと聞かされている。

 今の状態だと勇者に刺されたら全てを無にされるらしい。


 今まで受け続けてきた苦難全て無に?冗談じゃない。


 どうしよう。逃げた方がいいのは頭では分かっている。でも身体が思うように動かない。


 と、勇者がこちらへ視線を送って、ニャーが震えているのを見ると舌打ちした。


 ……殺される。

 ニャーが負ってきたもの全てが無にされる。


 そう絶望しながら身を固くしてその時を待つ。

 だが一向にその時は来なかった。


 代わりに勇者の思考が流れ込んでくる。


(私は敵じゃないよー?)


 ………………。

 ………………え。

 勇者が敵でないなど、あるのだろうか。


 聞いていた話とは違う。

 無にならない?まだ、生きていられるのか?


「あ、あの……ありがとう、ございました……危ない所を助けてもらって……」


 半信半疑でどの瞬間で殺されてもいいように覚悟しつつ会話を続けてみるが、相手は本当にその気はないみたいだった。


 反対にニャーのような者に対して純粋に心配や気配りをしているのだと受け取れる思考や態度、言動だ。戸惑う。


 でも、見ず知らずの相手のために、自分の下着姿を晒すのは流石にダメだと思う。


 しかも見たことないほど、手の込んだレースの艶めかしい下着を身につけていた。着ていた服装からは想像つかない高級品だろう。


 つい、渡された服もそのままに食い入る様に見つめてしまった。そして、その造形をひたすらに目に焼き付けることに集中する。


 思わぬ眼福に反応が遅れたけど、戸惑ってるだけに受け取られたようだ。特段怪しまれずに済んだ。


 ひとまず渡された服やマントを身につけながら再度お礼を言う。


(うん。これならダークに見せてもいいかな。まぁ、若干エロ漫画に出てきそうな際どい感じだけど、アレな所は一応覆われたし)


(つーか、この子胸でけぇわ可愛いわで、私が勝てるところ、一つもねぇな。もともと張り合ってないけど……うん、胸って今からでも成長するのかな。マッサージとかで……無理ですかそうですか)

「…………」


 なんとも言えない。

 つい、言う機会を失ってしまったが、ニャーが思考読み取れてるって知られたら、この女どう思うんだろう……。


 それこそ殺されるかもしれないから黙っておこう。そう心に誓った瞬間である。


 そうこうしているうちに、食料を探しに行ったエルフが帰ってきた。


 ニャーの姿を見て、一体どんな嫌な顔をしてくるかと思っていたけど、意外にも無表情だった。


 ん?あれ??おかしいな。

 女の方は勇者だから、この世界に無知な事に納得したが、エルフの方はニャーがどんな状況か知らないはずはないのに。


 勇者に殺すようすすめるでもなく、拒絶的な態度を示すでもない。


 と言うより、このエルフ全然思考が流れてこないな。

 不思議に思いながら見つめてしまう。


 だがエルフはニャーに殆ど興味を示さず、視線を別へ向けた。


「ご主人、向こうのはどうするの」

「んー、とりあえず縛りつけといたけど。ノープランかな」


(殺すほどかどうか私には判断つかんし、どっかお役所に引き渡せたら話が早いんだけど……今から尾根から見えたあの村に行くのは距離考えると微妙だよね。おっさん抱えるとか、いたいけな私には無理だしぃ)


「分かった。とりあえず無害化してくる」


 女勇者の思考とは対照的に、本当に何も思考が読み取れない。

 恐らく何らかのスキルで隠しているのだろう。

 エルフらしい秘密主義的な態度だ。


 通りすぎる時、フードの下から橙色の眼がニャーへ注がれたが、相変わらず際立った感情を映しているように見えなかった。


 エルフはおっさんどもの元へ行くと彼らに軽く触れていた。


 何かしらのスキルか術を発動させたのかもしれない。特に見た目の違いは見受けられなかったが。


 その後、カナメが苦悶していた質素な夕食を食べたが、そんなに言うほど悪い食事では無かった。寧ろ満腹感のある良いスープだ。


 食べながら今後のことについて話し合った。特に明日、一番近くの西の街へ向かうこと、その道中には魔物出現率の高い沼地があることなどを伝えておく。


 せっかく出て来れたんだ。

 とにかくニャーのいた村には行かないように誘導しておく。最初は訝しむ思考のあったカナメも、食い下がるところではないと判断してくれたようだ。


 あとはニャーがこの女勇者に気づかれないように街でお別れするだけでいい。


 何度思考を読んでもこの勇者はニャーを殺すつもりがないらしいから、本当に実現できそうな気がしてきた。


 食事も済んでひと段落したら、2人は就寝の態勢に入った。


 やっぱりエルフのくせに、この男は勇者とすこぶる仲が良い。相手が勇者だから、という理由も考えたが普通に仲がいいという枠を明らかに超えている。


 夕食の間にこのエルフが勇者の奴隷ということは分かった。右手のマークは慣れ親しんだマークそのものだ。見間違えるはずがない。


 エルフの奴隷というだけで型破りなのに、あの気位の高いエルフが、主人にこうまで従順なのは本当に聞いたこともない。


 まさか、精神操作でもしているのか?


 隷属加護の中には、そういうことのできるものもあると聞いたことがある。

 ただ、余程の大金を積まないとそんな操作まで可能にする儀式は執り行えないだろうし……なんていうか、この勇者にそこまでの大金所持は伺えない。


 服破れてたし。聖剣すら所持してないみたいだし。いや待てよ、下着は凄かった……うん、やはり金持ちなのか?


