相性と愛称
長く空いてしまい申し訳ないです。
「ねぇダーク君や?そろそろ機嫌をなおす気はないかい?」
「…………」
無視かよ!
私の問いかけに完全スルーしてみせる奴隷とは名ばかりの少年に、苦笑いする。
丸みの残るほっぺが少し膨らむ程度ならまだ良い、でもプクッとした唇の端はへの字に曲がり、本来の大きさの半分くらいまで目が据わっている。そしてお決まりの眉間の皺は今までのどの瞬間よりも深い。
もはやこの顔がデフォと思えってか、もったいない。
ダークは笑うと可愛いのである。もちろんこの不機嫌顔が可愛くないなんてことも無いし、保護する側としてはそんなに大した行動の変化は起きないわけだけどさ。
ちょっとくらい私に安らぎという名の癒しを提供してくれたっていいじゃないか。君ってほんと天使顔してるからね?分かってる?
だから、いかに無視されようと私自身のために解決策を模索しようではないか。
「じゃ、どうしたら機嫌なおるかな?」
「晩御飯に焼き鳥が出たら治る、よ」
今度はさっきの無反応とはうって変わってパッと輝いた表情で、キッパリと夕飯のメニュー指定をくらっちまった。
焼き鳥って……おい。冗談きっついな。何を指してんのか明らかじゃんか。
あーもう、期待した目で見つめてくるな。承諾するはずないでしょうが。ちゃんとそこんとこの分別はあるよね?流石に。
「うーん、チョウわぁ、焼き鳥は食べるの難しいみたいって思うー」
ダークとは正反対の私の右側で幼い女の子の声が上がる。そっちの方を見ると、黒のパッツン前髪の下からキョロっとした赤い瞳が周囲を見渡していた。
「だってぇ、ここには動物なんていないみたいー」
もちろんこの娘の言ってることは正しい。
周囲には何故か一切動物の気配が無い。滝のすぐ下では鳥とか獣の気配あったんだけど。
流石は「恵みのない土地」ってところだろうか?よく分からんけどね。
「そ、そうだよねー」
「そのエルフの奴隷ってぇ、状況分かってないみたい?」
「あはは……そんなことは、ないんじゃないかなって……」
うん。こっちはこっちでナチュラルディスりをかましてくれるじゃねぇか。
そんでもって言えねぇよ、焼鳥があんたのこと指してるなんて。とりあえず曖昧な笑いを浮かべて言葉を濁す。
ダークと繋いでいる左手がギュッと握りしめられる。
おい、けっこう痛いぞ。
「ご主人の治療さえ終われば、用済みだよね」
底冷えのする冷めきった声音にダークの本気が伺える。これは、ブラックジョーク的なのじゃなく、ガチで焼き鳥にしようとしてるのかもしれん。
まさかとは思うけど、要注意だな。
「チョウわぁ、奴隷なんかの指図は受けないみたいなー。というか、まだ頭ぶつけたところ痛いみたいだからぁ、話しかけないでくれる?」
「僕はご主人と話してたんですが?そちらこそ言葉を発さないでくれません?僕の精神衛生上良くないので」
「ま、まあまあそこまでに……」
「「ご主人は黙って」」
「え、えー……」
ご理解いただけますでしょうか、かれこれ少なくとも2時間以上こんな感じでケンケンチクチク殺伐とした2人の板挟み状態です。
そう。
あのダークの放った風魔法のせいでこの娘が落ちてきたんだけど……つい数時間前のことを思い返す。
「こんな事してくるなんて、酷い、みたい」
そう発した彼女は、黒髪の隙間から覗く赤い瞳を発光するかのように怪しくギラッと光らせた。
一瞬、瞳に惹き込まれるような、何か得体の知れない感情を抱いて戸惑った。
ん?何だこれ。
でもそれはごくごく一瞬だったし、何が惹き込まれたのか釈然としない。そのせいで反応出来ずにいる。
おかげで数十秒くらいはお互い固まった状態だったかな。時が止まったかのような錯覚を受けた。
えーっと。
痛いって言ってたよね。
確かにこの娘は通りがかりにラリアットをキメられたような災難に遭ったわけで……て、被害者じゃん!私あるよ、街角でラリアットキメられたこと!あれ超痛かった!
