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ノズ⑤

『ダークエルフをエルフのもとで処分させろ』


 俺たちに課される任務は今までもそうだったんだが、グレーゾーンやいわゆる危険領域に近いことが多い。死にかけることは幾度もあったが今回は一段と難易度の高い内容だ。


 ざっと考えただけでこれが難しい任務だと言いきれる理由は3つある。


 1つ、エルフは人間(俺たち)を軽蔑し見下している。そして元来の性質として用心深い。つまり、基本的には俺達がある程度妥当な内容を口にしたとしてもなかなか信用をしない。


 2つ、ダークエルフとは言えエルフは基本的にエルフを殺さない。更に、ダークエルフであっても他種族がそいつを殺せば許さない。だからこそ、巡り巡ってあんな危険なダークエルフ(お荷物)が誰にも処分されること無くお頭のところまで回ってきたってのがある。


 それを、わざわざエルフ共のところへ追い返して殺させろと来たんだ。一筋縄どころじゃぁねぇや。


 今回の任務の大筋としちゃ、エルフが大切に森の奥深くに保管してある聖剣というもんを気づかれないように奪取して、あのダークエルフに罪を着せるってのがある。そうすりゃあ、聖剣つう超レアアイテムの行方も文字通り闇に消えたっておかしくなくなるっていう寸法だ。


 あとは聖剣を煮るなり焼くなり……つうのもおかしな表現だが、俺たちファミリーの強化に役立てることが出来るだろう。なんと言っても勇者が魔王退治に使うような代物だからな、性能も桁違いという噂だ。


 だが、そのためにはダークエルフらよりも先に大森林へ入り、エルフとある程度信頼関係を構築しておくことが必須課題になる。だからこそ班員各々馬を駆り、途中の街で馬を乗り換えながら旅路をかなり強引に進めてきた。


 そのおかげかジバルを出て2日目の昼前で、既に4つの街を通り抜けたことになる。ここから一気に北西に向かえば大森林の領域だ。


 だが強行もずっと続けば流石にスタミナが持たねぇからな、今は馬速を緩めて歩かせているところだ。


 酒場でうちの構成員達が遠回りのルートを教えておいたらしい、ダークエルフが大森林に入るのは徒歩だと軽く見積もっても2週間はかかる。


 そこで一番難易度を引き上げる要因の最後の1つ……あの屈託無く笑う20代そこそこの女が頭に浮かんだ。


「カナメ、怒るよなぁ……」


 斜め後ろからフィントがボヤく。


「怒ろうが怒るまいがお頭からの司令だ。俺たちにゃ、やるしか道はねぇよ」


 俺の言葉は、俺自身への鼓舞だ。そして、俺達の決まりきったルールの確認だともいえる。そこを間違えれば俺達の間ですら制裁が発動するからだ。


 ポフォが緊張の走った空気の中で穏やかに口を開いた。


「ただ、気をつけた方がいいかな。あの子は底知れないからね」

「気をつけるも何も、俺たちゃ何だかんだあいつのこと、強さも、スキルも、目的も分かっちゃいねぇんだぜ?ここまで情報がない得体の知れねぇ相手に任務を遂行するってぇのもなかなかねぇや」

「バカフィントが、少しは情報を自分で整理しろ。奴が言っていたことが正けりゃ、HPは3000代だろ。少なくとも素手でブラウンウルフを討伐できて、ヘルスライムの物理防御力を貫通するだけの攻撃力若しくはスキル持ちっつうのは分かってるだろ」

「それだけの情報でも、充分、化物じゃねぇかよ?」


 俺の後ろで話が勝手に盛り上がって行くのを冷めた気持ちで聞き流す。


 あいつは、多分それだけじゃぁねぇ。

 きっと何か大きなことをしでかすような予感がある。


 真の策略家は、それまでの行動一つ一つ全てが最後に意味あるものに変わるよう仕組む。

 これはスフィア様を見てきた俺自身の経験と、俺よりもずっと先輩だったタクティクスと同じ世代の兄貴から聞かされた言葉だ。


 しかしカナメがそうと言いきるには躊躇いがある。本人があまりにも裏表のない性格だからだ。そこが俺たちがアイツを気に入っているところでもあるんだが。


 振り返ってみりゃ、どうも上手く行き過ぎている。


 例えば、カナメはダフォファミリーとの抗争の時、タダンをピンポイントで見つけ出してギリギリの場面で助けた。あの街中大騒乱になってる中を何も知らいはずの奴が、ほぼ初見の裏道の場へ一目散に駆けつけるのも妙な話だ。


 そしてアイツがヘルスライムを全部撃破するのを見計らったかのようなダフォファミリーの一斉攻撃。


 他にも、率先して酔いつぶれた俺たちに大量の塩が入った水を勝手に振舞ったこと。塩がいかに貴重な物か、3つのガキですら知ってるものを大胆に悪びれもなく使ったらしい。

 結果から言えばその後の賭けで圧勝を見せつけてこちらの手出しを牽制した。……事実、この任務を遂行したあかつきには、お頭ですら一切カナメとの関わりをもつ気が失せているように受け取れた。