 ニャーが2人を凝視しながら物思いにふけている間に、奴隷エルフは勇者に歌をせがんだ。


「んー、何の歌がいいかなー」

(最近マジでネタ切れなんだよなー。同じ歌でも良いんだろうけどさぁ。なんか、一回歌ったやつまた歌うと永遠にそれしか歌えない感出て嫌だ。まー勝手に縛り作ったのは私だけれどもね。そもそも歌詞をまともに覚えてる歌って少ないんだよ、カラオケ恋しい……)


 数刻一緒にいたら流石に分かる。

 この勇者、口から出る言葉以上に思考内の言葉が多い。


 思ってることをそのまま口に出すのが基本的な普通の生き物だ。考えていると言ってもここまで流暢に思考するのは難しい。


 だが、たまに、こういうのが居る。

 そういう奴らがどんな人生傾向にあるのか、分類できるほどニャーも経験豊富では無い。


 強いて言うならば、彼らは総じて口が上手いと言うことだろうか。その絶えず流れ続ける思考の濁流から絞り出される言葉は人を惹きつけるみたいだ。

 きっとこの女勇者も人に好かれるのかもしれない。


 数秒悩んでいたが、勇者は何を歌うか決めたようだ。


 勇者が静かに、船を漕ぐようなゆったりとした速度で歌いはじめた。


「……な?!」


 思わず声をあげてしまった。

 その歌声が想像を遥かに超えていたからだ。


 歌が上手いとか、そういう次元では無い。


 おかしい。違和感。

 これが第一印象だ。


 この世のものではない何か。

 聴く者の心の中にあるもの全てを更地に帰すかのような、その更地に何か別の心地良い液体が浸透していくような。


 彼女の歌が響く数分間、瞬きすら出来ず、息をするのも忘れて聞き入ってしまった。


(ご……主じ……の……好き)


 この歌声のせいだろうか、かけていたスキルが外れたようだ。初めてエルフの思考が途切れつつも流れ込んできた。


(こ……場に僕だけな……良……のに。あの咎人き……ればいいのに)


 安心しきっていたところを冷や水を被せられた気になる。


 あのエルフ、ニャーがどんな者かやっぱり知っていたのか。

 でも、何故なにも勇者に言わない?

 勇者は咎人も堕天者も狩る使命があるはずだ。


 というより、流れてきた思考は途切れ途切れと言えど良いものではない。

 もしかして、気を抜いたらこのエルフがニャーを殺してくるかもしれない。


 心臓が早鐘のように打ちつける。


 すーすー。


(よし。ダークは今日もすんなり寝たな)


「え」


 寝た……だと?!

 ニャーが愕然としてる間に、勇者が声をかけてくる。


「サン、私ももう寝るよ。危機感知のスキル発動させてるから、何かあったら対処するし、安心して寝てね。おやすみー」

「え……はい」


 数分程で女勇者からも寝息が上がる。


 ニャーはまだ寝る気にもなれず茫然と燻る火を見つめていた。

 果たしてこの場に止まっていて良いのだろうか。


 明らかに今までにない未知の状況だった。


 ニャーが決めかねていると、視界の端で寝ていたはずのエルフがそっと身を起こした。


 まだ一刻も経っていないはずだが……。


 視線を向けると、エルフは慣れた手つきで勇者を座った体勢から横に寝かせつけていた。

 まるで宝物でも扱うかのように、慎重に自身の膝元を枕になる様にしている。


 数秒ほどで一連の動きも終わり、落ち着いたエルフはそっと勇者の頬にその手を置く。


 エルフにとって肌の接触は特別な意味を持つと聞いた。手のみを繋ぐ感覚なら他種族と大きな習慣差もないだろうが、とりわけ異性に対して頬へ触れたり触れさせたりするのは親族程度らしい。触れる部位と部位によっては更に特別な意味を持つ動作もあると聞くけど、詳しくは知らない。


 ニャー達は逆に触れ合う文化だから相容れないのだ。奥ゆかしいエルフ様、と揶揄する村の者も居た。


 特別な意味までは分からなくとも、あんな風に接触するってことは、やっぱり勇者へかなり心を許している証拠だろう。


 観察していると、徐にエルフがこちらに視線を向けてきた。


 先ほど途切れつつも漏れてきた思考を鑑みて、思わず身構えた。


 せっかく希望が見えたんだ。即殺されるのは避けたい。


「サン、って名前でしたっけ」

「……そうだ」


 感情の読み取れない声音に、緊張し過ぎて短く答えることしかできない。


「……もっと気を緩めてください。別に取って食うつもりはないですから」

「…………」


 思考が読めない以上、言葉を鵜呑みには出来ない。ひりつく喉を無理やり嚥下した。


「あ、この方が良いですか?僕は、貴方と同じです」


 そう言ってフードを外して、容貌を露わにした。


 見た瞬間、ニャーは咄嗟に立ち上がった。


 ずっと驚きの連続だったが、これが今日一なのは間違いない。……頭が変になりそうだ。


 橙色の瞳、長耳。無機質な表情。

 そして、銀の髪。


「貴方と同じ、咎人……魔王候補です」


 彼はそう告げると、自嘲しているかのような悪戯気のある笑顔を浮かべた。


 ニャーの冷や汗が地面へ滴り落ちるのと、薪が最後の悲鳴を上げる音が重なる。

 薄い光が揺らいだ瞬間だった。

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