それならまずは謝らなきゃだな。
「ごめん!大丈夫だった?」
「……大丈夫なら痛いって言わないみたいー」
赤い発光をしていた瞳が瞬きをすると少し弱まって、不満そうなむくれっ面が浮かんだ。
「それもそうか。ちょっと待ってね……」
何にしても彼女の状態を見て早く手当してあげなきゃだよね。
と。
私が歩きだそうとすると、左手が引っ張られる。見るとダークがさっき以上に凍りついたような硬い表情を浮かべて突っ立っていた。
「ダーク?」
「…………」
私の呼びかけにオレンジの瞳が揺れる。
怯えた顔というより絶望に近いような、大袈裟かもしれないけど、この世の終わり感漂う表情に鬼気迫るものを感じる。額や頬に冷や汗が伝っている。
この反応は、もしかして……
「あの娘って、危険な魔物なの?」
とりあえずコショコショ話で聞いてみる。
よく考えれば、あの娘もともと鳥だったしな。
幻覚使いみたいな魔物かもしれないし、確認するに限る。というか、この顔はあの存在が何なのか知ってなきゃ出来ないだろう。
でも、ダークの返しは顔に似合わずアッサリとしたものだった。
小さく首を横に振って答えてくれる。
「……危険、じゃ、ない…」
ホントかよ。
じゃあ何でそんなこわばった顔してんの。怯えきったダークの表情に何となく不安になる。目の焦点あってないし。この子、大丈夫か?
「ダー……」
「いーたーいぃ」
何か言葉をかけようと口を開くけど、重なった特徴的な幼女の不満の声が遮った。
うん。とりあえず被害者の状態チェックが先決か。
手を繋いだままダークを引くと今度は彼も歩きだしたのでとりあえずホッとした。そのまま女の子の元に行ってしゃがむ。
「ダーク、私の右腕か首触っててくれる?」
「……はい」
とりあえず左手を自由にしないことには彼女の状態チェックなんて出来ないからね。
今度は大人しく私の指示に従って、邪魔をしないように配慮してくれたのか負ぶさるような態勢で首あたりに手を当ててきた。
必要以上に慎重な動きをしていたからか、ずっと私に触れているために途中ダークの呪いは発動しなかった。
ダークの手、繋いでる時は分かんなかったけどヒヤッとしてる。そんな小さな手の感触が首筋にあるとなるとちょっと緊張するな。
つか、どうでもいいけど何で右腕じゃないんだ。
まあそんなことは置いといて。
自由になった左手をさっそく黒髪幼女に伸ばした。
「ごめんね、まさか風魔法が直撃するとか思わなくて。何処が痛いかな?」
まあ正確に言うなら風魔法があんなに迅速に使用されるとは思わなかった、だけどな。この際私はダークの保護者なわけで、言ってることは似たようなもんだろ。
「腕とぉ、頭をぶつけたみたい……」
「どれどれ」
頭って言うと、この辺かな……?見た目的に血は出てないから、たんこぶだろう。なるべく傷を抉らないように気をつけながら彼女の小さな頭を探ってみる。
「あー、ホントだ。結構大きなたんこぶ出来てら。これは早く冷やさないといけないね」
布に水筒の水を含ませてそっと当ててあげる。
「どう?」
「痛いみたい」
「そりゃそうだ」
そんなすぐには治んねぇだろ。薬草あったらいいだろうけどさぁ。あいにくこの当たりはざっと見回した限り無かった。
よし、こうなったら『別の話題で痛いの痛いの飛んでけ』作戦を実行しよう。
「ええっと、あなたのお名前は何て言うの?」
「ん?んー……」
「…………」
「…………」
何でそんな間があくの?
もしかしてよく聞こえなかったのかな。
「私はカナメって言うんだよ」
「カナメぇ?」
「カナメ、最後は伸ばさない」
「カナメ」
「うん。で、あなたの名前は?」
「…………チョウ……みたいな?」
「んん?蝶、みたいな?」
みたいなって何だ。
つかどう見てもお前鳥だろ。蝶ではなかったろ。
「うぅん、頭にモヤがかかってるみたい……思い出せないみたい」
「えーっと……?」
まさかここにきて記憶喪失……だと?!