 そこまで考えて、俺が今感じている得体の知れない不安と違和感に気づいた。


 これまでの流れの中で、果たして俺たちにこの任務以外の選択肢があっただろうか。


 これが、寧ろ誘導された結果だとしたら……。


 あいつは俺達がこうして先回りしている事すら把握済みだったりしてな。


 思わず舌打ちをした。

 久しぶりに考えるといけねぇや、口の中が苦く感じてきやがる。


「兄貴、さっきから雰囲気が怖ぇけど、大丈夫か?」

「……なあ」

「何だ?」


 俺の呼びかけに返したフィントだけでなく、タダンやポフォも俺に注意を払っているようだ。皆黙り込んで沈黙が訪れた。


「いや、何でもねえ」


 口を開きかけて後悔した。


 この先に今までにない死の危険があるかも知れねぇなんてな。


 とてもじゃねえが(リーダー)が言えることじゃねぇ。それに、そんなのは常に隣合わせで生きてきた俺達には無用だった。改めて言うまでもねぇ。


「当面はカナメじゃねぇ、エルフだ。油断するなよ」

「わぁったよ」

「兄貴は余裕があるなぁ」


 タダンとフィントは、俺が無駄口を叩いてることに怒っていると勝手に理解したのか、渋々了承して言葉を切った。


 ふと見ると、ポフォが隣に来ていた。

 普段は線のようなタレ目が軽く開いて俺を見据えている。昔からそうだがポフォの瞳からは感情が読み取れない。むしろ相手から感情を吸い取るのではないかというほどに惹き付けられるものがある。

 その目が円を描くように歪んだのを見て、笑っているのだと気づいた。


「誘導されてたら、怖いよねぇ」

「…………」


 やっぱりこの手の話に(さと)いのはポフォだな。俺達ファミリーの中ではリフリィと並んで随一だろう。


「で、ここで帰還してからの話をすると死亡フラグになるよね」


 ポフォはからかい半分で冗談を発してくる。


 さっき俺が出かかった言葉を汲んだつもりらしい。全く、相変わらず趣味の悪いヤツだ。


 散々な日々を送ってきたが、今日まで何とか生き延びてきたんだ。死は俺にとっちゃ無だ。今までを無に帰すつもりは毛頭ねぇ。


 俺達はこの瞬間でさえ死んでもいいような心づもりとその支度をしているのが大半だ。


 だが、生きることを諦めてるわけじゃねぇ。死を受け入れない覚悟は人一倍強く持って生きている自負がある。


「死ぬなんざ、冗談じゃねぇ。やることやって、さっさと帰ろうぜ」


 俺はポフォのセリフを鼻で笑って気丈に返した。



 暫くして、不思議な男と会った。

 上等なローブから判断すると高位の僧侶か神官だろうか。まだ青年と言うには若い年頃に見えるそいつは、俺達と同様に馬で移動していた。


 大森林が近いということは道も粗く狭い。エルフ(あいつ)らは基本的に風魔法で空中移動するせいで馬を使わないからだ。


 面倒だが離合できるだけのスペースもねぇからな、数刻ほどそいつの尻をつける形になった。


 何故、不思議かというと、まず上等なローブを身につける程の地位にいるやつがたった1人で護衛も付けずに大森林を目指していることだ。普通なら神官だと無駄に仰々しく数十人規模で移動するはずだ。そして個人的な旅路だとしても装いからして、せめて2人以上の護衛は付けるのが妥当だろう。それが、1人でいる。不審でないわけがない。


 次に、その男が最初に俺達に気づいた時の落ち着きようだ。俺達の見目なら普通山賊か何かと勘違いされるはずだ。


 それを最初に一瞥した時に小さく「へぇ、こっちのルートに来たんだ」と若干的外れな言葉を発した程度だった。もちろん驚きの表情はしていたが、恐怖を示すと言うより、どちらかと言うと誰も知らないはずの道に人が通りかかった時のような反応だ。


 そして、極めつけはブラックゴブリンが茂みから飛び出てきた時の戦闘スタイルだ。


 ブラックゴブリンと言えば魔法防御の高さは他のゴブリン種の中じゃトップレベル。唯一の弱点は奴自身の得意とする闇属性だが、とてもじゃねぇが他の属性魔法じゃ歯が立たねぇことは周知の事実だ。


「熱に宿る精霊よ、汝の力をもって我に仇なす彼の敵を焦がせ」


 ゴォォオッ


「嘘だろ、何でだ」


 フィントの言葉は俺たち3人を代弁した。あのブラックゴブリンが、まさかの火炎(闇以外の属性)魔法で討伐されたんだからな。


「ちょっとした便利スキルのおかげかな」


 俺たちの驚愕する反応に対して、そいつは自慢する風でもなく、初めて肩を竦めつつ淡々と会話を返してきた。


「そんなことより、僕は君たちにこんな所で出会ったことの方が驚きだな。まさか僕以外で正規ルートを外してくる奴が居るとは思わなかったよ」

「そうか?」


 この道は表通りと言うには狭過ぎるからな。


 もう一つ、シルフティア国が正式な遣いを出す時に利用される道がある。だが、不正を嫌うエルフは裏道などというものを作らないし、存在することさえ許さない。そんな訳で日陰者の俺たちでさえ大人しく正規道を通ってここにいる。