頭ぶつけた時に記憶が飛んだのか?!ホントにあんのかよ!よく分からんが流石異世界だな。
こうなったら、ダークに聞いてみよう。
この娘のこと知ってるみたいだったし。背中側にいるダークに半身になって問いかける。
「ねえダーク、この娘のこと何か知ってるよね?」
「知らない」
嘘つけ。
知ってなかったらあんな顔出来ないでしょ。今は私が見上げてるせいで太陽の影になってて表情はよく分からないけど。
「いやいや、だって、知ってるっぽかったよね?」
「知らないっ」
ダークは私の問いかけに噛み付かんばかりの勢いで返してきた。
うーむ。困った。
何か事情があるみたいだし、ここまで嫌がってるのに教えろとは食い下がれないな。てかこれ以上は拒絶されるに違いない。
「じゃあ、とりあえずチョウちゃん、どこから来たの?」
私の問いかけに幼女はパチパチと瞬きをして、首をかしげた。
「分からないみたい」
「そ、そっかぁ」
記憶喪失の件から何となく予想はしてた!
にしても、迷子かぁ。記憶喪失とかマジタチ悪い。
「困ったなぁ。じゃあとりあえず暫くは一緒に果ての森を抜けるしかないか……」
そう言ったとたん、私の首に当てられてた冷たい手がビクッとはねた。気のせいか更に手が冷たくなった?
左手をダークの手に重ねてみる。
しっとりとどこから汗ばんでる……ひょっとして冷や汗?
え、ここでいきなり体調不良?マジかよ。
「ダーク、もしかして体調悪い?大丈夫?」
「あ、う、いや……」
よく見ると瞳孔が開ききって顔にも汗が伝っている。
でも私の問いかけに彼は首を小刻みに振るだけ。
あー、早く気づいてあげてれば良かった。そう言えばこいつ遠慮するんだった!
「嫌じゃない、ダーク、ほらここ座って」
自分の胡座の片膝を叩いてそこに座らせる。結構アッサリと指示に従ってくれた。
良かった、こういうとこは素直だ。
とにかく、熱がないかチェック……したいけど体勢的におでことおでこをくっつけるのが厳しいな。ダークはそこそこ身長があって、その上で私の膝に座っているから、私がダークを覗き込む形だ。左手はあいにくダークにそのまま握りしめられているし振りほどくのは忍びない……まあ、ほっぺでいいか。
「ちょっとじっとしててね……」
「?……!!」
私がギリで届く範囲のほっぺたに自分の額をくっつけた。ダークはいきなりでビックリしたのか、ちょっとオーバーだけど肩を跳ねさせて硬直する。
うーん、熱は……無さそうだけど。よくわからん。
もうちょい擦り付ける感じで……て、熱くなってきた?
何で熱くなってんの?
不審に思いつつ離すとダークの白い肌が真っ赤に染まっていた。頬というか、顔というか、首まで赤い。オレンジの目も赤っぽくて、大きく見開いて私を見つめている。
口はわなわなと何か言いたそうにパクパク動くけど何も発さないでいるし。
「え、え、大丈夫?!」
「あ、う……」
ダークが私の手を握ってない方の手で自分の顔を隠すように覆いながら深呼吸している。
え、何か私の行動がトリガーになっていきなり症状が悪化したとか?!
「ごめん、私のせい?ど、どうしよ……」
「ご、ご主人……は」
ダークが真っ赤な顔のまま小声で言葉を発してきた。目が僅かに潤んでいる。
「え、なに?」
「ご主人は、いい、の?」
ん?体調ってことか?
自分の方が体調悪そうなのに、いい奴過ぎかよ。
「私はいいよ、全然大丈夫!それよりダークは?平気?」
「うん、ご主人が良いなら……」
ダークは私の返しに先ほどの何かに怯えた鬼気迫る感じは薄れて、表情が穏やかになる。
顔は赤いけどだいぶ落ち着いてきたかな?何かよく分かんないけど。繋いだ手も熱を帯びだしたし、冷えきってるよりマシだろう。
そう安堵しつつダークの容態を観察していると、幼女の声が遮った。
「ちょっとぉ、チョウがいないみたいに振る舞わないで欲しいみたいー」
「あ、ごめんごめん。ダークがね、体調悪そうだったから……」
「チョウも痛いのー」
「よしよし、痛いの痛いの飛んでけー」
ちょっとめんどくさくなってきたので思っきりガキ扱いしてみる。怒るかな?
そう思って彼女を覗き込むと、ビックリした顔をしていた。
む?これはどっちの意味だ?
「すごーい!言われた時痛くなかったみたい!」
嘘つけぇい!気のせいでしかねぇよぉ!!
プラシーボ効果著しいぞ!
「じゃ、もう良いでしょう。ご主人、先へ急ごう」
ヒヤリとしたナイフを連想させる声音でダークが発言すると、立ち上がった。左手をグイグイ引っ張られるのでしょうがなくつられて立つけど。
ちょ、ちょい、ダーク?お前様変わりし過ぎじゃない?どんな心境の変化だよ!
戸惑う私をよそにダークが彼女へ冷えきった視線を向ける。
「ご主人にはそれ効かないみたいです。だってご主人は僕に……これ以上僕達に関わらないでもらえますか」
効かない?何が?
どゆこと?
それにダークってば途中ゴニョゴニョ言ってて聞こえないし。てか、ダーク丁寧語だぁ。あ、私相手じゃないからか。
急展開についていけず、呆然と余計なことを考える私をダークはそのまま引っ張って行こうとする。
いやいや、待てよ。
私は手を繋いだままの手でダークのほっぺをグリグリと軽くスクリューパンチした。
「ダーク、あんたまだちゃんとあの娘に謝ってないでしょ。何無責任に置き去りにしようとしてんのさ、バカたれ」
「…………え。だってご主人」
「だってもヘチマもありません。事情があるなら聴くけど、したことに対してちゃんと謝らないなら私も怒りますー」
「…………」
あ。眉間にシワがよってほっぺが膨らんだ。あー、不機嫌な顔も可愛いんだよな、何だかんだ。スクリューパンチからぷにぷにと天使のほっぺを堪能することに手の操作を切り替えた。
けど、ここはしっかりさせる場面だから、気を引き締めて……ってあれ?先ほどまで幼女がいた所を見ても何もない。
そう思った時、私の右側から声が上がる。
「別に謝られたって何も貰えないみたいだし、要らないー」
左手のダーク同様、右腕の方に幼女が絡みついていた。お前そこにいたんかい!いつの間に?!
そんでもって可愛くないこと言ってるし……。
私が失笑していると、幼女がムニムニと動かなくなった私の右腕を揉む。
「これ、恵みが消えてるみたい」
ん?恵み?よく分からんが、何となく言いたいことは分かる。
「骨が砕けちゃったから、治らなくなったんだってさ」
「こんなの、蘇生すればいいみたいなのに?」
「いやあ、まあ、そのスキル持ってないからね」
左手がギュッと握られたから、恐らくありもしない責任を彼が感じてると思うので当たり障りない反応を返しておく。
「チョウは出来るみたい」
「へ?」
ポウっと右腕に当てている彼女の手が白く光った。
するとそれまで無感だった右腕に温かい感覚が鈍く宿った。
「え、マジで?」
「私、その奴隷は嫌いだけど、カナメは好きみたい。さっきの魔法のお返しみたいな」
ん?……魔法?
はて、と考えてしまったのは悪くないだろう。この娘の言う魔法が何を指してるのか数秒分からなかった。
魔法って、あれか。痛いの痛いの飛んでけか!
マジかよ、それの代償で右腕蘇生するってどんなけ破格なんだよ。この娘ものの価値分かってないのか?分かってないんだろうなー、記憶喪失だし。
何とも言えない気持ちになりつつも、せっかくタダ同然で治してくれるというのに水をさすつもりは無い。お礼は右腕治ってから考えよう。
そういう軽いノリだった。
まさかこの娘とダークの相性がここまで酷いとはなぁ。
そんな後悔でもないけど、どうしようもない気疲れを抱きつつ野宿の準備を始めた時、事件が起きた。
来週月曜日に更新予定です。
よろしくお願いします。