 そんなわけでここも大森林に至る一般道の1つではあるが。


 まあ確かに見るからに上流階級育ちのお坊ちゃんにはこの道は誰にも使われてないかのように映ったとしても不思議はねぇな。そんな中、使うやつがいたのかと驚くのも納得はいく。


 ふん、とんだ世間知らずの坊ちゃんもいたもんだ。


 ただ、この雰囲気と1人でフラフラしていることといい、底知れないスキルといい、どことなくカナメと似たものを感じる。


「お前、カナメと同業か?」

「かなめ?よく分からないけどそういう職業でもあるのかい?」


 知り合いではないらしい。いや、とぼけることも出来るか。寧ろ密偵や間者ならそんなヘマはしねぇよな。


「いや、似たような奴を知っていてな、仲間なのかと思ったが、どうやら違ったらしい。俺たちゃ、そいつに借りがあるからな」

「へぇー、そうなんだ」


「まあそいつも大森林を目指していたからな、この先お目にかかるかも知れねぇぜ。なかなか面白い奴だったんだ」

「そうなんだ?」

「何でも、大森林にある特別な草を見つけたいんだとよ」

「……へー、特別な草……ねぇ」


 それまで何でもないことのような穏やかな返しをしていたが、特別な草について言った瞬間、視線が鋭利になった。


 これは、黒か?そこまで考えて、閃いた。


 もし、仮にカナメとこいつが同業ならば、カナメの完璧(かもしれない)な策略に綻びをつけることが出来る。

 そんでもって無関係ならそれまでだからな。ここは種を蒔いてやろう。


「だが、俺たちゃそいつのツレにちょっとした用があってな。だから先回りしてワナみてぇなもんを作ろうとしてるところだ」

「へー。それって、言っちゃダメっぽい内容だね」


 そう言って毒気の抜かれたとぼけた表情で苦笑してみる。


 先ほど目線にチラつかせた鋭利な興味もどこかに消えているみてぇだ。


 ちっ、こいつぁ、なかなか一筋縄じゃいかなそうだ。カナメも大概腑抜けた笑い方をするが、ありゃまだ裏表のつかない素の顔だ。


 だが、コイツは明らかに違う。己の腹の底を絶対に悟らせない気概が見て取れる。カナメはともかく、コイツの様な輩は幾人か出会ったことがある。一言で言うなら、こういう輩は性質(たち)が悪い。腹底を覗こうと身を乗り出した瞬間、こちら側の首を捕らえてきやがる。


 危険は承知の上だが班を分けてコイツをつけさせるか思案していると、ここが7聖泉の近くだと悟った。


 確か7聖泉の1つ、蒼龍の遊弋池(ゆうよくち)とか言われる泉だったはずだ。


 その傍だと気づいたのだ。


 実際は相変わらず細道が続いてるだけで木が鬱蒼としているから泉は見えねぇんだがな。


 なぜ分かったかと言うと、答えは至極簡単だ。俺の身長と同程度の蒼龍を奉る像が道の脇にドンと鎮座していたからだ。


 大森林7聖泉はエルフが特に過敏に反応するからな、各聖泉ごとに奉られているが、特に道脇にある像に向かい合う方向へ行けば死が待つと言われている。それは、7聖泉に宿る神の裁きだとか、単純にエルフの制裁だとか憶測は飛ぶが、ひとつ言える事は須らく聖域を侵したヒトは殺されて帰ってこないということだ。


 だからこそ、こうして任務遂行の旅をする上で必ず気をつけなければならない事項ともいえる。


 そして、いよいよエルフの領域に入りかけていると思うと多少は緊張感が出てくる。


 最後にエルフと対峙したのは大森林騒動の時か。半年前だが、あの時は合意の上での会談だったからな。今回とはかなり違う。


 気を引き締めようとフィントらを振り返った時。


 ガキン!


 高く硬質な音が響き渡る。


「何だ、一体どうし……」


 音のした方向、また先程まで像のあった所を振り向いて言葉が詰まった。


 後に続く硬いものが地面を転がる音が悪夢の始まりを告げているような心地がした。


「像を……砕きやがった…だと」


 そこには得体の知れない(あいつ)の手に握られた装飾のきらびやかな細身の剣が、像を砕いた様子だった。


 ゴロゴロ……ピカッゴロゴロ……


 文字通り先程までの晴天からはうって変わり、太陽が分厚い雲に覆われ、稲妻が渡り始める。


 そして、悪夢が始まった。

書き直す可能性大

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